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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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261話 カーダマーヴァ村 Ⅰ 3


「まだ、外に出ちゃダメですよ!」


 医務官が、ふたりの姿を見つけて怒鳴った。追い立てられるようにして室内にもどる途中、ケヴィンは埃舞う道の突き当たりに、大きな門を見つけた。


 月の満ち欠けが、アーチ状に門の上部を彩り、中央に、男性の像。

 門を通ろうとする人間を、見定めるように、上から見下ろしている。


「――あれは」


「カーダマーヴァ村の入り口です」

 医務官は言った。

「あの門の向こうが、カーダマーヴァ村。カーダマーヴァ一族以外の者は、入れないんです。閉鎖的な村ですよ」


 そうだ。自分たちは、あの村から一度も出たことがなかった。出たが最後、村にはもどれなくなる。

 なぜそんなことを知っているのか、分からなかった。


 ケヴィンたちは、シャワーを浴び、まともな食事をとり、疲弊(ひへい)しきった身体を休め、一週間それを繰り返して、ようやく熱が下がった。


 その間、バンクスの消息がわかったという報告はなかったし、マイヨももどってこなかった。


 しかし双子の無事は、マウリッツ大佐を通じて、アーズガルドに届いていた。


 一度だけ、オルドと直接話すことができた。あいかわらずのつめたい口調だったが、彼の口から出た言葉が、めずらしくも労いだったために、ケヴィンもアルフレッドも、泣いてしまった。だが、オルドの声を聞いたことで、双子に多少の元気はよみがえった。


 オルドは、まだバンクスは見つからない、と告げてから、言った。


『ケトゥインの襲撃は、完全に俺の想定外だ。悪かった。こちらで、L19の軍が通ったルートを指示するべきだった』


 オルドは相変わらずの口調で言ったが、双子を労わっていることは伝わった。


『L03の人間だからってことで、信用しすぎた。これじゃ、俺の仲間をガイドにつけた方がまだマシだったな――俺の根回し不足だった』


 オルドは、ケヴィンたちが飢える必要もなかったということを説明した。ケヴィンたちはすくなくとも金を持っていたし、村を過ぎて行ったのだから、そこで食糧を買うこともできた。


 ケヴィンたちはそれを言われて、「そういえばそうだ」とやっと気づき、電話向こうの、オルドの嘆息を聞いた。


『L03の奴らと、おまえらの風俗の差異を、俺は計算に入れてなかった』


 同じ食べ物を、同じ量食べていても、ヒュピテムたちは飢えない。飢餓に慣れているからだ。だが、ケヴィンたちには足りない――当然だった。豊かな生活をしてきたケヴィンたちの身体には、あの食糧では足りなかった。おかげで栄養失調だ。ヒュピテムもユハラムも、マイヨも、そこまで気付かなかった。


 オルドは、最初からヒュピテムにそれを言い含めておくべきだったと、ため息交じりに言った。


 魚や、食べたこともない野草や木の実を食べて、腹を壊さなかったことだけが救いだ、とオルドは言い、ケヴィンたちはふたたび、「ほんとだ」と気付いて、オルドをあきれさせたのだった。


 道中は必死で、そんなことを考える余裕もなかった。


『おまえらをあきれてばかりいられねえな』


 オルドの嘆息は深まった。


 いくら道案内役のマイヨがL03の地理に詳しくても、どこに原住民の襲撃があるか一瞬で分かるレーダーを持っている軍や傭兵にはかなわない。すくなくとも、最初にケヴィンたちのガイド役にと選んだオルドの仲間は、そのレーダーを持っている。


 軍や傭兵には必須だ。オルドは、それをヒュピテムに持たせなかった自分の用意不足を言ったのだった。


「……オルドさんは、ほんとにいろいろしてくれたよ」


 オルドさんが悪いんじゃない。ケヴィンは言った。


「それに、ヒュピテムさんに出会ったことで、サルーディーバ様や、王宮の人たちが助かるんだ。だから、これでよかったんだよ」


 おれたちはなんとか、生きているし。


「ヒュピテムさんたちを、L19の軍が助けに行ってくれた。無事でいるといいけど……」


 オルドは、間をおいて、『……そうか』と言った。


『おまえら、俺から次の連絡が来るまで、ぜったいにL19の軍から離れるなよ』


 オルドは、これからしばらく直接の連絡は取れなくなると告げて、電話を切った。具体的なことは言わなかったが、いよいよ彼が、サルーディーバ救出に向けて動き出したのはあきらかだった。


 そして、身体もようやく健康をとりもどし、外出許可がおりた日だった――ケヴィンの見た悪夢が、現実になってしまったのは。


 近所の村人に話を聞きに行った双子を、軍人が呼びに来た。ふたりは不吉な予感にさいなまれたが、その予感は、当たった。


「――バンクスが、見つかった」


 マウリッツ大佐が双子に見せた写真は、バンクスの帽子だった。ケヴィンたちも見間違うはずのない、バンクス愛用のキャップ。彼はいつも、この帽子をかぶっていた。


 ――血が、ついている。


「L18のソテロの森で発見された。帽子に付着している血は、まぎれもなくバンクスのものだ――残念ですが」


 双子は、言葉がなかった。時間が止まってしまったようだった。


 ケヴィンがふと気づくと、横でアルフレッドが号泣していた。その声が、ずっと遠くのものに聞こえる。ケヴィンは、涙すら出てこなかった。


「でも、これは、帽子だ」

 ケヴィンはぼんやりと、言った。

「これが見つかったからって、バンクスさん本人は、」


「それは、――死体に被さっていた帽子だ」

 マウリッツは、苦い顔で告げた。

「あいまいな言い方をした私が悪かった。バンクスの死体が見つかったんだ。L18の軍警察が発見した。死体は損傷がひどくて、とてもではないが、君たちに見せられるものではない。とくに右腕のケガがひどい状態だった。――バンクスとみて、間違いない」


「……」


 マウリッツは、「ほんとうに、残念だ」とケヴィンの肩に手を置き、アルフレッドの号泣をいたましげに見つめて、部屋を出ていった。


 まるで、追い打ちをかけるように、不幸な知らせは続いた。ヒュピテムとユハラムが見つからない。


 襲われていた村は全滅していた。村を占拠していたケトゥインは追い払ったが、ヒュピテムたちは亡くなった可能性がある。おそらく、ケトゥインの者たちに連れて行かれたか、砂漠の砂嵐に埋められたか、どちらかだという報告だった。マイヨは、泣きながら、それを報告してきた。


 ケヴィンとアルフレッドは、動けなかった。絶望が心身を蝕んで、動けなくなってしまった。


 なんのためにこんなところまで来たのか。


 バンクスは、L18の森で、死体となって見つかった。

 カーダマーヴァ村には、はじめから来ていなかったのだ。


 自分たちが無理を押してここまで来なければ、ヒュピテムもユハラムも、無駄に命を散らすことはなかった。


 ピーターの言葉が、いまさらになって重く響いた。

 辺境惑星群は、軍事惑星より危険だよ、と。


 彼は、なんとか双子を説得して、帰そうとした。

 それを振り切り、来てしまったのは自分たちだ。


 挙句に、――ヒュピテムとユハラムを、巻き込んでしまった。


 後悔しても、し足りなかった。

 ふたりはもう、もどらない。

 バンクスも、いない。


 自分たちがしたことはなんだったのか。

 ヒュピテムたちが亡くなったのは、自分たちのせいだ。


 双子は、マイヨの慰めの言葉も届かず、部屋にこもりきりになった。


 不運は続く。王都付近の治安がますます悪化し、ケヴィンたちはもどれなくなった。マウリッツが、「帰還はもうすこし待って欲しい」というのに、双子はうなずいた。


 もう、なにも考えられなくなっていた。





 ――ケヴィンたちが遠く、L03で、バンクスの訃報(ふほう)を受け取った翌日。


「くそっ! 警察め、早まりやがって!」

「しっかりしろ! バンクスさん、もうだいじょうぶだからな!」

「もう、だいじょうぶだ――担架(たんか)を! 早く!」


 バンクスは生存していた。発見されたのは、「バンクスの死体」が見つかった、ソテロの森の奥の、山小屋だ。


 半年ぶりに山小屋にきた持ち主が、中に死体があったので、仰天して森の入り口にいたロナウド家の捜索隊に知らせたのだった。


 ロナウド家の捜索隊は、まだ撤収していなかった。


 そして、山小屋にあったのは死体ではなかった。バンクスは生きていたし、意識があった。


 先に見つかった死体同様、バンクスは右腕を怪我し、息も絶え絶えの状態ではあったが、生きていた。 


 刈り上げていた坊主頭は髪が伸び放題に伸び、顔は髭と垢にまみれ、面影はすっかり失せていた。愛用のキャップは、被っていなかった。


「ウサギが、――ウサギ、が」


 担架で運ばれていく最中、バンクスはそれだけ口にして、意識を失った。


 こんな深い森だ。ウサギくらいはいるだろうが――だれもが一度は足元を見たが、今は夜だ。ウサギなど、どこにもいなかった。


 満天の星空が見守る中、バンクスは救助された。

 それをケヴィンたちが知るのは、すべてが終わったのちである。


 そして、バンクスの訃報が届いて三日後――このカーダマーヴァの地で、あのバーベキュー・パーティーの仲間、ミヒャエル・D・カザマと再会することになろうとは。


 双子はまだ、知る由もなかった。






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