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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~孤高のキリン篇~
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237話 孤高のキリン Ⅲ 2


 その日、ルナは朝からウロウロしていた。


 いつも通りみんなを送り出したあと、ノート型端末のまえに座っては立ち上がり、コーヒーを淹れてみたり、キッチンにいってわけもなく冷蔵庫を覗いてみたり、それからパソコンのまえにもどってみたりと、うさうさ、ソワソワ、ウロウロしていた。


 ちこたんに買い物を頼んだので、『どうしましたかルナさん!』とまとわりつかれることだけは免れていたけれど。

 ルナだって、ひとりでゆっくり、考えたいときはある。


 先日、アズラエルとピエトの養子縁組が成った――だからといって、生活になにか変化が訪れたかといえば、そういうわけでもなかった。生活は今までどおりである。


 ルナはウロウロするのをやめ、ついにノート型端末のまえにちょこんと座って、電源を入れた。


 いままでルナは、大騒ぎされることを恐れて、パパとママにアズラエルのことを言いだせないでいたのだが――やはりそろそろ、アズラエルと暮らしていることを、ちゃんと報告しなければならない――という結論に達していた。


 ツキヨおばあちゃんが、「ばあちゃんに任せておいで」と言ってから、ずいぶん経った。

 ルナはあれから、いつ両親から電話がかかってくるか、戦々恐々としていたのだが、結局電話はこない。

 ということは、おばあちゃんは、まだルナの両親には言っていないのかもしれない。


 日々のせわしなさ――ルナの場合、あらゆる事件が起きたせいでせわしなかった――にまぎれて、すっかり忘れていたのだが、養子縁組の話がなった以上、そろそろアズラエルと暮らしていることぐらいは、報告してもいいのではないかと思えてきた。


(うん……養子のことは、いきなりゆわないよ? まずは、アズのことを紹介して……てゆうか、アズとは、はたしてつきあっているのだろうか?)


 ルナは根本的な疑問を抱えたが、だれにいっても「いまさら」と言われるので、おそらくつきあっているのだろう。

 アズラエルが、ルナ以外のだれかとつきあっている気配もないし。


(では、あたしは)


 アズの彼女かもしれない。

 そこまで自分の中で結論付けたところで、ピエトが養子になったレベルに実感が湧いていないことに気づいた。

 

「……」


 ウサギは宙を見つめて、なんだか納得いかないものを感じていたが、まあ、と根本的な問題を隅に置いた。


 彼氏ができた、くらいは伝えてもいいのではないだろうか。

 日を置いて、一緒に暮らし始めた、とか、ピエトのことを、順に伝えていけば――。


 しかし、傭兵という時点で、ものすごい反応をされるだろうことは、ルナにだって予想がついた。


 ルナはメールボックスを開くか開かないかのところで固まり、しばらくウサ耳をぴこぴこさせた。やがて、「ままよ!」とばかりにメールのアイコンをクリックした。


「受信:一件」。


 ルナは目を真ん丸に見開いた。こちらのメールアドレスを開くのは久しぶりだ。これはL77にいたとき使っていたもので、地元のともだちと両親、ツキヨおばあちゃんくらいしか知らない。


 ほかに、メールを送ってくる人間に心当たりはない。エレナは電話しかしないし、それもきたのは一度きり――ナターシャも、今のところ、一度もルナにメールをくれたことはなかった。


 船内にいる友人は、ほとんど携帯電話かpi=po経由。家族もそうだ。


 メールには、添付ファイルがある。ルナは、母親からのメールだと思った。写真でも、送ってきたのだろうか。でもそれなら、pi=poのちこたんに送ってくるはず。

 しかし、母親からのメールではなかった。


「ケヴィン!?」


 ルナは叫び声をあげた。

 メールの差出人はケヴィンだった。


 ケヴィンもナターシャ同様、「必ずメールをするから」と言っていたけれども、一度もメールをくれたことはなかった。


 ルナは、彼らの新しい連絡先は知らない。ケヴィンは作家になるためにL52に行ったのだし、ナターシャも新しい生活に慣れるのが手いっぱいで、メールを送る余裕などないのだろうとルナは思っていた。


 最初にメールアドレスの交換をしたとき、こっちのメールアドレスもいっしょに送ってしまったのだろうか。


「わあ! ケヴィンだ。久しぶりだなあ」

 ルナは喜び勇んでメールを読んだ。




件名:ルナっちへ。ケヴィンだよ。


本文:元気ですか。おれはなんとかやってます。


ずっとメールできなくてごめんな。L52についてから、生活に慣れるのでいっぱいいっぱいで、やっと最近落ち着いたんだ。


L52はすごいッス。大都会です。

おれ、シャインなんて、初めて乗ったよ。ルナっちシャイン知ってる? おれ最初、乗り方知らなくてさ、目的地に着くだけでもひと苦労だったんだぜ。やっぱ都会は違うわ。おれ、田舎モンだから。


やっと落ち着いたころに、アルとナターシャが来てさ、びっくりしたよ。ああそう、ナターシャもアルも元気だから。


ナターシャもたぶん、ルナにメール送れてねえと思う。あいつ、L52の有名なケーキ店でパティシエ修行してるよ。あと二年くらいしたら落ち着くんじゃねえかな。毎日朝早くから夜遅くまで、がんばってるよ。


書きたいことがいっぱいあるんだけど、っていうかしゃべりてーことばっかなんだけど。

とりあえず、今日メール送った本題。


実は、ルナっちに読んでほしい話があってさ。

おれの小説の処女作です!


コラムしか書いたことなかったおれが、5キロ痩せながら仕上げました……。

小説ってマジしんどい。ちょっとくじけそうになった……。


まだ推敲の余地ありまくりで、ハズカシー代物なんだけど、読んでくれたら嬉しい。


率直な感想ください。

おもしろくなかったでも、おもしろかったでもなんでもいいから!(あ、でもおもしろくなかったはヘコむからやっぱりやめてほしい。)

ルナッちがヒマなときに読んでね。


ちなみに、内容はL03につたわる神話をもとにしたファンタジーだよ。

タイトルは「ジェルマンの風」。




 ルナは、口をぽっかりと開けてメールを読んだのだが、「ファンタジー! あたし大好き!」とだれもいない部屋で、だれに訴えるでもなく盛大に叫びながら、ウキウキと添付ファイルをダウンロードした。


『どうかしましたかルナさん!』


 ちこたんが帰ってきていた――すぐさま聞きつけて飛んできたが、「なんでもないですよ!」とルナは叫び返した。いつもの日常である。


 ダウンロードは多少の時間がかかった。ずいぶんなファイル量だ。

 どうりで、こちらのメールアドレスに送ってきたわけだ。こちらのメールは容量の多いファイルも送れるし――。


「おお……! 力作だね、ケヴィン!」


 ルナが、ファイル名をちゃんと確かめずにクリックしたのは、早く読みたい気持ちが気を急かしたのである。ルナは、ケヴィンのコラムが、あの雑誌の中で一番好きだった。ケヴィンが小説を出版したなら、絶対に買うつもりだった。ルナはケヴィンの作品の大ファンである。


 それに、メールにちゃんと「L03の神話を基にしたファンタジー」と書いてあったから――。


「ん?」


 開いたページに、メールにあったタイトルとは、まったくちがうタイトルが鎮座していたことに、ルナは固まって、一度ファイルを閉じた。


 ファイル名は、たしかに開いたページにあったタイトルと同じだった。

 ケヴィンは「L03の神話を基にしたファンタジー」とメールに書いていた。


 しかし、このタイトルは。

 まさか、冗談のつもりだろうか。冗談にしては、あまりにもシャレにならないタイトルだった。


「悲劇の英雄、アラン・G・マッケランの物語」


 最初に開いたページも、同じタイトルが、一言一句間違いなく書かれていた。


「……」


 ルナは口をぽっかりと開け、それから我に返ったように「ええ!?」と絶叫した。


 ――マッケラン。


 その名が意味するものは、ルナも知っている。

 ルナが、「アラン・G・マッケラン」という名を知らなかったなら、この小説を、L03の神話をモチーフにした、アランという主人公の、英雄活劇ファンタジー小説だと思って読み始めたかもしれない。


 だが、ルナは、この名を知っていた。

 L03というよりかは――軍事惑星にかかわりがあるということも。

 マッケランは、カレンの姓である。


(たしか――)


 ルナはてててっとリビングに走り、本棚から一冊の本を取り出して、めくった。


「バブロスカ ~我が革命の血潮~」である。


 ルナは相変わらず、この本を読み終えていなかった。椿の宿で前書きだけを読み、あのあと自分でこの本を購入したが、(船内の書店にふつうに売っていた。)結局、本編を読めないでいるのだった。


「序文」と書かれた前書きに、ルナは彼女の――アランの名を見つけた。


「――この革命の犠牲となったのは、なにもユキトや我らだけではない。

 悲劇の女性アラン・G・マッケラン。

 少年空挺団の少年たち。傭兵から将校になったアンドレア。

 L18の戦士たちも耳にするのも初めての名前が、あるのではないだろうか。

 我らの影に、こうして名前すら知られず、消えていった革命の犠牲者があるのだ。

 終わったかにみえた革命も、この数十年のうちに、さらなる犠牲者を出した。

 それも、こうして、名すら知られることのない――」


(アラン――悲劇の女性――ものすごく、昔のひと?)


 バブロスカの本の前書きだけでは、彼女が生きていた年代はわからない。ルナは小さな頭をかかえてうんうんと唸り、それからもう一冊、本があることを思い出した。


 同じバンクスが書いた本で、「アンドレア事件」と、「少年空挺師団の事件」を記した本だ。こちらは偶然書店で見つけたものだが、そちらもルナは、買うだけ買って、読んでいない。


 ルナはその本も持ち出してめくり、やはり前書きに「アラン」の名を見つけた。


「――この本では、エリック氏との約束通り、バブロスカ革命から派生した数々の事件記録を追います。

 前作にもわずかに取り上げました、「アンドレア事件」、「アラン少尉のバブロスカ裁判事件」、「少年空挺師団事件」です。

 ですがアラン少尉の事件については、いまだ関係者も存命であり、時期尚早と感じたため、今回の本では記さぬことに決まりました。アラン少尉の出来事については、いずれ筆を執りたいと思います。――」


(アラン少尉のバブロスカ裁判事件)


 関係者が存命ということは、そう昔のひとではないのかもしれない。ユキトおじいちゃんと同じくらいの年代のひとか、もっと若いか――。

 ルナは、「アラン」という人物が、カレンの母親ではないかと思った。


(悲劇の女性……)


 カレンが病院に運ばれたときに、セルゲイが、ルナに(こぼ)した言葉を思い起こした。


「カレンの立場は厳しい。“カレンの本当のママがしたこと”で、カレンもまた、一族の中では悪く見られているんだ。ほんとうは、カレンが正式なマッケラン当主の跡継ぎだけれど、一族には認められていない。カレンを育てたミラ首相――カレンのママの妹だけれども、彼女の実の娘のアミザを次期当主にとのぞむ声の方が大きいんだ」


 アランが、カレンの母親だったとして――どうして、ケヴィンがカレンの母親のことを小説にしたのか、まったくわからない。さっきのメールには、事情を匂わせることは、何ひとつ書かれていなかった。


 ケヴィンが送ってきたのは、「L03の神話を基にしたファンタジー作品」のはずだ。


 ルナは読んでいいものか悩み、ファイルを開いたり閉じたりした。


 そうしているうちに、ひとつの疑問は解決した。タイトルページの下に、「バンクス・A・グッドリー」の名前を見つけたからだ。


 これで、この小説は、ケヴィンが書いたものではないと分かった。

 やはりケヴィンは、ファイルを間違えて送ったのだ。


 この「バンクス」という作者は、エリックの手記「バブロスカ ~我が革命の血潮~」を編集し、出版した人であり、「バブロスカ ~エリックへの追悼にかえて~」の作者でもある。


 では、この作品はやはり、「アラン・G・マッケラン」の伝記と考えていいだろうか。


(でも、どうして、この人の作品を、ケヴィンが?)


 ケヴィンとバンクスのつながりを、ルナはどうしても想像できなかった。たとえ間違ったファイルを送ったのだとしても、どうしてケヴィンがこの原稿を送ることになったのか――この原稿を、ケヴィンが所持していた理由は。


 この本は、すでに出版されているのだろうか。


 ルナは、バブロスカの本の巻末に記されている出版社を見た。

「L52 ラスカーニャ・シティ・トゥルカシア バートン社」。

 二冊の本は、この出版社から発刊されている。ケヴィンが居住しているのは、同じL52だ。


 もし、この「アラン」という女性が、カレンの母親だとしたなら。


 セルゲイの言い方では、アランの起こした「大変なこと」のせいで、カレンはマッケランの一族から(うと)まれていて、後継者とは認められていない、ということになる。


 ルナは、本を書棚にもどして、端末を手にした。ためらいがちに、二ページ目をスワイプした。


 それからルナは、貪るように字面に食いつき、机の前から動かなくなった。






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