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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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263話 パズル Ⅱ 2


 グレンは、久々に惰眠を貪っていたはずだった。


「なァおい、起きろ――」


 だれかが無理に、揺り起こさなければ。


「――っ、だれだ」


 みんなは出かけていて、グレンを無理に起こす人間などこの屋敷内にはいないはずだった。そもそも、グレンの部屋にだって、カギをかけて――。


 グレンは飛び起きた。


「ペリドット!?」

「ああ、俺だ」


 ラグ・ヴァダ族の衣装を着た不審者が、ベッド脇に立っていた。


「おまえ、どこから入ってきた!!」

「玄関のチャイムを鳴らしたが、応答がなかった。だが中に、ひとの気配はある。すまんが、不法侵入させてもらった」


「pi=poはどうした!?」

 二台は充電、一台は買い物中という始末だった。


「緊急事態なんだ、悪かった――ルナはどこだ」

「ルナなら、朝からでかけてるよ!!」

「なんだと? 参ったな」


 ペリドットは頭をかき、「いつ帰ってくる」と重ねて聞いた。


「知らねえ。夕メシのことを話してたから、夕方にはかえっ「ただいまあ!!!」


 玄関のほうから、ルナの大きな声がした。


 ペリドットとグレンが部屋を出、二階の廊下突き当たりからリビングを眺めると、ルナがちいさな身体をいっぱいに伸ばして、手を振っていた。


「ただいま! なんか外にアントニオがいたよ? 中にペリドットさんがいるってゆって、――いた!!」

「邪魔してるぞ、ルナ」

「あいさつが遅ェよ!!」


 グレンのツッコミがすかさずペリドットを襲った。


「よくわかった。ペリドットには、どんな警備会社も敵わねえってことがな」


 グレンは、寝起きのボサボサ頭で、リビングに合流した。うまそうなコーヒーの匂いがしたからだ。アントニオが持ってきた、新しいブレンドのコーヒー豆をちこたんが挽き、淹れて、皆に提供しているところだった。


「こんなやり方は、年に二度もせんよ――今日は、どうしても聞きたいことがあってだな」

「年に何回もあってたまるか」


 アズラエルも言った。出先で買って来た、ワイルド・ベリーのタルトを切り分けながらだ。


「おお♪ こいつはうまそうだね」

 アントニオは喜んでタルトの皿を受け取ったが、レオナに小突かれた。

「アンタもアンタだよ! なんで止めないんだい」

「留守だったら、出直すつもりだったんだ。俺は。でもコイツが勝手に」


「それにしても、おまえらだけなのか。ミシェルやクラウドはどうした」

「ミシェルは、ガキどもと映画を観に行った。クラウドは、エーリヒと、仕事の話だとかででかけたよ」

「エーリヒ? あたらしい同居人か」


 ペリドットは、タルトを食べたがらなかった。コーヒーだけ、おかわりをもらった。


「黒いタカか」

「うん! そう!」

 ルナが口の周りを真っ赤に汚したまま叫んだ。

「クラウドがいないのは困るな――ルナ、黒いタカが来たって言うなら、アンジェリカの話を優先したいところだが、今日来たのは、そいつが目的じゃねえんだ」


 ペリドットは言った。アントニオが、タルトに舌鼓を打ちながら、本題に入った。


「K19区に遊園地って、どこにあるの?」

「ぷ?」


 ルナはアホ面から繰り出される、アホとしかいえない声を出した。


「K19区に遊園地がいくつもあるのか?」


 アズラエルも不審な顔で聞いた。船内役員であるアントニオが知らないのは、奇妙だと思ったからだ。よりにもよって遊園地である。K19区にはいる大通りから、大きな観覧車がすぐ目に入る。あれが見えないのならば、よほどのフシ穴である。


「あんなでかい観覧車が、目に入らないってのかおまえは」

 ペリドットとアントニオは、目を見合わせた。

「ルナだけじゃなく、アズラエルも知ってるのか」

「?」

 アズラエルは、今度こそおかしく感じて、表情を「?」でいっぱいにした。


「う~ん」

 アントニオは、ポリポリと、顎をかいた。

「俺の記憶では、K19区に遊園地なんてないんだけど……」


「ええ!?」

「なんだと!?」


 今度は、ルナとアズラエルが顔を見合わせる番だった。





 ルナとアズラエルは、K19区に到着したとたんに、息をのんだ。


 ――遊園地が、ない。


 ルナは何度も目をこすり、アズラエルはあたりを見渡して、ここがたしかに「K19区」だということを確認した。あの特徴的な、モダンなデザインのガードレール、その向こうに広がる海、教会みたいな形の区役所――間違いなく、K19区だ。

 さっき、シャイン・ボックスの中で、K19区のボタンを押したのは、アズラエル本人だった。


「ほんとうに、ここに遊園地が?」


 アントニオは、不思議そうに聞いた。


 大通りの隣、閉園した遊園地があったはず場所は、ただの荒地だった。レンガの壁で覆われ、木々がうっそうと茂った、広大な空き地。


 アズラエルも、自身が見ている光景を信じられない様子だった。


 彼もたしかに、ここに遊園地があったのを見たのだ。宇宙船に乗りたてのころ、海が見たくてここへ来たときも、ルナと来たときも、観覧車を横目に、K19区に入った。


 このあいだ、K25区の帰りに、ノワの墓を探すために寄ったときも、遊園地はあった。

 閉園して寂れてはいたが、たしかにあらゆる遊具が残っていたのだ。門も、入り口のゲートも。


 それとも、最初から遊園地などなかったのか。

 ではルナは――ルナとアズラエルは、なにを見ていたというのだ?


「ピ、ピ、ピ、ピエトも、遊園地のことは知ってるはずだよ!?」


 ルナは、門があったはずの場所まで来て叫んだ。


 ルナが何度もなぞった、「ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈」の文字が書かれた、錆びた門も、あとかたもなく消えていた。


 眼前にひろがるのは、整備もされていない荒地。遊具も跡形もない。


「ピエトも――ここはお化けが出るって――」


 以前、ピエトの荷物を取りにここまできたときも、ルナを呼びに、ピエトが、門の前まで来て。


『この遊園地はやってねえよ。さっき爺さんが言ってたじゃんか』


 そう言ったのだ。ピエトには、遊園地が見えていた。

 でも――。


「そういえば、あのとき……」


 クラウドとミシェルは、遊園地のことをなにも言わなかった気がする。ミシェルは、ルナが遊園地の前からもどったとき、「もう! どこ行ってたのよルナ!」と言った。


 遊園地が好きなミシェルが、ひとことも、遊園地のことは口にしなかった。暗かったとはいえ、遠くからでも目印になる観覧車が、目につかないわけはなかった。


「もしかしたら、あのふたりにも――見えてなかったのかも」

「――冗談よせ。じゃあ、俺たちが見ていたのはなんだったんだ」

 アズラエルは焦り顔で腕を組んだあと、

「そうだ――待て。あの店は、あの店はあるか。ほら、サンタみてえなオッサンがやってた――」


「あっ!!」


 ルナは、荒地のまえから駆けだして、店があったはずの場所へ飛び出した。サンタのようなおじさんがやっていた、ちいさなコーヒー・スタンドだ。ルナもアズラエルも、そこで何度か飲み物を買った。だが、あの店もなかった。


 ルナは、信じられない顔でたたずんだ。


 ちいさな店があった場所も、遊園地側の荒地からはみ出た草木が覆い隠して、建物の残骸すらなかった。


 ルナたちは、いったい、だれからミルクティーを買ったというのだ?


「おまえと、アズラエルと、ピエトには遊園地が見えるんだな?」


 ペリドットが真面目な顔で言った。アントニオも、バカにしているわけではない。真剣な顔でふたりを見つめていた。


「いや――今は見えねえ。俺にも、ルナにもだ。――だが、たしかに、ここに遊園地はあった。俺は何度も見てる」


 遊園地を撤去した、と考えるにしてもおかしい。ほんの数日で、更地にできるわけがない。草木がここまで生い茂るわけもない。


 アズラエルとルナは、先日、ここへ来たのだ。


 ペリドットとアントニオは、何度かここへきているが、遊園地など一度も見たことがないという。


「あるの。遊園地――あったの。ルーシーが寄贈した遊園地」


 ルナは必死な顔で、ペリドットの衣装の裾を握った。


「ルーシー?」

「門のところに、ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈ってかいてあったの」


 アントニオも思案顔で更地をながめ、それから、ルナに言った。


「もし、ルーシーのつくった遊園地がここにあったとしたら、多分ララが閉園したままにはしておかないと思うんだ」


 ルナはウサギ口になった。そのとおりだと思ったからだ。


「しかし――ということは、ララも遊園地のことは知らんということか」

「宇宙船の史記をしらべてみよう。ここに、遊園地が本当にあったのかどうか」


 アントニオは提案した。アズラエルはもはやなにも言えずに肩をすくめた。自分が見たものがいったいなんだったかなどと考えても分からないし、たしかにこのあいだまではあったが、いまここに、遊園地はない。

 今、アズラエルの目に映るのは、なにもない荒れ果てた空間なのだ。


「あっそうだっ!」


 ルナはあわてて、バッグの中から財布を取り出した。

 ここに遊園地があったという唯一の証拠かもしれない。ルナはたしかにこのあいだ、ここでチケットを拾った。


「――あった」


 夢ではなかった。あのとき拾った、ぼろぼろのチケット。ルナはそれを、アントニオとペリドットに差し出した。


 いまにも破れそうな紙切れだ。風船を持った白いネズミの横に、台詞のフキダシの絵がついた――。


「シャトランジ?」

 アントニオとペリドットは、声をそろえた。

「シャトランジって?」


「俺は分からん」

「このチケットを、遊園地の入り口で拾ったんだね?」


 ルナの話を聞き、アントニオは確認するようにルナに尋ねた。ルナは何度もうなずいた。


「このチケットは、だれにも見せていないのか」

 ペリドットの問いに、ルナはウサ耳をしおれさせた。

「いまおもいだしたの……」

「そうか」

 特に、責めるつもりで言ったのではないようだった。


「ルーシーのつくった、遊園地か……」


 ペリドットは、気難しい顔で、アントニオは荒地になにかを見出すかのように、アズラエルは困惑顔で、なにもない荒地を見つめた。

 ルナだけは、心の中で語りかけていた。


(ルーシー、いったい、どういうこと?)





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