248話 新しい生活 K38区アルボル・ポートフォリオ3番地のお屋敷 Ⅰ 2
女性陣は、ちこたんとヘレンとともに、ダイニングキッチンの整理に取り掛かっていた。食器や鍋を戸棚に収納したり、テーブルクロスを新しく買いにいくために、テーブルの大きさをはかったり。
買い足してくる品物をメモしていたカザマが、思い立って言った。
「ルナさん、お昼はどうします? なにかつくった方がよろしいかしら」
「あっそうか。サンドイッチでもつくる? でも、材料買いに行かなきゃ」
ルナは、冷蔵庫をあけて言った。すかさずちこたんが答える。
『サンドイッチ・レシピは二百十五件あります』
ヘレンも、ピポピポパ、と軽快な音を奏でて表示した。
『近隣のスーパー、およびコンビニエンスストアの地図を表示しますか?』
「近くにデリバリーのお店があったけど」
「あたしたちも、なんでもかまわないよ」
「では、お電話しておきましょうか。なにかてきとうに……」
『デリバリーショップへの通信を開始します。ヘレンを通じて呼びだします。電話番号は……』
カザマの言葉に、ヘレンが近隣のデリバリーの店へつないだ。そこへ、インターフォンが鳴る。
「はいはいはーいっ!!」
ルナがぺぺぺぺぺと飛び出していったが、屋敷が広いせいで、ルナが玄関にたどり着くまでだいぶかかった。ちこたんが追いかけてくる。
『お客様の対応は、ちこたんにお任せください』
「これはたいへんだ!」
ルナがへふへふと息を切らせているあいだに、ちこたんがドアにたどり着いた。開けると、宅配業者がいた。
「ミシェル・B・パーカーさんのお宅で間違いないですか」
『はい』
さっそく、荷物が届いた。なんだろう。ルナは首を傾げた。
「ララ――ララしか書いてないけど、ララさんでいいのかな――ララさんから、お荷物です」
「はい!?」
ルナの声が裏返った。
「大きなお荷物なので、ちょっと失礼しますね~」
宅配業者が、巨大な板の様な包みを運び入れてきた。横にして入れても、ギリギリだ。この玄関のドアもずいぶん大きいのに。
板は全部で四枚あった。
インターフォンで、来訪者があったことに気付いた男たちも、ダイニングのほうから見えた女性陣も、わらわらと集まってきた。
「え? あたし宛て? ――は!? ララさんから!?」
サインを求められたミシェルは絶叫し、荷物受取書にサインをしたあと、業者が帰って行くのを見届けて、板に向き合った。
板どもは、綺麗な包装紙で包まれ、リボンがかけられていたが、そのどれもが大きかった。一番大きいものは、船大工の絵の二倍はあった。
ミシェルは荷物受取書の控えと一緒に、ゴールドのカードが入った封筒を受け取った。まず、それを開けると、
“愛するミシェルへ。引越し祝いだよ。受け取って”
シンプルな言葉とともに、真っ赤な口紅がついているのは、ララのキスマークだろう。
クラウドがそれを破こうとしたが、ゴールドカードの裏は、アンジェラの絵がついていたため、クラウドがミシェルに蹴飛ばされて本懐は遂げられなかった。
「これ――なに?」
ネイシャが言った。食器を拭いていたカザマが、布巾を手にしたまま、
「絵じゃございませんこと?」
「え?」
みんなそろって、ダジャレのような疑問符を飛ばし、ミシェルを見た。
「このあいだ、いろいろともらったばかりだったのに」
ルナの困惑顔は、ミシェルの困惑顔でもあった。
「と、とりあえず開けてみるね……」
ゴクリ、と喉を鳴らして包装を解いた――二番目に小さいものから。
それぞれが、ずいぶん頑丈に梱包されていた。品物に、わずかでもキズをつけたくない、送り主の気持ちがこれでもかとこめられた厳重さだった。
ミシェルが小さな――それでも十号サイズはある額装を、あらゆる装備を解いて表に出すと、それはデッサン画だった。
「なんだこりゃ?」
絵の価値などわかるはずもないアズラエルが顔をしかめたが、いっしょに出て来たのは鑑定書だ。ミシェルの声が、それを読んで震えた。
「ピカソの――デッサン画だ!」
どうやら、複製ではなく本物らしい。クラウドはドン引きした。
「え――もしかして、数千万とかする絵?」
「数千万!? このいたずら書きみてえな絵が!?」
アズラエルの絶叫は誰も聞いてはいなかった。
ミシェルはおそるおそる、残り二枚をながめ――小さな包みに手を伸ばしてやめ、一番大きな、縦長のつつみに手を伸ばした。
「一番ショックが大きそうなのからにする」
一番でかい額装は、一番ショックが大きいだろう――いろいろな面で。
そう思ったミシェルだったが、中から出て来たのは、アンジェラの絵でも、いわゆる地球時代の名画と呼ばれるものでもなかった。
だが、美しい絵だ。
波と砂浜――今にも潮の香りが漂ってきそうな、写実的な。
「え? アレ? これ、もしかしておじいちゃんの絵かな?」
ミシェルの推測は当たった。額装の裏に、作者とタイトルを書いたカードが挟まっている。
「イシュマール・MJH・サルーディーバ作。タイトル、地球の海――地球の海だって!」
ミシェルが歓声を上げ、ルナの顔が輝いた。
「地球の海……」
「すごいきれい!」
コバルト・ブルーの海に、白い波しぶき、煌めく砂浜。ルナたちは、地球の海に思いをはせた。
この絵を気に入ったのは、女の子たちだけではなかったようだ。ピエトやネイシャも、しゃがんで絵を見つめ、貝殻のところをつついたりして、「本物そっくり」と驚きの声をあげた。
「なかなかいい絵だ。リビングの壁にでも飾るか」
グレンの言葉に、リビングというには広すぎる大広間の壁を、みなが見つめた。たしかに、今の状態では殺風景だし、絵を飾ってもいいかもしれない。博物館並みの壁の大きさがあるこの部屋には、飾ることができる。
「じゃ、じゃあ、二番目の、いくね」
二番目に大きい包みは、ずいぶん横長だった。クラウドは、向かいの壁に飾れるな、とすでに長さを測りはじめていた。
包みを解き、額装があらわれ――それを見た途端に、ミシェルは、「……ないわ」と最後の言葉を残して失神した。
「ミシェル!?」
真砂名神社の、例の絵でも入っていたかと、かろうじてミシェルを支えたクラウドが見たものは、ただの絵だった。
――たしかに、美しい絵ではあったが。
青系統の色で統一された魚たちが、横長の海を泳いでいる。大きい分迫力もあるし、吸い込まれそうな色彩だ。
「綺麗な絵だねえ……!」
セシルがうっとりと見惚れた。
「あれ――? もしかして、この絵」
ルナとクラウドだけは、この絵の正体がわかった。ルナはおくちをぽっかりと開け、叫んだ。
「――これ、アンジェラさんの絵だ!」
「まあ……!」
「アンジェラのだと!?」
カザマとアズラエルが同時に感嘆符を飛ばしたが、たしかにそうなのだった。クラウドが証明書を額装の裏から発見したし、ルナが言ったのだった。
「これね、ララさんのとこに――あのね、船大工の絵を届けに行ったときね、かぶぬしさんのおやくしょ? みたいなところで見たの。ミシェルがずーっと眺めてたから、ララさんがくれたんじゃないかな」
ミシェルも、自分があの日、株主総合庁舎で、初めて本物を見て感激したアンジェラの絵が、贈り物として自分のもとに届いたことで、衝撃を受けすぎたのだろう。
とりあえず、気絶したミシェルは、クラウドが自室に運んだ。
「まァ、大きい絵はpi=poに飾ってもらうとして――」
セルゲイが言いかけたところで、またインターフォンが鳴った。今度は一番玄関のそばにいたセルゲイが出ると、スーツ姿の中年男性がいた。
「ルナ・D・バーントシェント様のお宅でお間違いないでしょうか!?」
「え? ――ええ」
蝶ネクタイをしたスーツ姿の男性は、やたらハイテンションだった。
「宇宙船株主のララ様という方からの、贈り物をお届けにまいりました!」
「こんどはあたし!?」
満面の笑みを絶やさない――エーリヒと対極の表情筋の男性は、ルナを認めると、外へ促した。それにつられて、みなも、ぞろぞろ外へ出てきた。
「さあ、こちらをどうぞ!」
――そこにあったものは。
ピカピカの新車だった。小型のワーゲンタイプの高級車で、ボディカラーは目が覚めるような赤。内装も、赤と白の水玉ドット模様で、ずいぶんかわいらしい仕様だ。
助手席には、リボンを掛けた、リリザの遊園地のマスコットキャラクターである、ウサギのジニーが乗っている。ルナくらいの大きさがあるぬいぐるみだ。ルナは以前、ピンクのそれをグレンに買ってもらったが、車に乗っているのは真っ白なタイプだ。
「……」
ルナは、やはりおくちを開けたまま停止していた。
「ごらんください! リリザ限定の特別仕様車で、世界にたった五台しかありません! ね! ほら――ほら、ほら! ごらんください、ここにロゴが!」
ハイテンションのちょびヒゲが、バックドアにカラフルなロゴが入っている場所を強調する。そこには、七色のグラデーションカラーで「LiLiZa」のロゴが。
「すばらしいでしょう――ボディカラーは、ストロベリー・ポップ! 一番人気のカラーです!」
ルナは、さっぱりわからなかった。
「こちら、自動車のキーになります!」
まるで結婚指輪のケースのような、真っ赤なベロアの箱を、ぱかりとチョヒヒゲは開けた――ダイヤモンドをちりばめた、自動車のリモートキーが入っていた。
「こちら、本物のおダイヤになっております。おダイヤがお嫌な場合は、ルビーかサファイアにお取替えできますが――お客様!?」
今度は、ルナが失神した。




