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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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266話 プラン・パンドラとムクドリの正体 1


「――ある」


 そのころ、ルナは、K19区の遊園地のまえに立っていた。エーリヒとともに。


「この遊園地が、どうかしたかね」

「エーリヒには、見えるんだよね?」

「これだけの存在感を誇示(こじ)している遊園地が、だれに見えないというのかね」

 

 先日、荒地だったはずのK19区の遊園地は、もとどおりの形で、その敷地におさまっていた。


「遊園地があるよ!?」

「?」

「どうして!!」


 ルナはついに絶叫した。無理もない。

 先日、アントニオとペリドットと見に来たときは、遊園地は跡形(あとかた)もなかったのだ。その存在が、はじめからなかったかのように、ここはただの更地(さらち)だった。

 だが今は、ルナとアズラエルが今まで見て来た遊園地が、しっかりとそこにある。


(なんでです?)

 ルナはほっぺたをふくらませた。

(なんでなんだろう――ルーシー?)


 ルナは、びくびくしながら門へ行き、その存在を確かめるように、「ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈(きぞう)」の文字を何度もなぞった。

 門の奥には、荒れ果てた入り口、散らばったチケットのクズ、はがれかけたポスター。さらに奥には遊具。

 ルナが今まで見てきたまま、変わらず、そこにある。


(あたしとアズと――ピエトと、エーリヒには見える)


 見える人と、見えない人がいるのか?

 まるで、遊園地自体が、自在に姿を消したり、現れたりできるようだ。


(だって、このあいだアントニオたちと来たときは、あたしもアズも、見えなかったもん……)


 ルナはごくりと息をのみ、エーリヒのシャツの(そで)を引っ張った。


「エ、エーリヒ、入ってみない?」

「え? ヤダ」


 エーリヒは尻込みした。無表情ではあるが、心なしか、青ざめている気がする。


「ピエトが、ここはお化けが出ると言ったのだろう? 私はイヤだ。お化けは怖い」

 ルナは信じられないという顔をした。

「心理作戦部隊長がなにをゆっていますか!」

「心理作戦部は人間の相手しかしないのだよルナ! 私は――人間は平気だが、お化けは怖い――いいいい、い・や・だ!」


 ルナは容赦なくエーリヒのシャツのすそを引っ張った。伸びるのもおかまいなしに。

 エーリヒは思った。ひと気のない場所でよかった。


「おててつないであげるから!」

「手をつないでもイヤなものはイヤだ! お化けは断る!!」


 ふたりはしばらく攻防戦をつづけていたが、やがて疲れて、あきらめたのはルナが先だった。ふたりして、ぜいぜいと地面に膝と手をつき、息を整えた。

 エーリヒのほうが先に立ち、ネクタイとシャツの襟もとを整え、乱れ髪を両手で整え直した。心なしか、表情のない顔がげっそりしているように見える。


「リズンでキッシュをおごろう。それで勘弁(かんべん)したまえ」

「しょうがないなあ……」


 ルナはキッシュと聞いて、ウサ耳をぴんと立たせた。

 先日、エーリヒに頼んだキッシュは、リズンが定休日だったせいで買ってもらえなかったのだ。


 ふたりは、リズンに向かった。

 シャイン・システムでK19区からK27区の公園に移動してから、ルナは、サンタおじさんのやっている店を確認してくることを忘れたことを思い出した。


(あのお店、あったっけ?)

 だが、昼が近いことと、エーリヒと暴れたせいで、(100%ルナのせいだが)お腹がすいていた。

(あとでもう一回、行ってみよう)


 ルナは、遊園地がもとどおりあったことで、すっかり安心していた。

 そして、リズンで、ようやくありつけたトマトとズッキーニのキッシュ、モッツァレラチーズがいっぱいかかったやつ、が乗ったランチプレート、にミルクティーつきで注文した。

 エーリヒは、なぜかその横で、鍋焼きうどんを食べている。


「秋になってきて、鍋焼きうどんの季節です……」

 ルナはエーリヒのそれを見ながら言った。

「すこし、食べるかね」

「うん。たまご。たまごのとこ」

「待ちたまえ」


 エーリヒはうどんに半熟の卵をからめ、木製のレンゲにうどんとスープをすくってふうふうと冷まし、ルナの口元に持っていってやった。ルナは「おいしい!」と叫んだ。


「たしかに美味いが」

 ルナはすっかり、遊園地のことは忘れた。すなわち、いつものルナである。

「キッシュはおみやげにして、あたしも鍋焼きうどんにすればよかった」

「後悔先に立たずというね、ルナ」


「ルナちゃんが、ちがう男とデートしてる……!」

「店長! よそ見しないで! 沸騰してます! あふれてます!」


 そのアントニオは、外のカフェスペースで食事をとっていたルナたちを見てエプロンをかんでいた。


「ふうふうして、アーン♪ なんかしてる! だれ!? 見たことないヤツだ!」

「店長! うどん伸びます!! 玉子かたまります!!」


「ふむ、鍋焼きうどんというものは、はじめて食すが、なかなかだね」


 今日は、アズラエルとグレンがいつもどおりK33区に出かけ、クラウドも外出、ミシェルは絵を描きに、ジュリは学校――といった調子で、みんなそろってでかけたので、エーリヒはなんとなく、暇を持て余した。


 調査しなければならないことはたくさんあるのだが、今日は書斎にこもってアレコレする気分ではなかった。


 天気は良かったし、せっかく心理作戦部の穴倉から出てきたというのに、宇宙船に乗ってまで、朝から暗い書斎で書類とにらめっこすることもないだろう。

 エーリヒは、ルナにくっついてでかけたのだった。


「おいひいれしょ?」

「じつに。ルナはこれをつくれるかね」

「できるよ!」

「では、屋敷でも食したいものだ」


 リズンの鍋焼きうどんは、好評らしい。今日はすこし肌寒いので、あちこちのテーブルに、湯気を立てた小さな土鍋をずいぶん見かける。


「冬になって寒くなったら、お鍋パーティーやろうって、バーガスさんと計画してるの」

「おなべパーティー?」

「うん! しめはうどんもいいけど、ラーメンとかリゾットもいいよね」

「ルナたちは、変わったことをするな」

「エーリヒは、お鍋したことない?」

「初耳だ」


 エーリヒは、うどんの汁も残さず(すす)ってから、「ごちそうさま」と言った。


「――クラウドが腑抜(ふぬ)けになったのも、分かる気がするな」

 こんな生活をしていれば。


「ふぎ?」

「なんでもない、ひとりごとだよ」


 エーリヒのつぶやきは、ルナには聞こえなかった。エーリヒも、特にルナに聞かせたいと思ったわけではない。


 冷酷で知られたメフラー商社の傭兵も、切れ者と名高いドーソン一族の嫡子(ちゃくし)も、すっかり骨抜きだ。


 エーリヒは、宇宙船に乗って、何に一番驚いたかといえば、彼らの変わりように、である。


 獅子の牙が抜けたのは、なにもうさこちゃんひとりのせいというわけではない。

 この穏やかな環境もしかり――。


(やはり……あまり長くいるべき場所ではないな)


 エーリヒは思った。

 長居などする気は毛頭(もうとう)ないのだが、どうも、ものごとがすっきりしない。

 時期というものは、待たねばならぬ場合もある。

 エーリヒは、冷静に自分を分析した。


 この環境にほだされることを、懸念(けねん)しているのだろうか。

 ――ルナの隣は、居心地が良すぎる。


「ふむ」

 エーリヒは、かつてない自身の感情に戸惑いながらも、それをおもしろく感じる余裕はあった。


 エーリヒは鍋焼きうどんを完食し、すっかり火照った白皙(はくせき)の頬を手であおぎながら言った。


「ルナ、椋鳥(むくどり)に関わる夢について、少し聞きたいことがある」

「ほ?」


 ルナはうどんのお礼に、エーリヒにキッシュをひと欠片(かけら)あげた。エーリヒはそれを箸でぶっ刺し、口に入れて咀嚼(そしゃく)し、飲み込んでから口をきいた。


「かつて、君は黒い大ヘビの夢を見たというが、彼は名乗らなかったのかね」


 エーリヒが聞いた理由は、多少、気がかりだったからだ。

 もしルナが、夢で、ヤマトの頭領(とうりょう)の正体を知ってしまっていたら――。


 このうさこちゃんは、自分の夢で見ることが、どれほど重要かつ危険な情報であるか、まるで分かっていないと、アズラエルやクラウドが心配している。エーリヒも、ルナと会話するようになって、その意味も分かってきた。


 自分から話すことはなくても、聞かれれば、まるで不用心にルナは、すべて話してしまう。もし、ヤマトの頭領の正体を知っているとすれば、それを口にすることは、危うい。


 エーリヒは、それだけ注意しておこうと思ったのだった。


「黒ヘビ? くろ――へび――」


 ルナはバッグの中から、日記帳を取り出した。最近は、日記帳を持ち歩くようにしている。


「くろへび。――あっ! ムクドリさんの親友の?」

「そう、彼だ」

「名前はゆわなかったなあ……でもね、カッケーだろってゆったよ。チャラいかんじの、へびさんだった」

「彼は、それだけしか言わなかったかね。名前は? ルナは、彼が何者かはわかるかね」

「ううん。ぜんぜん」


 ルナはあっさり首を振ったので、エーリヒは安心した。


「彼が言ったのは、箱は元の場所に戻しておいた――それだけ?」


 ここからは、単なる興味だった。


「う~ん……」

 ルナはちっちゃな頭を抱えた。

「カッケーだろってゆったの。なんでゆったんだっけ……あ、そだ、ブラック・ドラゴンになるってゆったの」

「ブラック・ドラゴン?」

「親友が、俺に会いに来るときは、俺がブラック・ドラゴンになるときだって。それで、カッケーだろって、ゆった」

「……」


 ブラック・ドラゴン。

 黒いヘビが、脱皮して龍になるということなのか。親友である椋鳥――おそらくロビンがアイゼンのもとに現れるとき、アイゼンは龍になる?


 エーリヒは、ふと考えた。

 いっしょにいた灰色の龍と真っ白な龍が、メフラー商社のボスと、白龍グループ総帥のクォンだとしたなら、ヤマトの頭領であるはずのアイゼンが、なぜひとりだけ「龍」ではないのだ?

 

(アイゼンの言い方では、ヘビが龍に、ワンランク成長するという意味にとらえてもいいか。――つまり、アイゼンにはワンランクアップする先があって――つまり目的があって、それが達成されたときに、龍になるということか?)


 すでに、アイゼンはヤマトの頭領である。――すなわち、ヤマトの頭領になることが、アイゼンの最終目的ではないということなのか。


 ヤマトの前頭領の四男であるアイゼンは、三人も兄がいるというのに、頭領となった。よほど熾烈(しれつ)な後継者争いがあり、頭領の座を勝ち取ったに違いないが、そのことでさえ、彼の最終目的には(あたい)しない。


 アイゼンの、本当の目的とはなんだ。


(まさか)


 あの四つ目の紋章。

 三社の老舗(しにせ)傭兵グループにつながる「ヴァスカビル」――椋鳥の墓とはまさか――“プロメテウスの墓”か。


 知らず、エーリヒは立ち上がった。


「どうしたの?」


 ルナの声が下から聞こえる。

 

「傭兵グループすべてを動かす、椋鳥の存在――プラン・“パンドラ”――なるほど、すべてが“プロメテウス”つながりか――そういうことだったか」


 エーリヒの中で、すべてが一本線でつながった。

 

「――ルナ」


 エーリヒは、ルナの頭を撫でた。


「さすがルナだ! 私の疑問を一気に解いた」

「ほげ?」

「好きなキッシュを、おみやげに買ってあげよう。選びたまえ」

「ほんと!?」




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