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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい椋鳥篇~
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256話 バンクスはどこだ Ⅰ 1


 ――L52の首都、ラスカーニャ。


 ラスカーニャ一番の大手出版社、バートン社では、階下ロビーの待合室のソファで、ケヴィンと、彼を宇宙船でスカウトした編集者――もと編集長が、真剣な顔でにらみあっていた。


「ケヴィン君、それだけは認めるわけにいかない。あきらめなさい」

「――でも!」


 ケヴィンは、何度となく叫んで、それから周囲を見やって、声を低めることを繰り返したか分からない。


「でも! おれは、L18に行きたいんです。――バンクスさんを探したい」

 

 バンクスは、もう一ヶ月以上音信不通になっている。彼に、なにかあったに違いないことは、ケヴィンにも、もう分かっていた。


「何度も言うが、今のL18は――軍事惑星は危険だ。ケヴィンくんがひとりで――いや、アルフレッドといっしょだったとしても、認められない。危険すぎる」


 このやり取りを、何度繰り返したかわからない。

 ケヴィンも、危険は百も承知だった。でも、このまま黙っているわけにはいかなかった。

 せめて、バンクスがアランの足跡を追ったように、自分もバンクスの足跡を追い、彼がどこで消えたのか、確かめたい。

 彼の身に、なにが起こったのか。


「――おれも、無理なこと言ってるって、分かってます」


 ケヴィンは、悔しげにうつむいた。


「軍事惑星が、いま、すごく危険なのも知ってる。だけど、おれ、あれからずっと眠れないんです」


 ケヴィンは、隈のできた目じりを赤くしながら、言った。


「バンクスさんが、怖い目に遭ってんじゃねえかって、心配で――あのひとは、おれに勇気をくれたひとなんです。おれに、いろんな経験をくれたひとだ。あのひとがいなくなっちまったら、アルの数少ない読者がいなくなっちまうことになる。お願いです。危ない場所には行かないし、下調べは十分します。だからどうか、ガイドを手配してくれませんか。金のこともあるし、長い滞在にはなりません――どうか」


 ケヴィンが座っていたのはソファで、ガラステーブルがあったために、土下座とまではいかなかったが、それに近いことにはなった。ケヴィンは額をガラステーブルにぶつけた。さっきから、何度それをしたか分からない。


「今行動しなかったら、おれ、ずっと自分を責め続けることになる! バンクスさんを見捨てたって気持ちが消えない。こんなんじゃ、小説だって書けやしない。だから――お願いです!」


 編集者は、苦い顔を隠しもせずに、ずっとケヴィンのうなじを睨みつけていたが――やがて、大きく息をついた。


「バンクス君も、罪作りなことをする」

 編集者は、ぜったいにほどくまいとしていた、腕組みを解いた。

「わかった」


 ためいきまじりのひとことに、ケヴィンはがばっと顔を上げた。


「約束してくれ――ぜったいに、危険な場所には行かない。自分の足での調査が無理だとわかったら、世話人にまかせること。滞在は、一週間だ。往復含めてね――金は出ないよ。いいね?」


「はい! わかってます!」

 ケヴィンはやっと、顔を輝かせた。


「それから、君が行くのは、L18じゃない。L22だ」

「――え」


 ケヴィンの顔から輝きが失せ、わずかな失望が現れたが、編集者は譲らなかった。


「L18は危ない。君がかつてバンクスについていったときより、状況は悪くなっているんだ。だから、L18だけは行かせられない。――アーズガルド家の主を紹介するよ。ピーター・S・アーズガルドといって、若いが、なかなかの人物だ。バンクスは、彼の仲立ちで、うちの出版社に来たんだよ」


「ほんとですか」


「おそらく、アーズガルド家でも、バンクスのゆくえを追っている。君は、一番近いところで、彼の消息を聞くことになると思う。私が協力できるのはそのくらいだが――そのあたりで、おさめてほしい」


「……わかりました」

 ケヴィンは、しばらく自分の膝頭を見つめたが、やがてうなずいた。

「ありがとうございます! おれ、行ってきます!」


「気を付けるんだよ。かならず、世話人の指示には従うことだ。――出航はいつにするね?」

「チケットが取れたら、明日にでも、出発しようと思います」

「わかった。あちらに連絡しておこう」


 アーズガルドに連絡がついたら、あらためてケヴィンに知らせると編集者は言った。

 ケヴィンは、何度も頭を下げて彼に礼を言い、来たときとは真逆の、軽やかな足取りで、社を出た。

 




「――ほんとうに、ガイドをつけてくれることになったの」

「ああ! だからおれ、行ってくるよ」


 ケヴィンの話を聞いて、アルフレッドの頬にも赤みが差した。ケヴィンも今夜は、ひさしぶりにゆっくり眠れそうだった。

 彼は、この一ヶ月、ほとんど眠れていなかったのだ。


「そう。よかったわね」


 ナタリアも、ひさしぶりの休暇で、アパートにいた。休暇といっても、彼女は勤勉だから、ケーキの研究に時間を割くことがほとんどだったが、今日はめずらしくキッチンではなく、リビングにいた。

 

 ケヴィンの帰りを、アルフレッドと一緒に待っていたのだった。


 ナタリアも、バンクスの話を、ふたりからよく聞いていた。バンクス本人にも、一、二度会ったことがある。


 彼女も、彼が行方不明になったことを心配していた――それ以上に、ケヴィンが彼を探しに行くというのを、心配し、当初は反対していた。ケヴィンに危険が及ぶかもしれないことは明白だったからだ。


 だがここ一ヶ月、心配のあまり、ケヴィンが憔悴(しょうすい)していくのをそばで見続けたナタリアは、なんとか安全な方法でバンクスを捜しに行けないか、彼女なりに考えた。そして、提案したのだった。


「出版社の編集長さんに頼んで、ガイドを手配してもらったら?」と。

 

「滞在期間は一週間なのね――お金はだいじょうぶなの」


 ナタリアが聞くと、ケヴィンは通帳をかかげてみせた。


「バンクスさんが振り込んでくれたバイト代が、とんでもねえ金額だったからな」

「まるで、そのお金で俺を捜しに来いって言ってるみたいね」


 ナタリアは肩をすくめた。それを見て、アルフレッドが、申し訳なさそうにつぶやいた。


「ナターシャ……ごめんね。その……ぼくは、あのお金を、君の出店資金に取っておこうとしたんだけど……」

「なにいってるの」

 ナタリアは目を丸くし、首を振った。

「アルのお金を、あたしはそんなふうに思ったことはないわ。――そんなことより」


 ナタリアは、手のひらサイズのポーチを、ふたりのまえに差し出した。


「アルも、行くんでしょ」

「え?」


 双子の兄弟は、そろって同じ顔で、同じ驚き方をした。ナタリアは笑った。


「アルも、バンクスさんからもらったバイト代があるのは分かるけど、あっちじゃなにがあるか分からない。だから、いざというときはこれをつかって」


 ケーキのワッペンが付いたポーチの中身は、通帳だった。ナタリアが、いつか自分の店を出すときのために、すこしずつ貯めこんできた出店資金だ。


「だ、ダメだよ! これは受け取れねえ!」


 ケヴィンがあわてて突き返したが、ナタリアは、強引に押しつけた。


「まだあまりたまってないし、足しにもならないかもしれないけど。――きっと必要になるわ。あたしがお店を出すのは、もっと、もっと先。でも、バンクスさんのことは、今しかできないでしょ」

「……」

「ケヴィンひとりで行くなんて、危ないわ。アルも行って。あたしのことは心配しないで――ケヴィンがひとりで行っちゃうことを考えたら、そっちのほうが持たないわ。あたしの心臓が心配でつぶれそう。分かってるでしょ。あたしが、ノミの心臓なのは」


 兄弟は顔を見合わせた。

 たしかにナタリアは、ふだんの声すら店内のBGMにかき消されるほどおとなしかった。

 ずいぶん、変わったと思う。――ルナと出会ってから。

 L52に来てからは、さらに。


「ノミの心臓の持ち主が、思い切ったことするよ」


 ケヴィンが冗談を言い、アルフレッドもナタリアも大笑いした。

 ケヴィンは、受け取った通帳を神妙に見つめ、「これをつかうまえに、バンクスさんを見つけて、帰ってくる」と決意に満ちた声で言った。

 ナタリアは、「そうして」とうなずいた。

 アルフレッドも、おずおずと、言った。


「ぼくは、ケヴィンのストッパーだ。ケヴィンが危険な場所に行きそうになったら、ぼくが止めるよ」


 アルフレッドも、バンクスを捜しに行きたがっていたことを、ナタリアはとっくに見抜いていたのだ。


「ふたりとも気を付けて――かならず、一週間後にはもどってきてね。それから、毎日、かならず一回は連絡をちょうだい」


「ああ」

 双子は強くうなずいた。





 ケヴィンとアルフレッドがL52を発ったのは、二日後のことだった。


 編集者がアーズガルドと交渉するのに、一日要したからだ。決まったあとは、すぐにチケットを取り、ふたりはひといきにL22へ飛んだ。軍事惑星群に入るには、どちらにしろL22を経由しなければならない。L22が軍事惑星群の窓口だからだ。


 L52からL22までは、三日かかる。

 L22のスペース・ステーションは、バンクスについて何度か来たことがある。広い構内を、地図を見ながらさまよい歩き、やっと西口のターミナルを見つけた。そこがアーズガルド家のガイドとの待ち合わせ場所だった。


 駅の玄関口に出ると、外にはスーツ姿の男性が待っていた。


 つめたく鋭い相貌(そうぼう)。ケヴィンたちと変わらない年代の若い男だったが、人相は悪かった。軍事惑星群の人間特有の険しさに、ふたりは一瞬怯んだが、彼のほうから二人の姿を見つけて寄ってきた。手持ちの写真と、ふたりの顔を見比べ、彼は言った。


「ケヴィン・O・デイトリスさん、で、弟のアルフレッドさん?」

「は、はい!」


 迎えの男は、無表情でふたりを確認した。どちらがケヴィンで、どちらがアルフレッドかを確認することもなかった。双子である彼らは、たいてい初対面には聞かれるものだが――彼には、どうでもいいのだろう。

 歓迎されていないのは、手に取るようにわかった。


「はじめまして。今回は、あの」

「俺は、オルド・K・フェリクスといいます。主ピーターの使いでお迎えに上がりました」


 彼は、握手のために手を差し出しもしなかった。そのまま踵を返し、路肩に止められている黒い車にふたりをうながした。


 ケヴィンとアルフレッドは顔を見合わせ、コクリと喉を鳴らして、車の後部座席に乗り込んだ。


 車は、ふたりが乗ったのをたしかめると、すうっと動き出し、主要道路に入った。


 L22は、L5系なみの近代的な大都市が星の半分を占めている。シャイン・システムも、L20よりはだいぶ普及しているはずだった。だが、なぜか迎えはシャインではなかった。


 アーズガルドは、マッケラン同様、軍事惑星の四名家のひとつのはずだが、車は高級車ではなかったし、ほかに運転手がついているわけでもなく、運転手はオルドだった。この車は、オルドの私用車かもしれない。


 雨が降ってきた。ワイパーが水を弾き、動くのを見ながら、ケヴィンが後部座席からオルドに話しかけた。


「急に、無理を言って、申し訳ありませんでした」

「……」

 オルドからの返事はない。

「……バンクスさんの行方は、やっぱりまだ」

「分からない。話すのは、ついてからだ」


 ぴしゃりとオルドはさえぎった。ケヴィンとアルフレッドはふたたび顔を見合わせ、「……すみません」と謝った。ここで彼の機嫌を損ねて、送り返されてはたまらない。

 ふたりは、着くまで、なんとか無言の緊張に耐えた。


 アーズガルドの屋敷に連れて行かれると思いきや、オルドが車を停めたのは、大きなホテルの駐車場だった。


 雨はいよいよ本降りになっている。地下駐車場に車を停め、オルドは無言でふたりに降りるよううながした――というか睨み付けた。


 ふたりは肩をすくめてキャリーケースを下ろし、彼のあとをついていった。


 ガラス張りのエレベーターで三十二階へ。マッケラン家の屋敷内にあったホテルに勝るとも劣らない高級ホテルだ。オルドは長い廊下を進んだ。廊下を進むあいだに生体認証がスキャンされていたことを、双子は知る由もない。


 皮張りのドアは、ロックもなく普通に開いた。


「もどりました」


 会食でもできそうな広さの室内に、濃いブルーのスーツにカラーシャツの若い青年が立っていた。髪色も濃いブルーだ。




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