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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
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250話 LUNA NOVA Ⅰ 1


 それは、バーガスとレオナが引っ越してきた翌朝だった。

 ルナはみんなの中で一番早起きだが、今日も一番に起きて、キッチンに飛び込んだ――はずだった。


「おう! おはよう、うさこちゃん」

「……おはようございまひゅ?」


 びっくりして、ルナは噛んだ。なぜならそこには、グレーストライプのエプロンをつけたバーガスおじさんが、フライ返しを持って立っていたからだ。


「早起きだなァ」

「バーガスさんこそ!」


 大きなテーブルには、すでに美味しそうな朝食がスタンバイされていた。

 真っ白なワンプレートのお皿に、形よく整ったオムレツ、ベーコン、サラダにフルーツが、彩りよく盛られている。大鍋には湯気を立てたオニオン・スープが。みっつのパンかごにはトーストとバーガスの拳ほどもある丸パン、バゲットが山盛りになっていて、ふたつのコーヒーサーバーにもたっぷり、香ばしいコーヒーがつくられている。


「おいしそう!」


 ルナが思わず絶叫すると、バーガスが「だろう?」と胸を張り、さらに何か言おうとしたルナを、「オーケー、オーケー。わかってる」と制した。


「うさちゃんの仕事を取り上げたりしねえさ。そこに、うまそうなライスが炊きあがってる。そっちはうさちゃんに任せる。だけど、こんなに大勢の分を毎日つくるんじゃ大変だ。これからは俺を、副料理長だと思ってくれれば。うさちゃんが、シェフだ。どうだ?」


 ルナはぽっかりと口をあけ、「バーガスさんがシェフでいいよ!」と叫んだ。


「じゃあ、ここはふたりの店だ」


 バーガスとルナはがっし! という感じの握手をし、キッチンは俺たちの手で守るぞという、なんだか熱い誓いをした。


「とっても、おいしそう……」


 そして、ウサギはうさ耳をぴこぴこさせて、テーブルの上の朝ごはんを見つめた。ルナは和食派だが、こんなにおいしそうな朝ごはんなら、パン派に変わってもいい気がした。

 そもそも、ルナが実家にいたころの朝ごはんは、毎日パンだった。


「さァて、俺のほうは終わった。うさちゃんの手伝いをするか。俺は何をすればいい?」

「じゃあ、だいこんをいちょう切りにしてください!」

「まかせとけ」


 ルナはエプロンをつけて、威勢よくキッチンに立った。


 K27区で暮らしていたころは、和食派とパン派と半々だったために、ルナは両方用意していた。アズラエルも手伝ってくれていたが、彼は毎回キッチンに立つわけではない。たいてい、キッチンはちこたんといっしょに切り盛りしていた。


 もしかして、これからは、バーガスもいっしょに料理をしてくれるのだろうか。だとしたら、とても助かるルナだった。バーガスの料理上手は、以前ホーム・パーティーを開いたときに、分かっている。


「おはよう――! 二人とも早起きね」

 セシルが慌ただしく飛び込んできた。そして、テーブルの上を見て目を丸くする。

「うわあ、すごい……!」


「もう少しゆっくり寝ていても良かったんだぜ、セシル」


 バーガスが鼻歌交じりで大根を刻む。みそ汁の具だ。包丁の速さに、ルナもまた口をぽっかりあける。


「こんなにすごい朝食つくられたんじゃ、参るよ。あした、あたしがつくったヤツ、みんなが食べてくれなかったらどうしよう」


 セシルが困り顔でエプロンをつけた。


「なに言ってんだ。俺がつくったのは、玉子を焼いたヤツと葉っぱを混ぜたのと、ベーコン焼いただけだろ」

「まるで、ホテルの朝食みたいじゃないか」


 セシルの意見にルナは同意した。バーガスは、ルナがつくっただし汁に、手際よく刻んだ大根を入れ、呆れた口調で言った。


「セシル、おまえきのう、ハムエッグなら作れるっていったじゃねえか。それでいいんだ、それで」

「セシルさんも作ってくれるの!?」


 ルナは驚いて聞いたが、セシルは、「口を滑らせた気がするね」と肩を落とした。


『バーガスさん、お待たせしました。ご注文のざくろジュースと炭酸水をお届けします』

『おはようございます。十五種類の新聞は、大広間のソファに置きました。ほかにご用事は?』

「おはよ、ちこたん、リュピーシア」


 ルナとセシルは、挨拶をしてから、リュピーシアの手からジュースと炭酸の段ボールを受け取った。すでに二台は、バーガスの指揮のもと、朝から働いていたらしい。


「おう、ご苦労さん。じゃ、とりあえず、リュピーシア、バターとジャムと、ヨーグルトを、冷蔵庫から出してくれ。ちこたんはざくろジュースと炭酸をテーブルに。あとテーブルセッティングを」

『かしこまりました』

『おまかせください』

「ルナちゃん、魚はどうする? 焼くか?」

「どうしよ……バーガスさんのつくってくれたプレートがあるからじゅうぶんって気もするけど、みんなけっこう、食べるんだ」


 K27区で住んでいたころも、和食と、パンがメインの朝食と、両方つくったが、いつも余らなかった。それを言うと、


「だろうな。俺も一応、多めにパンを用意したが、足りるとは思ってねえ。魚は――冷蔵庫のコレを焼けばいいのか?」

「うん」


「おお、やってンな」

 アズラエルが、あくびをしながらキッチンに顔を出した。


「おまえも起きて来たんなら、手伝え」

「俺は、明日の朝担当だろ」


 バーガスは、アズラエルにも手伝うようにいったが、彼はすぐに洗面所の方へ姿を消した。

 それを皮切りに、みんながぞろぞろと起きてきて、キッチンを覗き、テーブルの上に並んだ朝食に目を見張って、洗面所に駆け込んでいった。





「いっただっきまーす!」


 食卓にみんなそろったところで、賑やかな朝食がスタートした。ピエトとネイシャと、ミシェルのあいさつがひときわ大きかった。


「なにこのオムレツ! おいしい!」

 ミシェルが、真っ先に歓声を上げた。

「え!? バーガスさんがつくったの。すんごい美味いよ!? どうやってつくったの」


「生クリームとハーブソルトを入れただけだよ、お嬢ちゃん」

 バーガスがフォークを指先で回しながら、笑顔で説明すると、レオナは憤慨した。

「また、凝った朝メシつくりやがって。うちじゃこんなのつくらなかったろ! ルナちゃんとミシェルちゃんのまえでいい顔しようとしたね! このスットコドッコイ!」

「イデデデデ!!」


 レオナに耳をひねりあげられたバーガスは、悲鳴をあげた。

 あいかわらず騒がしい食卓だった。それは、K27区に住んでいたころと変わらない。こんなにうるさい場所にいるのに、レオナの赤ちゃんはまったく起きず、グースカ眠っている。

 そう――レオナはベビーベッドを担ぎながら、屋敷中を移動する。その光景に、ルナも最初は口をあけたものだ。


「このベーコン、うめえ!」

 ピエトは、分厚いベーコンに齧りつき、満足げに叫んだ。


「こんな朝メシ、これから毎日食えんの」


 ネイシャは、めのまえにオムレツのプレートと、ごはんとみそ汁、焼き魚、ほうれんそうのおひたしと、ジャムつきのトースト、ミルクと、ありったけ引き寄せながら、幸せそうに言った。


「今のうちに目いっぱい食っときな。あしたの朝メシは、母ちゃんのハムエッグだからね」

 セシルは、熱々のオニオン・スープに舌鼓を打ちながら、がっかり顔で言った。

「えー!?」

 こちらも、ネイシャの、はっきりわかるほどのがっかり顔。


「ハムエッグの何が悪いの」

 クラウドが不思議そうに尋ねる。「俺、ハムエッグ好きだけど?」

「あたしも」

「ハムエッグに罪はないです……」

 ミシェルもルナも言った。


「ミシェル姉ちゃんも、ルナ姉ちゃんも、毎朝ハムエッグだけだったら、分かると思うよ……」

 ネイシャは、オムレツを、とても大事そうに食べながら言った。

「朝も昼も夜も! 一日ぜんぶとか、一週間ずっとハムエッグのときがあったから」


「? 俺もイモばっか食ってたぜ」

「ピエトのワイルドライフは特別だっていっただろ」


 ネイシャはためいきまじりに言った。


「金がないのはわかってるから、贅沢は言えなかったけど、コーンフレークとかでも、たまにはいいと思ってたのに、母ちゃんはヘンなとこで手作りにこだわるから」

「だって、たまには手料理を食べさせてやりたくって」

「……ハムをベーコンに変えるとか、目玉焼きとソーセージにしてみるとか、そういう選択肢はなかったのか」


 グレンが食卓にソーセージがないことを暗にほのめかしたが、気づいたのはルナだけだった。


「あ。――そういえば、そうだね」

 セシルは、はっと気づいた顔をした。

「じゃああした――あしたは、ベーコン・エッグに挑戦してみようか」

「その意気だよセシル!」


 レオナが励ましたが、セシルも大概ヌケているということに、だれもつっこまないのだろうかと、みんなは思いながら、朝食を続けたのだった。


 オムレツのプレートは人数分あった。だからといって、ルナが用意したご飯とみそ汁、魚が余ることはなかった。


 ルナはプレートに大きな丸パンを半分、スープにコーヒーで、おなかがパンパンになったのだが、ほかの皆は、それで足りるわけがなかった。


 カレンひとりがいなくなったからといって、エンゲル係数が減るわけではない。バーガスとレオナという大食漢が二人加わり、ネイシャもけっこう食べることが発覚した。結局、米粒ひとつ残ることはなかった。


「たいへんだ……」


 ルナは、すっからかんのみそ汁鍋とスープ鍋、そして綺麗になくなってしまった炊飯ジャーの中身、パンくずひとつ残っていないパンかごを呆然と見つめた。

 デジャヴュだ。こんな事件は、カレンたちが一気に越してきたときに、起こった。

 給仕をしていたちこたんとリュピーシアも、目を丸く――pi=poに感情は植え付けられていない――している気がした。


『明日は、もっと多めにごはんを炊くことを、リュピーシアは提案します』

「ルナちゃん、みそ汁余ってない?」


 K27区で毎日聞いてきた言葉である。ルナが首を振ったことで表れる、セルゲイとクラウドのせつない表情も、繰り返されてきた悲劇だ。


「ごめんよ! 最後の一杯、あたしが食っちまった!」

 悲劇の元凶である、満腹状態のレオナがそこにいた。


「ルナちゃん、俺たちが担当のときは、毎朝和食とパンと、両方用意した方がいいかもしれねえなァ、これは。――俺がパンのほう受け持つよ」

「――うん」

「ちこが手伝ってたとはいえ、ほとんどひとりでこの量を用意してたのか? 大変だったなァ」


 バーガスも、なにひとつ残らなかった食卓を見て、さすがに苦笑いした。そういうバーガスも、けっこう食べたのである。これでもあとから、グレンのために買っておいたソーセージをボイルして出し、バーガスとレオナが食べたいと言いだしたので、魚も焼いた。それらも残らず、皆の胃袋に収納された。


「だし巻玉子がないことが、ちょっと足りない理由」


 ミシェルは言った。ルナは「オムレツがあったよ!?」と絶叫したが、「だし巻玉子は別。べつばら」とおかしなことを言いだした。


 明日はアズラエルとセシルが朝食担当だが、どうなることやら。


 ルナはあと数日たったら、この席にエーリヒとジュリも加わるのだと思ったら、なんだかとてつもない状態になりそうな気がして、コーヒーのマグカップを持ったまま、しばらくおくちをぽっかりしていたのであった。



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