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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
602/942

250話 LUNA NOVA Ⅰ 3


 ルナは、まずK19区に飛んだ。

「K19―P1」の数字を押すと、あっという間に目的の場所までワープした。向かいのドアが開き、ルナはシャインの外へ出た。


 そういえば、シャインでK19区に来たのは初めてかもしれない。


 外は、石畳の回廊だった――周囲は壁だが、晴れ渡った空は見える。ルナは多少、くねくねと曲がる道を歩き、鉄製の扉を開けて外へ出た。とたんに、鼻をかすめる潮の香り。


(――あ、ここ)


 左は、夢の中で「キョウカイ」と呼んでいた、K19区役所だ。目の前は石畳のひらけた広場に、海。


(あれ?)

 ルナは首を傾げた。

(あたし、まえも、ここを通って、この広場に出て――)


 だが、シャインをつかってK19区に来たのは、これがはじめてである。

 それ以外であの回廊を通ったことが?

 ――あるわけはなかった。アズラエルと来たときは、自動車でここへ来た。ピエトの荷物を取りにきたときも、クラウドの運転で、ここに来たのだ。

 遊園地横の、大通りから。


(ちがう。あたし、そのまえにもさっきの道を通って、ここに出たことがある)


 ルナは記憶を探ったが、まったく分からなかった。ルナがここに来たのは、ピエトと出会ったあの日が最初。シャイン・システムをつかってここに来たことはない。


「……」


 ルナはしばらく、アホ面でたたずんでいたが、カモメの鳴き声で、我に返った。


 やがて「海だー!」と叫んで、ぺぺぺぺぺと駆けだした。


 むずかしいことを考えるのをすっかり放棄したウサギは、ガードレールから身を乗り出して下をながめた。すこし向こうに、下に降りられる階段があり、そちらへ行こうとして、ふたたび我に返った。


「あっ! ちがうの。海を見に来たんじゃないの!」


 ルナは勝手にひとりごとを言ったが、だれも聞いている人間はいないし、ルナを不審者あつかいする人間もいなかった。


 このK19区は慢性的に人がいない。今日も海専門の鳥の鳴き声がするだけで、人の気配はまったくなかった。ガソリンスタンドにつづく大通りも、まったく車が走っていない。


 あいかわらずの過疎地ぶりに、ルナはためいきをついてから、閉鎖している、例の遊園地に向かった。


 快晴だというのに、今日も遊園地は、どこかどんよりして不気味だった。

 ルナは、鉄製の門のところの、「ルーシー・L・ウィルキンソン 寄贈」の文字を指でなぞった。長年つかわれていないことを証明するように、鉄さびがルナの指についただけだった。


(ルーシー……)


 ルナは、ルーシーに心の中で話しかけた。


(この遊園地は、どうして運営していないの? どうしてつくったの? それとも、つくってる途中でルーシーは死んじゃったのかな? 夢に出てくる遊園地は、この遊園地だよね? ルーシーは、ラグ・ヴァダの武神となにか関係がある?)


 ルナはいろいろ聞いてみたが、答えがあるわけはなかった。


 日差しは暑いのに、急に背筋が凍るような風が吹いた――そういえば、ここはお化けが出ると、ピエトが言っていたのだった。


 ルナは「うわあ!」と叫んで、帰ろうとしたが、そのとき、正面から見て右手にある遊園地の入り口――つまりチケット売り場から、紙が一枚、風に流されて地面に落ちたのが見えた。


(――あれは?)


 ルナは、なんだか気になった。まわりをキョロキョロ見回し、だれも見ていないのを確かめて、不法侵入を開始した。

 鉄製の扉の横の、煉瓦(れんが)造りの壁はそう高くない。ルナはよじのぼり、中に侵入した。


 常に薄暗がりのせいか、地面は湿っている。

 ルナは、チケット売り場からこぼれた紙をひろった。それは遊園地のチケットだった。


 半分壊れかけたチケット売り場の中を覗くと、受付の窓口と室内に、チケットがばらまかれていた。けれども、それらはすっかり風雨にさらされて溶けくずれ、原型をとどめていない。


(このチケットは、ここから飛んできたはずだけど)


 ルナが拾ったチケットは、ぼろぼろではあったが、まだ原型をとどめている。

 円形の天井を持つ入口の壁に、同じく風雨にさらされて、半分以上ちぎれ飛んだポスターが貼ってある。ルナは奥を見つめた。動物の形のベンチやら、果物の形の建物やらが見えるが、すっかり廃墟だった。


(この遊園地は、つくりかけで止まってるんじゃない。ちゃんとできて、運営もしていたのかもしれない)


 まるで、一年くらいまえまで運営していて、急にだれもいなくなって、廃墟になったよう。


(でも、遊園地を出たトコにあるお店のおじさんは、お店ができたころは、遊園地はやってないって、ゆってた……)


 おそらく相当前から、遊園地は運営していないのだ。

 ピチョン、ピチョン、とどこからか、水が落ちる音がする。ルナは薄気味悪くなって、やっぱりもどることにした。

 あたふたと壁をよじのぼり、遊園地から離れた。


(――あ)


 壁をよじ登るとき、無意識にチケットをポケットに突っこんだまま、持ってきてしまっていた。ルナは、遊園地の敷地から飛び出し、海の近くまで走ってようやく息をついて、そのことに気が付いた。


 半分に破れかけたチケットをよく見ると、冠をつけた、白いネズミのキャラクターが風船を持って、はしゃいでいるイラストが描かれている。


 ネズミの横には、でかでかと、「シャトランジ!」と書いてある。


 シャトランジ、はこの遊園地の名前だろうか。ルナはもう一度振り返って、遊園地を見つめた――そして、やっと気づいた。どこにも看板がない。


 ふつう遊園地には名前があって――リリザでも、リリザ・セントラル・パークとか――ルナたちが行った遊園地の名だが――K15区の海のそばにある遊園地も、ウォーター・ワールドとか、とりあえず名前があって、看板があるはずなのに、この遊園地はない。


 どこにも、遊園地の名をかかげる看板が、なかった。


(“シャトランジ”?)


 ルナは口をぽっかりあけたマヌケ面のまま、しばらくチケットを見つめたが、考えてもさっぱりわからなかったので、ていねいにそれを、財布にしまった。


 それから、潮風を嗅ぎながら、歩いて大通りの方へ向かい、バスに乗ってK25区に移動した。


 K25区は、K19区とK18区の隣であり、海辺の街だ。K25区、と書かれた、海風にさらされてすっかり錆びきった、道路標識のような丸い案内板をすぎると、急に目に入る光景が、白と青の二色になった。


「わあ……!」


 ルナは、最初にバスが止まった停留所で降りた。

 街は、どの建物も白い土壁でできている。丸い屋根に、青のペイント。金具や窓枠は飴色、砂浜に向かって降りていく、白い石畳。

 コバルト・ブルーの海が眼前に広がっている。海に向かって、段々畑のように街がつづいていた。


「素敵な街……!」


 ルナは、一番高い場所にあって、一番広い道路を、海を見ながらまっすぐ歩いた。


 ぬるい潮風が、真正面からルナを撫でていき、麦わら帽子を持っていこうとする。ルナはあわてて帽子を押さえながら、てってってとリズムよく歩いた。


 だいぶ歩いたところで、突き当たりは大きな駐車場だった。ここはバスの転回場所なのか、さっきルナが乗っていたバスが、もどるところだった。


 駐車場から、海のそばに降りることができる。砂浜が見え、ビーチはたくさんの若い男女でにぎわっていた。ビーチのずっと向こうには、森と海を背景に、大きなホテルがある。


 そちらのほうに、真っ白な灯台が立っていた。このあいだの不動産パンフレットに載っていた写真は、ここから撮った風景だろうか。


(ここが――ツキヨおばあちゃんの育った街なんだ)


 正しくは、その街を模してつくられた街だが。


 砂浜にも行きたかったが、街中も見てみたい。ルナは挙動不審になり、あっちにいったりこっちにいったりうろうろしたが、やがて砂浜とは逆の方向へ歩いて行った。白い岩をけずってつくられた階段を、ルナは海に向かって降り、街中に入っていく。


 やがて、見晴らしの良い展望台にたどりついた。ここはだれでも入れる休み場で、青いパラソルが日陰をつくっている。こういうスペースは、街のいたる所にあった。


 腰を落ち着けたルナは、海を眺めてちょっぴりはしゃいで、(ここはひとりでこないほうがよかった)とひさしぶりに思ったのだった。


 夏、海、バカンス。


 これほどこの言葉がしっくりくる区画もほかになく、ルナはここに来るまで、ウミツバメと同じ数くらいのアツアツのカップルとすれ違って来たのだった。


 ルナのうしろ席のカップルも、イッチャイッチャラッブラッブ、会話も残暑にアタマがやられてしまったような溶けた会話を繰り返している。


 そのせいというわけではないが――ルナは、ぼんやりと思った。


(アズと一緒に来てたら、よかったかも?)


 ルナははっとしたが、そもそもつきあっていたっけ? という、原始的な問いに落ち着いてしまった――いつものことだ。


 アズラエルのことを考えたら、急にひとりがさみしくなって、唇をとがらせてサンダルの足先を見つめたうさこたんだったが――。


「おひとりですか」

 めずらしくも、ナンパされた。

「ひとりだったら、俺とデートしねえ?」


 ルナは、アズラエルのことを考えていたので、「ナンパは、いりません」と顔を上げたが――。


「ジュースおごるから」


 ルナは大口を開けた。

 そこにいたのは、さっきまでつきあっていたかどうか考えていた彼氏未満、同居人以上、おそらく結婚前提かもしれない――いまさらかもしれない男であったからだ。


「ジュース!」


 喉が渇いていたルナはジュースに飛びつきかけたが、アズラエルはひょいとトロピカル・ジュースを持ち上げた。


「デートする?」

「する!」

「オーケー。それならどうぞ」


 ルナがぴょんぴょこと飛び上がる前に、ジュースは手渡してくれた。



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