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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~孤高のキリン篇~
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238話 ケヴィンとアルフレッド Ⅰ 2


 アルフレッドがあとをついてくると、老女は安心したのか、またおとなしくなった。アミザが彼女の車いすを押すうしろを、二歩分ほどさがって、アルフレッドはついて行った。


 屋敷の壁ぞいに細い小道を歩み、突き当たりの小ぢんまりとした庭先の門をあけ、入った。こちらは裏口らしかった。


「まあ――まあ! ツヤコさま!」

 狼狽した様子のメイドが、あわてて駆け寄ってくる。

「また、遊歩道にいたらしいよ」

「門のカギもちゃんと閉めておきましたのに、いったい、毎度、どこから出てしまわれるのやら……! アミザ様、ほんとうに申し訳ありません」

 メイドはアミザに何度も頭を下げたが、アミザは苦笑するだけで叱りはしなかった。


「あの、アミザ様、この方は?」


 メイドのいぶかしげな視線を浴びたアルフレッドは、首を竦めかけたが、怪しいものではないとわかってもらうために、なんとか背筋を伸ばした。


「あたしの“後輩”。書斎にお通しして。ばあちゃんと一緒にね――それから、お茶を」

「かしこまりました。お茶菓子はスティーヴン様からいただいた、木苺のマドレーヌがありますの」

「いいね。あたしの机にも置いといて」

「はい。アミザ様、お客様がホテルの会議室でお待ちですわよ――それと、サンディ中佐がお帰りになられて」

「わかった」


 メイドは、アミザの手からツヤコと呼ばれた老女の車いすを預かると、ゆっくりと押ししながら屋敷に入っていく。

 アミザは、すっとアルフレッドと肩を並べると、小声で言った。


「この屋敷の者に、君の正体をたずねられたらこう言ってくれ。アミザがL55に留学していたときの後輩だと」


 アルフレッドは跳ねるように彼女の顔を見たが、アミザの顔は正面を向いていた。


「君は、バンクスの名を絶対に出しちゃいけない。屋敷の者には、彼のことを話さないでくれ――学生時代のことを根掘り葉掘り聞かれそうになったら、すぐ『時間だ』といって席を立つこと――いいね?」


「は、はい――」

 アルフレッドは、ごくりと喉を鳴らした。


 それからのアミザは、ほんとうに、アルフレッドを友人としてあつかった。彼を書斎まで連れて行く途中で、ツヤコの正体も教えてくれた。


「ツヤばあちゃんは、あたしのひいおばあちゃんだ。もう百歳を超えてる。最近はちょっとボケが入ってきちゃってるけど、もともとすごく頭のいい人だったんだ」

「そうなんですか」


 先ほど、アルフレッドが思ったことは正解だった。

 アランは、アミザの叔母で――アミザの母、ミラの姉だ。そのアランに対して、ツヤコは自身を「ばあちゃん」と言っていたのだから、ツヤコはアランとミラの祖母――つまり、アミザの曾祖母にあたる。


「書斎の本を、若いうちに全部読んじまって、その話をまだ覚えてる」

「それは……すごいですね」

 アルフレッドは素直に感嘆した。


 案内されて入った書斎は、ずいぶん広い。まるで小さな図書館だった。百平米ほどもある部屋の側面は、大きな窓をのぞいて書棚で埋め尽くされ、ドア付近にコの字型のソファとテーブルがある以外は、天井まで届きそうな書棚が、部屋を埋めていた。


(この書斎の本を、ぜんぶ?)


「うわあ……」


 アルフレッドが思わず歓声を上げたのに、アミザは肩をすくめた。


「本は好き? 好きそうだね。ばあちゃんの話は、一時間程度で終わるだろうから、そのあと、本を読んでいてもいいよ。でも、図書館じゃないけど、十七時まえにはこの屋敷を退室してくれ――十七時以降は、どっと屋敷内に人が増えるから。あまり、君の姿を人に見られたくない」

「あ、は、はい!」


 アルフレッドは、この蔵書をぜんぶ読み、そして覚えているというツヤコの記憶力に感嘆したのだが、本の多さに感激していると思われたようだ。実際、本は好きなので、あながち間違いでもなかったが。


「じゃあ、ごゆっくり」


 アミザは、重厚なドアを開けて、出て行った。

 アルフレッドはさっそく、窓際のツヤコのそばにいき、窓の(さん)に腰かけて、笑顔を向けた。


「おばあちゃん、話を聞かせて」





 アミザのいったことは本当だった。ツヤコおばあちゃんは、かっきり一時間、話をすると、あとは電池が切れたように居眠りを始めた。


 アルフレッドは、まったく退屈などではなかった。彼女の話は、とても臨場感にあふれていて、アルフレッドはあっという間に引き込まれていた。惜しむらくは、もっと聞きたかったのに、話の途中で彼女が眠ってしまったことだった。


(これからがいいところだったのに)


 ツヤコの話は、彼女が遊歩道で言っていた、「ナグザ・ロッサの海戦」の話だった。

 生々しい戦争体験かと、アルフレッドは多少気構えていたのだが、彼女の口から出てくる話は、ファンタジーとも歴史ともいえぬ、英雄譚だった。


 舞台はあの「アストロス」。


 アルフレッドが地球行き宇宙船に乗っていたなら、立ち寄るはずだった最後の観光惑星だ。


 話の内容は、三千年前、アストロスで戦った、マッケラン軍とロナウド軍の話で、主人公の名は、マッケラン始祖と仰がれているミカレン。

 ミカレンの乗った巨大戦艦が海に沈んでいくシーンを話し始めたところで、ツヤコは眠ってしまった。


(――ミカレンは、戦死したんだろうか)


 地球軍だったのに、地球軍の侵略から、アストロスの民たちを守って。


(よく考えたら――アストロスからしても、L系惑星群の原住民からみても、地球人は侵略者なんだもんな)


 アルフレッドは幸いなことに、平和な星に生まれて育ったために、ふだん、そういったことを考える必要もない暮らしをしている。地球行き宇宙船にも原住民は住んでいたらしいが、アルフレッドが会うことはなかった。最近、バンクスの取材についていって、辺境惑星群やL8系の惑星群に行ったことで、はじめて原住民というのを見たのだ。


(アストロス、行ってみたかったなあ……)


 宇宙船を降りたことを後悔しているわけではないのだが、ふいに思い出すと、郷愁に駆られることがあった。


(みんな、またバーベキューやってるかな)


 あのバーベキューは楽しかった。――次回のツアーのチケットが、どんな確率かは知らないが当たったとして――少なくともナターシャは二回もチケットが当たった――あの仲間とは、二度と一緒にはなれないのだ。


 宇宙船の役員には会えるかもしれないが、エドワードやジルベールたち、ミシェルやルナ、アズラエル。ケヴィンと一緒に所属していたサークルの仲間とは、また一緒に地球に向かうことはできないだろう――よほどの偶然が重ならなければ。


 ナターシャとも、よくあのバーベキュー・パーティーの話をする。

 ミシェルは元気だろうか。ルナは、アズラエルは……。

 

 アルフレッドは、ツヤコが眠ったのをたしかめて、桟から降り、書棚に向かった。


 ホテル内の図書館とちがい、興味深い書籍でいっぱいだ。


 アルフレッドは、さっきの話の続きが知りたくて、「ナグザ・ロッサの海戦」というタイトルの書籍がないか探した。ツヤコは、この書斎の本をほとんど覚えているという話なので、もしかしたら、さっきの話も、この書斎にある本の内容かもしれない。


 しかし、この莫大(ばくだい)な量。さがすだけで五時になりそうだったので、アルフレッドはあきらめて、手近にある本をとった。


 辞典にも似た分厚い本は、被ったほこりと黄ばんだページが、年月を感じさせる。アルフレッドは背表紙を見ずに取った本の表紙に目を留めた。


「マッケラン史記 L歴100~300年間」


 アルフレッドは驚いて、書棚に目をやった。この書棚に並んでいる同じ装丁の本たちは、すべてマッケラン家の歴史書なのか。


 アルフレッドはソファに本を持ってきて、開いた。


 ペラペラとページをめくっていくと、ふいに、見たことのある光景が飛び込んできた。


 アルフレッドは、その写真の光景を、どこかで見たことがあった――必死で思い出そうとしてこめかみに指をあて、銅像の名が目に飛び込んだとたんに、どこで見たかを思い出した。


(あ――そうだ。これ、地球行き宇宙船で)


 この写真は、地球行き宇宙船の、「ルーシー&ビアード美術館」の入り口だった。


 美術館創始者であるビアード・E・カテュスと、資金の援助者であったルーシー・L・ウィルキンソンの銅像が、門構えのようにそびえたっている。


 アルフレッドは、ケヴィンといっしょに、何度もこの美術館へ足を運んだ。ナターシャとも、一度くらい行ったか。


 地球時代からの、すばらしい絵画や芸術作品で埋め尽くされている美術館。ビアードやルーシーの歴史を展示した部屋もあり、アルフレッドはその部屋も、何度も見に行った。


 ビアードのファンになったアルフレッドは、彼の生涯をえがいた映画も観た。


(なぜこの写真が? マッケラン家と関係があるの)


 アルフレッドは、前後のページから熱心に読み始めた。そこには、驚くべきことが書いてあった。


 マッケラン家とルーシーの関わり――、美術館にはなかった、「ルーシーの隠された目的」――、千年前に起こった戦争のこと――、ラグバダ病――ビアードと夫パーヴェルが、ルーシーから引き継いだ使命――アンナという、L03の予言師――。

 

「……なんだ、これ」


 アルフレッドは、知らず、鳥肌立った腕をこすった。

 これはマッケラン家の歴史書だ。フィクションや小説ではない。


 夢中で読んでいたアルフレッドは、そばにツヤコが来ているのに気付いて仰天した。悲鳴を上げるところだった。アルフレッドが開いているページを指さし、ツヤコは嬉しげに言った。


「ルーシーのことを書いてあるのはうちの本だけさね。あのひとが嫁いだウィルキンソン家には残ってない。それはねえ、うちから入った後妻のいじわるじゃなくて、ルーシーの遺言だったのさァ」

「ゆ、遺言……?」

「ルーシーは、ぜったいに、来るべきときまで自分の正体を明かさないことにしてあった。ウィルキンソンに残しちゃえば、一発で見つかっちまうだろう? ――ところで、あんた、だれ」


 無邪気な顔で、アルフレッドの顔を覗き込むツヤコは、さっきまで、アルフレッドをアミザだと言っていたことは忘れたようだった。


「ぼ、ぼくは、アルフレッドで……、」


 何回目かの自己紹介をはじめたあたりで、書斎のドアが開き、アミザが顔を見せた。


「時間だよ、アル」

「おやアミザ。夕食かい」

「正解――あれ? ばあちゃん」


 アミザは驚いたように大股で曾祖母に近づき、「ばあちゃん、あたしが分かるの」と言った。


「分かるよ。何言ってんの。孫もひ孫も多いけど、名前を間違えたりしないさ。あんたはアミザ。この子は、アルフレッドかい。じゃあ、アルでいいね」

 ツヤコは、楽しげに言った。

「あたし、この子にナグザ・ロッサの海戦の話をしてあげたい。夕飯は、そのあとでいいかい」


 久しぶりに曾祖母とまともな会話ができたアミザは、目をぱちくりとさせてから、「あ――いや」

 ちいさなためらいを見せた。


「アルは、明日も来るから。今日はもうだめだよ、ばあちゃん」

 となだめるように言った。


 今度は、アルフレッドが驚く番だった。おそらくいい顔はされないだろうが、「明日もツヤコさんのお話を聞きに来てはダメですか」と聞いてみるつもりでいたのだ。


 断られるのを承知でいたアルフレッドだったが、アミザがそういったことに、期待と喜びを隠しきれない顔で、「あの……」と言いかけ、アミザのウィンクにぶつかった。今は何も話すなという合図を、アルフレッドは受け取った。


 アルフレッドが明日も来るとわかったツヤコは、素直に信じた。そして、「また明日ね、アル」と手を振った。


 アルフレッドは書棚に本をもどし、ツヤコに丁寧なお辞儀をして、アミザのあとを追って書斎を出た。


「あ、あの……」


 ほんとうに明日も来ていいんですか、とアミザの背に聞きかけたアルフレッドは、いきなりアミザが振り返ったので、アミザの胸元に飛び込むところだった。振り返ったアミザは、複雑な顔をしていた。


「勝手にあんなこと言っちまったけど――明日も、来てくれる?」


 アルフレッドがなにかいう前に、アミザが遮った。


「あたしとしては、複雑なんだ――あんたやバンクスの存在を、屋敷の者に知られたくない。だからあまり、出入りしてほしくない。――でも、ばあちゃんにはいいみたいだ。孫みたいな君に、話ができるっていうのは――」

「……」


 アルフレッドは、アミザの言葉を待った。でも、それ以上、彼女は何も言わなかったので、アルフレッドは、

「許していただけるなら、明日も来ます。でも、あまりそれが好ましくないのであれば、来ないようにします」

 と言った。

 自分たちは、バンクスの助手として来ているのであって、アミザと彼の仕事を邪魔するわけにはいかない。


「ぼくも、ツヤコさんの話は興味深く聞きました」


 だから、最後まで聞いてみたくて。アルフレッドは正直な気持ちを告げた。今日の話のつづきだけではなく、もっといろいろな話を聞いてみたい、とも。


 アミザは、それに対しては何も言わなかったが、

「バンクスの助手として来てるってことは、あんたも、――ケヴィンだっけ? 彼も、ジャーナリスト志望なの」


 また玄関に向かって歩き出した。


「いえ、ケヴィンは小説家志望です。ぼくは、――そうだな。ビアードみたいになってみたい」

「へえ?」


 アミザが、すこし興味を示したようだった。ビアードを知っているのか。


「美術館よりは、図書館のほうなんですけど、」

「世界一の、図書館をつくってみたい?」

「まあ、そんなところです」

「素敵な夢だ。――本当にそう思うよ」

 アミザの言葉は、どこか、うらやましそうだった。


 別れ際、アミザは、「明日も来てくれ」と正式にお願いをした。アルフレッドは、「なるべくこっそりと来ます」と言ったが、

「下手にこそこそすれば、怪しまれるだけだから、堂々と来て」とアミザは笑った。


 アミザにも丁寧なお辞儀をして、アルフレッドは、裏口から帰った。細い小道を抜け、遊歩道に入ると、一目散にホテルへ向かった。こんなに走ったのは、ひさしぶりだった。


 息を切らせてホテルに入り、宿泊している部屋まで行くのに、エレベーターが遅く感じるほど、アルフレッドはそわそわしていた。一刻も早く、今日のことを――ツヤコのことだけではなく、あの本の内容を――ケヴィンに話したかった。


 走ることさえままならずに、なにもない場所で何度もつまづきながら、アルフレッドは大興奮で部屋のドアを開けた。





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