4話 地球行き宇宙船 Ⅱ 1
「ふぎ?」
ルナは目覚めた。
夢を見ていた――ずいぶんと長い、夢を。
(悲しい夢だったような、しあわせな夢だったような?)
夢の中で呼んでいたはずの弟の名は、すっかり忘れていた。ルナに弟はいない。
「夢って、いつもへんだものね」
ルナはもしょもしょと目をこすった。
「でも、ものすごくリアルな夢だった気がする」
周囲をキョロキョロ見回してみたが、となりのベッドで寝ていたはずのリサの姿はない。ルナが四人くらい寝転がっても大丈夫そうな巨大ベッドは、驚くべきことに一人用なのだった。
「……」
絶句するほど豪奢なスイート・ルーム。ここは宇宙船の中だ。
そう――L88から、地球行き宇宙船に合流するために向かっている宇宙船は、なんとファーストクラスだった。
きのうのことである。
カザマの案内に従って宇宙船に乗り、一時間もせず着いたのはL88のムケー宇宙港。
そこから乗り換えた宇宙船は――L77から乗ってきた、扉の奥は座席が並んでいるという、航空機とほぼ変わりがない仕様の宇宙船とは違った。
駅構内のエスカレーターを上がって、ガラスの回転扉を通り抜けた先は、ホテルのロビーだった。
「こちら、E.S.Cの特別機となります」
四人は、呆けた顔でカザマの笑顔を見つめた。宇宙船に乗った、ということに気づかなかったのだ。
「え?」
「こちらはE.S.Cの特別機となります。宇宙船ですわ」
ホテルではなく。
四人は口をあけて顔を見合わせ、ホールみたいに広大で、豪華な内装をキョロキョロながめつつ、ルナを筆頭とするアホ面で、彼女のあとをついていった。どうやら、ルナたち以外の客はいない。
「リサ様とキラ様には、お電話のさいに多少のご説明はさせていただいておりますが」
カザマは前置きした。
「地球行き宇宙船は、今年の一月に、L55を出航しております」
四人はうながされるまま、ロビーのふかふかソファに座った。
「この宇宙船は、VIPの方専用の、地球行き宇宙船に合流するための特別機で、ふだんは使用できないのですが、シーズン・オフで――ちょうど空きがありましたので」
四人は、だまって座っていれば、どこまでも沈んでいきそうなソファの座り心地を味わう余裕もなく、カザマの話も耳から耳へと過ぎ去った。
「ご心配なく。ロイヤルタイプの宇宙船を使ったところで、特別料金は請求されませんから」
カザマは四人の顔色を見てとって、微笑んだ。
「それから、皆様がエルネシアの宇宙港まで来られた旅費も、こちらで清算いたしますので。後ほど、そのお話も」
「ええ!?」
「お飲み物は、いかがですか」
フロントにいた男性がいつのまにかそばに来て、満面の笑みを浮かべている。
リサはやっとのことで、「コーヒーで」と言い、ミシェルとキラもあわてて、「コーヒー」と言いかけたところで、ひとりメニューを見ていたルナが、「リリザ・トロピカル・ソーダ!」と叫び、三人は「それなに!?」とルナのほうを向いて絶叫した。
最終的にテーブルには、ルナとキラが「リリザ・トロピカル・ソーダ」という、ウサギのペーターとジニーがグラスの中で手を振っている、七色に光るソーダ水、ミシェルとカザマが特製アイスコーヒー、リサはL88産の有名ブランドの紅茶――が並べられた。
「では、地球行き宇宙船の航路をご説明させていただきます」
彼女が手にしたノート型電子端末から電子音がしたのと同時に、緑豊かな高原の風景を映し出していたロビーの壁面は、一面、大宇宙の画像になった。
「わあ……!」
四人はそろって、歓声を上げた。
「地球行き宇宙船、アース・シップMJH号は、四年に一度の運航になります。今年の一月にL55を出航しました。これからいくつもの惑星や人工エリアを経由し、約四年かけて地球に到着します」
壁面の大宇宙に画像が浮かび上がった。クジラの姿にも似た灰色の宇宙船が、星の大海を進んでいる。
「お客様が立ち寄ることのできる惑星は限られていますが、物資補給とメンテナンスのため、月に二度は、必ず惑星およびエリアに停船することになっております」
カザマが画像の中の地球行き宇宙船を進ませると、新たな惑星が現れた。
「今年の年末から新年にかけて、“歓楽星リリザ”へ」
「リリザ!!」
四人はいっせいに声を上げた。
リリザは、だれもが憧れるリゾート星だ。無数の遊園地が乱立することで有名だが、そのほかにも高級ホテル、カジノ、劇場にライブ会場、スタジアム、美食、多様なリゾート施設――ひとが考え得る、あらゆる娯楽をつめこんだ星である。
L系惑星群の住民が、一生に一度は行ってみたい憧れの星。
リリザのマスコットキャラクター、ウサギのペーターとジニーは、L系惑星群でもたくさんのグッズが展開されている。ルナも大好きだ。
「リリザは、二週間ほどの滞在になります」
カザマは完璧な笑顔でそう言った。
さらに、画像上の地球行き宇宙船は航路を進んだ。あらたな惑星と人工エリアが、ひとつずつ現れた。
「二年目には、水の惑星マルカ。三年目には人工エリアE353に立ち寄ります。両方とも、リリザほどではありませんが、リゾート星です。E353も現在の予定では、年末に立ち寄ることになりますので、そちらで年越ししていただくことも可能です。地球に似た光景が、いくつもありますよ」
四人の船客は、もはや感激を隠し切れずに互いの顔を見合い、チケットが当選した幸運に感謝した。
「そして、三年目の後半には、惑星アストロスにつきます」
ひときわ大きな太陽系の中で輝く、ブルーの惑星がピックアップされた。
「アストロス……」
はじめて聞く名前だ。ルナだけが、その星の名をつぶやいた。
「この惑星も、独自の文化を持っていて、すばらしい観光ができます。ここを過ぎますと、あとは地球まで一直線」
地球行き宇宙船はアストロスを離れた。そして、たくさんの天体が密集したあたりを経て、再び大きな太陽系へと突入した。
「天体密集地区、エッジワース・カイパーベルトを経て、地球の太陽系“シュステーマ・ソーラーレ”に突入します。地球到着は、四年目の四月になります」
カザマの説明は終わり、映像はとぎれた。四人は小さな宇宙旅行を経て、興奮さめやらぬ熱いため息を吐いて、ソファに沈んだ。
「ここまでで、なにか質問はございませんか」
四人は、やっとテーブルの上のドリンクの存在を思い出したところだった。カザマは、「召し上がって」と飲み物をすすめた。
四人が歓喜に火照った熱を冷まそうと、それぞれ口に運び――やっと、ひといきついたリサが聞いた。
「その、地球行き宇宙船は、L系惑星群各地から人が乗るんですよね」
「ええ。この先、惑星、衛星、人工エリアに立ち寄る都度、乗船する方がおられますが、現在はL系惑星群のお客様がほとんどで、あとはS系惑星群から五十人ほど」
「L77からは、あたしたちだけですか」
「そうですね。L77からは、リサ様たち四名様のみです」
ツアーなどというから、もっとたくさんの人間がいっしょに乗ると思いきや、L77からはルナたちだけらしい。
「じゃあ、L7系からは?」
カザマは律儀に確認してくれた。
「そうですね……今回は、当選者がL系列1~6ナンバーの方が多かったようで、L7系からはリサ様たちを含めても三百五十名くらいでしょうか」
「ぜんぶで、何人乗るんですか」
「船客の募集は、毎期、三万人です」
「三万人!?」
地球行き宇宙船は、宇宙船と言っても規模がちがっていた。もちろん、このロイヤルクラスの宇宙船より、ランクが上だ。
「あの、じゃあ、L77からはあたしたちだけってことは――カザマさんは、あたしたちだけのツアーガイドってことですか?」
リサが聞くと、カザマは微笑んだ。
「わたくしは、ここにおられる四名の船客さま専用のツアーガイド――担当役員になります。都度立ち寄る星々のご案内もさせていただきますが、ツアーコンダクターも兼ねております。チケット一枚で、二名様がご乗船されまして、だいたい二名様にひとり、担当役員がつきます」
「そうなの!?」
カザマというツアーガイドは、この四人のためだけにいるのだ。
「地球行き宇宙船の内部、および生活に関しましては、乗船後にご説明いたしますが、もっとくわしく宇宙船の説明をいたしますと――そうですね、乗客数は毎期、三万人の募集となっております。船内には常時、船内役員、派遣役員、作業役員など、役員が約百万人、株主関係者のかたもいらっしゃいますので、船内の人口はだいたい百三万人といったところでしょうか」
「百三万人……」
四人の思考回路は一時停止した。
ほぼ、ローズ・タウンの人口と同じである。
「豪華客船みたいな感じじゃないか」と想像していた四人は、百三万人が生活している宇宙船というものが、規模を含めて、まるで想像できなかった。
ロビーでの説明がすむと、部屋に案内され、まもなく夕食の時間が来た。
メニューは多彩で、L系惑星群すべての星の名産を用意できるとのこと。ルナたちはてきとうな番号を言って、別々の星のディナーコースを注文した。
ルナは行ったこともないL02の食材をつかったコース。
ひとくち食べるごとにうさ耳が立つほどの美味しさだった。こってりめの料理が多く、品数も一番多かった。最後のカスタードクリームたっぷりのデザートには、残りの三人も食いついた。ルナはデザートを食べ終えるころに言った。
「もう、クリームはよいです」
L42のコースを頼んだキラは、全体的に辛口の料理が気に入って、地球行き宇宙船に乗ったら、L42の料理を出してくれる店を探すと息巻いた。しかし彼女は言った。
「コースはやめとこう。すでに舌がしびれてる」
リサはL82。こちらもこってりした肉料理がメイン――七割が肉だった。リサは困り顔で、サラダを三人に分けたことを後悔した。
彼女の前菜のサラダは一番カラフルで具だくさん、リサの顔ほどもあるボウルみたいなカップに大量に盛られてきたからである。ビールは進みすぎるほど進んだ。そして彼女は最後に言った。
「野菜食べたい。もうしばらく、お肉見たくない」
ミシェルはL33――科学の星のせいか知らないが、見たことがない造形の料理ばかりだった。
最後のデザートは、現在ミシェルの体に足りていない栄養素のサプリでつくったゼリーだ。L33を模したテニスボールほどの大きさの球体のゼリーが、すさまじく大きな、宇宙色の皿に乗って出てきた。L33の衛星である惑星のキャンディが二個、宙に浮いて周辺を回っている。ドライアイスの演出をともなって。
それを見たとたんに、四人そろって歓声を上げた。
「なんだか、味はともかく、ものすごく健康になった気分」
こってりが過ぎた部分もあったけれど、どれもこれも、外れはなかった。
ひと晩眠るだけの客室も、信じられないくらい広くて豪華だ。
シングルベッドが、ダブルベッドの大きさだったし、四人で入ってもまだ余裕のあるバスタブには、カラフルな花弁を浮かべることができる。高級化粧品のアメニティに、リサとキラは大興奮だった。
このロイヤルタイプの宇宙船は、普通に乗ったら、いったいどれくらいかかるのだろう。
これからの旅行を想像して、ルナたちは、気後れしたような、まだ自分の幸運が信じられないような顔で、周囲を見回していた。
だが、驚くのはまだまだ早かった。