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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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259話 バンクスはどこだ Ⅳ 3


 次の日――オルドが待ち合わせ場所に来ると、大袋は五つに増えていた。ケヴィンとアルフレッドは、L03の衣装に身を包み、()えた匂いを放っていたヒュピテムもまた、身綺麗になっていたし、顔色もよくなっていた。


「なんだ。用意がいいじゃねえか」

 オルドは満足げな口調とは一致しない、凶悪な笑みを浮かべた。


 昨日、オルドが去ったあと、ケヴィンとアルフレッドは、自分たちが泊まっているホテルにヒュピテムを連れて行き、ヒュピテムのために宿を取った。固辞するヒュピテムを説得するのは骨が折れたが、「バンクスさんの捜索は、おれたちのわがままでもあるんです。だから、お礼くらいさせてください!」と双子は譲らなかった。ヒュピテムは根負けし、ふたりの好意を受けた。


 湯をつかい、(あか)を流したヒュピテムは、生き返ったようだと何度もいい、ふたたび、あの不思議な踊りをした。


 双子が、「もういいです! もういいですってば!」と止めるまで、何度も。


 ベッドで眠ったのは一ヶ月ぶり、入浴は二週間ぶり。ヒュピテムは、これも双子が強引に連れて行ったホテルのレストランで食事をしながら、双子がここまで来た経緯を聞いたのだった。


 そして今朝、ヒュピテムのアドバイスで、ふたりはL03の衣装を購入して着替え、金や貴重品は肌に身に着けた。


 すっかりふたりは、L03の住民だった。刺繍の入った真新しい貫頭衣に大判のストールを巻き、木綿のズボンを中に押し込む形で、あたたかいブーツをはいた。


「意外とこれ、あったかいんです」

「あたりまえだ。L03は寒いぞ。――俺がさせようと思ってた用意は、ぜんぶ済んでるな」


 オルドは二人の服装と、貴重品のしまい方をチェックし、増えた食糧の袋を確認した。食糧も、ケヴィンたちが持てるだけ、新たに購入した。


 さらにそこへ、オルドが持っていたボストンバッグが加わった。ボストンバッグは、一度開けたら、もうジッパーをもどせないほどパンパンだった。


「え? オ、オルドさんも?」


 開けたら元には戻せないというので、「中身は食糧ですか」とアルフレッドが聞くと、オルドは淡々と内容を読み上げた。


「食い物は食い物だが、こっちはサルーディーバに食わせろ」


 離乳食に、インスタントのスープ、レトルトの粥やリゾットといった流動食ばかり入れたとオルドは言った。


 経口補水液に、スポーツドリンク、薬や包帯などの医療品に、L03の一番最近の新聞をいくつか、あと懐中電灯、電池数本。小型ラジオ。電源のない地域でも、充電ができるバッテリー。


「……!」


 ケヴィンたちには想像もできなかったものばかりで、「食糧のことばかりで、そこまで気が回らなかった」と、ヒュピテムもまた踊りそうになった。


 オルドはだれも踊らせないために、間髪入れず、ケヴィンへ別のものを放り投げた。


「こ、これは?」

 受け取ったものは、懐中電灯がついたヘルメット。


「おまえら、ちいさいランプの明かりだけで、坑道を抜ける気でいるのか。ヒュピテムは大丈夫だろうが、おまえらは多分無理だぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「ここらで買える範囲のものだけだがな……。ライトの電池は、一週間は持つ」


 ヘルメットはヒュピテムの分もあった。彼は不思議そうにヘルメットの電燈を見つめていたが、アルフレッドがつかいかたを教えると、「こんなものがあるのですか!」と感動を新たにしていた。

 オルドはさらに、ヒュピテムに携帯電話を渡した。


「これを、王宮内に籠城してる護衛官の中でも、おまえが信頼している奴らに渡せ。俺が直接、中の奴らと交渉する」


「――わかりました」

 ヒュピテムは緊迫した顔で携帯電話をにぎりしめた。


「つかいかたは分かるか?」

「私は、地球行き宇宙船にいましたのでなんとか。わからない者には、私が教えます」

「頼んだぞ」

 オルドは再び、人がいいとは言えない笑みを刻んだ。


「あなたがたには、感謝のしようがありません」

 またもや感謝の踊りをしようとしたヒュピテムを、オルドはさえぎった。

「ああ、報告だけするぞ、イタラチルは無事だ」

「ほ、ほんとうですか!?」

「だが、セゾはダメだった。王都から、イタラチルへの道で倒れているのを、俺の仲間が見つけて病院へ運んだが――長くは持つまいとのことだ」

「――!!」

「ケガはない。だが衰弱している。おそらく栄養失調だ」


 短く告げられた事実に、ヒュピテムの拳が、爪が食い込むほど強く、強く握られた。


 痛みをこらえるような顔で瞑目したヒュピテムだったが、やがて、「そうですか――何から何まで、ほんとうに、ありがとうございます」

 と今度は踊らずに、オルドに礼を言った。


 そして、「私からは、これを」と言って、オルドに折りたたんだコピー用紙を手渡した。


 オルドが受け取り、開くと、それはA3のコピー用紙の隅々まで書かれた、詳細な地図だった。昨夜、ヒュピテムはこれを、ホテルの部屋で、徹夜をして書いた。


「おまえ、」

 オルドが思わず顔を上げた。


「坑道の地図です」

 ヒュピテムはすかさず、言った。


「――私は、もう二度も命を捨てているんです。一度は、メルーヴァ様の革命にともに立ち、長老会を追いつめた戦のとき、そして二度は、次期サルーディーバ様に、私がスパイだったと知れたとき」

「……」

「私はもう二度も、死んでいておかしくないのです。いまさらこの命、惜しくはない。惜しいのは、サルーディーバ様のお命」


 オルドがなにか言いかけたのをさえぎり、ヒュピテムは言葉をつないだ。


「それから、これはあなたのお手柄にしてください」

「!?」


 滅多に表情の揺らがないオルドの顔に、驚きが表れた。


「アーズガルドではなく、あなたのお手柄に。私はあなたという方を信じて、この地図をお渡しするのです。アーズガルドでも、軍事惑星でもない。――あなたは、“飢える苦しみを知っている”とおっしゃられた。――私もわかるつもりです。権力の中枢で、身分の低いものがのし上がっていくことの大変さが」


 オルドは、何も言わなかった。ただ、ヒュピテムのおだやかな双眸(そうぼう)を見つめた。


「私も、もとは下級貴族です。王宮護衛官の中でも身分は低い。あなたのお話を伺っていると、もと傭兵だということがわかりました。それに、フェリクスと名乗られた。アーズガルドの者ではないのに、ハトの紋章を身に着けることが許され、現当主の秘書をなさっている。……軍事惑星のことはくわしくはありませんが、元傭兵の方が、それだけの地位に着かれているという、ご苦労はお察しする」

「……」

「ですから、どうかあなたの手柄に」


「フフッ」


 オルドが笑った。かつて、ルナとケヴィンたちが友人だと知ったときと、同じ笑みだ。


「なかなか、話の分かる男だ」


 オルドは地図をたたんで、スーツの内ポケットにしまった。


 混雑するロビーからはだいぶ離れた場所に、サルーディーバ専用の宇宙船が出航するステーションの入り口はあった。


 ヒュピテムは、大袋を三つにボストンバッグを背負っても身軽に歩けたが、ケヴィンとアルフレッドは大袋ひとつずつでもやっとといった有り様だ。


 やっと宇宙船入口についたころには、ぜいぜい言って、座り込む双子だった。


「先が思いやられるな」

 とオルドは呆れ声で言ったが、

「無理なく、まいりましょう」

 ヒュピテムが励ましてくれたので、双子は救われる思いだった。


 オルドは、だいぶ遅れ気味の双子をしり目に、長い廊下を歩きながらヒュピテムと話していた。


「王宮はあとどれくらい持つ?」「――問題は食糧です」「王都入り口のL20の情報によると……」


 などの言葉が、断片的にケヴィンたちの耳にも届いたが、ふたりが話していることははっきりと聞こえなかった。だが、オルドがケヴィンたちの安全を考えてくれていることだけは分かった。


 ケヴィンたちが、王宮に行っても大丈夫なのか――王宮は安全か。いまのところ、原住民の総攻撃は、王宮側から見ても、L20の軍情報と照らし合わせても、なさそうだった。


 宇宙船の入り口――オルドがもうこれ以上先には行けないというギリギリのところまで来て、三人を見送りながら、言った。


「コジーと、アルフレッドの恋人だとかいうナタリアには、俺から連絡をする」

「えっ」

「これからは、毎日の定期連絡が無理なこともあるだろう。三ヶ所にしなきゃいけねえというなら、猶更(なおさら)だ。だからおまえらは、俺にだけ連絡をしろ。俺がそいつらに連絡をとる。いいな?」

「……」

「それから、俺の仲間にも坑道のことはつたえておいた。王宮がヤバくなったら、そいつらが、おまえらを救出する。だから、なにがあっても、三日は待て。助けに行くから」


 双子は目を丸くしていたが、ついにケヴィンが口を滑らせた。


「オルドさんって、ほんとに優しいなあ」

「!?」


 細い目を、これでもかと見開いたのは、オルドだった。


「じゃあ! オルドさん、ほんとうにありがとうございます!」

「あっちについたら、すぐ電話します! だからしばらくのお別れですっ!」


 アルフレッドとケヴィンは、L03の感謝の踊りを、真似した。オルドは先の口撃が思ったより効いたらしく、彼にしてはすぐ返事が返せないでいた。

 ヒュピテムも、いかつい顔に笑みを浮かべ、踊った。


「あなたに、マ・アース・ジャ・ハーナの神の恵みがありますように」


 オルドは、見たくもない感謝の舞いを三人分も見ることになった。三人が、舞いながらベルトコンベアで運ばれて行くさまは滑稽(こっけい)そのものだったが、オルドは笑う気にもなれなかった。


 三人の姿がすっかり見えなくなったところで、オルドは鼻を鳴らし、携帯電話を手にした。


『はァい。こちらロゼッタ』


 相手は、ケヴィンたちのガイドを任せようと思っていた、もと仲間だ。


「オルドだ。とんでもねえモンが手に入ったんで、今から送る」


 オルドは告げたあと、一度電話を切り、ヒュピテムからもらった坑道内の地図をスキャンして、ロゼッタに送った。またすぐに電話をかける。


『オイオイオイ。マジかよコレ! どっから手に入れた』

「さる筋からだ。相手は言えねえ。処刑覚悟でくれたモンだ」

『本物か?』

「信用していいと思う。あっちも援軍を期待しているからな」

『……なるほど』


 しばらくガチャガチャいう音が電話の向こうから聞こえた。オルドは、音がやむのを待ってから、続けた。


「ところで、このあいだから言ってたケヴィンたちの護衛なんだが、変更だ。ロゼッタたちは、このまま坑道の最短ルートを探ってくれ。それから、一名は別行動でケヴィンたちの追跡を」

『了解。――目的地って、カーダマーヴァ村だっけ?』

「そうだ」

『そっか。そうだね……案内人がL03のひとになったんだもんね……。多分大丈夫だと思うけど、軍で酸素ボンベとか登山道具借りられるって、知ってるかな。一応、近くまで行ったら、地元民装って接触してみるよ』

「頼むぞ。それから、サルーディーバのいる宮殿内部まで入れるか?」


『それは無理だな』

 ロゼッタが声を落とした。

『L03ってのはさ、たしかに文明は原始レベルで、大ざっぱなとこは大ざっぱなんだけど、妙にカンのいいヤツが多いからな』


 特に宮殿内は、位の高い「予言師」というのがウジャウジャいる。おそらく、すぐ見つかってしまうだろうとのことだ。


『予言師ってのは、多分、“あたしらが来ることを事前に予言しちまう”んだろうな。それでなくとも、カンのいいヤツは大勢いて、怪しい動きは一発でバレる。首都に近づけば近づくほど、隠密行動は難しくなる。あいつら、なんだか分からないけど、すぐ見破るんだ。まったく、つくづく、こっちの常識が通用しない相手だよ』


「……そうか」


 ロゼッタは、アンダー・カバーのメンバーでも古株で、L03で情報収集の任に当たっているため、ここでの暮らしが長い。彼女がそういうのだから、宮殿内部までの護衛は不可能か。


 ロゼッタは、少し迷ったあと、言った。


『L03の予言師連中のカンが通用しない傭兵がいるのは知ってる』

「ほんとうか。どこだ?」

『ヤマト』


 短く告げられた名前に、オルドもしばらく押し黙った。ロゼッタが続けた。


『あたしも、現場を見てたわけじゃないし。限りなくウワサに近いんだけどね。ウチの探偵ぽいのと違って、あっちはマジもんの“隠密”じゃん。予言師の予言も、すり抜けられるってウワサ』

「ウワサ、なぁ……」

『あと、白龍グループの黒龍幇(ヘイロンパン)ね。でも、あそこもヤマトとつながりあるって話だし、結局のとこ、ヤマトってこったろうね』


 オルドが黙ってしまうと、ロゼッタは早口で言った。


『ま、そういう話もあるってだけだから。ウチじゃサルーディーバの救出までは無理そうだし、でかいグループに頼んで』

「ああ。そっちは目星がついてる――そうだ。金は振り込んでおいたぞ」

『マジで? 終わってからでいいって言ったのに――うわ! こんな大金、大丈夫なの!?』


 振り込まれた金額を確認したロゼッタは、悲鳴のような声を上げた。


「それだけでかい仕事ってことだ。気は抜くなよ」

『わーってるって! じゃ、ケヴィンとアルフレッドってひとの姿確認したら、また連絡する』

「ああ」


 電話は切れた。


 オルドは、声が震えていなかったかどうか心配した。ロゼッタはいつも通りだ。オルドの変化に気づいてはいないようだった?

 そうだ、でかい仕事だ。

 声は分からないが、手は震えている。頭は興奮状態だ。

 とんでもない僥倖(ぎょうこう)が飛び込んできた。


(悪いな、ヒュピテム)


 サルーディーバ救出の名誉は、アーズガルドが。


 ――いや。

 ピーターが、もらう。




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