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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
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251話 LUNA NOVA Ⅱ 3


 ルナは、次の日の朝、灯台で海をながめ、ノワの墓である遺跡を観光した。

「ルナ・ノワ終焉の地」と書かれた石造りの塔は、ずいぶんひそやかにそびえたっていた。

 墓なのか、ただの記念碑なのかわからないが、海風に当たって、白い塗装が剥げている。だれが置いて行ったのか、花束やコインが、墓の前にばらまかれていた。


(たぶん、アンソニーさんが、“導きのツバメ”さんだ……)


 導きの子ウサギが、会いに行けと言ったひと。


(もしかして、あたしたちの担当になるかもしれなかった役員さん……)


 彼が病気でなかったら、カザマではなく、彼がルナたちの担当になっていたのだろうか。


 ルナは考え、それからノワの塔を見つめた。


「白ネズミの女王」を助ける手立て――ルナはアンソニーから、具体的な方法を、聞かされたわけではなかったが、彼は「ノワ」の話をした。


(白ネズミの女王を助けるのに、ノワが、関係してるの?)


「ノワ」のことを調べていれば、「手立て」が見つかるだろうか?


「のわ、のわ、るな・のわ……」

 ルナはおかしな呪文のように唱えながら、素足を波にひたし、言った。

「アズ、K19区に行こうか」


「ノワの墓とやらを探すのか?」

 アズラエルは、特に行きたくない顔はしていなかったが、提案はした。

「クラウドだったらこういうだろうな。行き当たりばったりに探すよりかは、調べてからの方がいい」


「クラウドに聞けってこと?」

「そういうテもある。だが、寄ってみるくらいならかまわねえよ。K19ってひとくちに言っても広いぞ。場所もまったく見当がつかねえのに、足を棒にして探し回るよりだったら、って話だ」

「そのとおりだ」


 ルナは、いつになく素直にうなずき、アズラエルといっしょにバスに乗った。宿泊したホテル内にシャイン・システムはあったが、ルナたち乗客は、ふつう船内のシャインをつかえるカードは持っていないことになっている。ホテルに宿泊する際、アズラエルは船内の乗客であることを証明する認証カードを出してしまったので、乗客だと知られてしまった。シャインはつかえない。


 街のどこかにも、シャイン・ボックスはあるだろうが、ルナは海を見ながら、この街から去りたいと思ったのだった。


 ルナはバスの窓にぺったりとはりつき、海を眺めた。


「おまえはほんとに、海が好きなんだな」

 アズラエルは苦笑しつつ言った。

「好きってゆうか――なんか、ずっと見ていたい気になるだけ」

「おまえの故郷は、海は近くにねえのか」

「ないなあ」


 ルナはやっと、おとなしく座った。目線は窓の外。


「あたしが住んでた街はローズ・タウンってゆって、バラの名所で、内陸部なの。だから、海はとおいよ。車で二時間とか、遠出しないと、海には行けなかった」

「そうか」


 アズラエルが何を考えているか、ルナにはぼんやり分かった。ちょうど、ルナも同じことを考えていたのである。

 ツキヨおばあちゃんは、地球では、海のそばで暮らした。海のないL77の内陸部では、さみしかったかもしれないなあと。


 バスは、すぐK19区に入った。

 ルナとアズラエルは、交通量の多い大通りの方で降り、小路を通って、ひと気の少ない大通りへ出た。そこからさらに歩き、遊園地のほうへ出た。


 そこまでは、アズラエルがルナのあとをついてきた形だったが、遊園地が見えると、アズラエルがルナを追い越した。そして、遊園地のそばにひっそりと建っている、コーヒースタンドにまっすぐ向かった。


 コーヒースタンドには、赤いつば付きキャップを被ったおじいさんが座っていた。


「アイスコーヒーひとつ。それから、ミルクティーのつめたいやつあるか?」

「あるよ」

 アズラエルは紙幣を出し、聞いた。

「この区画にノワの墓があるって聞いたんだが、どこにあるか知らねえか」

「ノワの墓? K25区のほうじゃなくて?」


 おじいさんは、人の好い笑みを浮かべて、ポテトスナックをおまけにつけてくれた。


「わしは知らんなあ。K25区のほうは知ってるが。灯台のふもとだよ。でも、ここに墓があるって話は聞いたことがないなあ――役所のほうに、いっぱい本があるから、頼めば調べさせてくれるかもね。今日はきっと、だれかいるよ。日曜だからね」

「そうか。ありがとう」


 アズラエルは礼を言って、店を後にした。ルナはつめたいミルクティーを両手で持って、たったった、と必死で健脚の恋人のあとを追った。

 アズラエルは、さっさとルナを置いて、区役所に向かった。

 K19区役所の前に来たが、やはり扉は閉まっている。


「だれもいねえじゃねえか」


 呼び出しのベルもないし、鍵がかかっている。


「ルゥ。しかたねえ。今日はあきらめろ」

「――うん」


 ルナは遠くでうなずいた。ふたりは、区役所の隣の扉を通って、シャイン・システムのある場所まで行った。


「クラウドに調べてもらってから、また来よう」


 そのまま、帰路に着いた。





「ノワ、だって?」


 夕食後、大広間にみんな集まって、ルナのおみやげの菓子をつまんでいたときだった。子どもたちは大きなスクリーンのテレビでアニメを見るのに夢中だし、pi=poたちは充電中。


 グレンはいつのまにか足が治っていた。


 全員が話を聞いているわけではなかったのだが、とりあえず「ノワ」の話題は、アズラエルが出した。それに興味を示したのは、ひとりしかいない。クラウドだ。


 ルナが、猛然としゃべった。


「あのね、導きの子ウサギがきてゆったの。導きのつばめさんがね、つまりアンソニーさんがね、白ネズミの女王をたすける手立てを教えてくれるって――K25区のこととかは話したけどね、それから、ノワの話をしたの。だから、たぶんのわをしらべていれば、」

「“ノワ”、か――」


「“我々は、怪我を治すだけの神ではない”」


 グレンが重々しく言った。アストロスの弟神を真似て言ったのだが、なんだか思い切り違和感がなかったので、一瞬だれもがグレンのほうを向いた。グレンはセルゲイと話していたのだ。みんながいっせいに、無言で自分を向いたので、グレンのほうが怯んだ。


「な、なんだよ……」

「神様みたいな声を出すんじゃないよ! びっくりしたじゃないか」


 レオナが怒鳴り、バーガスが「神様の声なんて聞いたことあんのか」と女房を茶化し、小突かれていた。


「それで、怪我を治すのはこれきりだって?」


 セルゲイが笑って言った。話の途中だったのだ。グレンが、すっかり治って、補助システムもいらなくなった足を、ブラブラさせた。


「ああ。治してはくれたが、これきりだとさ――俺だって、好きこのんでケガしたわけじゃねえってのに」

「だいたいケガは、好きこのんでしないよね」


 ミシェルのツッコミ。ミシェルはグレンに、レオナの百分の一の力で小突かれたわけだが、グレンの足は、ともかくも完治した。

 彼は、ペリドットに頼んで、真砂名神社でケガをしたときと同じ方法で治してもらったのだった。だが、アストロスの弟神は、前述の言葉を残して、治すのはこれきりだと告げた。


「まぁ、今回は治してもらったから、いいんだが……」


「それより、“ノワ”の墓だって? K19区にあるかもしれない?」


 クラウドが、さっきから途切れすぎる「ノワ」の話題を振り続ける。さすがに鬱陶(うっとう)しくなってきたアズラエルは、

「だから、そうだと言ってるじゃねえか」

 とうんざりした声で言った。彼はノワの話題を出したことを後悔した。

 

「ノワ? ノワって、あちこちに銅像あるひと?」


 セシルが乗ってくれ、「あたし、このあいだノワのこと学校で習った!」とネイシャも便乗してきた。

 ピエトもアニメと後ろを交互に見ながら叫んだ。


「ノワがつくった井戸が、俺の住んでた村にあったよ」

「ブドウ酒の話なら、俺も知ってるぜ」


 バーガスも言いかけ、「あちこちにあるだろ、ノワの墓ってのは」とレオナにさえぎられた。

 この部屋にいる人間で、ノワのことを知らない人間は、いなさそうだった。


「ノワの墓が、K19区にあるって話――」


「それよりルナ、あんた、ララさんへのおみやげは?」

「あ!」


 ミシェルが話題を変えてしまったので、クラウドはまたもやノワの話題から遠ざけられた。ほかならぬミシェルのしたことなので、クラウドは怒るに怒れず、口をつぐむしかなかった。


「買ってこなかった」

「だろうとおもった」

「だって――何を買ったらいいか、悩んじゃって――」


 ルナは、それでも、ララへの土産を買おうとはしたのである。でも、あのララにするお礼である――下手なものは持っていけない。だからといって、ララがルナに与えてくれるものに匹敵する金額の品など、ルナは送り返せない。さんざん悩み、結局、ルナはなにも買って来られなかったのだった。


 ミシェルはちゃんと、K23区の工房で、グラスをつくってきた。ララはミシェルと顔を合わせるたびに、「なにかつくっておくれ、あたしにもなにかちょうだい」とねだるのだが、ミシェルは自分の作品をララに見せるのが、すこし怖かった。


 アンジェラや、名だたる芸術家を世に見出した審美眼(しんびがん)の持ち主である。


 だが、さすがにこれだけの贈り物をもらいつづけて、無視し続けるわけにはいかず――ミシェルは今回、グラスを制作した。可愛い包装紙につつまれた小ぶりな箱に、「粗品」の熨斗(のし)が貼ってある。ミシェルなりの、洒落のつもりか。


「――予算は」


 ルナは、降ってきた声に、ぴょこたんと顔を上げた。言ったのは、グレンだった。


「う、う~ん、ふんぱつして、五万デルから、十万デルくらい……?」


 グレンもだれも、笑わなかった。あの車の返礼にしては、あまりに低予算だったが、ルナにはそれが手いっぱいだった。背伸びをして、高額のものを用意しようとしても、限度は知れている。


「五万デルか。わかった。俺に任せろ」

「へ?」


 グレンがにやりと笑った。ものすごくイヤな顔をしたのはアズラエルだけだった。




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