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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~LUNA NOVA篇~
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247話 エーリヒ、襲来 Ⅱ 1


 多少の元気はもどったが、どことなくしんみりしたまま、カレンのお別れ会は終わり、だいぶ早い時刻に帰路についた。


 セルゲイは、ジュリがいびきをかいて寝ているのをたしかめてから、自室であの本を開いた。


「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」だ。


 クラウドほどではないが、本を読み慣れているセルゲイは、深夜を回るまえに本を読み終えた。


 それから、窓をいっぱいに開いて涼しい風を部屋にいれ、天空に広がる宇宙を見上げた。


(カレン――必ず、君のもとに帰るからね)

 ――地球の話を、手土産に。


 ジュリがグレンのベッドで寝ているので、グレンはありがたく、クラウドの部屋のベッドをつかわせてもらうことにした。


 ミシェルは、ルナの部屋。

 今日は、ひとりで寝たくない気分だったし、だからといってグレンと寝るわけにもいかない。


 アズラエルは、リビングのソファベッドで、ルナとミシェルは、ルナの部屋の大きなダブルベッドに、ふたりで寝転がった。


「おやすみ」とふたりで言いあい、ミシェルのほうからはすぐ寝息が聞こえてきたが、ルナはなかなか寝付けず、寝返りをうってばかりいた。


 やっと、うとうとし始めたところで、ルナは、クローゼットから、白銀色の光がこぼれているのに気付いた。


(――あっ!!)


 ルナは転げるようにベッドから降り、クローゼットを開けた。やはり光源は、ZOOカードだ。


(だれか、来たの)


 いよいよ、“英知ある黒いタカ”が乗ってきたから、月を眺める子ウサギがやってきたのだろうか。


 ルナは、慎重にZOOカードを絨毯の上に置き、ミシェルのほうを伺った。ミシェルはすっかり寝付いている。


 南京錠を外し、ふたを開けると、二枚のカードが浮き上がった。ルナの予想は外れた。

 一枚は、たくさんの原稿用紙の上に万年筆を走らせているグレーのまだらネコ、もう一枚は、たくさんの本に囲まれた、グレーのまだらネコだ。


『おれは、“文豪のネコ”』

 原稿用紙に埋もれそうなネコのカードから、声がした。


『ぼくは、“図書館のネコ”』

 本に囲まれたネコのカードからも、声がした。


 ルナは、この二枚のカードがだれか、すぐにわかった。


(ケヴィンと、アルフレッド?)


 二枚のカードは、つづけて言った。


『おれの名は、“叙事詩(エポス)”』

 文豪のネコと名乗ったカードが言った。


『ぼくの名は、“図書館(ビブリオテカ)”』

 図書館のネコが言った。


「え!?」


 ルナは意味が分からず、聞き逃してしまったので思わず叫ぶと、二枚のカードは言い直してくれた。


『おれの名は、“叙事詩(エポス)”』

『ぼくの名は、“図書館(ビブリオテカ)”』


「ちょ、ちょっと待って」


 ルナは、バッグから自分の日記帳を取り出し、やっとそれを書きとめることができた。二枚のカードは、ルナがメモするまで、根気強く何度も教えてくれた。


「い、いったい、この名前はなに? どういう意味?」


 だが、ルナの質問には答えてくれなかった。キラキラと銀色の光をまき散らし、カードはあとかたもなく消えた。

 ルナは呆然と、ページに残った名前を見つめた。


 ケヴィンが――叙事詩(エポス)。アルフレッドが、図書館(ビブリオテカ)


(どういう意味?)


 教えてくれる人物は、今のところだれもいない。

 ルナは、小声で月を眺める子ウサギを呼んでみたのだが、彼女は現れなかった。導きの子ウサギも、だ。


(ケヴィンとアルフレッドのZOOカード……)


 ケヴィンになにか、危険が迫っている? 


 ルナは、ケヴィンの知り合いだった、バンクスのことを考えた。アランのお話を書いたバンクスが行方不明で、連絡もないから心配していると彼は言っていた。


 でも、あの二枚のカードの様子だと、危機的な感じはしなかったけれど。


 ルナは、はじめてアンジェリカにZOOカードの占いをしてもらったとき、ルナが助ける人物の中に、「双子の兄弟」――つまり、ケヴィンとアルフレッドがいたのを思い出した。


 そして、アンジェリカがナターシャとアルフレッドに告げたのは、「文豪のネコ」、つまりケヴィンが、ルナを助ける日が来るかもしれないということ。


(この、“叙事詩(エポス)”とかいう名前が、関係あるのかな)


 だが、これきりでは、さっぱり意味がわからない。


 ルナは、今度は真実をもたらすトラか、ライオンを呼び出そうとして、止まった。


 ピンク色の光を浴びたカードが二枚、飛び出してきたからだ。


 ルナはそのカードを見たとたん、考えていたことすべてが吹っ飛び、「あーっ!!」とでかい声を上げ、みんなを起こしてしまった。


「な、なに!?」

「どうした、ルゥ! ミシェル!」

「どうしたのルナ!!」


 ミシェルが飛び起き、夫(仮)と愛息子が駆けつけて来た。

 ルナの前にはZOOカード。

 理由はすぐにわかった。


「真夜中に大声を出すな」


 アズラエルはルナのほっぺたを一度つねってからリビングにもどっていき、ピエトとミシェルは、ZOOカードボックスを囲んだ。


「なにかあったの!?」

「導きの子ウサギが来た?」


 二枚のカードは、ピンク色の甘ったるい輝きを残したまま、消えてしまった。


「あ、あ~あ……」


 ピエトが残念そうな顔でそれを見届けた。ルナのほっぺたは、アズラエルにつままれたところが多少赤くなってはいたが、ぷっくりしていた。


「よし、あした、パーティーをするよ!」

「ええっ!?」


 ネコと茶色いちびウサギは、飛び跳ねた。





「――だとすれば君、なにかね。この童話の数々は、“うさこちゃん”の前世の物語だっていうのかね?」

「そう」


 エーリヒの表情を、クラウドは見失った。

 もともとこの男に表情などはないが、エーリヒも、事実を消化しかねているのが伺えた。


「いったい――なんのために」


 なんのためにマリアンヌはこのディスクをつくった? なんのために、こんなに膨大な記録を? 

 ――クラウドに見せるために?


「俺にもわからない――まだ」


 六冊分の「マリアンヌの日記」を読んだが、それでもクラウドには、隠された秘密はわからなかった。  

 ルナの記録にはない童話もたくさんあった。

 それらすべてが、「ウサギ」と「ライオン」と、「パンダ」と「トラ」の物語。

 すなわち、ルナとアズラエル、セルゲイとグレンが関わる物語だ。


「やはり六冊だけじゃだめだ――ぜんぶ見ないと」


 クラウドはついに言ったが、コピーデータも、原書もない今、本データは、ユージィンが持っているディスクだけだ。


「これは、さっき君が言った、“任務”とやらに関わりが?」

「そうだね――まだ俺にも確信は持てないけど、きっとそうだ」

「私も、シャインの認証カードが欲しい、クラウド」

「……協力する気はあるの」

「シャインのカードのためにね」


 クラウドはちらりとエーリヒを見た。エーリヒはスクリーンを見つめている。


「俺たちも、君を待っていたんだ」

「私をかね?」


 やっとエーリヒは、クラウドを見た。目は、顔のパーツの中で最も雄弁に感情を語る。エーリヒの顔面に表情が表れることはないが、彼は高揚していた。


「ああ、そうだ。――たぶん、一気には納得できないかもしれないけど、聞いて驚くなよ」





 ルナは予告どおり、次の日の夜、パーティーを開催した。


 パーティーとはいっても、引っ越し用意をはじめているので、ホーム・パーティーではない。ルナはマタドール・カフェを予約した――二階の個室を予約しようとしたが、それができなくて、一階の奥のテーブルを予約席にしてもらった。時間も、かなり遅くなってしまったので、ピエトはすこしだけ、参加することが許された。


 それから、ルナは友人たちに声をかけた。

 レイチェルは出産予定日が近いので、「残念だけど、行けないわ。ほんとうに残念だけど」とじつに残念そうな声で言った。


 シナモン夫婦も、ほかの友人との飲み会が重なり、「なんで今日なんだよ~! もっと前から言ってくれよ!」という、ジルベールの嘆きを、ルナは電話口で聞いた。


 ラガーの店長やらアントニオやらは自分の店があるし、タケルはカレンに着いて行ってしまったし、チャンやメリッサも仕事が重なり、リサたちもダメ。リサは、「だからこないだ会ったとき、お茶しようって言ったのに!」とご立腹だったが、「また今度誘って。かならずだよ!」と念を押すのを忘れなかった。


 キラたちも、遊びに行っているのか連絡が取れない。


 今回は、みんな予定が重なったらしく、ことごとく断られた。だから結局、一緒に暮らしているメンバープラス、エーリヒとベンという、実にシンプルな「歓迎会」になった。


 午後三時過ぎにクラウドが帰ってきて、「エーリヒたちの歓迎会を開こうと思ってるんだけど」と口を開いたところで、アズラエルがルナを見たので、クラウドもルナを見た。


「歓迎会なら、今日の夜九時からマタドール・カフェで!」


「え。予約済みなんだ」

 クラウドは呆気にとられた顔をした。


 クラウドの脳は、膨大な情報量を消化するために、睡眠を欲した。彼はベッドに倒れたまま、夜になるまで起き上がってこなかった。


 午後九時という遅い時刻に、クラウドたちがマタドール・カフェに来たとき、すでにエーリヒは来ていた。


 ルナとミシェルとピエトが、先に来ていたはずだが――。


 マタドール・カフェは、今日はずいぶん混んでいた。奥のテーブル以外のスペースは、テーブルが二、三席残っている状態で、あとはみな、ダンスをしている。


「社交ダンス同好会の、パーティーの予約が入ってて、あんな奥の席でごめんね」


 デレクが教えてくれた。クラウドは、「いや、こっちも急に無理を言って……」と言いかけ、

「――なんだろう、あのカオスな空間」

 と、奥の予約席を見つめた。


 男たちもうなずかずにはいられなかった。



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