241話 悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語 あとがき
アラン少尉の伝記を書くことは、わたしと、故エリック氏との約束でもありました。
その約束がこんなにも早く果たされるとは、思ってもみませんでした。
おそらく、アラン少尉の伝記を書くことができるのは、わたしがエリック氏と同い年になったころだろうと、勝手に予想していました。
それが、こんなに早く果たされるとは――。
すべては、マッケラン家次期当主とされる、アミザ少佐が、インタビューに応じてくださったおかげです。
アミザ少佐は、自身が知る限りの、アラン少尉生前の姿を、語ってくださいました。
もちろん、あの「バブロスカ監獄」に関する裁判のことも。
アラン少尉の生涯に触れることは、マッケラン家でも長くタブー視されてきました。
彼女も一族の反対を押し切り、このたびのインタビューに答えてくださった裏には、相当の覚悟があったに違いありません。しかし、彼女の中には、闇に葬られた真実をあきらかにしたいという思いがありました。その思いは、わたしも同様です。
アラン・G・マッケラン少尉――。
前作でも多少触れましたが、この本の主人公であるアラン少尉は、L20の首相であるミラ大佐の実の姉です。本来なら、彼女がマッケラン当主となる身で、もしかすれば首相の座にもついていたかもしれません。いいえ、二十四歳の、はかない命を散らすことがなければ、まちがいなく首相になっていたでしょう。
今回の取材に応じてくださったアミザ少佐をはじめ、アラン少尉を知るほとんどの人間が、そう証言しました。
本作での活躍ぶりを見ていただいたとおり、アラン少尉は、カリスマ性のある人物でした。
彼女が亡くなったのは二十八年前――当時の軍事惑星群は、今よりもっと、軍人と傭兵の差別が激しかったころです。
そんな時代に、かのバブロスカ監獄をなくすための運動に、大多数の将校の賛同を得られたことが、奇跡的だったのです。
アラン少尉は美しく、はつらつとした女性でした。彼女を慕う者は多くいました。L18にも、L20にも――将校はもちろん、傭兵にも。
当時の軍事惑星群では、その美貌と華やかさで、アイドル的存在だったと言います。
彼女には学生時代から、たくさんの傭兵の友人がいましたし、妹のミラ首相(当時は少尉)も理解者、恋人であったユージィン大佐(当時は大尉)も、彼女の理解者でした。
アラン少尉が、学校を卒業後、陸軍に入ってすぐ、バブロスカ監獄に収監されている、無実の傭兵たちを開放する政治運動をはじめたのは、本に記したとおりです。
彼女には、たくさんの理解者がありましたが、それだけ敵も多くいました。
とくに、傭兵差別主義者の軍人たちには、彼女の存在は脅威でした。
彼女の、正義を追い求めていく活発な行動に、マッケラン家の宿老は、危機感を抱いていたといいます。
アラン少尉が、それでも自由に活動できたのは、当時マッケラン家当主であった、ツヤコ氏(当時は少将)が、マッケラン家の古い体制と、アラン少尉の間をとりもってくれていたからだと、お聞きしました。
しかし、本文にくわしく記しましたので省きますが、アラン少尉にカリスマ性があったがゆえに、彼女を支援するたくさんの力が集まり、それゆえに、大きくなりすぎた集団の力が、彼女が制御しきれないものになっていったのは、あまりに悲劇的な運命でした。
そういう意味では、この事件は、「第二次バブロスカ革命」に似ているともいえます。
わたしもまだ、くわしい調査を終えていませんが、「第二次バブロスカ革命」も、学生運動が発端で、その首脳部と末端の行動が乖離してしまったことが、悲劇を生んだ原因である、という経緯が、似ていると言えましょう。
さて、すでに本作を読んでいただいた方には繰り返しになりますが。
アラン少尉の政治運動が事件となってしまったのは、彼女を旗頭に掲げた、「ジェルマンの同盟」(軍人も傭兵も区別なく入党できた、バブロスカの罪なき収監者を開放する運動を主とする組織)が、軍事力で、バブロスカ監獄を破壊しようとしたことからはじまります。
ジェルマンとは、マッケラン家の祖であり、英雄とされる人物で、傭兵と将校の間に生まれ、はじめてマッケラン家当主となった人物だそうです。
「ジェルマンの同盟」の一部の過激派は、裁判で解決していこうとするアランたち首脳部の意志に反して、軍を動かし、バブロスカ監獄の一部を破壊しました。
バブロスカ監獄を守っているのは、ドーソンをはじめとするL18の軍。
対して、バブロスカ監獄に砲撃を行ったのは、マッケラン家を含むL20の私軍だったといいます。
ドーソンとマッケランの間で、戦争が起きるかもしれないところだったのです。
この衝突で、双方に死者が出ました。
ロナウドとアーズガルドが調停に入り、大きな戦争になるところを止めましたが、先に砲撃をしかけたL20側――「ジェルマンの同盟」のトップであるアランは、裁かれることになりました。
悲劇は、ここからはじまりました。
裁判は、軍事惑星群でもっとも権力を持つドーソン一族が、介入しました。「ジェルマンの同盟」にドーソン一族であるユージィン(当時は大尉)の名もあったからです。
ドーソン一族の策謀で、正しい裁判は歪められ、戦争の責任は、すべてアラン少尉ひとりに被せられました。
実際に軍を主導したL20の学生たちも、未成年ということで、裁かれませんでした。
その裏には、ドーソンにおもねるマッケラン家の有力者が、ドーソン側と結託して、自分の子らを守った事実がありました。
ユージィン大尉も、「ジェルマンの同盟」の首脳部に名を連ねていながら、責任を取ることなく、無罪の判決を受けます。
そしてもっとも近くにいた、妹のミラ氏(当時は少尉)も、マッケラン直系の後継者を絶やしてはならないとの裁決により、無罪放免となります。
「ジェルマンの同盟」幹部のすべてが、なんらかの理由をつけられて、無罪放免となりました。
結果的に、すべての責を、アラン少尉は負うことになりました。
そして、「ジェルマンの同盟」の幹部たちは、全員、アラン少尉と接触することを禁じられます。
仲間たちの裏切りに、アランの心は引き裂かれてしまいます。彼女は、それでも法廷に引きずり出され、懲役三十年の実刑判決を受けます。それも軍事惑星群内の刑務所ではなく、L11の監獄星へと送られる、過酷な判決でした。
それは、できうるかぎり彼女をユージィンと離したかった、ドーソン一族の冷酷な策謀と言えましょう。
当時、アラン少尉は、ユージィン大尉の子を妊娠していたのです。
心神喪失のままL11に送られ、彼女は一人娘を生み、肺炎にかかって、あっけなく二十四歳の生涯を終えました。
ここまでが、アミザ少佐から伺ったお話でしたが、インタビューの後半に、あらたな事実が浮かび上がりました。
それらは、アミザ少佐が幼い頃から聞かされて育った、どの事実とも違うものでした。
アラン少尉は、心神喪失のまま肺炎で亡くなったのでも、一部の心無いマッケラン家の者が吹聴する、自殺でもない。
彼女は、だれも恨んではいなかったと、当時を知るツヤコ少将が語ってくださいました。
アラン少尉は、最初こそ心神喪失状態でしたが、監獄にきて、愛娘が腹の中で育っていくのを実感しはじめたころから、正気をとりもどしていったといいます。
そして、ユージィン大尉が会いに来たその日に、彼女はかつての自分を取り戻しました。
アラン少尉と会うことを禁止された仲間たちでしたが、ユージィン大尉だけでなく、彼女のもとには、たくさんの面会人が現れたと言います。
「ジェルマンの同盟」には入っていない、かつての友人たちも、監視人の目を盗んで現れました。
これらの事実は、ツヤコ元少将の口から語られた新たな真実です。アミザ少佐も知りませんでした。
ミラ少尉だけは、彼女のもとに面会に来ることが、なかなか許されませんでした。それゆえに、おそらくミラ少尉は、それだけの人間がアラン少尉に会いに来ていることを知らなかっただろうと、ツヤコ元少将は仰いました。
ミラ少尉は、マッケラン家のあらたな当主として舵取りを求められていましたし、アラン少尉に面会に来た者は、皆が皆、監視の目を盗み――ツヤコ元少将が手配したルートを通って面会したので、知らなかったというのです。
ユージィン大尉も、監視人のドーソン一族の者に金を握らせ、何度か面会に来たと言います。
ユージィン大尉は、「かならず君を、ここから出す。あの判決は覆してみせる」とアラン少尉に誓ったそうです。
ユージィン大尉は、アラン少尉を心から愛し、彼女の腹で育ちゆく、愛娘も愛していました。
けれど、ユージィン大尉もまだ若く、彼の前に立ちはだかるドーソン一族の力は、あまりにも強大でした。
そして、彼の努力もむなしく、彼女は殺害されたのです。
それも――マッケラン家の者に。
ツヤコ元少将は、このことを、ずっと自分の胸のうちだけにおさめ、だれにも話すことはありませんでした。
風邪薬と称して飲まされた薬で、アラン少尉は亡くなったそうです。
医者はアラン少尉の死因を「肺炎」と診断しましたが、その医者も、ドーソンが手配した者でした。
ドーソンと、マッケラン家の一部の要人の策略により、彼女は毒殺されたのです。
ユージィン大尉は、アラン少尉の減刑に尽力しましたが、そのことが、逆に彼女の死へとつながってしまいました。
ドーソンも、傭兵差別主義者のマッケラン家の者も、多数の傭兵に支持されている彼女が監獄から戻ってくるのを、よしとしなかったのです。
ツヤコ元少将は、証拠をすでにつかんでいました。けれども、沈黙するしかなかったのです。なぜなら、マッケランの中でもずいぶん権力のあるものが、成した仕業だったからです。
生まれたばかりのアラン少尉の子や、ミラ少尉の愛娘、アミザ少佐に危険が及ぶかもしれませんでした。
ツヤコ元少将は、機を伺っていました。このことを、あきらかにする機会を。
――気の遠くなるような、長い年月。
アラン少尉の意志は、受け継がれています。
「ジェルマンの同盟」は解散しましたが、彼女が示した強い意志は、将校、傭兵たちの間に受け継がれています。
昨今、バブロスカ監獄がわかい将校や傭兵たちの手によって壊され、なくなりましたが、参加した年代は、「ジェルマンの同盟」があった年代の者も多くいました。
傭兵差別主義が根付いていた、若き将校たちの意識を大きく変えたのは、アラン少尉の熱い情熱と行動力、そして最後まであきらめなかった強い意志――その結晶である「ジェルマンの同盟」がはじまりです。
彼女の遺言は、「必ず、傭兵と軍人の垣根がなくなる日が来る。希望を捨てないで」。
アラン少尉は、柵越しに、ツヤコ少将、妹のミラ少尉と自分の娘、そしてたくさんの友人に、見守られながら、息を引き取りました。
彼女の生きた証が、軍事惑星群の未来への希望となるように、願わずにはいられません。
バンクス・A・グッドリー




