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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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267話 羽ばたきたい椋鳥 Ⅰ 1


 歩き続けて、探し続けて、すっかりつかれ切った椋鳥(むくどり)は、遊園地のベンチに座ってうなだれていた。


「ひどいよ、ウサギさん」

 ピンクのウサギに、恨みがましく彼は言った。

「君はネコたちやキリンを助けて、ペガサスに恋人を作って、まだらのネコなんかに遊園地のキップをやった。なのに、なんで俺のボタンは探してくれないの」


 ピンクのウサギは、微笑んだまま答えない。


「黒いタカが持っていたんだよね」

 椋鳥は思い出したように言ったが、ウサギは首を振った。

「もう彼は、持っていないわ」

 椋鳥はうなだれた。

「俺の、ボタン……」


「あなたのボタンなら、はじめからポケットに」


 ウサギにそう言われ、椋鳥(むくどり)は呆気にとられたあと、あわてて自身のもっふりとした羽毛を探った。胸元から、ポロリと(こぼ)れ落ちたそれは。


「俺の……! 俺のボタン……!」


 キラキラ輝くそれを、星空にかざした椋鳥は、感激のあまり涙した。


「なんで、こんなところに……! 最初から俺が持っていたのか、なあんだ、そうだったのか。それにしても人が悪いよウサギさん! 知っているなら最初から、教えてくれればよかったのに……!」


 ひとしきり大喜びした椋鳥は、あらためてウサギに礼を言おうとして――ウサギの姿が消えていることに気付いた。


「あ、あれ? ウサギさん? どこへ行ったの」


 お礼を言おうと思ったのに――椋鳥はしばらくあたりを探したが、ウサギの姿はすっかり消えていた。

 それにしても、大切なボタン。

 ずっと探し続けていた、ボタン。

 椋鳥は、幸せそうに、大切なボタンに目をやり、はっとした顔をした。


「――ああ、俺は」


 椋鳥は、ボタンを見たとたんに思い出したのだった。

 失っていた、記憶を、すべて。

 椋鳥は、号泣した。あらゆる後悔にさいなまれて。


「俺は――」


 忘れていたかった。だから、ずっとボタンを隠していたんだ。自分で。

 

 ひとしきり泣いた椋鳥は、よろよろと立った。大きな身体を支える細い足は、絶望にカクカクと折れそうだったが、彼は椋鳥だった。

 まだ、翼がある。

 椋鳥の目は決意に光り輝き、星空を睨み据えていた。


「上がらなきゃ、“階段”を」


 ――贖罪(しょくざい)の、ために。


 



 ルナは、椋鳥の大きな背中が、駆け出していくのをながめていた。

 羽ばたこうとしてよろめき、羽ばたいては地面に落下する。

 彼は必死で思い出しているかのようだった――飛び方を。


 ルナのめのまえに、天秤があらわれた。


 片方の皿には、白い小さな羽。

 月を眺める子ウサギが、かわいらしい声で「Maat(マァト)」と唱えた。


 椋鳥の羽がひらりと一枚、もう片方の皿に乗った。そのとたん、ガターン! とものすごい音がして、椋鳥の羽が乗った皿が、沈んだ。

 天秤自体が崩壊したかのような、ものすごい音だった。


「あらあら、たいへん」

 月を眺める子ウサギは、びっくりして口をもふもふの両手で覆い、

「これはたいへんだわ」

 もう一度言った。


 椋鳥がまっすぐに向かっているのは、真っ黒な城の遊具だった。城のてっぺんには、真ん中に大きな砂時計、両脇に、おそろしい顔の、二対の神様がいる。

 遊具には、「地獄の審判(じごく しんぱん)」と書かれていた。

 ルナは、戦慄(せんりつ)した。


「待って! そのアトラクションは入っちゃダメ!!」


 ルナは止めようとしたが、いきなり月を眺める子ウサギがめのまえに現れ、視界をふさいでしまった。

 

「プロメテウスの涙は、どれだけ大勢の涙があれば、止むのかしらね? それとも、たったひとりの、後悔の涙なのかしら」





「ぷぎゃっ!!」


 ルナは飛び起きた。

 隣のアズラエルは「ううん」とうなりはしたが、起きなかった。

 まだ胸がドキドキしている。


(どういういみ?)


 ルナはクローゼットのほうを見たが、相変わらず、ZOOカードボックスは、銀色の光を放つこともなければ、うさこが来ることも、「導きの子ウサギ」が来ることもなかった。


(あのふたりは、かんじんなときに来ないのです!)

 ルナはぷんすかしたが、来ないものはしかたがない。

(椋鳥さん、どこに行こうとしたの?)


 あの遊具は――ぜったいによくないアトラクションだとルナは思った。月を眺める子ウサギが以前話した「お化け屋敷」も怖いところだったが、それと同じくらい、恐怖のアトラクションのような気がした。


(椋鳥さんを、止められなかった)


 なんだか、胸騒ぎがする。

 カレンのときと同じような――そうでもないような?

 ――ルナがイシュメルくらい大きかったら、はがいじめにしてでも、止めていたのに。


 ルナは、落ち着いてきた鼓動(こどう)とともに、ふたたび仰向(あおむ)けに寝転がった。寝たまま、両手をかざしてみたが、そこにあったのは、ちいさな手のひらがふたつ。


 ルナは先日、イシュメルの夢を見た。

 二千年前、ルナは大男で、グローブのような大きな手で、子どもたちの頭を撫でていたり、女の人を抱きかかえていたりしたのだ。

 ルナはバーガスより、セルゲイより大きかった。ひげもじゃで、ムキムキだった。


 隣を見ると、ただのむさい大男が横になっていた。

 夢の中では、エマルもびっくりなほど、豊満でキレイで、エキゾチックな美女だったのに。

 あの女装姿はひどかった。裏切りだ。


 ルナはふたたびぷんすかし、

「あたしだって、アズを抱っこしたりできるんだ!」


 ルナの叫びに、アズラエルは飛び起きた。

 隣を見ると、すやすやと眠りの世界に旅立っているちびウサギがいる。

 ぷよぷよのほっぺたを、ごつい親指と人差し指で恨みがましくつねりあげ、アズラエルはふたたび眠りに落ちた。


「イシュメルの夢を見たって?」

「うん。このあいだクラウドたちは忙しそうにしてたから、話すの、忘れたって」

「え? 昨夜の夢じゃないんだ」

「昨夜はべつの夢を見たらしいよ。エーリヒさんには話してるんじゃない?」

「エーリヒも聞いていないはずだ。ミシェルは聞いた?」

「うん、あたしは、きのういっしょにリズン行ったときに、聞いた」


 朝食後である。クラウドは、ルナがまた前世の夢を見たことを知った。

 いつもなら、前世の夢を見たら、まっしぐらにクラウドのもとにかけてきて内容を話したがるのに、それがないことを(いぶか)しく思いながら、クラウドはルナがいる洗濯部屋に向かった。


「ルナちゃん」

「ぷ?」


 ルナは、洗濯物を、ちこたんといっしょに、洗濯機に放り込んでいるところだった。


「二千年前のイシュメルの夢を見たって、ほんとう?」

「ほんとです! ――でもね」


 ルナは、洗剤をぶちこみながら、困り顔で言った。


「なんか今回はね、あんまり覚えてないの」

「え?」

「あたしも物覚えわるいほうだから、お話を毎回、ぜんぶ覚えてるほうが奇跡だと思ってたんだけど――自分の過去の話だから覚えやすいのかなって思ってたんだけど――今回は、なんだか、おはなしをぜんぶ、覚えてられなくて」


 クラウドは、ルナがまっしぐらに駆けてこなかった理由を悟った。


「覚えてないって――イシュメルの夢だってことは、分かってるんだね?」

「うん。あたしがイシュメルで、ごっついおじさんだったの。それで、グレンがキュートな色白美人で、アズが、エキゾチックビューティーで、あたしはグレンと結婚するはずだったんだけど、アズにうしろから刺された」


 ルナはためいきをついた。


「だから朝、アズの背中に頭突きしてやった」


 そして、いかにも復讐(ふくしゅう)を遂げたという感じに鼻息を荒くした。


「それでアズ、背中さすってたのか……」


 クラウドは、朝、アズラエルが背中をさすりながら部屋を出てきたことを思い出した。ずいぶん強烈な頭突きをされたらしい。


「なんかね――えっとね――ネズミさんが出て来たんだけど――うーん、なに村だったっけ――なに村――とにかくね、くわしく、おぼえてないの」


 今回の話は、なぜか、ぜんぶ覚えていられなかったのだ。

 話がややこしいというなら、三千年前の話も、覚えていられないはずだが、あれはしっかり覚えていて、起きてすぐ日記帳に記録した。

 前世の夢は、毎回、記録するまではきちんと覚えているはずなのだが。

 なんだかルナは、自分が記憶喪失になった気がした。


「いちおう、わかるぶんだけはメモしといたよ」

「それで構わないよ――昨夜見た夢っていうのは?」

「昨夜は、椋鳥(むくどり)さんの夢を見たの」

「椋鳥だって?」


 なんてリアルタイムなのだ。クラウドは心中だけでガッツポーズを決めた。


「そっちはちゃんと覚えてるの。いちおうね、メモはしてあるよ。みる?」

「もちろん」


 クラウドは、いっしょにルナの部屋に向かった。


「ルナあ! あとで、K27区の商店街に新しくできた雑貨屋さん行かない?」

「うん! いくいく!」

「クラウド、早くルナ開放してねっ!」

「ああ、わかった」


 階下から、ミシェルの声が聞こえて、ルナがそれに返事をする。

 まったく普段と変わらない、のんきな日常だった。

 ルナの部屋のソファに座って、さっそく渡された日記帳をひらいたクラウドは、ページの一面に、ただそれだけ書かれた文に注目した。


「プロメテウスの涙は、どれだけ大勢の涙があれば、止むのかしらね? それとも、たったひとりの、後悔の涙なのかしら」


(プロメテウス)


 クラウドの心臓は跳ねた。彼は焦ったように顔を上げた。




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