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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~孤高のキリン篇~
579/930

242話 刺客 Ⅰ 1


 高層ビル側面の巨大スクリーンで、緊急速報を見たケヴィンは、買ったばかりのコーヒーをこぼすこともかまわず、駆けだしていた。


 ケヴィンは朝早く出版社に出かけ、バンクスからなにか連絡はないかたずねたばかりだった。出版社にも自宅にも、自身の携帯電話にも、やはり連絡はないままだ。


 スクリーンに映し出される速報を、大都市を歩く人々は、立ち止まって見た。

 大事件だと言わんばかりに指さす人もあれば、興味なく通り過ぎていく者もいる。


 アミザが運ばれていく映像から、次々に画面が変わる。

 ケヴィンは、予想していたよりも最悪の事態になっていることを知った。

 地下道のシャインから一気に郊外に飛び、アパートの自室に駆けこんだ。


「ケヴィン! 見た!?」

「ああ!」


 起きたばかりのアルフレッドも、テレビにくぎ付けになっている。

 さっきから、ずっと緊急速報の繰り返しだ。


 狙撃されたアミザが運ばれていくシーン。

 ユージィン・E・ドーソンの逮捕。


 ふたりがかつて訪れたマッケラン屋敷が、あるいは陸軍本部が繰り返し映し出され、テレビのニュースで見たこともある、マッケランの名を持つ政府高官が連行されていく。


 ツヤコまでもが車に乗せられていくのをみたアルフレッドは、顔をゆがめた。今にも泣きそうだった。


「アミザさん……これは、多少、じゃねえよ」


 ケヴィンも顔をしかめた。

 アミザは、マッケラン家に多少の混乱が起きるといったが、これは多少どころではない。


 あの原稿をパソコンで読んだとき、犯人の実名が記されていることに、ケヴィンもアルフレッドも戦慄し、不安しか覚えなかったが、不安は最悪の形で的中した。


 アランにすべての罪をかぶせて、監獄星へと送ったマッケラン家の要人たちは次々逮捕され、アランを愛していたはずのユージィンまでも逮捕――そしてアミザは、狙撃された。


 犯人は、まだ不明だ。


『新たな逮捕者が出ました。L18のドーソン家主治医だった、エルナン・B・オマンド氏が逮捕拘束されました。アラン・G・マッケラン殺害容疑です。――失礼いたしました。再逮捕です、再逮捕――すでに一週間前に拘束されていたエルナン氏が、アラン氏の殺害を自供。再逮捕されました――』


 本を読んだケヴィンとアルフレッドには、分かっていた。

 おそらく、エルナンが、一連の事件の詳細を吐いたのだ。


 ツヤコは、「エルナンを絞れば、すべての真相が分かる。証拠も出てくる」と言っていたそうだ。それは作中に書かれていた。


 エルナンは、あの本が刊行されたあと、S系惑星群に逃亡しようとして、スペース・ステーションで拘束された。


 ふたりは、なぜユージィンが「アラン殺害容疑」で逮捕されたのか、それだけは分からなかった。ユージィンはむしろ、アランを救いたいと願い、行動していた人物だった。彼の行動が、ドーソンの宿老たちに危ぶまれて、結果、アランの死につながったと書かれていたが、彼が策謀に関わっていたとは、ケヴィンたちは思えなかった。


 かつて「ジェルマンの同盟」の幹部だったから、事情聴取のために連行されたのだろうか。

 だとすれば、ミラにも任意同行が求められるかもしれない。


 まだまだ逮捕者が出る。この先しばらく、ニュースはこのことで持ちきりだろう。


 ツヤコは、あのとき、「ジェルマン」の名を聞いて、アランのことを一瞬でも思い出したのだ。


 そしてアミザは聞いた。

 アランの死に隠された、正しい事実を――。


 それをアミザから聞いたバンクスは、本にまとめた。


 事情聴取のために警察に連れて行かれたが、あのツヤコが、もう一度同じことを話せるとは思えない。早々に解放されるだろうが、それにしても、犠牲が大きすぎた。


 アミザは無事なのだろうか。

 ミラ首相は?

 ――そして。


「……バンクスさん、無事なんだろうな?」

「……」


 ケヴィンのひとりごとのようなつぶやきに、アルフレッドが答えられるわけがなかった。





 地球行き宇宙船 午前七時三十五分。

 タケルは、一本の電話で目が覚めた。


 二時間前に帰ってきて、シャワーも浴びずにベッドに倒れこみ、気を失うように寝ていたのを揺り起こされた。

 タケルは歪んだメガネを自力で整え、やっとの思いで電話に出た。


「ええっ!?」


 そして、電話の向こうで告げられた事実に一瞬動きを止め――急いでテレビをつけると、電話向こうで告げられた事実そのままの、映像が流れている。タケルは、顔も洗わずに外に飛び出した。


「――ええ! はい、はい! ――分かりました! 緊急配備につきます!」


 そのまま携帯を切り、居住している役員専用マンションの非常階段近くにある、シャイン・システムで、中央役所まで移動した。そのあいだに、タケルは二ヵ所に電話をかけた。


「チャンさん。朝早くすみません! ――ニュースを見ましたか。――そうですか。では、傭兵部隊の配備をお願いします。できるなら、カレンさんだけではなく、いっしょに居住してらっしゃる皆様にもボディガードを、はい、はい! お願いします」


「シグルスさん、おはようございます! ご覧になりましたか、――はい、アミザ様が、そうです。さっき、私の携帯に連絡が入りまして――はい、では、予定どおりにお願いします。チャンさんにはすでに――はい!」


 中央役所内は、昼夜関係なく、いつでもひとがごった返している。メリッサのベッドが空だったところを見ると、彼女は今夜も帰ってはいまい。


「今期は、いままでにないくらい忙しいな!」


 タケルはずり落ちたメガネを押し上げながら、カレンに何ごともないよう、願うばかりだった。





「カレン――カレン。だいじょうぶ」


 セルゲイの声をどこか遠く感じながら、カレンは、まったく別のことを考えていた。自分でもなぜか、分からない。

 さっきの、ガイコツ・タトゥのことだ。


「へ、部屋に戻らなきゃ――義母さんから電話が入るかも」


 カレンがふらふらと部屋を出かけたところで、セルゲイも今それに気付いたような顔をした。セルゲイも動揺しているのだった。


「セルゲイ、ちょっと待て」

 グレンがセルゲイを止めた。


「なに? 私は、カレンに着いていなきゃ……」


 すこし苛立った口調でセルゲイは言ったが、グレンが差し出した本のタイトルに、顔色を変えた。


「原因はこれだ。――カレンが夕べ、読んでた本ってのはコイツだ。地球行き宇宙船でも、軍事惑星でも、昨日発売されたんだ――告発本ってやつだ」


 セルゲイは、本を受け取り、めくりかけたが、

「なんだってこんなものを? だれが? いったい、どうして」

 字面を追えるほど冷静さを、取り戻してはいなかった。


「アミザが、バンクスに頼んだんだ。この本を書けってな」


 グレンの言葉に、セルゲイは絶句した。


「あとがきを読めば、おおまかな内容は分かるようになってる――」

「グレン、この本貸して。あとで読む」


 セルゲイは本を手にしたまま、カレンの後を追って二階に上がった。


 カレンが部屋に入ると、部屋中に電話の呼び出し音が響いていた。置いていった携帯電話が、やかましく叫んでいる。カレンを追って部屋に入ってきたセルゲイに、カレンは即座に言った。


「セルゲイ」

「なに?」

「あたしはだいじょうぶ――セルゲイの携帯にも、電話が来てるんじゃないかな」


 カレンの電話がいったん鳴りやんだと同時に、隣室から電話の音が響く。


「たぶん、義母さんたちからも、タケルや――あと、ララからも連絡が来てるかもしれない。一気に取れないから、セルゲイはタケルたちのほうに連絡してくれる? “あたしは今のところ、無事だって”」


 そうして、セルゲイが手にしている一冊の本を目にし、ちいさく笑んだ。


「それ、もう売ってるんだ、――セルゲイは、読んだの」

「いや。私はまだ――カレン」

「その本の話はあと」

 カレンはきっぱりと言った。

「その本の話は、ずっとあとにしよう。あたし今、アミザのことで頭がいっぱい。分かるでしょ」


 ほんとうのところ、頭を占めているのは、アミザでもミラでも、ツヤコのことでもなく、なぜかあのガイコツ・タトゥだけなのだが。


「――ああ」


 セルゲイは、それでも何か言いたげな顔をしたが、カレンを追いつめる気はもちろんないのだ。


「わかった。じゃあ、私はタケルさんに連絡しよう。カレンは、ミラ首相に」

「オーケー――あたしは、義母さんに。ララにも連絡しておく」


 カレンは冷静だ。セルゲイはそれをたしかめると、すぐ隣室に向かった。


 セルゲイが部屋を出ていくのと同時に、カレンは携帯電話を取った。履歴は恐ろしいほど残っていた。


 L20の首相官邸、ミラ個人の携帯、ミラの秘書ソヨンの携帯、中央役所の番号、チャンにタケル、ララ、シグルスの番号――。


 また電話が鳴る。カレンは電話を取らずにキッチンに行き、水を飲んだ。


(アミザは“重症”――重体じゃ、なかった)


 狙撃されたが、間一髪、急所は外れたのか。グレンたちがニュースを見続けてくれているはずだし、ミラに連絡すれば、アミザの容体は聞ける。


 頭の中は、真っ白かと思いきや、なぜかあのガイコツ・タトゥがぐるぐる巡っている。

 現実逃避でもしているのだろうか。


 カレンは自分の脳内を他人ごとのように観察しながら、携帯電話を無視し、パソコンのテレビ電話を起動するキーを押した。ミラのそれにつながる。画面向こうには、すぐに、ミラと秘書ソヨンの顔が映った。


「義母さん!」


 思わず大きな声が出ていた。カレンの声に、ミラが画面のほうを向いた。とたんに顔がくしゃくしゃに崩れる。


『よか――よかった。カレン、おまえが無事で――』


 泣き崩れるミラを、秘書が支える。秘書のソヨンはありがたいことに冷静だった。カレンが聞くまえに、ソヨンが言った。


『アミザ様は、心臓付近を撃ち抜かれたのですが、無事です。心臓は無事。それで、弾は貫通して――意識はまだもどっていませんが、明朝には目覚めるだろうって、医者が言っています』


 カレンは鼻をすすった。


「うん――」

『アミザ様は、ブラッディ・ベリーの精鋭が守っています。犯人もすぐ見つかるでしょう。心理作戦部と、J/J(ジャンク・ジャム)桃龍幇(タオロンパン)が、警察星の組織と連携して探していますから――』

「ああ。ソヨン。――義母さんを頼む」

『カレン様も、宇宙船内とはいえ、お気を付けください』

「あたしのほうはだいじょうぶ。ララも動いてくれてるし、あたしはメフラー商社の傭兵と暮らしてんだよ」

『アズラエルさんですか』


 ソヨンはすこし、安心した顔をした。メフラー商社のネーム・バリューは、ずいぶんな効果だ。


『カレン――カレン』


 涙をすこしこぼして落ちついたミラは、画面でカレンに向き合った。首相官邸である画面の向こうは、何人もごった返してパニック状態だった。ソヨンはミラを椅子に座らせると、カレンに目だけで会釈して、席を立った。


『あと三十分で記者会見だ。行かなきゃならない。――あんた、あの本を見た』


「読んだよ」

 カレンははっきりと返事をした。とたんに、またミラの顔がゆがんだ。


『バカな子だよ――アミザ――あんな無茶な真似を――いいや、バカはあたしかもしれない――アミザの決意に気付いてやれなかった――』


 それから、いつものあの目をした。カレンが傷ついていないか、苦しんでいないか、探るような目を。


『カレン、あたしは、姉さんが肺炎で死んだと思っていた』


 アミザもカレンも、ミラからそう聞かされて育った。

 まさか死因が、肺炎に見せかけた毒殺だなどということは、ミラもあの本を読むまで知らなかったのだ。


 ミラは、今回逮捕されたマッケラン家の要人五人が、ドーソンと結託してアランの裁判判決を歪め、彼女にすべての罪をかぶせたことに対する、深い憎しみを長年抱え続けてきた。


 彼らが裏で動いているのはわかっていたが、証拠がない。


 かつてミラは若く、力もなかった。けれど、マッケラン当主となり、首相になった今でも、彼らを更迭することは難しかった。元気だったころのツヤコに「まだ時期ではない」と何度も止められたし、彼らを更迭すれば、マッケランが真っ二つに割れる。


 マッケラン家でも権力を誇る五人を更迭するには、アランの裁判の裏をあきらかにし、逮捕投獄するしかなく、それをしたが最後、アミザとカレンに危険が及ぶことを知っていた。


 だから、手が出せなかったのだ。


 しかし、この五人が先頭を切って、カレンが当主の座につくのを反対しているとなれば、いつかは対立する日が来る。


 ミラも、姉アランを悲劇的な死に追いやった彼らが憎くないわけではない。けれども、ミラはマッケランの当主である。軽はずみな真似はできない。


 サルディオーネからもらったアドバイスもあったことだし、そもそも、カレンが地球行き宇宙船からもどってくるかどうかも分からなかった。


 ミラも、いつか真実をあきらかにし、彼らを更迭すべきときのために、用心深く機を伺っていたのだが、ついに、アミザが思い切った行動を起こしてしまった。


 おそらく、アミザがバンクスに頼んで本にしようとした部分は、アランの裁判の背後に、ドーソンとマッケランの要人たちが関わって、事実をゆがめたというところだろう。


 ドーソンのバブロスカ裁判のときのように、真実を本にし、世論を動かし、L55を介入させようとしたのだ。


 自分の命が危うくなっても告発し、カレンが当主につくのに、邪魔な人間を排除しようとした――。


 しかし、アミザにも予想外だったのは、呆けてしまったツヤコが、「真相」を語り出したことだった。


 おかげで、アランに毒入りの風邪薬をのませたエルナン医師の存在があきらかになり、彼の自白により、マッケラン家要人たちの逮捕は、即座に行われた。


「――義母さん、アミザは、あたしを当主にするために、あんな真似をしたんだね」


 自分の命が狙われていることを知っていながら――アランを死に導いた者たちの罪を裁き、マッケラン家の獅子身中の虫を更迭するために、アミザは自分の命を懸けた。


 ツヤコが、カレンとアミザの命をひきかえにされ、ずっと表に出せなかった真実を、アミザは。


『カレン』


 ミラは、訂正しようとした。言葉を探し、それは違うのだと首を振りかけたが、長い付き合いだ。親子としてずっと暮らしてきたのだ。それが、ウソか本当かは、見分けることができた。


 ミラは、カレンが、自分のために命を懸けたアミザのことで、自分を責めたりしないか、心配しているだけだ。

 目を見て話せば、それがはっきりわかった。


(アミザ――ツヤばあちゃん)


 ツヤコだけが、正しいアランの「結末」を知っていた。ほかの者の話は信じるなと、彼女はいつもカレンに言った。

 信じたくなくても、悪意ある身内から聞かされる話が、カレンの心にトラウマを植え付けていったのは事実だった。


「義母さん、あたし、もどっていい」


 カレンははっきりと聞いていた。ミラが、なにを言っているんだという顔をする。

 その顔を見て、カレンはほっとした。

 ミラは、カレンを避けたいのではない。――ほら、そうじゃないか。

 カレンは、自分にもう一度言い聞かせるようにし、心の中でもう一度言った。


(そうじゃないか)


 その声は、ツヤコの声にも聞こえた。カレンは、にじみ出る涙をこらえながら言った。


「――あたし、もどってもいい。義母さんと、アミザのそばに」

『帰りたいなら、帰っておいで』


 この答えも、カレンがぐるぐると考えていたよりずっと、単純明快な返事だった。


『でも、こっちは、あんたにはつらいことばかりで――』


「義母さん」

 カレンは力強く言った。

「こんなときになんだけど――あたし、アバド病が治った」


『えっ!?』


 ミラは、一瞬、なにを言われたか分からない顔をした。


「あたし、アバド病が治ったの――ほんとだよ」


 ミラは、瞬きをした。カレンは、義母の顔が、ずいぶん老け込んだように見えて、また涙するところだった。


「義母さん、ひと段落したらまた連絡する。あたしはだいじょうぶ。きっと、だいじょうぶだから」

『カレン――』


『ミラ様、お時間です!』

 ソヨンではなく、別の者の声がミラを呼んだ。『ミラ様!』


 ミラは目を見張って口をパクパクさせたが、『あとで――あとでまた』とだけ言って、首相の顔にもどった。通信は切れた。




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