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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
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248話 新しい生活 K38区アルボル・ポートフォリオ3番地のお屋敷 Ⅰ 3


「“愛してるよ。わたしのルーシー。その車で遊びに来て”」


 セルゲイが、ララからルナへのメッセージカードを、淡々と読んだ。


「ノーチェ555」


 この車を見たことがあるのは、L5系出身のセルゲイか、軍事惑星セレブのグレンくらいだった。車の内装と同じ、赤と白のドット模様で、キスマークつきのカードを丁寧にしまうと、セルゲイは呆れ声で言った。


「L5系あたりでしか宣伝してない、“超”高級車だ。女の子に人気で――私が担当していた患者のお姉さんが、乗っていたのを見たことがある。あっちはエメラルドグリーンの車だったけど――この車自体が、期間限定の販売で、彼女も手に入れるのが大変だったと言っていたから覚えてる」


 理解できない、とセルゲイは、いささか困惑を(にじ)ませた調子で言った。


「……車のキーにダイヤがくっついてるのなんて、初めて見たよ」

「セルゲイ、俺も初めてだよ。たぶん、ここにいる全員がはじめてだ」


 クラウドはなだめた。

 ルナとミシェルは、ぶっ倒れたまま、なかよくベッドでご就寝だ。


「よお! 昼メシ買って来たぜ! ――ドア開けっぱなしじゃねえか! 不用心だな!」

「ちょ……っ、外の、ノーチェじゃねえ!?」

「うっわあ――すっごい家だねえ――」

「こんにちは。お昼ご飯を持ってきたんですけど、みなさんもういただいてしまいました?」


 バーガスにロビン、大きいおなかを抱えたレオナと、セシルの担当役員のカルパナがやってきた。


「ノーチェ! 555!」


 L5系でセレブでなくとも、知っている人間がいたようだ。ロビンが大興奮で外の車を指さすのに、アズラエルはめんどうなヤツが来たと、顔をしかめた。


「今度はまた、宮殿みてーな家を選んだな。ええ? おい」

 バーガスがあきれ顔で、空ほど高い吹き抜けの天井を見あげた。


「部屋はまだいくつか空いてる。おまえらも入るか」

「マジか!?」

「ほんとかい!?」


 アズラエルの台詞にバーガスとレオナが絶叫し、まんざらでもない顔で顔を見合わせた。


「え、部屋あいてんの。じゃあ俺も――「おまえを入れると思ったら大間違いだ」


 ロビンも便乗しようとしたところで、クラウドが、どんな手を使っても、ロビンの入居は阻止する、といった顔でロビンを睨んだ。ロビンが下唇を突き出し、臨戦態勢に入ったところで――ロビンのほうがやめた。


「そういや、あの車、だれの? 俺のネコちゃんと、ウサちゃんはどうしたんだよ?」

「おまえの、じゃない。俺のだ!」


 恋愛関係になると、とたんにおとなげなくなるL18の男性代表格であるクラウドも、例にもれず威嚇したが、説明はしてやった。


「とんでもない引っ越し祝いのおかげで、人事不省(じんじふせい)になってるよ」


「――あれ、ルナちゃんの車なのか!?」


 ロビンが素っ頓狂な声を上げた。彼にしては五オクターブくらい高い裏声になった。

 ルナとミシェルが、ララから贈られたノーチェ555という車と、名画のせいでぶっ倒れたままだとクラウドが説明すると、ロビンは吠えた。


「マジかよ――つか、――え!? ララにもらった!?」


 ロビンは絶句し――どうしてルナとミシェルが、そこまでララに気に入られているのか、理解しがたい顔をした。理解しがたいのは、アズラエルもクラウドも一緒だ。おそらく、ルナたち本人も、そうだ。


 しかもあれは、リリザ限定の特別仕様車らしく、ロゴまで入っていると知ったロビンはためいきを吐いた。


「ルナちゃん、今度アレ貸してくんねえかな~。俺の女が乗りたがってたんだ。でも限定車で、いくらカネ積んでも買えるもんじゃないらしくてさ。お金持ちのオジサマに頼んだらしいんだが、ダメだったって」

「貸したが最後、もどってこないような気がするねえ」


 レオナはロビンをにらんだが、ロビンはまったくおかまいなしに、外の車を見に行った。


 さて、彼らは、来たのはいいが、ほとんど手伝いの必要がなかった。


 家具はすっかり業者任せだったし、ロビンはノーチェ555を眺めるばかりでなにもしなかったし、レオナは臨月のおなかでせわしなく動こうとするので皆に止められ、かろうじてカルパナが、キッチンの整理を、バーガスが絵を大広間の壁にかけるのを手伝ったくらいだった。


 その他の作業は、ほとんどpi=poが行った。


 結局、お茶を濁しに来ただけのような彼らは、片づけがあらかた終わると、大広間に移動した。


 pi=poの「ヘレン」がコーヒーを淹れ、カップについでいると、ルナとミシェルが起きて来た。額に冷えピタをはっていたが、元気そうだった。


「おひゃようごひゃいまひゅ」

「おはよ……」

「ふたりとも、だいじょうぶかい?」


 セシルが心配そうに額に手を当てたが、熱はなさそうだった。


「ひゃいひょうふれしゅ……」

「あ、コーヒー、おいしそ!」

 ミシェルは、すぐさまコーヒーにありついた。


 すっかりキッチンは片付けられていて、卒倒していたルナとミシェルは、役に立たなかったことを謝ったが、カザマが「それよりも」と言った。


「ララ様に、お礼の電話を」


 ルナとミシェルは顔を見合わせ、「……直接行ってきます」と言った。

 ミシェルは額を指で押さえ、「場合によっては、一部を返却します……」となんとも言えない顔で言った。


「返却しまふゅ」

 ルナも後を追うように言ったが、

「もう、大きな絵は飾っちゃったよ?」

 セシルは言い、カザマも、

「ララ様が、返却をみとめるかしら……」

 と難しい顔で言ったので、ルナとミシェルは「ははは……」と乾いた笑いをもらした。


「あんまり広すぎて、慣れるまで落ち着かないね」

 ミシェルはソファがあるのに、じゅうたんの上に座った。冷えピタをぽいっとゴミ箱へ丸めて投げると、見事ゴミ箱に落下した。

「ゴミ箱までが、こんなに遠い」


「そうさ――こんな広い家なんだから、多少人数が増えたって困らない」


 ロビンがそっとミシェルの隣に座って肩を抱いたのを、クラウドではなくミシェルがべっと弾いたが、これしきで懲りるものなら、ロビンという人間は存在しない。


「俺がここに住むっていうのを、クラウドが反対するんだ。なんとかいってくれよハニー」

「ハニーじゃないよ。いやだよあたしだって。あんたが来たら、派手な女の人もいっぱい来るんでしょ?」

「妬いてるのか」

「なんでそうなる? あたし共通語しゃべってるはずだけど? なんで通じない?」


「そもそもだな」

 ロビンはミシェルの肩を抱き、もう一回弾かれた。

「ここにはグレンとセルゲイだって住んでる! ウサちゃん目当てにな――俺がひとりくらい増えたってかまわないだろ」


「俺は、グレンとセルゲイがいっしょに暮らすのを、認めてるわけじゃねえぞ」


 アズラエルが凄んだのに、グレンとセルゲイはためいきひとつで肩をすくめただけだ。


「俺たちだって、ルールは守ってるぜ」

「そうだよ」


 グレンとセルゲイは言った。


「ルナはかわいそうなことに、顎にカビが生えてる傭兵野郎を運命の相手と勘違いしてる――ルナが本当に愛する男がだれか気づくまで、俺は辛抱強く待ってるんだ。それまで俺は、ルナにおはようのキスをしたり、おやすみのキスをしたり、月曜のキスをしたり、祝日のキスをしたり、いつも可愛いが、格別に可愛い日はキスしたり、たまに抱き上げたり、肩を抱いたり――膝に乗せたりするくらいで、それ以上のことはしてねえ」


「それらも差し控えろ」

 現恋人(仮)は怒った。

「なんだそのルールは! だれが決めた! 俺は知らねえぞ!」


「俺が決めた。おまえに文句は言わせねえ」

 アズラエルがまだ何か言いつのろうとしたが、セルゲイが弾いた。

「膝に乗せるくらいいいじゃないか。アズラエルだって、ピエトもネイシャも膝に乗せるだろ」

「そういう問題じゃねえ!!」


 セルゲイは、閻魔大王のごとき微笑で黙らせるかと思ったら、今日はそうでもなかった。


「いいかい? アズラエル」

 セルゲイは幼子を諭すように言った。

「ルナちゃんを、ただのウサギと考えてごらん」

「あァ?」

「君、以前言ってただろう。『最近俺は、ウサギを一匹飼ってると思うことで自分を納得させている』って」


 ミシェルが吹いた。ルナはウサ耳をぴこぴこさせ、クラウドが「カオス」とつぶやく。


「グレンも私も、ウサギを愛でているだけなんだよ。膝に乗せてなでなでしたり、たまにキスしてみたり」

「それでごまかしたつもりか!」


 ライオンは吠えたが、肝心のうさこたんは、途中からまったく聞いていなかった。子ども二匹といっしょに、「冬になったらあったかいだろうねえ~」と呑気な声で暖炉をのぞきこんでいた。「わたしのために争わないで」とまでいかなくても、せめて関心くらい欲しいものである。


「くそ……あのちびウサギめ」


 ライオンはすっかり闘争意欲が失われたわけだが、ロビンにはクラウドが念を押した。


「とにかくおまえが住むことは、俺が許さない」

「そういうなよ。俺もルールは守るからさ」

「グレンみたいにおかしなルールをつくる気だろ」


 まだまだクラウドとロビンの争いが続きそうだったが、レオナがそれを休憩させた。


「ねえ、ほんとに、あたしたちもここに住んでいいの」

 レオナが神妙な顔つきで、アズラエルではなく、ほかの皆に聞いたが、

「私はかまわないよ」

「俺も」

「……まァ、部屋は空いてるしな」

 とセルゲイ、クラウドが立て続けに言い、グレンも仕方なくうなずいた。セシル親子はいわずもがな、ミシェルもルナも頭を縦に振ったので、レオナの表情があかるくなった。


「嬉しいよ! あたし、あそこはちょっと寂しかったんだ。住んでる人は少ないし、ともだちはひとりだけだったし」

「じゃあ、産んだら、こっちに引っ越してくるぞ――いやァ、毎日が楽しくなりそうだな」


 バーガスとレオナは、二階左側の、一番奥の部屋をもらうことにした。


「セシルも一緒か。あたし、心強いよ!」


 レオナはセシルの手を取って飛び跳ねんばかりの勢いだった。おなかがだいぶ大きかったので、止められたが。


「俺もここに住みてえなあ~……」


 ミシェルの顔が毎日見れるし、ルナちゃんの手料理が食えるんだろ、とロビンがしつこくぼやくので、クラウドは、

「ミシェルをあきらめたら、入れてあげるよ」

 と妥協した。みんなは笑った。




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