262話 パズル Ⅰ 3
ベンがしまった、という顔で横を向いたので、クラウドは察した。エーリヒは、クラウドの好奇心がアイゼンに向くのを避けるように、間を置かず、喋った。
「やっと、仕事の話に入れそうだな。さて、自殺したダグラスの備品の中に、ムクドリを描いた――おそらく家章、が入っていた。錆びた缶といっしょにね。その錆びた缶は、家章を入れて、どこかに埋められていたものを、ダグラスが掘り出した。それの調査をベンに頼んでおいたのだが、どうも、それがアイゼンの友人が埋めたものだということが、分かってだね」
「――ええ!?」
クラウドは絶叫するところだった。
「缶とボタンは、アイゼンに返した――おっと」
エーリヒは、乗り出したクラウドを制した。
「私は、君がまとめてきた、ルナの夢の話も含めた調査書を見せてもらった。私が今からベンに説明することは、君が導き出した答えと同じだろうが――アイゼンの正体はさぐるな。君は死ぬ。――ミシェルも危険な目に遭わせたいかね?」
クラウドはぶわっと背中に汗が浮くのを感じた。拳を額に当て――クラウドには、アイゼンの正体が分かってしまったのだった。
(ララも、“ヤマトのアイゼン”、なんて口にしていたけど、まさか、アイツだったなんて……)
クラウドはてっきり、ヤマトの幹部の名だと思っていた。まさか、頭領本人の名だったなんて。
「わ、わかった。俺は何も知らない。なにも気付かなかったことにする……」
エーリヒは、クラウドが黙ったのを見て、つづけた。主に、ベンに対して。
「君に、宇宙船に乗ったら、すべて説明してあげると言ったね」
「ええ」
正直、ベンにはどうでもよかった。だが、仕事の話ならば聞いておかねばなるまい。
「L03の占術師であるサルディオーネが、この宇宙船に乗っている。ZOOカードという占術をつかう術師だ。彼女はZOOコンペティションとかいう儀式をしたらしい。クラウドの報告によると、」
なぜ、アイゼンの話からL03の占術師の話に飛んだのか、ベンは分からなかった。
エーリヒは、クラウドの報告書のコピーをとじたスクラップ・ブックを開いた。
「ここにある――ZOO・コンペティションの中で、“ジャータカの黒ウサギ”とやらが言った言葉だ」
最初にクラウドが録音機器を用意しておいたので、コンペの最中に交わされた会話は、一字一句、記録が残っている。
『月を眺める子ウサギは、ボタンの場所は知りません。ですがきっと、彼女はボタンの秘密を見つけるでしょう。私は謝らねばなりません。私は尋問にかけられたときに無意識に喋ってしまったのです。“椋鳥の墓”のことを』
『羽ばたきたい椋鳥が、ボタンを埋めた墓のことを、私は喋ってしまいました。私は脳裏に浮かぶものを、無意識に喋ってしまったようなのです。カサンドラがあとから教えてくれました。私は、そのお墓に何が埋められているか知りませんでした。私を尋問したあの男は、墓に“マリアンヌの日記”の原本が埋められていると思って、探しに行ったのです。でも出てきたのは日記ではなく、錆びたクッキーの缶とボタンだけ』
「錆びたクッキーの缶と、ボタン……!?」
話についていくのがやっとのベンにも、分かったようだった。
「そう。君に調査を頼んだ、あの“ブレンダン・クッキーの箱”と、“ボタン”だよ」
「……」
ベンは、信じられない顔で固まっていた。
「ジャータカの黒ウサギは、かつて心理作戦部で拘束していた、マリアンヌ・S・デヌーヴ。あの革命家メルーヴァの姉」
「……彼女が、化けて出てきたとでも?」
ベンは、ぞっとしない顔で言った。ベンは、ZOOカードのことはまったくわからない。彼は、エーリヒが、特におもしろくもない、怪談じみたオチにしたのだと思った。
だが、彼も心理作戦部なので、マリアンヌのことは知っている。ダグラスが自殺したあと、一連の出来事を知ったのだ。あれは心理作戦部内だけで周知され、終わった事件だった。すべて、ダグラス「ひとり」が仕組んだ事件として、収束された。
「情報を総括するとだね、彼女が言う、“私を尋問した男”とはダグラス。あの缶は、アイゼンの親友のもの――親友とは、ムクドリ。 “羽ばたきたい椋鳥”とは、おそらく、ロビン・D・ヴァスカビルだろう。埋められていた場所は、“椋鳥の墓”――すなわち、ロビンの両親の墓かなにかか」
エーリヒがはじき出した結論に、クラウドは同意を示した。ベンは、まったく追いつけなかったが、とりあえずそうなのだと思って聞いた。
「マリアンヌの言葉は続いている」
エーリヒはページをめくった。
『クッキーの缶とボタンはだれかが持っていきました。私にはゆくえが分かりません。きっと椋鳥が探しているボタンとは、それのことでしょう。彼女が言うには、羽ばたきたい椋鳥は自分が持っている“写真の切れ端”の正体もわかっていないというのです』
『私にはさっぱり……。でも月を眺める子ウサギが、羽ばたきたい椋鳥を助けるキーワードは“パズル”だといいます』
『はい。写真の切れ端もパズル、そしてすべてのパーツを台にはめる――そのパズルをするのも、月を眺める子ウサギだと』
「キーワードは、“写真の切れ端”と、“パズル”だ」
エーリヒは、持ってきたブリーフケースから、今度は自分の手帳を取り出した。どこにでもある、黒革の手のひらサイズの手帳。
彼が開いたページには、下手とも上手とも言えない絵があった。上下左右四ヶ所に四角い枠でくくられた、小鳥の絵。どれもが、太陽のマークから小鳥が羽ばたきだそうとしている絵なのだが、形に違いがあった。
一番上の絵は、小鳥を真正面から見た図。右隣は、小鳥が左上に向かって羽ばたこうとしている図。左隣は、右の絵と対照的に、右上に向かって羽ばたこうとしている図。
一番下は、小鳥の後ろ姿だ。
「これは」
クラウドが言った。
「この右隣の図は、メフラー商社の家章だな」
「そう」
エーリヒはうなずいた。
「アズラエルに確認したら、間違いないと。ちなみに、ロビンが腕に彫っているタトゥも“この形”だ。彼はメフラー商社の傭兵であることを誇りに思っている」
「……」
「そして、メフラー商社と対になる、左の図は、白龍グループの家章だ。こちらはバラディア公と、それからグレンの担当であるチャンに確認済みだ」
「じゃあ――もしかして、一番下のは、ヤマト?」
エーリヒは再び、うなずいた。
「そう。こちらも、名前は言えないが確認済み。ヤマトの家章だ」
「この一番上のは――例のボタンですよね?」
ベンが指さして聞いた。
「ああ。クッキーの箱に入っていたボタンが、これだ」
いくらクラウドやエーリヒの頭脳についていけないベンでも、わかった。きっと、これらは老舗傭兵グループの“裏”紋章なのだ。
「でも、メフラー商社と白龍グループと、ヤマトのほかに、老舗の傭兵グループがあるなんて話は……」
ベンが思案気味に顎に手を当てる。
「私も聞かないね。これらの家章が、なにを意味するかだ。表に出ている家章ではない。メフラー商社が、自社のマークとして出しているのは、幾何学模様の入ったエンブレム型の上に、鳥が羽ばたいている姿が乗っかっているのが、表向きの家章だろう? 白龍グループは、四方を向いているたくさんの龍。ヤマトは、その名のとおり――弓矢と、的の絵だ」
「なにを意味しているんでしょうね……」
ベンはつぶやいたが、クラウドにも、エーリヒにも、まだ真相はつかめていない。
「ロビンという男が、素直に吐くわけもないでしょうしね」
「知らないか――忘れているということも、あり得る」
クラウドは、かつてルナが夢の中で「黒いヘビ」に会い――おそらく、それがヤマトの頭領か? ――彼が、「箱は元の場所に戻しておいた」と彼の親友に告げるよう、言われたことをベンに説明した。
すなわち、箱をエーリヒに返してもらったアイゼンが、元の場所に埋め直したことを示唆している。
そのとき、アズラエルが電話で、ロビンに「親友」のことをたずねたが、彼はヤマトの頭領の顔は知らなかった。おまけに、ロビンという男は男嫌いで、友人らしき友人はいない。
クラウドは、思案顔を見せ、やがて言った。
「これらの紋章のことは、あらためてロビンに聞いてみよう。“写真の切れ端”のことはわからないが、“パズル”に関しては、さ。――今朝の新聞にあったんだけど」
エーリヒもベンも、クラウドが毎朝、L系惑星群すべての新聞に目を通すことを知っている。
「最近は、辺境惑星群のローカルな新聞も取ってるんだが、L05の新聞の一面記事に、新しいサルディオーネが任じられるって記事があった」
「新しいサルディオーネ?」
ベンは、辺境惑星群の新聞まで読んでいない。L18の新聞の隅々に目を通すのがせいぜいだった。
「うん――新しいサルディオーネの占術は、“パズル”」
ベンは、我知らず、唾を飲み込んでいた。
「一番近い、ルナちゃんのZOOカードの報告でも、パズルのことが出てきてる。いったいこの占術がなにをどうするものなのか、まだ分からないけど――」




