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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
603/918

251話 LUNA NOVA Ⅱ 1


「――あじゅは、ペリロッロひゃんのところに、特訓にいったとおもってた」

「ルゥ。飲むかしゃべるか、どっちかにしろ」


 アズラエルのことを考えていたくせに、アズラエルよりジュースを優先した不届きなウサギは、ようするに、ずいぶん喉が渇いていたのだった。


「俺は、買いだしに付き合ってただけだ。キックが街を見たいって言ったからな――帰ってきたら、おまえはいねえし、どこにいったとレオナに聞いたら、K25区なんぞに行ったというから」

「ここ、地球で、ツキヨおばーちゃんが暮らしてたところとそっくりなんだって!」

「それでここに来たのか……行くなら声をかけろよ」


 苦笑しながらも、アズラエルもこの景色は気に入ったようだ。蔓を編み込んでつくった椅子の背もたれに身を預け、海を眺める。


「おまえとふたりきりだったら、ここでもよかったかもな」

「え?」

「住む場所だよ」


 ルナは、ストローから口を離した。


 いつもTシャツとジーンズのアズラエルにしてはめずらしく、タンクトップにシャツを羽織って、半袖のシャツとハーフパンツという、リゾートスタイルだ。シンプルなスクエア型のサングラスをかけた姿は、ルナは我が彼氏(仮)ながらイケメンすぎて、思わずストローからちいさなお口を離して、アズラエルを見つめた。


「ハイ♪」

「セクシーなお兄さん。ヒマなら、あたしたちと遊ばない」


 水着姿の、色っぽいお姉さま三人組が、アズラエルを見て口笛を吹き、声をかけてきた。


 いつもどおりのナンパである。めずらしくもない。ルナがいっしょにいようが、アズラエルひとりだろうが、彼はよくナンパされるのだ。たいてい、平均的美女というやつは、ルナを見て、優越に満ちた顔でアズラエルをナンパする。かならず自分を選ぶとわかっている、大いなる自信で、だ。


 だが、そんなことも数回繰り返せば、だんだん慣れてくる。アズラエルが選ぶのは、いつだって胸が特大スイカの美女たちではなく、アホ面を下げたウサギなのだ。ルナは真剣に「なぜだろう」と悩んだこともあるが、とにかく最近は、あまり落ち込んだりすることもなくなってきた。


「残念! 俺は仕事中でね」

「仕事?」

「ボディガードなんだ」


 さいわいにも、今日はルナもそれなりにいい感じのワンピース姿で、麦わら帽子なんかかぶっていたものだから、それなりにお嬢様に見えたらしい。


 それもこれも、タツキやララやアズラエルが、ブランド品や、いい服ばかり買い与えるせいもあるのだが。


 おかげで、「デートに見せかけたお嬢様の護衛」という設定は、あっさり美女に伝わった。


 ルナはにっこり笑ったが、彼女たちはルナを見て、納得したように去って行った。

 アズラエルは肩を揺らして笑っている。ルナは盛大にほっぺたを膨らませた。


「やっぱり、恋人には思われないんだな!」

「そうでもないと思うぜ」


 アズラエルは、ポケットから出した指輪を自分の左手の薬指にはめた。


「え? それなに?」


 そして、自分にはめたのよりずっと小さな指輪を、ルナに渡した。


「え? え? え?」

「今日くらいいいだろ。大目に見てくれよ。お互いに、ナンパよけになるだろ」


 ルナは、手のひらに置かれた、小さな金色の指輪を見つめた。

 宇宙船に乗ったころのことを思い出す。

 みんなと出会ってほんの二日ほどで、ルナ以外全員――リサもキラもミシェルも、指輪をそれぞれのカレシからもらっていた。まぁしかたない。ルナはべつにアズラエルと付き合ったわけではなかったので。

 しかし、びっくりしつつも、ちょっとだけ、心のどこかで「いいなあ」と思っていたことは、ずっと秘密だった。


「うへへ……」


 ルナは奇妙な笑い方をしながら、薬指にはめてみた。なんだかいい気分だ。

 そんなルナを、アズラエルが神妙な顔で見ていたことなど、気づきもしない。


「きょ、今日だけね!」

「ハイハイ」


 ルナは釘を刺した。アズラエルは笑って、椅子に身を沈めた。

 ルナがジュースを飲みきるまでしばらく、ぬるい潮風を浴びながら、ふたりでのんびり、海をながめた。


「海まであるなんて、この宇宙船はすごいね……」

「そうだな」

「さっき、とれたてのおさかなを食べさせてくれるお店があったよ。ハーブとオリーブオイルで焼いたやつ……おいしそうだった。あっちの浜辺を見たら、漁師さんがいたの。この海は、おさかなも生息してるの」

「イルカやクジラもいるかもな」

「サメも?」

「ああ」

「シャチも?」

「ああ――地球に着いたときに、こういう街に着くんだとしたら、ここが“地球生まれ”の乗客が住む区画でもいいと思うんだが、どうやらここは、“二十六歳から三十五歳までの若者が住む区画”なんだよな」

「うん……」


 ルナも不思議に思った。そのわりには、それらの年代層は、観光客ばかりだった。

 店の前に座っていたり、家を出入りしているのは老人ばかりで、道を歩いているカップルは、ここの住民という気はしない。若い人がいても、おそらく船内役員だろうことが伺えた。K06区のように、そろって同じ服を着ているからだ。

 こちらは、麻地を基調とした、白いシャツとベージュの服なので、私服と見間違うのだが、よく見ると、同じ服の人間がちらほらと見える。

 ここは居住区というよりか、ただの観光地のような気がした。


「まァ、ここは、バカンスにはいいかもな――あ」

 アズラエルは、椅子から立ち上がった。

「これは、すみませんな」

「いや、俺たちはもう飲んだから。移動しよう、ルゥ」

「うん!」


 杖をついたお年寄りが、ヘルパーとおぼしき女性に支えられて、立っていたのだった。席を探しているようだったので、アズラエルはルナを伴って、席を譲った。

 老人は、帽子を取って礼を言った。


「ありがとう」


 ルナは驚いた。アズラエルもそうだったろう。

 帽子をかぶった、スーツ姿の彼は、立っているのも難儀なほどよろめき、ずいぶんな年寄りに見えるのだが、顔はずいぶん若かった。色白の丸顔で、頬っぺたが赤く、子どもがそのまま大人になったような顔をしている。

 その顔に満面の笑みをたたえ、アズラエルに礼を言った声も、驚くほど明瞭で、はっきりしていた。


「ありがとうございます」


 介添えしていた女性が礼を言い、おじいさんを椅子に座らせる。


「いいえ。――行こう」


 アズラエルが促したが、ルナはなんだか気になって、何度も彼を振り返って見た。おじいさんは、にっこりと笑んだまま、ルナたちに小さく手を振った。


 なんだかとても、おじいさんが気になったルナだったが、ルナという生き物らしく、街のあちこちを観光するうち、すっかりいろいろな、あらゆることを忘れた。


 海ではしゃぎ、浜辺の、とれたての魚介類を食べさせてくれるところでもしょもしょとホタテを食べて、街中に戻って、雑貨を見てまわっては感激し、結局ホテルに泊まることになって――「着替えがない!」と叫んだのだった。


 しかし、とある不思議な出会いは、ルナに大切なことを忘れたままにしておかなかった。


「導きの子ウサギ」は一度だけ、といった。


 一度だけもなにも、ルナは「彼」と、なにも会話をしていないのである。一方的に「ありがとう」と言われただけであって、邂逅(かいこう)は、まだなにもルナに、メッセージも、「白ネズミの女王を助ける手立て」とやらも、もたらしてはいなかった。


 その夜、ルナを外に誘い出したのはアズラエルの方だった。


 ホテルのコンシェルジュに、夜の街も幻想的で美しい、というのを聞いたルナが、そわそわウサギになりはじめたからだった。ホテルからだって、海辺に張り出した浴室越しに、夜景が見渡せるのである。


 もちろん、夜の街も。


 昼間ここで買った、海の色をしたロングワンピース姿のルナは、はしゃぎながらホテルから街中へ繰り出した。


 街を形成する白い土壁にはちいさな明かり窓がついていて、あちこちで灯された火が幻想的だ。気温が下がって、すがすがしいくらいの海風と、きらめく波間――さざなみの音。


 景色は、これ以上ないくらいすばらしかった。


「――あ」

「おや」


 昼間来た休み場に、アズラエルが席を譲ったおじいさんがいた。彼は昼と違って、ずいぶん軽装だった。シャツに木綿のパンツ、サンダル履きだ。

 彼は、ここの住人かもしれないとルナは思った。


「夜のお散歩ですか。ここは夜も素敵でしょう」

 おじいさんの方から話しかけてきた。ルナが「はい!」と返事をすると、

「どうかね、一杯」

 とグラスを掲げてみせた。彼が持っている切子のグラスには、琥珀色のお酒が入っている。


「ルナは飲めねえから、べつのものを。俺はいただこう」


 アズラエルがおじいさんの向かいに座り、ルナは海が真正面に見える席に座った。おじいさんが、海側の壁にあるちいさな鐘を鳴らすと、近くの店舗から、だれか出てきた。


「ご注文ですか」

「あ――じゃあ、こ、これ」


 ルナはメニュー表にあった、ブルーのグラデーションが深海に似ている、海のカクテルを注文した。


 おじいさんは、震える手で、もうひとつ用意してあったグラスを引き寄せた。おじいさんの手があまりに覚束ないので、アズラエルが、「俺が注ごう」と手を出したが、「いやいや、最初は、ぼくが」と言って断った。


「ちょっと手が震えるがね、ゆっくりやれば、たいていのことはできるんだよ――昼間はありがとう。ぼくは、アンソニー・K・ミハイロフといいます」

「俺はアズラエル・E・ベッカー」

「ルナ・D・バーントシェントです!」


「ルナ・D・バーントシェント?」

 ルナが自己紹介をすると、アンソニーは驚いた顔をした。

「ルナさん? ルナ・D・バーントシェントさん?」

 もう一度繰り返してから、

「おともだちは、ミシェルさんとか、キラさんとか、リサさんという名前では?」


 ルナとアズラエルは顔を見合わせた。


「そ、そうですけど――なにか」


「そうか! そうかね――なんという偶然だろう」

 アンソニーは愉快そうに笑った。

「ぼくは派遣役員です――去年引退したばかりのね」


 震える手で、やっとアズラエルのグラスに酒を注ぎ、アズラエルがグラスを持ったところで乾杯した。


「役員さんですか!?」

 ルナは叫んだ。


「うん――引退しなかったらねえ、君たちの担当になるはずだった――いやはや、まさか、こんなところで会うとは」


 ルナとアズラエルは、目を見張った。



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