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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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262話 パズル Ⅰ 2


「いってらっしゃい!」


 そのころ、ルナは玄関から盛大に皆を送り出していた――ピエトとネイシャ、セシルとベッタラ、ミシェルとジュリを――である。


 この面子でなにをしに出かけるかといえば、映画を観に行くのである。

「ゼラチンジャー・ラストミッション! ~青ネギの逆襲~」を。


 パンフレットを見つめたアズラエルの微妙な笑顔を、ルナは忘れられなかったが、今日はゼラチンジャーファンがそろって映画を観に行くのだ。ルナは盛大に送り出さずにはいられなかった。


「じゃあ、今日はいろいろとよろしくね、ルナちゃん」

「うん! セシルさんも楽しんできてね!」

「そうするよ。映画館に行くのは、はじめてなんだ」


 この中で、とくにゼラチンジャーファンではないのはセシルだけだったが、彼女は映画館に行くこと自体はじめてだったので、声は弾んでいた。セシルがはじめてということは、ネイシャもだ。ネイシャは、大好きなゼラチンジャーの映画を、映画館に観に行けるということだけで、昨日は一日はしゃいでいた。


 ミシェルは行き慣れているし、ジュリも、宇宙船に乗りたてのころ、エレナとさまざまな映画を観に行った。L44での娯楽は、年に数度、観に行くことが許される、お芝居やサーカス、映画ばかりだった。


 ピエトは、ルナとアズラエルと、一回だけアニメ映画を観に行ったことがある。映画館に入ったことがないのは、セシル親子とベッタラだった。


「ベッタラ、映画館の中でさわがしくしちゃいけねえんだからな! 気をつけろよ」

「はい。ワタシは気を付けることを潔しとします!」

「叫ばない、でかい声出さない、静かに座って見る!」

「よろしいでしょう。ワタシの誓いを必ず添い遂げることをうなずきます!」

「……マジで分かってんのかな」


 不安そうなピエトに、ベッタラは自信満々の笑顔を見せた。どちらが子どもか分かったものではない。


「エーリヒは行かないのう?」

「残念だが、私は仕事があるのだよ。ハニー♪」


 ベタベタ、あまあま、イチャイチャ……はちみつ漬けのお花が飛んでいるエーリヒ、ジュリカップルからさりげなく目をそらしながら、アズラエルはピエトに言った。


「気をつけろよ。いろんな意味でな」

「俺、不安だよ。とくにベッタラ」

「ベッタラは不安を恐れません!」

「俺がアノール語を覚えたほうが早いよな、きっと」

「そうかもしれねえな」


 ピエトは、K33区で、アノール族の子どもとも仲良くなったので、それは可能なはずだった。ベッタラの共通語は、もう修正不可能だろう。


 名残惜しくエーリヒと別れのキスを交わして、映画に行く集団にもどったジュリは、ピエトに手を引かれながら、エーリヒのほうを何度も振り返って去っていった。


 エーリヒは無表情だったが、いつまでも手を振り続けていた。みんなを乗せたタクシーが視界から失せたあと、エーリヒはクラウドに向かって言った。


「さて、クラウド。われわれもでかけるとしようか」

「ああ」


 子供向け番組にまで理屈をこねまわすクラウドは、本日、映画についてくることをミシェルに断固拒否された。ワクワクしながら映画を観ている横で、くどい解説は聞きたくないそうだ。無理もない。


 クラウドは、「ぜったいになにも言わないから!」と必死で誓ったが、ミシェルの首が縦に振られることはなかった。絶望の淵にいるクラウドを、とりあえず現実に引きもどす役割を負ったのがエーリヒ。もと上司である。クラウドの性格は分かっている。


「どこいくの? あたしも行っちゃだめ?」


 ルナが、エーリヒのズボンのポケット部分を引っ張っていた。


「べつにかまわないが、ベンも来るのだよ。ルナはかまわないかね」


 ルーム・シェアの皆がいまだに信じられないのが――いや、信じたくないのが、ルナとエーリヒの、異常な仲の良さだった。


 だが、だれも嫉妬しないのが、これまた奇異なのである。それもそうだ、ふたりに色っぽい要素はまったく見当たらない。


 みなで一緒にいるときは、エーリヒは必ずジュリと一緒にいるし、ルナもアズラエルやグレン、セルゲイ、ミシェルといるほうが多い。最近では、料理の話題で気が合うのか、バーガスとも一緒にいる。エーリヒとルナがふたりきりでなにかをしているというのは、まったくないといっていい。


(なぜだ)


 グレンは悩んだ。ルナがあんなにべったりエーリヒに引っ付いているのに、嫉妬の気持ちが微塵も出てこない。

 兄妹の仲の良さに、近いかもしれないからか? だが、それともちがう気が、皆にはした。


(――飼い主と、ペット?)


 それが一番、しっくりくる気がした。


 しかし、なぜ、ペット?


 アズラエルは首をかしげたが、どちらがペットかというと、ルナではなくエーリヒのような気がした。


 エーリヒとルナに関しては、エーリヒのほうが忠実な猟犬というか――いやいや、ZOOカードでいうならば――タカ? 


(どちらかというと、ペット属性は、ルナちゃんのような気がするんだが)


 セルゲイも考えた――考えたが、明確な答えは見つからない。


 ちびウサギは、ベンが来ると聞いたとたんに、あきらめた。


「べ、べんさんがきらいなのではなくって、なんかね、また、いやな思いさせちゃったらいやだから……」


 ルナは一生懸命言い訳をした。エーリヒは、それに対しては何も言わなかったが。


「手土産を買ってこよう。それで勘弁したまえ」

「うん。おみやげは、リズンのキッシュがいい。トマトとズッキーニのやつ。モッツアレラチーズがいっぱいかかったの」

「了解した」


 ただひとつ、嫉妬すべき個所があるとすれば。

 ルナは、エーリヒにだけはわがままを言うのだ。というか、「要求」する。はっきりと、欲しいものを。

 アズラエルやグレン、セルゲイに対して、あんなにはっきりと「おみやげ」を要求したことは、ルナはほとんどないと言っていい。


 もし彼らが「リズンに行く」といったとしよう。

 ルナはなにも言わないだろう。彼らが「おみやげは何がいい?」と聞いてはじめて品物を言うだろうが、おそらくそれでも、いままでの傾向からいって「なんでもいいよ」という答えが返ってくることは、明白だった。


 エーリヒは、リズンに行くとはひとことも言っていない。すなわち、どこに行こうが、わざわざ帰りにリズンに寄って、「トマトとズッキーニのキッシュ。モッツアレラチーズのいっぱいかかったやつ」を買ってこなければならないのだ。


 それを快諾するエーリヒもエーリヒだし――ジュリ以外の頼みごとは、滅多に聞かないというのに。


 おまけに、恋人(仮)にだって、あんなにはっきりとおねだりをしたことがほとんどないのに、――エーリヒにだけは、遠慮なく欲しいものを要求するルナ。


 その不思議さに首をかしげているのは、アズラエルだけではない。おそらく、この屋敷に住むジュリ以外の全員だ。


「うさこちゃん、じゃあ、俺と買い物行かねえか~」


 バーガスの呑気な声がかぶさる。ルナは威勢よく、「うん!」と返事をしてぺぺぺぺぺと駆けていった。


「グレン、君はどうする? いっしょに買い物に行く?」


 セルゲイがグレンに聞いたが、グレンは眠そうな顔であくびをした。


「久しぶりにガキどももいねえし、静かなんだ。俺は寝る」

「そう? じゃあ、留守番頼むね」


 ルナとバーガス、アズラエルとレオナは買い物に出かけた。セルゲイは、でかけた。別の用事で。


 グレンはセルゲイを見送り、ドアを閉めた。久しぶりに、家にひとりきりである。


 まったく、バカンスのために(?)宇宙船に乗ったはずなのに、K33区での特訓と、ルシアンのバイトに護身術の講師で、寝る暇もないくらい忙しいのはどういうことなのだ。


 グレンは疑問に思いながらも、伸びをしつつ自室にもどり、ベッドに倒れこんだ。





 クラウドとエーリヒは、空席の多い昼間のマタドール・カフェで、ベンを待っていた。


「リズンのオープン・カフェでっていうのも、たまにはいいんじゃない? ルナちゃんにお土産、買わなきゃいけないんでしょ」

「リズンは帰りに寄るさ。私は、マタドール・カフェのミルクセーキが飲みたい」


 クラウドは言外に匂わせたのだが、エーリヒはあっさり流した。だが、肩をすくめてひとこと言った。


「私は、ルナとどうこうなりたいというわけではないよ。私の運命の相手は、間違いなくジュリだ」

「でも、君たちずいぶん仲がいいよ」

「意外かね? 私も意外さ。――まァ、そうだね」


 エーリヒは、クラウドを納得させる言葉を、探しているような気がした。


「私はきっと、ルナになにも、期待をしないからだろうね。――愛情も、友情も、救済も、道徳も」


 クラウドが、驚いたように目を見開いた。


「どういう意味」

「言葉どおりだ」


 エーリヒの興味は、瞬く間に運ばれてきたミルクセーキに移った。


「私はルナに、何も期待しない。することは、“そばにいることだけ”さ。――ルナと私は、たとえるなら、パズルの、隣り合わせのピースみたいなものなのだよ」

「……」

「ピタリ、おさまるだけ。そこには何のアクションもない」


 クラウドはなにか言おうとしてやめた。ベンが来たからだ。


「おはようございます――あの、言っときますけど、時間通りなのは俺ですよ?」

「うん、俺たちが、ちょっと早く来たんだ」


 ベンは、ジャケットを手にしたスーツ姿だ。エーリヒも似たような格好だ。まったく貴族軍人というものは、いつでも身なりがきちんとしていて、困る。Tシャツにチェック柄のシャツ、ハーフパンツ姿のクラウドが浮くではないか。


「いいじゃないですか。クラウド軍曹は、もとの顔がいいんだから。どんな格好をしても、格好がつきますよ」


 ベンは暗い顔でそう言い、カフェ・ラテを注文した。


「……まだ落ち込んでるの」


 クラウドは、恐る恐る言った。ベンの落ち込みようは、普通ではなかった。

 クラウドとエーリヒは顔を見合わせ、仕事の話をするまえに、この気の毒な男をなんとかしてやらねばという気持ちに駆られた。

 彼が落ち込んでいるのは、間違いなく、先日の歓迎パーティーのせいである。


「クラウド軍曹の彼女のミシェルって子も――ルナっていう子も、――ほんとに――可愛かったですね――」


 ベンは遠い目をした。


「エーリヒ隊長も彼女できたんですよね……べつに、そっちはうらやましくないけど」

「どういう意味かね。ジュリになにか不満でも?」

「隊長がいいなら、いいじゃないですか。俺は、タイプじゃなかったってだけで――ミシェルちゃんとルナちゃんのほうが可愛いと思っただけです」


「ベンの好みってやっぱり、L7系のコなの?」


 クラウドが聞くと、ベンは「そうですねえ……」と、また遠い目をした。


「俺は、任務が終わったら、できればL7系あたりでのんびりしたい気持ちが強いんで、L7系あたりのコがいいですねえ。――あ、でも、こだわるつもりはないんです」


 ベンはあわてて言いつなぎ、クラウドをジト目で睨んだ。


「クラウド軍曹に紹介してくださいなんて言いませんよ。俺は俺で、探しますから」

「……」

「でも、可愛かったなあ――L7系って、あんな可愛いコ、いっぱいいるんだあ――」

 ベンは一瞬だけ夢見がちな表情になったあと、

「でも、ま、たいていの女の子に避けられがちですからね……俺は」


 俺のことを受け入れてくれるコなら、もういっそだれでもいい、とベンは泣きそうな顔で言った。


 心理作戦部に在籍していたころは、仕事が忙しすぎて、女性とつきあうことなどできない状態であったし、心理作戦部という職場自体が変人の集まりというイメージが先立っていて、心理作戦部というだけで女子に嫌われ、たとえ彗星が衝突するくらいの確率で合コンがあったとしても、心理作戦部隊員が来ると言えば女の子が来なくなるので、誘われたことなどない。


 ベンは、自分がモテないのは、所属する部署のせいだと思っていた。


 だが、あれほど面と向かって、女の子に避けられ――さすがにベンはショックを受けた。しばらく、立ち直れないほど。


「ミ、ミシェルは、その、前日から、体調が悪くてさ――」

「クラウド軍曹にしては、頭の悪い言い訳をしますね」


 ベンは、涙目でクラウドを睨み付けた。


「ごまかさなくたって、わかりますよ! 俺が話しかけるまえまでは、普通でしたからね!」


 どうせ俺は、気持ち悪いよ――と蚊の鳴くような声でテーブルに突っ伏すベンを、さすがにクラウドも哀れだと思ったし、エーリヒは、相変わらずの無表情で、おかしな方向に励ました。


「爬虫類好きの女もどこかにいるだろう。あきらめることはない」

「だれが爬虫類ですか!!」

 ベンは断固として抗議した。

「俺のどこが爬虫類ですか! むかしから俺は、どっちかいうと犬顔で――」


「ほら」

 エーリヒはやれやれといった様子を、肩の動きだけで示した。

「君は、学生時代はモテただろう、その容姿だからね――君はカイゼルの事件以前と以後では、人格が変わってしまったんだよ。私たちには分からんが――女の子が受け取る君の不気味さは、そこからきているのではないのかね。カウンセリングを受けろと言ったろうに」


 クラウドが、カイゼルの文字が出た時点で焦った顔をしたが、ベンは、嫌そうに首を振っただけだった。


「その名前は出さないでください。忘れたいんです。それに、カウンセリングは受けました。事件後に、何度もね。フラッシュバックは消えましたし、薬物依存になることもなかった――多少、アルコールはありましたが。俺は学生時代もモテませんでしたし、地味だったんで――もともと――というか、ますますヘコませないでくださいよ。あの事件のことは、もう考えたくもない」


 ベンが一気に憔悴(しょうすい)したので、元上司ふたりは、その話題を切ろうと決めた。だが、ベンがつづけた。


「アイゼンのやつがほじくり返してくるまでは、ほんとに忘れてたのに」


「アイゼン?」

 クラウドが拾ってはいけない言葉を拾った。

「アイゼンって、情報分析科の?」


「ええ。――陸軍の美形軍人の上位に必ず入りましたよね。クラウド軍曹がいたころは、あなたかアイツかって――心理作戦部は極端な美形もいるけど結局変人だって。このあいだ、はじめてマトモに話しましたけど、やっぱりただのヘンタイでしたよ」


 ベンは思い出したように、「なんであんなヘンタイが女にモテるんだろう」とまた落ち込んだが、クラウドは聞き逃さなかった。


「アイゼンがなぜ、君にカイゼルのことを?」


「好奇心はネコをも殺す、だよ。クラウド」

 エーリヒが釘を刺した。

「アイゼンのことをさぐるのも、追及するのもやめておきたまえ」




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