262話 パズル Ⅰ 1
「こりゃァ――参ったな」
リズンは本日休業日――朝一番に、辺境惑星群の新聞を開いたアントニオは、一面をかざった記事を見て最初は驚き、次に喜び、最後には困り顔で頭をかくことになった。
「これは、アンジェには見せられないぞ……「アントニオ!」
休業日の店内でひとり、アツアツのコーヒーを喫していたアントニオの前に、いきなりペリドットが現れた。
「おいおまえ、新聞を見た……、」
「ペリー! 俺、そういうの嫌いだって言ってるだろ!? やりなおし!」
アントニオの一喝に、ペリドットは仕方なく、目前から消えた。文字通り、煙が消えるようにすうっと消えたのだ。現れるときも同じだった。いきなり、姿が現れ出たわけだ。
ややあって、ペリドットはリズンの玄関扉を開けて入ってきた。鍵はかかっているが、開いた。まず、インターフォン代わりのベルを押せよ。ペリドットには、そこからしつけなければいけないようだった。
なぜ開いたかはこの際触れないでおくが、アントニオはもう面倒くさくなって、それ以上は言わなかった。
「アントニオ、おまえ、新聞を見たか」
「見ましたよ。今、見てますよ」
アントニオはしかめっ面をして、ラグ・ヴァダの王に淹れたてのコーヒーを捧げてやった。
「アンジェリカは見てねえだろうな」
「見せたくなかったら、今すぐ彼女の身辺にある新聞を、片っ端から消すんだね。あとかたもなく! できるだろ」
「そう怒るな。俺もあわてたんだ。いきなり現れたのは悪かったよ」
アントニオの皮肉丸出しの口調に、ペリドットは、まったく悪びれない口調で返して、コーヒーを啜った。
ふたりが気にかけているのは、新聞一面を飾っている、大々的な記事――新しい、「サルディオーネ」の誕生を予測した、記事だった。
「予測ってだけだ。決定事項じゃねえ」
ペリドットは言ったが、アントニオには、これが確定になるだろうことは、容易に予測ができた。
「新しい占術――“パズル”ね」
“パズル”という新占術を編み出した、若干十二歳のサルディオーネが誕生しようとしている。
その事実は、いま様々な事件に事欠かない辺境惑星群の、どんな事件をも小記事にしてしまうほどの迫力を持って、紙面を飾っていた。
その権威ある地位につくのは、マクタバ・S・カーダマーヴァ。
カーダマーヴァ村に住む、盲目の少女だ。
記事によると、王都が戦乱に巻き込まれて大混乱中だから、サルディオーネとして任命する儀式が行われていないだけで、落ち着いたら、彼女が正式なサルディオーネに任じられるのは“間違いない”と記事は記している。
「俺がZOOカードで見たところ、こいつのカードは“盲目の子ザル”」
「子ザルちゃん、かあ……」
アントニオもペリドットも、紙面を見つめた。
盲目の子ザル――サルのカードを持つ者は、良い方に出ると、明るく人懐こいムードメーカー、悪く出ると、ひとの好き嫌いが激しく、意地の悪い性格になる――ことが多い。
「……」
「……」
見合って、肩をすくめた。
ふたりが案じている部分は、同じだった。新しいサルディオーネが誕生するのはいい。めでたいことだった。問題はこの、マクタバのインタビュー記事だった。
「思いっきり、アンジェに挑戦してるよな……これは」
マクタバの言葉は、特定の人物に向かって読み上げられた、いわば挑戦状だ。
『わたしは、パズルの唯一の術者として、誇りを持って名を戴こう。自らが作り上げた占術の主ともなれないサルディオーネのようには、ならない。わたしは“パズルの支配者”として、その地位に君臨しよう』
アントニオは、嘆息した。
彼女が、いまだ、真のZOOの支配者ではないアンジェリカに向かって言っているのは明白だった。
アンジェリカは、一番外交的なサルディオーネだといっても、過言ではない。水盆の占いをするサルディオーネも、宇宙儀の占いをつくったサルディオーネも、L03から一度も出たことがないというのに、アンジェリカは、自身の足でどこにでも赴く。
その分、一番世に知られているサルディオーネでもある。
アンジェリカのZOOカードが動かなくなり、彼女が表舞台に出なくなったことは、遠くL03のへき地にも、しっかり知れ渡っているらしい。
「ZOOカード」は、アンジェリカが生み出した占術。
しかし、マ・アース・ジャ・ハーナの神が任じた最初のZOOの支配者は、ペリドットだった。アンジェリカではない。アンジェリカも一応、ZOOの支配者の位は授かっているが、まだ正式に認められたわけではない。
だから今、アンジェリカは、真のZOOの支配者になるために、あれこれと努力しているのだが――。
悲壮ともいえるべき努力をしているアンジェリカに、記事を見せたくないと思ったのは、ペリドットも同じのようだった。
なんだかんだいって、このマイペースな男は、アンジェリカを心配しているのだった。
「パズルってのが、どんな占術かは俺もまだ分からんが、月の女神の支配下にあることだけはたしかだ」
「ほんと?」
「ああ」
ペリドットは、持ってきた回覧板を、アントニオの手に渡した。
「ルナのところに導きの子ウサギが現れて、“パズル”が完成したってことを、ルナに知らせたようだ。そのときの会話によると、パズルは月の女神が作り上げたものらしい。これは、昨日、アズラエルが俺のところへ持ってきた」
アントニオは、渡された回覧板を読んだ。
今回はずいぶん情報量が多い。ルナの手書き便せんではなく、クラウドがパソコンでまとめたものだった。
そこには、“文豪のネコ”と“図書館のネコ”が現れて、それぞれ“エポス”と“ビブリオテカ”という名を名乗ったことや、月の女神が“パズル”を完成させたこと、ルナが導きの子ウサギに言われて、“導きのツバメ”に会いに行ったことが書かれている。
導きのツバメは、おそらく、アンソニー・K・ミハイロフという元派遣役員であること、彼が、“ノワ”の話をしたことも。
“ノワ”が、もしかすると“白ネズミの女王”を助ける手立てになるかもしれないということ。
「俺もZOOカードで調べてみたが、たしかに“導きのツバメ”はアンソニー・K・ミハイロフという男だった」
「……」
「なんだ? 知っていそうな顔つきだな」
「アンソニーを知らない君の方がおかしいんだよ」
地球行き宇宙船の役員で、彼の名を知らない者はいない、とアントニオは前置きし、
「地球到達率100%の派遣役員だ。――彼が担当役員になれば、かならず地球に着ける。現に、彼が担当した船客で、地球に着かなかった人間はひとりもいない」
「なるほど。こいつのZOOカードを見たところ、そんな感じだったな」
ペリドットには、どうでもいいようだった。
「ミーちゃんから聞いた話だと、もともと彼は、ルナちゃんたちの担当になるはずだった」
「ルナの担当に?」
ペリドットは怪訝な顔をした。
「ルナは“月を眺める子ウサギ”だ。こいつが担当にならなくても、地球にはつくだろう」
「まァね――でも、最初に彼が任じられた、ということは、なにか意味があったのさ」
アントニオは回覧板を熱心に見つめ、「それにしても」と言った。
「――ノワの墓? K19区に?」
首を傾げた。
「K25区に石碑があるのは知ってるけど――K19区?」
「それは、俺も不思議に思った。K19区に、ノワの墓だと?」
アントニオも知らなかった。無論、ペリドットも。
そしてふたりは、さらに悩んだ。最後の一文を見て、だ。これだけは、ルナの字だ。ウサギの形の大きな付箋紙に、見慣れたルナの丸文字が、それだけ記していた。
『K19区の遊園地はいつからあったのかな? アントニオとペリドットさんは知ってる?』
「K19区に、遊園地?」
ふたりは、首を傾げあった。
「あんなところに遊園地なんて、あったか――?」




