243話 刺客 Ⅱ 2
「あなたのおっしゃることに、不自然はなにもありません」
「……」
チャンは、にこりともしなかった。
「でも、一応、中央役所にご同行願います。それから、ライアンさんにも」
「……ねえ。あたしたちだって、このまま強制降船でL18に帰されちゃ、命の危険があるんだよ?」
メリーは泣きそうな顔をした。
「ユージィンが逮捕されて、だからライアンは、任務をやめようとしたけど、あたしたちだって安全になったわけじゃない。……やりすぎって言われたら、そうだったかもしれないけど、グレンの命を助けたんだよ。あのときあたし、グレンのほうを撃とうと思ったら、それができた。そうでしょ?」
「……」
「グレンを助けて、正直に任務のこと吐いて、あたしたちを降ろすっていうんじゃ、あんまりひどいよ。あたしたちだって、賭けだったんだよ。ウチみたいな、つくったばっかりのグループはあんまり名が知られてないから、暗殺にはつかいやすい。でも、ウチのプライドとして、そっち関係は、あまり請け負いたくない。でも、ドーソンに目をつけられたら一巻の終わりだよ。逃げられない、分かるでしょ」
「では、ジャックの身体についていた、盗聴器の存在は、どう説明してくれますか」
チャンの鋭い眼光が、メリーを射抜いた。メリーは「そんなの知らないよ!」とさらに拗ねたが、顔色は変わらなかった。
「あなたのおっしゃることに、不自然はない――言い訳が、完璧すぎるんですよ。まるで、用意されていたようだ。でも、ジャックが撃たれる寸前に言おうとしたことに、私も興味があります。ジャックが言おうとしたことを、あなたがたは知っているのでは? 彼が船内で見た、「心理作戦部」? 心理作戦部のだれかが、乗っていたんですか。どういう意味です? 彼は、言ってはならないことを言おうとしたがために、あなたに狙撃されたんじゃないですか。あなたは、ジャックに盗聴器をつけて、彼の言葉を聞いていた」
「そんなの知らない。タイミングでしょ!」
メリーはわめいた。
「ジャックとジュリさんは、ここへ来るまえに、ラガーにいた。あなたもラガーにいた。ジャックとすれ違いざまに盗聴器をつけることは、プロの傭兵なら可能です」
「だからあたしは! 盗聴器のことは知らない! ジャックを追ってたのは、認めるけど!」
チャンは答えなかったが、タケルが、メリーの肩に手を添えた。落ち着かせるように。
「降船と決まったわけではありませんよ。事情をお伺いするだけです。今回は特殊事情ですから、情状酌量もじゅうぶんにあります」
「ウチのボス、バーベキュー・パーティーに参加したんだよ? グレンを消そうとおもえば、そのときできた。違う? ねえ!」
「分かってます。心配しないで」
チャンは相変わらず、疑い深い目をメリーに投げるばかりだったが、タケルが間に入って、その場はおさまった。
「とりあえず、私と一緒に中央役所に行きましょう。悪いようにはしません。決して。――ここは軍事惑星じゃないんです。あなたが傭兵だからと言って、非人道的なことはしません」
タケルの言葉に、メリーの強張っていた肩がやっと下がった。彼女は素直に立ち上がった。
「――どう思います」
チャンが小さく、クラウドに聞いた。
「う~ん……メリーのいうことは、半分は、嘘ではないと思うけど」
「グレンさんの暗殺は、実行をあきらめたということですか」
「そうだね……その気はないよ。彼らは」
クラウドはそう思った。オルドを招いたホーム・パーティーの一件でも、それは確信した。
「アンダー・カバー」がなんらかの任務で宇宙船に乗ったのはたしかだが、少なくとも、彼らに、グレンを暗殺する意志はない。
実質、もはや不可能だ。地球行き宇宙船を降ろされることを覚悟でやるなら、まだ顔が割れていないうちに実行するだろう。
おまけに、ライアンがバーベキュー・パーティーで見たものは、グレンと親しい、多数の役員たちの存在。
これだけの警備と人脈の中で暗殺を実行するのは、不可能だと踏んだに違いない。
「たぶん、ユージィンの追跡をまいて、一緒に地球にたどり着いて暮らしたいっていうのは、本音かもしれない」
クラウドは言った。
「でも、ジャックは口封じに消された。それは間違いないよ」
「……」
「ジャックは多分、見てはいけないものを見てしまったんだ。アンダー・カバーの任務に関連する、なにかを」
先ほどジャックが言いかけた、「心理作戦部」の語句。
「……ではやはり、この混乱に乗じて?」
「おそらくね」
アミザの狙撃があり、カレンの身辺もきな臭くなるだろうことは、ニュースを見ていればすぐにわかることだ。
さすがに、ジャックがカレンを暗殺しに行くことは予想外だっただろうが――。
(いや? 常にジャックを張っていたというなら、もしかしたらヤツが、カレンの暗殺を請け負ったところも見ていたかもしれない)
ジャックもまた、ヘルズ・ゲイトとして、同じグレンの暗殺を請け負って宇宙船に乗り込んだ、アンダー・カバーを張っていた。
その調査上で、アンダー・カバーの任務に関わる、「知ってはいけないもの」を知ってしまった。
だから、ジャックはこの混乱に乗じて消された。そう考えられなくもない。
(グレンの――暗殺)
クラウドは、自分が銃を持ってカレン救援にかけつけるべきだったと猛省した。
ヘルズ・ゲイトがこの宇宙船に乗り込んだ目的は、クラウド拉致が目的で、奴らはグレンをもさらおうとしたが、それはクラウドの拉致から目をそらすカムフラージュだったと、クラウドは見ていた。
(だが)
ここにきて、クラウドの見解が百八十度ひっくり返った。まさか、グレンが撃たれるなんて。
(ユージィンは、もしや、グレンをほんとうに消そうとしているのか)
グレンは、この宇宙船に乗るまえ、軍法会議にかけられて、一ヶ月ものあいだ、軍部内の牢屋に入っていた。それを救出したのはチャンだったが、ドーソン一族の宿老たちが、グレンの処分を「三年間の謹慎」、あるいは、グレンの父バクスターと同じように、「辺境送り」にしようとしたのを、頑なに「銃殺刑」の執行を押したのが、ユージィンだった。
つまりユージィンは、あの牢屋から、グレンを生かして出す気はなかったのだ。
「地球行き宇宙船のチケット」という、奇跡ともいうべき助けがグレンに訪れなかったら、グレンは、もうこの世にいなかった。
そして、「ヘルズ・ゲイト」。
あのとき、奴らはグレンをも拉致しようとしたが、クラウドの拉致が成功していたら、グレンは消されていたかもしれないとクラウドは思い至った。
グレンを消すことなく拉致したのは、グレンの命を盾に、クラウドに言うことを聞かせるためだったかもしれない。
ただ、クラウドを従わせるためにだれかを人質を取るのなら、ミシェルが最適だし、ルナでもよかった。ふつうなら、グレンよりは、そちらを取るだろう。あの場に、か弱い女性が二人もいたのだから。しかし彼らは、なぜかそちらには手を出さず、二度手間を踏んでまで、グレンを拉致した。
つまり、グレンを、クラウドにいうことを聞かせるための人質にとったあとは、消すように、言われていたからだ。
『てめえの命を狙っているのが、俺たちだけだと思うなよ』
ジャックはグレンにそう言った。
つまり、ジャックは「アンダー・カバー」もまた、ユージィンの命で、グレンを消すために乗船していたことを知っていた。もしかしたら、たったひとり宇宙船に残されたジャックは、共闘を望んだかもしれない。だがおそらく、ライアンは断った。ライアンは、グレンを消す気は本当になかったから。
彼らは、地球に行きたいのだ。ユージィンの追跡をまきたい。だからこそ、メリーの言うとおり、これは「賭け」だった。
ジャックは始末したいが、グレンを消す気もない。その意志を、「こちら側」にはっきりさせたかったのだ。
ジャックが一人、宇宙船に残ったのは、アンダー・カバーの見張りの意味も、あったかもしれない。ヘルズ・ゲイトがしくじった。だとすれば、次はアンダー・カバーにグレン暗殺のバトンが渡る。
しかし、予想外の事態が起きた。
マッケラン家要人の過去の悪行が暴き立てられ、アミザとカレンの「暗殺」がスタートした。マッケラン家要人たちに依頼され、アミザとカレンに銃を突きつけていた組織は、カレンの暗殺のために、宇宙船内にいる「ヘルズ・ゲイト」に実行を依頼した。
ヘルズ・ゲイトは金さえ積めば、どんな仕事も受けるグループだ。奴らに金は積んだとしても、これから別の組織が宇宙船に乗り、任務を実行する手間と金を考えたら、破格に安い金額だ。
ジャックは数年刑務所に入ったところで、たいしてダメージは受けない。
そして、アンダー・カバーが宇宙船に乗ってだいぶ経つが、グレン暗殺を実行しなくても、ヘルズ・ゲイトのようにユージィンから急き立てられることがない理由。
彼らには、ほかに、別の任務がある。
(それが、“心理作戦部”関連か)
それにしても、ユージィンは、グレンを消すことに、異様な執念を燃やしてはいまいか。それがなぜなのか、クラウドにもまだ確証はつかめない。
(だとしたら、まだ用心するべきだ)
クラウドは思った。
アンダー・カバーの目的も、今いちはっきりとはわからない。グレンのためにも、降りてもらうのが一番だ。
「アンダー・カバーの、ルパートという男について、なにか分かった?」
クラウドが思い出したように尋ねたが、チャンは首を振った。
「そっちには、怪しいところはなにもありません。ルパート・B・ケネスという、アンダー・カバーのメンバーは、たしかに存在します。乗船前に大怪我を負い、二度と任務ができない身体になったというのも虚偽ではない」
「……」
クラウドは、自分の携帯端末のデータ・ベースにある、ルパートの写真を表示させた。
短い黒髪に、メガネ――。
乗船した当時はケガが治り切っていなかったのか、顔にいくつか傷がある。
(心理作戦部……)
ジャックが言おうとしたことはなんだったのか。
(まさか、なァ……)
彼のメガネを取り、髪をもうすこし伸ばせば、この顔が、クラウドの知る「心理作戦部の誰か」に似ていなくもない。
ジャックは、その心理作戦部の隊員の顔を見たことがあった。だから、船内で偶然見たルパートの顔を見、心理作戦部の隊員だと思ったのかもしれない。
「チャン」
「なんです?」
「エーリヒとベンは、まもなく、乗ってくるんだよね?」
「はい。おそらくここ数日以内には」
「……チャン。たぶん、アンダー・カバーは、グレンを消す気はない」
「……」
「だが、ユージィンが、なにがなんでもグレンを始末したい気でいることは確かだ。それとはべつに、アンダー・カバーの任務が、心理作戦部関連だということも分かった」
チャンは目を見張った。
「アンダー・カバーには宇宙船を降りてもらいたい。グレンの安全のためにも。だけど、強制降船だと、L18に送還される。それだと、彼らの身にも危機が及ぶ。だから、自主的に降船するよう、仕向けてはもらえないか」
「――できるかぎりのことはしてみます」
チャンはうなずいた。クラウドは「ありがとう」といって、会話を終わらせた。
(グレンは、死なせない)
メリーは、タケルについて部屋を出て行こうとする間際、振り返ってだれかの姿を探した。ルナの顔を見つけると、「コーヒーごちそうさま。美味しかったよ!」とウィンクした。
「あたしが作ったパイ、全部食べてくれてありがとう!」
投げキッスを寄越した彼女が、ホーム・パーティーのとき、パイを焼いてくれた女の子だと、ルナはやっと気付いた。
「こ、こっちこそ、ごちそうさまでした! すごくおいしかったよ!」
ルナが叫んだときには、もうメリーは車に乗せられたところだった。




