259話 バンクスはどこだ Ⅳ 1
ケヴィンたちは、L22から、ふたたび三日かけて、辺境惑星群の出入り口であるL09に到着した。
八月も、あと一週間ほどで終わろうとしている。バンクスを捜して、L18に行こうと決意したのが八月の初めで、早一ヶ月経とうとしているのか。
(バンクスさん――どこにいるんだよ。はやく、出てきてくれよ)
イシュメルも夢に出てきてくれたのに、バンクスは、ケヴィンの夢に出てきてくれたことなどない。
(せめて夢に――出てきてくれねえかな)
そして、どこにいるのか教えてくれ。
ケヴィンもアルフレッドも、そう叫びたい気持ちでいっぱいだった。
L09のスペース・ステーションは、大混雑だった。何度か来ているケヴィンも驚くような人混み。見渡す限り、民族衣装を着た人間であふれかえっていた。
「これは……想像以上だな」
オルドも困り顔をした。
「今週中にあっちへ行けるかどうか」
チケット売り場にきてようやくわかったが、そもそも、L03行きの宇宙船は、出ていなかった。あちらの治安次第で、数日に一回出ればいい方だった。
宇宙港内の混雑は、これが原因か。
ケヴィンとアルフレッドは、L03へ行ける宇宙船のチケットを買い、スペース・ステーション内のビジネスホテルに宿を取り、便が出るのを待つことにした。ホテルがすいていると思ったら、ロビーのあちこちで、横になっている人の姿――これも、辺境惑星群ならではだった。
「毎日来て、便が出るとなったら、すぐ列にならべ。グズグズしてると乗り遅れるし、こればかりは、ウチの顔も効かねえからな」
オルドのアドバイスに、ふたりは従った。ガイドは、オルドの傭兵時代の仲間が引き受けてくれることになった。彼女は任務で、今L03にいるらしい。あとは、ふたりがL03に向かえばいいだけだったが、それがなかなか叶わなかった。
まるで、ふたりの渡航を阻むかのように、L03への便は出なかった。
オルドは、「ひとつきはかかると思え」と言ったが、まさしくそのとおりになった。
一度だけ宇宙船は出航したが、ケヴィンたちの整理券では、その宇宙船には乗れない。次回の出航を待つことになった。
九月に入り、毎日、交代で宇宙港に通う日々がつづいた。
L05経由や、L06経由など、ほかの航路で行けないか、あらゆるルートを探したが、そもそもが、L03の治安悪化のせいで便が出ないので、どの星を経由しても無駄だった。
危険な目にこそ遭っていないものの、あまりの無為と退屈に、このまま便は出ないのではないかと、忍耐強いほうのアルフレッドさえ、渡航をあきらめる気持ちが湧いてきたほどだった。
待ち続けるひとつきの間に、オルドが二、三度様子を見に来てくれたが、状況は変わらなかった。アーズガルドの捜索もまったく進展なく、バンクスは見つかっていない。
「今日も、出ねえな……」
さすがのオルドも、九月半ばを過ぎたころには、ぼやいた。
「ほかの渡航方法をさがすか……だが、L05からも、最近は出てねえしなァ。おまえらのためだけにウチから宇宙船を出すのは無理だし……」
アーズガルドの軍隊は、辺境惑星群には出ていないし、ロナウドの軍も、つぎの渡航は二ヶ月先だった。
まったく数字を表さない、L03行きの宇宙船の出航時刻を知らせる電光掲示板を、ケヴィンたちが戦慄するほどのしかめっ面でながめていたオルドが、ふいに、ひとりの人間に目を留めた。
「どうか! 私の話を聞いてくださいませんか! 少しだけでも」
その男の声は大きいので、離れたところにいるケヴィンたちをも振り向かせるほどだった。
貫頭衣の男が、人を呼び止めては、なにか頼みごとをしているのだ。彼のそばには、大きな袋が三つも置いてある。
「あのひと、またいる」
「また?」
アルフレッドのつぶやきを、オルドが拾った。昨日はアルフレッドが、構内で一日待機していたのだった。
「きのうもああやって、人を呼び止めてはなにかお願いごとをしてるみたいなんです。でも、だれも立ち止まってくれなくて――立ち止まって話を聞いてくれる人がいても、すぐ立ち去っちゃうんです」
「名前は?」
めずらしくオルドが他人に興味を示したので、双子は驚いた。
「さあ――でも、言葉を拾っていると、どうも、L03のひとのようです」
アルフレッドは首を傾げながら、大男の方をながめた。
「もしかして、L03行きのチケットがあったら譲ってくれとか、頼んでいるのかな?」
ケヴィンも首を傾げた。
「チケットがあっても、便が出ないのにな」
「次回の便の整理券を譲ってほしいのかも」
「そうか。なるほど」
オルドが、なにを思い至ったのか、急にその男のほうへ向かった。双子も顔を見合わせ、オルドのあとを追った。
「すみません、お願いです! 私の話を――すこしだけでも聞いていただけないでしょうか」
「L03行きの渡航チケットなら、渡せないよ。第一、まだ宇宙船がでないんだ」
「ちがいます、そうじゃないんです、どうか――!」
「おい」
道歩く人を強引に呼び止めていた大男は、オルドに呼ばれて、こちらを向いた。
「おまえ――もしかして、王宮護衛官じゃねえか?」
大男は、目を瞬かせた。
「いかにも――私は、王宮護衛官、ヒュピテム・H・エルバスと申します。――あなたは?」
「やっぱりな。L03あたりで絹の衣装を着た体格のいい男なんざ、王宮護衛官に決まってる。――俺はオルド・K・フェリクス。アーズガルドで秘書をやってる」
オルドは、襟裏の、ハトの紋章を見せた。ヒュピテムという体格のいい男は、まじまじと紋章を見て、「軍事惑星群の方ですか。アーズガルドの方が、私になにか……」と不審な顔をしたが、オルドはにやりと笑った。
「まずは、そっちの話を聞こう。交渉次第じゃ、おまえの願いをかなえてやることができるかもしれん。だが、こっちも頼みたいことがある――どうだ? おまえの話も聞くが、こっちの話を聞く気は?」
「……」
ヒュピテムは一瞬、迷い顔を見せたが、やがてうなずいた。
構内の喫茶店に入るのに、ヒュピテムは二の足を踏んだ。
「恥ずかしながら、自由につかえる金がない」
彼は、でかい図体を縮めていったが、オルドは、
「交渉代だ。俺が持つ。――ロビーじゃ落ち着いて話もできやしねえ」
と顎をしゃくった。たしかに構内は、人の怒声であふれかえっている。主に、「L03行きの宇宙船はいつ出るんだ!」という苛立ちの叫びで。
以前出航した日付から、十日以上も経っているのだ。無理もなかった。
席につき、ヒュピテムがメニューの写真に目を吸い付けられ、ごくりと喉を鳴らすのを、ケヴィンとアルフレッドも見た。
「――いつから食ってねえ」
オルドが聞いた。
「え?」
ケヴィンたちは、思わずヒュピテムの顔を見た。
ヒュピテムが持っていた袋は、中身が見えた――缶詰や日持ちのするパン――すべて、食糧だったのに。
ヒュピテムは、身の置き所がないといった表情になった。
「口にするにもお恥ずかしいことながら――一週間になります」
「一週間!?」
ケヴィンとアルフレッドは叫び、オルドに「うるせえ」とにらみつけられた。ウェイトレスが来ると、オルドは勝手に注文した。コーヒーを三つと、コーヒーつきのランチを大盛りで。
「い、いえ――私は、」
ヒュピテムはあわてたが、オルドはあくどい笑みを浮かべた。
「借りをつくるのがいやか? 俺たちの要求は、生半可なことじゃねえからな」
「……」
ヒュピテムは、困り顔になった。オルドは、無表情のままテーブルを見つめ、言った。
「――俺も、飢える苦しみは知ってる」
ケヴィンたちは、今度はオルドの顔を見、ヒュピテムも、真剣な目をオルドに向けた。オルドはだれも見てはいなかった。
「食い物をあれだけ持っていながら食ってねえっていうのも、おまえの頼みごとに関係があるんだろう。――まずは食え。話はそれからだ」
ランチはすぐに運ばれてきたが、ヒュピテムはそれをものすごい形相で見つめながら、なかなか手を出さなかった。
「おい、一度出るぞ」
オルドは双子をうながし、席を立って、会計をした。余分に紙幣をだし、「あの男が満足するまで、食わせてくれ」と言って、店を出た。
三人が店の外に出たとたん、獣のような勢いで、ヒュピテムがランチをかきこんでいるのを、ケヴィンたちは見た。
「王宮護衛官だ。ひとに食い物を恵まれるのも、あんな食い方を見られることも、屈辱だろう」
「……」
ケヴィンたちは言葉を失った。
外から中が見える窓ガラスの向こうで、背を丸め、一週間ぶりの食べ物を貪っているヒュピテムに、バンクスの姿を重ねた。
バンクスは、飢えていないだろうか。いったい、バンクスは、どこにいるんだ。
ふたりは見ていられなくて、やがて目をそらした。
「今日は帰るぞ。――どうせ便は出ねえ」
オルドは、双子に背を向けた。
「あの男は、明日もここに来る」




