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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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261話 カーダマーヴァ村 Ⅰ 1


 来たとき同様、百人単位の感謝の舞を見ながら、「お元気で!」「マ・アース・ジャ・ハーナの神のご加護がありますように!」「救世主よ、永遠に……」などと映画の見出しのようなセリフに送られ、惜しまれつつ、ケヴィンたちは石の扉を開けて坑道に入った。


 マイヨもユハラムも、ずいぶんな健脚(けんきゃく)で、ケヴィンたちは己の貧弱さと戦いながら、励まされつつ坑道を抜けた。


「救世主様って、意外と体力がないのですねえ」


 マイヨはあきれたふうに言った。ケヴィンたちは、荷物が入った大袋にかくれたい気持ちだった。


「だから、救世主様ってやめてくれよ。――ねえ、ユハラムさんとヒュピテムさんからも言って。おれたち、そんなんじゃないし、情けないのはじゅうぶんに分かっただろ」


 ヒュピテムもユハラムも、笑った。


「マイヨ、ケヴィンさんたちがそう仰っているのだから、旅の間は、様をつけなくてもいい。ふつうにお呼びしなさい」


「よろしいのですか!?」

 マイヨは、感激して飛び跳ねた。

「で、では――ケヴィンさんと、アルフレッドさんと呼んでも?」


「同い年なんだから、呼び捨てでいいよ」

「そ、それはいけません!」


 マイヨは猛然と首を振ったが、彼らが打ち解けて仲良くなるのは、すぐだった。なにせ、ケヴィンの唯一の特技といえば、たいていの人間とはすぐ仲良くなれることだったから。


 出発して数日は、おだやかな旅だった。


 石でできた住居がつづく、ほこりだらけの街を抜けたと思えば、大きな川沿いにたどり着いた。一日かかって、大きな森も抜けた。


 森の中では、ヒュピテムが鳥を狩ってきて、ユハラムが巨大な木の実を割って、その固い殻を鍋にして、鳥肉と乾米を入れたスープをつくってくれた。


 久しぶりに、腹がいっぱいになるほど、双子は食べた。ヒュピテムたちも、そうだったにちがいない。


 マイヨも、「お腹いっぱい。もう食べられない」と幸せそうに頬を火照らせた。


 木の実の中身は、くるみのような味がして、けっこうな栄養がある。それをポリポリ、みんなで齧りながら、火を囲んでいた。


「じゃあ、ユハラムさんも、ヒュピテムさんも、バーベキュー・パーティーのこと、知ってるんですか!? ルナっちのことも!?」


 ヒュピテムが、次期サルーディーバの護衛官だったとは聞いていたが、ユハラムが、バーベキュー・パーティーにきたサルディオーネの侍女だったと知って、驚いたのはアルフレッドだった。


「ええ、ルナ様という方は、われわれが直接お会いしたことはないが――サルディオーネ様も、サルーディーバ様も、親しくしておられる方です」


 ヒュピテムの言葉に、双子はふたたび驚いて、顎を外した。


「まあ――ケヴィン様方は、ルナ様のご友人! ――まあ、まあ!」


 ユハラムも、目を丸くしていた。


「おふたりは、あのバーベキュー・パーティーにいらしたのね。では、サルディオーネ様とも?」

「あ、いえ――サルディオーネ様、とはお話しできなかったんですが……。それで、えっと、ケヴィンは先に宇宙船を降りたから、あのバーベキューに参加したのは、ぼくと、ナタリアです」

「そうだったの……なんという奇しきご縁かしら」


 ユハラムもヒュピテムも、何度も感嘆したようにうなずいた。

 アンジェリカが参加した、あのバーベキュー・パーティーのあとは、サルディオーネが食べ物を投げつけられて侮辱されたと、サルーディーバ邸では、もう、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていたそうだ。

 

「アンジェリカ様はあのとおり、かまわぬお方ですから――でも、周りもそれを許すとは限りません。お言葉ではございますが、あなたの奥様の妹さんでしたかしら――命拾いなされましたわね……」


 ユハラムはしみじみと言った。ナタリアを奥様と呼ばれたアルフレッドは顔を赤らめたが、話を聞いていたマイヨの顔は、青ざめていた。満腹の幸せ感は、どこかへ飛んでしまったようだった。


「――怖いもの知らずだね。その人は。サルディオーネ様にそんなことをしたら、火あぶりか、ひどい拷問にかけられて、骨も残らないよ」


 マイヨは、本気で震えているようだった。

 サルーディーバのそばにつかえていたフードの老人が、宇宙儀の占いをつくったサルディオーネだとユハラムが説明すると、ケヴィンたちは、ブレアとイマリが命拾いしたことを、本気で実感したのだった。


「ほんとに、つくづく、おれもバーベキュー・パーティーに参加してから降りればよかったと思ったよ」


 ケヴィンのためいきのようなセリフに、皆は小さく笑い、

「いいなあ……とても楽しそうですね、地球行き宇宙船って」

 マイヨが、羨ましそうに言った。


「それにしても、不思議な縁だ」

 ヒュピテムも、感慨深く、嘆息した。

「オルドどのも――ケヴィンさんも、アルフレッドさんも、そして、われわれも、地球行き宇宙船にいた――」

「そうですわね……」

「サルーディーバさまの仰った、宇宙船のマ・アース・ジャ・ハーナの神が、本物だというのは、間違いではないのかもしれぬ」

「……」

「最初は、L03を追い出された悲しみが、あの方をおかしくしてしまわれたのだと思っていたが、ほんとうは――」


 ヒュピテムは、独白のように言葉を紡いでいたが、やがて、皆の目が自分に集中しているのに気付き、咳払いをした。


「いや――これは、失礼」


 ユハラムは、どこか悲しみの面持ちでヒュピテムを見つめた。


「今夜は、私が寝ず番をいたします。皆さまは、お眠りください。マイヨも、休んでいい」


「ほんとうですか!? ありがとうございます!」

 マイヨは喜んで、毛布を持って(ほろ)の中へ入った。


「ユハラムどのも」

「――はい。では、今夜はお先に」


 明日も早くから、馬車を走らせねばならない。ケヴィンとアルフレッドも、火のそばで、毛布にくるまった。


 旅は、つづいた。


 砂漠に入ればカーダマーヴァ村はすぐだが、なにがあるかわからないので、食糧の節約のために、森で木の実をいくつか収穫した。


 川沿いでは、魚を取って食べた。


 寒すぎて、川で水浴びをすることは叶わなかったが、顔と足を洗うことぐらいはできた。


 ケヴィンとアルフレッドも、旅路の中では火を焚いて夜の番もしたし、馬の駆り方を教えてもらって、不器用ながらも、少しだけ馬車を動かしたりした。


「今は、このあたりだよ。今のところ、なにごともなく進んでいるから、ちゃんと予定の日には、村に着く」


 マイヨは、地図をケヴィンに見せてくれた。今日の寝ず番は、マイヨとケヴィンだ。たき火を絶やさないようにしながら、地図を広げる。マイヨは夜食にと、粉ミルクを湯に溶いたものをつくってくれた。


「君は、L03中の地理を知ってるの? ヒュピテムさんがそう言ってた」


 ケヴィンが聞くと、マイヨは胸を張った。


「わたしの家族は、わたしが生まれる前から、原住民に追われながら、L03中を転々としたんだ。だから、自然と地理に明るくなった。わたしが下級予言師になれるってことが分かってから、家族は王都のそばに住めるようになったから、旅は終わった――まあ、わたしは予言師として王宮には入れたけど、たぶん、一生掃除係さ」

「……」

「下級予言師なんて、そんなもん。でも、住処(すみか)が定まらない生活よりは、よっぽどいいよ」


 今王都の中は、王宮護衛官が守っている王宮以外は、原住民の集団に支配されている。おそらく、マイヨの家族はもう生きてはいないだろうとのことだった。


「L20の軍に助けられていればいいけど……原住民が入った途端に、王都の門は内側から封鎖されてしまった。わたしの父も母も、姉も、弟も――たぶん、もういないよ」


 王宮にいたマイヨだけが、助かった。だが、飢えて死ぬのも時間の問題だった。食糧は、サルーディーバにサルディオーネ、王宮護衛官、上級貴族に優先的に与えられる。

 

 マイヨたち雑用に食糧が渡ったのは、ケヴィンたちが持ってきた食糧が、二週間ぶり。マイヨたちは、王宮の庭に生えている草をかみ、水を飲んで生きながらえて来た。


 ケヴィンは、自分たちが「救世主」と呼ばれた意味が、ようやく分かった。


「ケヴィンが食糧を持ってきてくれなかったら、わたしは、今、ここにいなかったよ」


 マイヨは、潤んだ目でケヴィンを見つめた。


「わたしは、地理に明るいということで、なにかの役に立つから、きっと食糧をもらえたの。――同じ下級予言師でも、もらえてない子がいた。あの子、たぶん死んじゃうよ――でも、わたし、パンを分けてあげられなかった。分けてあげなきゃなんて思ったときには、パンは消えてたの。わたしがぜんぶ、食べちゃってた……」


 マイヨは、一粒、涙をこぼした。気丈なマイヨが、おそらく王都閉鎖のあと、初めて流した涙だった。


 ケヴィンは、声を殺して泣き続ける彼女の背を撫でながら、キンと冷えた夜空に浮かぶ、星々を見つめた。


 さらに旅は続く。


 ヒュピテムの持っていた何枚かの古い地図のうち、「カーダマーヴァ村」の場所が記された地図が広げられるようになった。


 その地図を見て、アルフレッドが仰天した。


「カーダマーヴァ村って、山の上なんですか!?」

「はい。そうです」

 ヒュピテムの冷静な返事が返ってきた。

「もしや、ご存じなかったのですか」


 カーダマーヴァ村は、ガルダ砂漠を超えた先の、標高3997メートルの山岳にあった。

 これは、双子にとってかなり想定外のことであった。


「かなり標高高いけど……」

「これって、それなりの装備が必要なとこなんじゃない?」


 双子は、おさないころ、アクティブな父母にくっついてよく登山もしたし、ふつうのひとよりは、気圧の変化に慣れているほうだと思う。


 リリザのイアラ鉱石採掘ツアーにも参加した。双子がお守りのように首から下げているペンダントは、採掘ツアーで発見し、加工したものだ。


 山は好きだし、慣れている。

 でも、この高さは――。


「カーダマーヴァ村は聖地であり、守護の地です。古くからの文書だけでなく、このL03の大地の水源も守っているのです」


 ユハラムの話によると、カーダマーヴァ村は、「ベベナの姫」と呼ばれる大河の源流があり、L03でもっとも大きな大陸、ベベナの水源を守っている。氷山でもあり、水の元でもあるのだ。


 峻険で、酸素が薄く、雪と氷に覆われた地。それゆえに守られている。

 簡単にはひとが踏み込めない場所なのだ。


「ヤバいよ。おれたち、登山道具も持ってきてない」


 ケヴィンは焦り顔をしたが、ヒュピテムが安心させるように言った。


「だいじょうぶです。カーダマーヴァ村のあるベベナ・ロギ・コブズ山は、今はL19の軍の許可がなければ立ち入ることができないようになっています。許可は下りています。麓のイナヘンダ村の、軍の駐屯所で、酸素ボンベや、登山の服も貸してくれますし、ジープでカーダマーヴァ村まで送ってくれます」


「ホントですか!!」


 ケヴィンとアルフレッドは声をそろえて叫んだ。


「でも、なんでそれを知って――」


 思わず口をついて出た双子の言葉に、ヒュピテムが、照れくさそうに携帯電話を掲げてみせた。




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