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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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236話 これからもよろしくね、ピエト 1


 からっと晴天、照りつける日差しに、止めどもなく汗が流れる日のことだった。


 ルナとアズラエルは、中央区にいた。

 シャイン・システムで、K27区から中央区のロイヤル・ホテル内に現れたふたりは、時間通りに、一階ロビーに姿を現した。


 そこには、タケルとメリッサが待っていた。


 タケルとメリッサは、いつもスーツ姿だが、今日はルナも少し大人びたワンピース、アズラエルもスーツ姿だ。少々かしこまった会合。

 ピエトは、学校帰りに合流することになっている。


 タケルとメリッサは、ルナたちをこのホテルへ呼びつけたことを詫び、本来ならこちらから伺うべきだったと定型の挨拶をした。アズラエルが肩をすくめて、「いいんだよ」といったあと、四人はロビー内のレストランに移動した。


 コーヒーだの紅茶だのの飲み物を頼んだあと、タケルはおもむろに切り出した。


「今日おいでいただいたのは、このあいだの件です」

「悪いな。ルナにはまだ話してねえんだ」


 タケルは気を悪くしなかった。ちいさくうなずき、「よかったです。私が、じかにルナさんにお話ししたいと思っていたので……」と穏やかな笑みを浮かべた。


 アズラエルの言葉通り、ルナは本日の用件をまったく聞いていなかった。


「タケルと大事な話がある」とアズラエルに言われて、ついてきたまでである。ちょっといいワンピースを着て、パンプスを履いたあたりで、今日はなにか特別な話があるのだと予想はついていたが――それがおそらく、ピエトに関しての話だろうことも。


 ピエトは、無事アバド病も完治したし、学校でも特に問題は起きていない。ルナは、思考回路をネガティブ方向へ持っていく必要はいっさいないはずなのだが、なんにせよ、いつものことながら、なにも聞かされていないというのは、余計な心配をしてしまうものだ。


「単刀直入に申しますと」

 タケルはルナに向かって言った。

「アズラエルさんと、ピエトさんの養子縁組が決まったんです」


 ルナは飛び跳ねるところだった。ウサギだったら、跳ねていたところだ。


「えっ!? え? ええ!?」

「順を追って、お話しますね」


 タケルは、ルナを落ち着かせるようにゆっくり告げた。


 いつのまに。

 ルナは、それすらも言えずに、口をぽっかりとO型に開けた。


「先日のバーベキュー・パーティーの折り、アズラエルさんから申し出があったんです。ピエトを正式に、自分の養子にしたいと」


 ルナは、あきれた目でアズラエルを眺めたが、この、いつでも肝心なことを言い忘れる男は、ルナに告げなかったことを反省すらしていないようだった。


「先に言ったのは、俺だ」

 アズラエルは睨むルナの目をスルーし、付け足した。

「でも、ちょうどいいタイミングだった」


「え?」


「はい、そうなんです。――実は、私どもも、ピエトとの養子縁組を、おふたりにお願いできないかと考えていたところだったんです」


「へ――ええっ!?」


 ルナは高級ホテルにも関わらず大声をあげたが、だれも注意しなかった。さいわい、平日の昼日中のレストランはすいていて、だれもルナの無作法をとがめる者はいない。


「先日、カレンさんが、降船手続きをされました」

「――!!」


 ルナは、予想していたことが当たって、うつむいた。


(やっぱり、カレン、降りちゃうんだ……)


「実際に宇宙船を出られるのはまだ先ですが、その際には、私もカレンさんをL20まで無事にお送りするため、宇宙船を離れなければなりません」


 ルナは、タケルの言いたいことがやっと分かった。


「カレンさんをお送りして、宇宙船にもどるまで、七ヶ月ほど要するでしょう。宇宙船を離れる期間が長いので、自動的にピエトの担当役員も変更されます。――そのまえに、と思いまして」


 タケルは最初のころ、ルナがピエトと暮らしたいといったとき、それはできないといった。


 ルナもあとあとよく考えて、タケルのいうことももっともだと思ったし、自分も無責任なことを口にしたなあと、落ち込んでもいたのだった。


 この宇宙船の中だから、生活費にも困らず、ピエトと暮らしていけるのだ。ピエト自身も、宇宙船からもらえる定期的な収入があってこその、不自由ない生活だ。


 学校を卒業したばかりで、ちいさな本屋のアルバイトを数ヶ月経験した程度の、生活能力も疑わしいルナが、子どもを引き取る――反対されても無理のないことだと思った。


 でも、タケルは認めてくれたのだろうか。すくなくとも、ルナとアズラエルがピエトと生活してきた日々を。


 ピエトのアバド病が完治したということも、ひとつのキッカケかもしれなかった。


「私は、ピエトの担当役員に決まったとき、一度は辞退したんです」


「――え?」

 ルナのウサ耳が、ぴょこんと立った。


 タケルは、隣のメリッサと苦笑しあい、

「今回のツアーは、メリッサはサルーディーバ様の担当、私はカレンさんの担当です。――カレンさんは、L20の首相のご息女です。本来なら、特別派遣役員がついてもおかしくない立場の方です。カレンさんの場合、特別派遣役員が付くところを、宇宙船内で特別扱いせず普通の生活をさせてやりたいというミラさまの意思で、私がつくことになりました。

 メリッサのほうも――これは内情に関わってらっしゃるお二人だから話せることですが――メルーヴァの革命に関わっているかもしれないサルーディーバ様の担当ということで、いつ、なにが起こってもおかしくない状況です。

 ですから、ピエトの話が来たときは、とてもではないが、もうひとり担当を持つことはできないと、辞退したんです」


 ピエトは、どちらかというと地球人に反目(はんもく)している原住民の子どもであり、アバド病という病を抱えていた――タケルが辞退した意味も、ルナたちにはじゅうぶんすぎるほど分かった。


「私も、K19区の担当役員の試験に合格したばかり、ということもありました。ふつう、担当役員が一回のツアーで担当する船客は、二人一組が原則です。問題のすくないL5系からL7系あたりの方々に関しては、家族や友人同士で乗船する場合など、四人一組をひとりで担当する――というケースもありますが。

 ルナさんたちは、四人で乗られて、最初はカザマさんがおひとりで担当されていたでしょう? それから、アズラエルさんたちも、アズラエルさん、クラウドさん、バーガスさん、レオナさんの四人で、バグムントさんひとり」


「ああ」

 アズラエルはうなずいた。

「でも結局、あんたは、ピエトの担当役員になったんだろう」


「ええ――最初は辞退しましたが、上層部のほうから説得されまして。最初は大変かもしれないが、一年くらいで、ピエトからは手が離れるだろう、だから、最初の一年はきついだろうが、頑張ってもらいたいと――」


「それって、」

 ルナは言いかけて、口をつぐんだ。タケルは、苦笑のままうなずいた。

「ええ。ルナさんが想像されたとおりです」


 タケルの口元から笑みが消えた。言いよどむように口を一度閉じたが、つづけた。


「……K19区の子どもがなぜか早世してしまうという話を、最初のころお話ししましたね」


 ルナは、かつてのタケルの話を思い出して、どきりとした。


「今だからこそ口にできることですが、……もしかしたら、という思いを抱いてはいました。

 現に、ピエトを迎えにいったとき、ピピ君は、もう手遅れだったんです。随行した医者は、ピピ君は明日明後日には死んでしまう。ひとりでも多く命を助けたいなら、ピピ君ではなく、助かる可能性のあるほかの患者をピエトといっしょにのせたほうがいい、ともいいました。

 ピエトを宇宙船に乗せるために、ピピ君も乗せたのです。今乗れば、ピピ君は助かると嘘をついて――だから、ピエトが私たちを嘘つき呼ばわりしたのは、間違ってはいません」


 タケルはさみしそうに言った。


「ピエトも、宇宙船に乗った時点でアバド病であることが判明しましたし、進行も速かった。……私たちは、希望を持ちながらも、どこかあきらめていたことは事実です。

 ……あの日、ピエトが、あなたたちと出会うまでは」


 ルナがふと気づくと、メリッサの目が赤かった。


「あのときはじめて、ピエトから手が離れる――という言葉に希望の光が差したんです。手が離れるということは――ピエトの死ではなくて――ピエトに新しい親ができることなんじゃないかって」


 ルナも、もらい泣きしていた。隣でアズラエルが、どうして泣いているのか理解しがたい顔をしている。


「アズラエルさんとルナさんは、ご結婚はまだですし――このお話は、おふたりが結婚されてからでも、地球に着いてからでもいいと思っていましたが、カレンさんの降船が決まってしまったので」


「けっこん!!」


 ルナは叫んだが、ルナ以外の三人は、結婚の二文字にそううろたえていなかった。なぜルナが騒ぐのか分からない顔をしていた。自分の大騒ぎが恥ずかしくなったルナは、しずしずと口をウサギ口にして閉じた。


 あたしはアズと付き合っているんだっけ?

 ルナの頭に、疑問符が浮かんだ。

 それをいったら、全員に「いまさら!?」と言われることは分かっていた。


「ピエトの担当役員が新しい役員に変わってしまうまえに、話を進めたほうがいいのではないかと思いまして」


 そこへ、アズラエルが自分から養子の話を持ち出してくれた。タケルにもメリッサにも、反対する理由は、もはやなかった。


 ルナは、ティッシュで盛大に鼻をかみながらうなずいた。


 タケルとメリッサが、自分たちをピエトの親として認めてくれたこともうれしかったが、アズラエルが、ピエトを養子にしようとタケルに掛け合ってくれたのが、ルナは嬉しかった。


 ピエトがいっしょに暮らすことが決まった日は、すごく不機嫌で、ピエトを無視してすらいたのに。


「――ほんとうに、いいのですか」

 メリッサが、真剣な顔で聞いていた。

「ルナさんもいらっしゃるところで、もう一度、アズラエルさんのご意思を確認しようと思っていました――ほんとうに、ピエトの親に、なってくださるのですか」


 メリッサの思いつめたような声に、アズラエルは頭をかいた。


「いや、あんたたちから取り上げようって気はなくて……」

「「あ、そうではないんです……!!」」


 あわてたメリッサとタケルの声が重なった――ふたりは苦笑いして、顔を見合わせた。


「ピエトは原住民です」

 メリッサははっきりといった。

「ほかにも、――たくさん、問題を抱えた子でした。おふたりも、まだ、ご夫婦というわけではありませんし、それに……」


「まぁ、あんまり俺があっさり言い過ぎたせいもあるな」


 アズラエルは決まり悪げな顔をして、膝の上で手を組んだ。


「ええと――まぁ、結論から言うと、傭兵は、あまり養子縁組を重く考えてない」

「え?」

「――と、思う」


 アズラエルの説明は、こうだ。

 戦争で激戦区や危険地帯に行くことが多い傭兵は、殉職率がとても高い。つまり、親を亡くす子どももとても多いということだった。

 親を失った子どもたちは、だいたい、大きな傭兵グループなら、そのグループで運営している孤児院に入るか、しんせきか、同僚だったり、友人だったりに引き取られる。小さなグループなら、家族ぐるみでそのグループが面倒を見てくれる。


「俺の所属するメフラー商社も、半数が孤児だ」

「……そうだったんですか」


 タケルが、思いもかけないことを聞いたというように、目を丸くしてうなずいた。


「ロビンも幼いころ、親が行方不明でメフラー商社に連れてこられたクチだし、バーガスもレオナも、親が工場の軒先に捨てていったから、メフラー親父がひろって面倒見た。俺の実家のアダム・ファミリーでも、跡継ぎのボリスは、親がメフラー商社の傭兵で、五つのころに任務で死んだから、俺の親父のアダムが引き取った。ちなみに、もうひとりのベックってヤツも妹のダチなんだが、親は死んでる。だから、いつのまにか家にいたし、ほとんど家族扱いなんだ」


 ルナも初めて聞く話だった。


「あいつらは親がわかってるし、名字があるから、保護者になるだけだったけど、名字も名前もわからん赤子は、基本的に養子にするしかなくてな」


 アズラエルは、めずらしく困り顔をした。すごいしかめっ面――説明に(きゅう)しているような。


「――だからつまり、赤の他人がいきなり家族になるってことも、あまり違和感がないんだ。慣れているというか――」


 メリッサは、真剣な顔で真剣に聞いていた。


「今のところ、ピエトの親は、法律上タケルたちになってる」


 アズラエルは、いまだにルナが号泣している意味がわかってはいなかった。


「ピエトになにかあったとき、一番に連絡が来るのはタケルとメリッサだ。一緒に暮らしてるのは俺たちで、たぶん、これから先もずっといっしょだ。なのに、いちいちタケル経由で連絡が入るのは面倒だろ――おまえ、なんでそんなに泣いてるんだ?」


「ふぐっ、ひぐっ……あじゅは、」

「あァ?」

「あじゅは、ピエトが自分の子どもでも、いいの?」


 ルナは、ついにティッシュで鼻のみならず顔全体を拭いたが、アズラエルは眉を上げた。


「だから、いまさら、なに言ってんだ」


 ルナはついにハンカチを取り出した。ティッシュでは涙をふくのに間に合わなくなったためだ。


 タケルとメリッサも笑いながら、それでも少し、目が潤んでいるような気がした。


「わかりました」

 メリッサは納得した顔で、深々とうなずいた。

「そうだったんですね……わかりました」


「では――ルナさんの承諾もいただけたと、考えていいでしょうか」


 タケルは微笑んだまま言い、ルナは「はい」と返事をした。




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