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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~孤高のキリン篇~
586/939

245話 いってらっしゃい、カレン 2


 ――明後日は、あっという間に来た。


 K15区の、宇宙船入口。

 見送りに来たルナたちは、宇宙船の搭乗口付近まで来て、警備の物々しさに目を剥いた。


 今期の地球行き宇宙船は、L20の軍機に警備されているという話だったが、それら軍機のほうから来たのか、カレンの周辺は、L20の真っ青な軍服で固められていて、ルナたちは、カレンのそばに近づくことさえできなかった。


 立ち入り防止柵が、いかめしく通路をふさいでいて、ルナたちはそれ以上先に行けない。

 みんなは柵越しに、カレンの姿を探さねばならなかった。

 数少なかったが報道陣もいて、役員たちは、彼らを押し返すのに難儀していた。


 ルナは、背の高い軍人たちに囲まれた中央に、やっとカレンとタケルの姿を見つけた。

 ルナもミシェルもピエトもそちらを熱心に見、手を振ったが、カレンは気づかない。おそらく、見えないのだろう。


「こういうのを見ると、カレンさんが首相の子どもなんだってこと、実感しちゃうわよね……」


 シナモンの言葉は、皆をうなずかせた。

 シナモンたちは、今日初めて、カレンがL20の首相の子だということ知ったのだった。もし、カレンがこのまま地球に向かっていたのだったら、シナモンたちは一生知ることのない事実だった。


 今回も、見送りに、バーベキュー・パーティーの仲間たちが勢ぞろいしたことは言うまでもないが、ジュリはここにいない。ジュリは、初日にだいぶ強い安定剤を打たれたせいで意識が混濁していて、まだ目覚めていない。今日の見送りには来ることができなかった。


「来れなくて、逆によかったかもしれねえぞ」


 アズラエルは言った。それはルナも思った。カレンとの別れを、ジュリがどう受け止めるか、――パニックは確実だ。

 しかし、寝ているうちにカレンがいなくなったことを、ジュリがあとで知ったら。

 恋人が目の前で撃たれ、王子様だと信じていたカレンがいなくなる――ジュリの衝撃は、想像に難くない。


(ジュリさん……)


 ルナは、ジュリが目覚めたとき、カレンの降船をどう告げたらいいのか、悩んだ。


 グレンは見送りに来ることができたが、またしばらく、車いす生活だ。

「おまえ、また怪我したのか」という、事情を知らないオルティスの呆れ声に、「この宇宙船の安全神話は壊れつつあるぞ」と嫌みを返すことしかできなかったグレンだった。


「やあ」


 この声は、ここにいるはずの声ではない。「見送り組」のほうではなくて、カレンのそばで、見送られる側に――予定としては、いるはずだった。


「軍機からだいぶ人数が来たって言うけど、ほんとうに物々しい警護だね」


 セルゲイが顔を見せたので、アズラエルも驚いた。


「おまえ、いっしょに降りるんじゃねえのか」

「えっ!? セルゲイもいっしょに降りるはずだったの!?」


 ミシェルの絶叫に、セルゲイはあいまいな苦笑を返した。


「来るなって、言われちゃったよ……」


 その苦笑は、どこかさみしそうだった。

 セルゲイの格好は旅支度だった。そう思えなくもない格好だった。ポロシャツとスラックスに革靴――大きなスーツケースを手にしていた。

 セルゲイは、さっきまで、――ほんの数分前まで、降りるつもりでいたのだ。


『L系惑星群L80いきのL355便、搭乗ゲートが開きました』


 いつか聞いたアナウンスが、いよいよ別れのときが来たのだと知らせる。

 人ごみが流れ出したので、ついにカレンが行ってしまうのだと、ルナは悟った。


 カレンまではとても遠い。

 聞こえるだろうか。

 でも、もうカレンは行ってしまう。


 ルナは声を張り上げた。あの夜、アパートからカレンを送った言葉で。


「カレン――行ってらっしゃい!!」


 ルナの大声に(あお)られたように、ミシェルが、ピエトが叫んだ。


「カレン! 行ってらっしゃい! 気を付けてね!」

「カレン! またなーっ!!」


 キラやリサ、シナモン、レイチェルも叫んだ。


「また会いましょう!」「バーベキュー、楽しかったね!」「元気でね!!」


「行ってきます!」


 それはたしかに、カレンの返事だった。

 姿は見えないけれど、カレンの大声は、たしかにルナたちに届いた。

 カレンには――聞こえていた。


「カレン! カレン元気でねーっ!!」

「いってらっしゃーい!!」


 ミシェルとピエトが、いつまでも、声を張り上げ続ける。ルナも、叫んだ。喉がかれるまで。


 ――いってらっしゃい、カレン。





 カレンを覆い隠していた警護の軍人たちも、ステーションの向こうに姿を消した。

 立ち入り防止柵が、駅員たちの手で撤去される。

 ルナとミシェル、ピエトは、振り続けていた手をやっと下ろした。


「カレン――行っちゃったね」

 ミシェルが、ぽつんとつぶやいた。


 リサが、「リズンに行かない?」と言ってきたが、ルナとミシェルは、そんな気持ちになれなかった。


「ごめん――今日は、帰るね」


 ルナは、ナタリアたちを見送ったときとは違い、リズンでお茶をする気には到底なれなかった。

 レイチェルもそれを察したのか、「ルナ、元気出してね」と言って、リサたちと一緒に先に帰った。


(カレン)


 毎日一緒に暮らしていたカレンがいなくなってしまうことは、胸にぽっかり、穴が開いたようだった。


 アズラエルやグレンですら、さみしいと感じているのだろう。セルゲイなど、複雑な気持ちを抱えたまま、いつカレンを追って降りても不思議はないような顔をしている。いつまでも、カレンが消えた回廊の向こうを見ていた。


 言葉少なに、皆は家路についた。


 アズラエルは、家に着くなり「走ってくる」と言いだし、ピエトも「俺も行く!」とついていった。


 ルナは、ひとりぽつねんと、ダイニングの椅子に座った。

(カレンは、もういないんだ)

 みるみる、涙があふれてきた。


 公園のほうへ走り出して数分後、アズラエルは、後ろをついてきているちいさな足音が、遅れがちになってきたのを耳でとらえた。

 ピエトが、泣きじゃくりながら足を止めている。


「家にもどるか」


 アズラエルは聞いたが、ピエトは首を振った。アズラエルはピエトを背負い、公園を一周走ったあと、ベンチに座って、ピエトが泣き止むのを待った。


 グレンは、自室のリビングにもどったあと、すぐにテレビをつけた。

 一週間はあのニュースがつづくと思いきや、そうでもなかった。昨日までは、新しく飛び込んでくる情報を、ニュースキャスターがひっきりなしにしゃべりまくっていたが、そろそろ落ち着いたらしい。


 アミザ狙撃の犯人は逮捕。傭兵グループ「燐」。


 マッケラン要人五人は、余罪が次々と出てきて、監獄星行きは免れまい。だが、そのまえに、長い長い裁判があるだろう。


 ユージィンのことが、あれきり報道されないのも、グレンには不思議だった。真っ黒なはずのあの叔父が逮捕されたなら、マッケランの要人たちのように、余罪があふれ出てくるはずだった。それがない。ニュースキャスターが、あれきり、ユージィンの名をまくしたてることはない。


(あの本をそのまま鵜呑みにするなら、ユージィンはシロということで、釈放されたのか)


 あの本では、不気味なほどユージィンは善良な人間だった。しかし、ユージィンは、かつて「あのような」人間だったのだ。いつごろからか、人は変わってしまったけれども。


(ユージィン叔父は、アランの暗殺には関わっていない。なら、なぜ逮捕された?)


 グレンには分からなかった。ユージィンは釈放されたのか。しかし、ニュースの公式発表は、「任意同行」ではなく、「逮捕」だった。

 くわしい状況が知りたくても、連絡を取れる相手がいない。


(オトゥールはどうだ)


 グレンは、ロナウド家嫡男の顔を思い浮かべ、すぐにあきらめた。

 もう自分は、ドーソンに関わらないと決めたのだ。


 ――カレンとは違う。


 グレンは、テーブルにあるスーパーの袋を見つめた。今朝、これをスーパーの店員が届けに来たのだ。「カレンさんという方から」と言って。


(ほんとうに、買ってよこすとはな)


 中身は、グレンの好きな銘柄のビールとソーセージだ。高価なものではない。グレンが普段飲んでいるもので、ソーセージも、何度か食卓に上がったことがあるメジャーなものだ。

 カレンと、皿に残った最後の一本を、よく取り合ったことを思い出して、グレンは苦笑した。


 不思議なことにカレンは、一度もグレンに、「ドーソンにもどらないの」と聞くことはなかった。


 お互いが、「家」と「一族」の話を避け続けてきたのはたしかだが、まったくしなかったわけではない。今回、カレンがL20にもどることを決意したとき、「いっしょに戻らないか」と言われることも、グレンは予想していた。


「いっしょに、軍事惑星を変えていこう」


 ドーソンとマッケランの嫡子同士、協力し合って――そういわれてもおかしくなかった。いや、それができると錯覚するほど、宇宙船に乗ってからの生活で、互いを信頼していた。


 カレンにそう言われたら、グレンはうなずいていたかもしれない。


 そうしたら、この宇宙船のどこかにいるかもしれないレオンを、なんとしても見つけて、縛ってでもいっしょに連れ帰る。


 レオンとカレンと一緒に、軍事惑星に戻る――その選択も、悪くはなかった。


 だがカレンは、グレンに「共にいこう」とは言わなかった。


(オルドには、『軍事惑星群で会おう』と言ったが)


 カレンがグレンに言わなかったのは、グレンを信頼していないからではない。

 それは、グレンにもわかる。

 マッケランとドーソンは違う。


 ――ドーソンは、滅びる。


 おそらく、グレンがどうあがいても。レオンが、ユージィンが、どう、あがいても。

 グレンがもどれば、その「滅び」に、必ず巻き込まれる。

 おそらくカレンは、助けられないだろう。それで、グレンがカレンを恨むことはない。しかし、そんな末路を、カレンはグレンに、選ばせたくないだけだった。


 あの日、病室をおとずれたカレンは、明後日宇宙船を降りるということをグレンに告げ、『アンタは命の恩人だ』と実に真面目くさった顔つきで言ったので、グレンは思わず、『礼はうまいビールとソーセージでけっこう』と言ってしまった。


 その返答が、あまりにも予想範囲内だったのか、カレンは深夜の病院にもかかわらず大笑いした。


 それからカレンは、神妙な笑みをたたえたまま、グレンに尋ねた。


『グレン、あたしの顔、だれかに似てると思ったことはない?』

『?』


 グレンは、ほんとうに分からなかった。カレンが求めている答えも分からなかったし、グレン自身は、カレンがだれかに似ていると思ったことなど、一度もなかった。グレンはカレンの顔を穴のあくほど眺めたが、思い当たる人物は思い浮かばない。

 無理やり似ているところを探せば、義母のミラくらいか。


 やがて、業を煮やしたカレンが、『あたしのこと、ユージィンに似てると思ったことはない?』とはっきり聞いてきたので、グレンは『ユージィン?』と語尾を上げ、即答した。


『ない』と。


 そっちの返事は予想外だったようだ。カレンは目を見開き、疑い深い目で、『ほんとに?』ともう一度聞いた。


 グレンは、ほんとうにそう思ったことはなかったので、『ああ』とシンプルに答えた。


 そして、説明が必要だと思ったので、そうした。




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