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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~孤高のキリン篇~
581/944

243話 刺客 Ⅱ 1


「きゃあぁっ」


 途切れない銃声とジュリの悲鳴。カレンは頭をかばい、連続で打ち込まれる銃弾の音を聞きながら、歯を食いしばって身を縮めた。ソファの陰で最初の攻撃をやり過ごした。


「チッ!」


 舌打ちがして、ジャックが弾を込めるすきにカレンはソファからはい出し、キッチンのほうへ逃げた。

 三発の銃弾がすぐさまカレンを追った。カレンは壁の陰にうずくまる。


(なんとか寝室まで逃げて、銃を)


 次の弾切れのときに、ナイフをジャックに投げて、そのすきに寝室まで駆け込む。


 心配なのは、ジュリを人質にされるかもしれないことだ。


 だが、最初の一撃で仕留められなかったジャックに、もう術はない。銃声は、階下にも届いているはずだ。アズラエルたちが来たら、ジャックはもうおしまいだ。

 

(――?)


 カレンは、シンク下の扉からナイフを出した。だが、三発のあとに打ち込まれる気配はない。ピストルの弾は切れていないはずなのに。


 カレンが、恐る恐るシンクの陰から身を起こしてリビングを見ると、ジャックがアズラエルとグレンに左右から銃を突きつけられ、手を挙げていた。


「カレン! 無事か!?」

「生きてるよ!」


 カレンの位置からは見えないが、クラウドの声もした。

 シクシク泣いているジュリの声が聞こえるが、ジャックはジュリを人質に取っている様子はなかった。 

 ジュリにケガをさせたわけでもない。ジュリがケガをしていたら、もっと大げさに泣きわめいているだろうから。


「銃をおろせ」

 アズラエルが命じるが、ジャックはニヤついたまま銃をおろさない。

「おまえら、なにか、勘違いしてねえか」

「なにをだ」

「俺は、おまえらを撃てる。おまえらは、俺を撃てねえ。なぜなら、おまえらは降ろされちゃ困るんだろ、宇宙船を」

「ためしてみるか」

 ゴリッと音をさせて、グレンの銃口がジャックのこめかみにめり込む。


「へへ……おまえ、自分もターゲットだってこと、忘れてねえか?」

 

 ふたたび鳴った重い銃声と、グレンの悲鳴。


「グレン!」


 反射的に飛び出しかけたカレンを、アズラエルの「来るな!」の声が止めた。

 アズラエルが引き金を引くまえに、ジャックに飛びかかり、その手から銃を手放させたのは、バーガスだった。


「っアあ! ちくしょう! 間に合わなかったか!」


 巨躯のバーガスにのしかかられ、頭と腕とを押さえつけられたジャックは、不気味な笑みを浮かべたまま、やっと観念したようにおとなしくなった。


「グレンさん!」


 チャンも飛び込んできた。クラウドが傷口に手を当て、「救急車の手配を! 早く!」と叫んだ。部屋に入りかけたヤンが、あわてて携帯電話を手にする。


「うあ……」


 グレンは足を押さえてうめいていた。弾が貫通した太ももから血が流れるのを見て、ジュリがまた悲鳴を上げ、こちらも、やっと部屋に入ることができたセルゲイにしがみついた。


「カレン! カレン、だいじょうぶ!?」

「あたしは平気!」


 セルゲイの焦った声に、カレンはなんとか大声で返事をしたが、まだ出ていく気にはなれなかった。


「グレンは無事なの!?」

「無事とは言いがたいが、反射神経がいいやつでよかったよ!」


 カレンの問いには、バーガスの怒声。

 これでもグレンは、ジャックの銃口が自分の心臓に向けられたところで、あわてて避けたのだ。


「コイツだけか!?」

「ほかに仲間は――」

「仲間の気配はありません!」

 役員たちの怒号が重なる。


 カレンは、自分のそばにだれか来たのに気付き、手にしていたキッチンのナイフを握り直したが、タケルだと気付いて、あやうく踏みとどまった。


「な、なんだごめん……タケルか……」

 タケルは汗だくで、両腕を上げていた。

「お声もかけずに来た私が悪かったです……すみません、ご無事ですか」

「無事だよ……おかげで、あたしにケガはない」


 カレンもようやく、タケルに肩を貸してもらって、壁の陰から出てくることができた。

 どうやら、腰が抜けたらしい。


「バーガス、そいつの上着を剥いて」

「どうかしたのか」

「そいつの、タトゥを確認したい」

「タトゥ?」


 カレンの予想と、クラウドの予想が合致しためずらしい瞬間だった。クラウドが言おうとしたことをカレンが先に言い、バーガスが、言われたとおりにジャックの上着とTシャツをめくりあげると、背中に、タトゥがあった。

 カレンとクラウドは顔を見合わせた。ジャックの背中上部にあったのは。


 ――真っ暗な扉の中のガイコツが舌をだし、ヘビが絡みついたタトゥだ。

 そして、Welcome to Hell! の文字。


 カレンは、夢で見たタトゥが、そのままジャックの背中にあったことに嘆息した。


「銃声が聞こえてからにしちゃ、駆けつけるのが早かったね」

「クラウドが、いきなり、ジャックがヘルズ・ゲイトだって見破ったんだよ」


 アズラエルが肩をすくめた。


「君が見せてくれた、メモのおかげでね」


 玄関は超過密状態になっていたので、押し込まれるようにして、みながリビングへ移動した。


「アンタ、見たことないって言ってたじゃん」

「見たことはないけど、まァ、連想ゲームみたいなもんさ。Welcome to Hell! だなんて、カンタンな謎かけにもほどがあるだろ」

「そうかな……」


 とりあえず、クラウドの脳みそがいつもどおりだということは分かった。おかげで助かった。


「あんたたちも――行動を起こすのが早いね」

「地球行き宇宙船で、あなたにケガをさせるわけにはいきません。ここは“安全”な場所なんですから」


 チャンが肩をすくめ、すぐさま携帯電話でどこかに連絡していた。相手はララのようだった。――カレンの無事は確認したとかなんとか。


「カレンさん、ララ様のほうでもすでに用意は整っています。……できれば、御身の安全のために、ララ様のお屋敷に移動してほしいのですが」


 緊迫したタケルの声。

 タケルたちは、バンクスが刊行した本のことは、二週間前、すでに知っていた。

 おそらく、なにか事件が起こるだろうことは、予想していたのだ。

 そして、今日アミザが狙撃されたことで、カレンの身にも危険が及ぶのではないかと思い、緊急警備についたのだった。


「……いやだとは、この状況では言いづらいな。でも、少し待ってくれる」

「分かっています」

「下の、ルナやミシェルは無事なんだよね?」

「だいじょうぶです。おふたりには、別の役員がついています」


「俺は、もっと早くグレンのボディガードに着くべきだった」

 バーガスが、後悔をにじませた声で言った。

「ガードしてるやつにケガを負わせるなんてな。さすがの俺も、自分にガッカリだぜ。二週間前から、いっしょに便所や風呂も入って、添い寝してやるべきだった」

「それだけは勘弁してくれ。頼む」

 グレンの顔から、さらに血の気が失せた。


「ジャック。てめえがヘルズ・ゲイトの残りの一人だったのか」


 バーガスが襟首を締め上げたが、ジャックはうんともすんとも言わなかった。


「立て!」


 宇宙船役員たちに立たされ、手錠をかけられたジャックだったが、玄関を出ようとしたところで、妙なことを口走り始めた。


「よう、グレン」

 タオルできつく止血され、応急処置を受けているグレンに向かって、ジャックは言った。

「カレンのほうは、“ついで”だ」

「あァ?」

「てめえの命を狙っているのが、俺たちだけだと思うなよ――なァおい、グレン、俺は見たんだ」

「早く来い!」


 引きずられていきながらも、しつこくまくし立てるジャックに、グレンは思わず聞いた。


「――何をだ」

「俺はなァ、この宇宙船で、あの心理作戦部の……」


 ジャックの台詞は、そこまでだった。

 パンっという音とともに、ジャックの身体がぐらりと崩れた。


「うおあああっ!」


 ジャックの襟首をつかんでいたラウが、思わず手を離す。ジャックは音を立てて、床に倒れこんだ。


 彼は、頭を撃ち抜かれて絶命していた。みるみる、血だまりがフローリングを汚していく。


「きゃああああーっ! きゃーっ!!」


 ジュリの、甲高い悲鳴。


「みなさん! 隠れてください!」


 チャンの怒声に、セルゲイがジュリをかばって伏せた。バーガスはグレンに被さる。


 アズラエルとチャンが、すかさず開いた窓まで駆け寄り、身を乗り出して周囲を探った。


「どこからだ――!」

「あそこです!」


 ジャックを狙撃した人間は、逃げるつもりはないようだった。少し離れたマンションの屋根にいる。


 女傭兵だ。金髪のボブヘアで、背はそう高くないが、腕も腰も肉付きがいい。バーガスくらいは、簡単に投げ飛ばせるような体格をしていた。


 女傭兵は、チャンとアズラエルに向けて、ひらひらと手を振った。


「味方か――?」

「すくなくとも、我々を狙撃する気はないようです」


 女傭兵の狙いは、ジャックだったらしい。チャンとアズラエルは、ほっと体の力を抜いた。





「やりすぎです」


 ジャックを狙撃した女傭兵――メリー・M・アップルと名乗った彼女は、ふてくされた顔で、ルナが出してくれたアイスコーヒーを啜った。ガムシロップ三つと、クリームもたっぷり入れたアイスコーヒーを。


「え? じゃあなに? あたし、降船?」

「普通だったら、そうなってるってことを、忘れないでいただきたいですね」


 メリーは、唾を飛ばしながらチャンに食って掛かった。


「情状酌量ってないわけ? 傭兵だったらフツーのことでしょ? あたし、グレンの命、助けたんだよ? やりすぎだったとは思わないな」

「……」

「あんたたちが鈍いし遅いから、グレンが撃たれちゃったんじゃない! 言わせてもらえば、あんたたちがちゃんと間に合ってたら、あたしが撃つ必要はなかった。そうは思わない?」


 チャンは、メリーの唾が飛んだメガネを拭き、


「あなたの話は分かりました――でも、ジャックを殺すべきではなかった」

「……」

「彼からは、まだ聞き出したいことが山ほどあったんです。殺してしまっては、もうなにも聞けない」


 チャンの深いため息。


 ルナたちのアパートに、救急車が二台着いたころには、近所は騒然。野次馬はこれでもかと集まり、レイチェルたちも、不安げな面持ちで、ルナのアパートのほうを見ていた。


 足を撃たれたグレンと、パニック状態のジュリ、そして遺体となってしまったジャックが搬送されていったあと、救急隊と同時に来た警察官が、カレンの部屋にすし詰めになっていた。


 メリーはそれを眺めつつ、狙撃銃を手にしたまま、呑気に鼻歌を歌いながら、ルナの部屋にやってきた。


 チャンやタケル、ララも知らない、第三の存在の登場である。メリーは当然、質問攻めにあった。


 いったい、なぜジャックを狙撃したのか。

 ジャックがヘルズ・ゲイトだと知っていたのか。

 なぜこのタイミングで、ジャックを張っていたのか――。


 メリーの話によると、以下のとおりである。

 自分たちは、実はユージィンに命じられて、グレンの暗殺のために宇宙船に乗ったのだと。


 その告白自体が、皆を戦慄させるものであったのは確かだが、彼らがほんとうにグレンを消す気なら、わざわざ顔を出す理由はない。

 話をこっそり聞いていたルナでさえ、そう思った。


 メリーは、傭兵グループ「アンダー・カバー」の幹部だった。

 ライアン率いる「アンダー・カバー」は、グレンの暗殺には否定的であり、できるなら、実行したくはなかった。


 メリーいわく、ライアンとメリーの希望は、できるなら、一緒に乗ったルパート――前の任務で大怪我を負って、車いす生活。もう任務はできないそうだ――彼と一緒に、地球にたどり着いて、平和に暮らすこと。

 ほんとうなら、オルドもいっしょのはずだったが、彼は降りてしまった。


 メリーに睨み付けられたクラウドは、小さくなるしかなかったが、メリーはこの場で、過去のことを蒸し返したりはしなかった。


 なんとなく、その意志は、アズラエルもクラウドも感じ取っていた。ライアンたちが本気でグレンを消す気なら、ライアンが、アズラエルたちに近づくことはないだろう。


 ライアンはプロの傭兵だ。暗殺を任務として宇宙船に乗り込んだなら、すぐに実行している。


 ライアンは、グレンの前にも、アズラエルの仲間たちにもその姿を見せ、バーベキュー・パーティーにも参加している。 


 メリーは語った。

 ヘルズ・ゲイトの行動やら、グレン近辺のきな臭い情報は、メリーたちも独自に調べ上げていた。同じユージィン経由で、地球行き宇宙船に送り込まれたグループだが、ヘルズ・ゲイトのことは、ライアンも知らなかったそうだ。


 自分たちを雇っておきながら、もうひとつ別のグループを雇ったユージィン。

 互いの監視が目的だろうか。


 ユージィンの真意がつかめず、「アンダー・カバー」は、グレンの暗殺実行を、先延ばしにしていた。


 そこへ、今朝、ユージィンが逮捕拘束されたというニュースが入った。


 そのニュースを見た瞬間に、ボスのライアンは、すべての任務の変更を決めた。

 ヘルズ・ゲイト幹部で、唯一、宇宙船に残っていたジャック・J・ニコルソンを拘束、彼らがユージィンに依頼された任務内容を聞き出す。


 メリーは、ジャックを狙撃して身動きが取れないようにし、拘束するために追っていたのだが、予定外にジャックはカレンに銃をぶっ放し、グレンをも撃った。


 だからメリーはあわてて、グレンの命を助けるために、狙撃した――。




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