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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~羽ばたきたい孔雀篇~
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255話 ギフト 2


 アズラエルとミシェルは、意味が分からず、話を聞いているだけだった。ミシェルはようやく言った。青いバチバチをまとわせているちこたんに危険を感じて。


「ちこたん、コーヒーちょうだい」

『かしこまりました』


 ペリドットは、近代兵器である電磁波砲を食らわずに済んだ。


「宇宙船のなか? あたし、あんまり、船内の場所は知らないよ?」

「しかし、おまえは知っているはずなんだ。大勢で会合できる場所を……」


 ペリドットは、引き下がらなかった。


「大勢……大勢? ううん? あたし、そんなにともだちが多いわけでは……」


 最近は、多くなってきた気がするが――。


「おおぜい? たとえば、このあいだのバーベキューみたいに?」

「そうだ」

「リズンとか、マタドールカフェ貸切るんじゃだめなのか」


 アズラエルが口をはさんだが、ペリドットは「そこじゃない」と言った。


「あそこは、予約しなければ無理だろう。そうじゃなくて、突然行ってもつかえる場所だ」


「そんなとこあるの?」

 ルナが逆に知りたいくらいだった。


「おまえは、知っているはずなんだが……」


 ペリドットの語尾も頼りなくなってきたときだった。キッチンのほうから、ピエトが駆けてきた。


「ル~ナ~! 餃子包むの、手伝ってくれよ~!」

「ぎょうざ? 今日はぎょうざだっけ」

「あっ! ペリドットさんもいる! 餃子一緒に食べていいから、手伝ってよ!」

「ぎょうざって、なんだ?」

「とっても美味しいものだよ!」

 ピエトが叫ぶ。


「ぎょうざ、ぎょうざ、ぎょうざ……」


 ルナは鼻をヒクヒクさせ、「ぎょうざ」とアホ面でつぶやいた。そして、思い出した。


「あーっ!!!!!」


 ルナの絶叫に飛び跳ねたのは、全員だった。





 結局、餃子は全員で包みきったあと、すばやく冷凍室に入れられた――夕食を取る場所が、変更されたからだ。


 ちこたんが淹れたコーヒーは、みんなで美味しくいただいた。


 全員――ルナ、ミシェル、アズラエル、クラウド、ピエト、レオナ、セルゲイ、グレン、セシルとネイシャに加え、ペリドット――ベッタラとニック、ナキジンまでもが急遽呼びだされ、ぞろぞろと、とある店舗に向かっていた。


「こんなにいっぱいは、入れるか分かんないよ。やっぱり予約しないとだめだと思う」


 ルナはしつこく言ったが、マイペースの究極の着地点であるペリドットは、「だいじょうぶだ」と言って、予約せずに向かった。シャインで一気に店舗の近くまでゴーだ。


 中央区の街中にあるその店は、繁華街のちょうど真ん中。ずいぶんな人通りだった。シャイン・ボックスは小路にあったが、それでも、この人数は目立った。


 シャインの前で待ち合わせていたベッタラたちと合流し、店の前まで来てようやく、アズラエルは「あ」という顔をしたし、セルゲイは、「ここは予約しなきゃ、この人数は無理なんじゃない?」と当然のことをいった。


 店は、「シャンパオ」という、いかにも高級そうな中華料理店だった。


「こんな服でいいのかな?」


 Tシャツのセシルが不安そうな顔をするくらい、格式ばった雰囲気の店だ。


 ルナは、「ぎょうざ」のおかげで、ようやく思い出したのだった。

 リリザの「シャンパオ」に入ったとき、支配人のおじいさんに、「大人数で会食をするときは、ぜひうちで」と言われていたことを。

 あのころは、こんなに大勢で食事をすることなど、到底思いもしないころだったから、すっかり忘れていたのだが。


「こんな街中に、夜の神の加護が強い店があるとは……」


 ペリドットには、店がなにか違う形で見えているのか、ひとりで感動していた。


「タツキの店が、こんなところにあるとはな」

「……!?」


 タキおじちゃんとお知り合いですか!? というルナの絶叫は、あやうく喉で食い止められた。


「やあやあ。ルナさん、ようこそおいでくださいました」


 ルナの緊張はまったく裏切られた。おそるおそる回転ドアを抜け、店に入ったとたん、ニコニコ顔の支配人さんが出てきて、ルナたちを歓迎してくれたのだ。


「やっと、来てくださいましたな」


 なにも、まったく、ひとことも、一ミリたりとも申し合わせていないし、予約すらしていない。だのに、支配人は予約でもしていたかのように用意が良かった。


 ルナのことなど忘れられているかと思っていたのに。リリザで会ったのは、ずいぶん前のことだ。

 ルナは戸惑い顔で、「こ、こんにちは」とあいさつした。


 支配人は、ルナたち一行を、奥に案内してくれた。

 店内は個室ばかりで、厚いカーテンで仕切られている。リリザの店舗と内装は似ている。


 こんな大勢で入れる部屋はあるんだろうかと思っていたら、支配人は、扉を開けて外に出た。


 そこは、庭の中をめぐる回廊だった。この繁華街のどこに、こんなに自然豊かな庭があったのか――ルナたちは、庭が見渡せる屋根付きの回廊を、ゆったり進んだ。


「夏はホタル。冬は多少寒いですが、雪景色も美しいですよ」


 支配人の言葉に、ルナは秋の紅葉も素敵だなあと思いながら、ライトアップされた庭を進んだ。水の音がするかと思ったら、小さな滝まであるのだった。池や川に鯉も泳いでいる。


 広大な庭に点々と明かりがついた戸建てがあって、そちらも客室であろうことは伺えた。


「こりゃ、ずいぶんいいところだぞ」

 クラウドがこっそりぼやいて、ルナに耳打ちした。

「ルナちゃん、どこでこんな店を知ったの?」

 それに返答したのはペリドットだった。

「クラウド、その好奇心は引っ込めておけ」

「え。引っ込めたほうがいいものなの?」


 ルナは無言でうなずいた。口だけでなく、指でもバッテンをつくって。


「そんなこといわないでさ、あとでこっそり……」

「命と引き換えになるぞと忠告しておく」

「そんなに大げさなことなの!?」


 クラウドは小さく叫んだが、なにやら察して、あとは無言になった。アズラエルもクラウドの肩を叩いて、首を振ったからだ。

 一番奥まった場所の、大広間にルナたちは通された。


「では、こちらで」


 ルナが夢で見た、お茶会のテーブルのようだった。円形ではなく縦に長く、二十人以上も座れる広さだ。部屋の調度品も豪華そうで、ピエトとネイシャは、一瞬にしておとなしくなった。いつもだったら物珍しげにあちこち見て回るのだが。


「料理のほうはいかがいたしますか。お好きなものを注文なさいますか。それとも、おまかせで」

「まかせてかまわんか」


 ペリドットが代表して言い、支配人がルナを見たので、ルナがうなずくと、「では、そのように」と支配人は下がった。


 同時に、チャイナドレスを着た美姫が、お茶を運んでくる。


「わし、生ビール!」

「僕も!!」


 ナキジンが手を挙げ、ニックがそれに乗った。ハラハラしているのはレオナだった。


「ちょ、居酒屋じゃないんだからさ!」

「生ビールですね。かしこまりました。ご遠慮なさらず。当店にあるものでしたらお持ちしますので……」


 美姫たちは愛想が良かった。レオナはほっとして言った。


「そ、そう? じゃああたしも遠慮なく……セシルの分と、生ふたつ! ピエトとネイシャはどうする? ジュースあるかい」

「ジュースは、そちらのメニューをご覧ください」


 ルナは絶妙に座り心地のいい椅子に腰かけ、キョロキョロ、部屋を見回した。隣のセルゲイが、こっそり、耳打ちしてくる。


「ルナちゃん、いつのまに、こんなお店を知っていたの」

「えっと、ううんと――リリザで、」


 言いかけたルナは、やっぱり硬直した。なんて説明をしたものだろう――タツキの名は、出してはいけないし。クラウドが聞き耳を立てている気もするし。

 口をぽっかり空けたまま迷っていると。


「リリザで?」

 やっぱりクラウドが乗ってきた。助け舟は、ミシェルから差し出された。

「クラウド。うんちくお願い。この料理なんて読むの? 何入ってるの?」

「うんちくって言わないで……」


 愛するミシェルの横やりは唯一、責められないクラウドだった。彼は仕方なくメニューに目をやり、セルゲイはレオナに話しかけられたので、追及は止んだ。

 ルナはほっとした。


「なぁルナ、ここ焼きおにぎりある?」

「焼きおにぎりは、ないかも」


 ピエトに聞かれたルナは眉をへの字にして答え、かわりに点心をいくつか頼むことにした。


 気づけば、グレンが、壁に飾られた一枚の額の前に(たたず)んでいた。


「グレン、君、飲み物どうする?」


 セルゲイが声をかけたが、聞こえていないようだ。


「何見てるの?」


 ルナはグレンのそばに行った。まだ追及をあきらめていなさそうなクラウドとセルゲイから逃げるために。


 まさか、ここにもアンジェラの絵が? 


 先日からアンジェラの作品ばかり見ていたルナは、アンジェラの絵かと思って聞いたが、そうではなかった。アンジェラの絵だったら、ミシェルが見逃さないはず――。


「あれ? これって」


 セルゲイも一緒に立って、額のなかを覗き込んだ。

 そこに飾られていたのは、高級時計だ。

 そう。アズラエルがムスタファからもらい、セルゲイが、義父から譲り受けた時計と、同じものが――。

 どうして、この時計がここに。


「あっ、グレン?」


 グレンはまっすぐ、部屋を出て行った。それからすぐに、支配人を連れてもどってきた。


「ううむ……この時計ですか」

「定価は五千万デルだろ。俺は一億出す。それでどうだ」


 グレンは、この時計を売ってくれと交渉を始めた――だが、これは世界に五本しかない貴重な品だ。支配人は、すぐには「うん」と言わなかった。


「すでに、一億以上で購入しているのですよ」

「い……!?」


 どんどん豪勢な中華料理が運ばれてきて、セシルたちは料理に夢中で、ニックたちは酒で盛り上がり、ペリドットとナキジンは、なにやら小難しい話を始めていたのが幸いだった。

 グレンの価格交渉は、聞こえていない。


「なら……一億五千万はどうだ」

「金額ではないのですよ。これはオーナーの持ち物でして。私が勝手に売買するわけには」


 オーナー? タツキのものなのか? ルナのウサ耳が、アンテナのように立った。


「オーナーと直接話せないか」

「それは……ご勘弁ください」


 支配人の苦笑。だいぶ困っているようだった。

 ルナのウサ耳に飛び込んできたふたりの会話によると、これはいつもここに飾っているわけでなくて、なぜか今日、オーナーが(おそらくタツキ)がここに飾れと言ったのだとか。


「めずらしいね。腕時計が、絵みたいに飾ってあるというのは」


 セルゲイが言った。

 たしかに、腕時計を額に入れて飾るというのは、そうそうない光景かもしれない。この部屋の壁には、いくつかの現代アートが飾られているが、部屋全体の雰囲気に調和している。

 そのなかで、この腕時計だけが、異質だった。


 気づけば、ミシェルもこっそりルナの後ろにいて、ネコ耳(聞き耳)を立てていた。その手は、なぜか、自分の首に下がったネックレスをつかんでいた。

 いつからだったか。ミシェルがアンティークのイアラ鉱石のネックレスをつけはじめるようになったのは。ルナもルナで、ミンファからもらったネックレスをつけている。


 ミシェルの無言の合図に、ルナもなんとなく悟った。

 そう――イアラ鉱石だ。


 アズラエルにあげたグラス、「ブラック・ベイ」が、ムスタファに譲られたと聞いたときは、ルナもミシェルも「えーっ!?」と驚いて、すこし怒った。あれは、アズラエルが使うものと思っていたから、あげたのだ。けれど、グラスの代わりにアズラエルがもらったものを見せられて、ふたりは黙った。


 イアラ鉱石の結晶を盤面につかった高級腕時計。グレンが探していたもの。

 その時計が、今、セルゲイのものと合わせて、ここに三本あることになる。

 世界に五本しかない腕時計が、だ。

 どんなことが重なって、こんな偶然になるのか。


 いや、もしかして必然だろうか?


 ルナとミシェルは、顔を見合わせた。そして、互いのネックレスを見つめた。


 イアラ鉱石が必要になる日が、来る気がする?


 タツキが、ここに置けと言ったのも気にかかる。まるで、あの時計を探していたグレンの目の前に、差し出されたような気が、ふたりにはした。




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