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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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235話 幸運のペガサス Ⅰ 2


 午後三時からの軍議に集まった将校の数の少なさに、フライヤは一瞬驚いたが、だまって席に着いた。 


 サスペンサー大佐の上座から数えて三番目の席。ちょうど真ん中あたりである。

 スタークは、フライヤの斜め後ろに直立不動の体勢で控えた。


 アイリーンが末席に座っていた。アイリーンは曹長なので、フライヤより階級は下だ。この中では、アイリーンの階級が一番下らしい。


 フライヤはアイリーンをちらりと見たが、彼女は長い足を組んで、目を伏せている。寝ているようにも見えたが、仕事用の厳しい顔をまとっているので、フライヤは早々に、視線をテーブル上にもどした。


 フライヤが席に着くと、まだ空席があるのに、軍議がはじまってしまった。


 内容は、先に聞いていたとおり、物量作戦の細部を組み立てていくものであった。あとは諜報部と現地調査隊からの報告。


 物量作戦と言いつつも、この場に集まった将校の数の少なさ。しかも、会議全体にただよう、沈鬱な空気。


 初陣のフライヤでさえ、なんとなく感じた。士気の低さを。


 最後に、「意見はないか」と口にしたサスペンサー大佐の声に、フライヤはさっと手を挙げた。心臓が口から出そうだったが――なけなしの勇気を必死でかき集めて、発言した。


「フライヤ・G・ウィルキンソン少尉、なにか……」

「わ、わたしは――作戦の本格的な見直しを、提案したいと思います」


 アイリーンの口の端が、にやりと上がったのを、サスペンサー大佐は見逃さなかった。彼女以外の口角は、みな下がったが。

 新参者の少尉の意見を、士気さえ軍靴の下に踏みしめている将校たちが、許すはずもなかった。


「まず、和平交渉を前提に、」

「和平はならない。これは、リベンジ戦である!」


 さっそく将校のひとりがさえぎったが、サスペンサー大佐が止めた。


「まあ待て。先の報告にもあったが、我々がこの地に軍を敷いた時点で、エラドラシス、およびケトゥイン側にも好戦的な雰囲気がただよっている。――援軍が到着するまで、あと三ヶ月弱。そのあいだに、エラドラシスが、周辺のアノールなどと組んで大きな勢力になりでもしたら、物量作戦自体が不可能になることを忘れるな。――フライヤ少尉、続けろ」


「は、――はい」


 フライヤは、まとめてきた資料をもとに、和平交渉に至る作戦を説明した。


 多少長い説明が終わるころには、サスペンサー大佐の顔は、より真剣みを増していたし、アイリーンの不気味な笑いはひどくなり、ほかは、ますます苦い顔になる者と、内容を真剣に吟味する者とに分かれた。


「なるほど――諸君」


 サスペンサー大佐は、フライヤの話がすっかり終わると、その大きな身体を揺すった。興奮を抑えているようでもあった。


「どうかな――この案、試してみる価値はある――そう、少なくとも、L42のエラドラシスにおいては、わが軍に悪感情は抱いてはいない――そうだな」


 サスペンサー大佐は、スタークを見上げた。


「L42には、おまえの隊が行くのか」

「はっ! 許可をいただけるならば!」

「よし。どうだろう諸君――まずは、L42のエラドラシスで試してみるというのは。それが無理だったら、おそらくこの作戦は進まない」


「わたしも、」

 最初は、なんだこの新顔、とフライヤをにらんでいた将校が片手を挙げた。

「試してみる価値はあると考えます」


「――L83のケトゥインには、わが隊が参ろう」


 さっき、これはリベンジ戦であると声高に主張した、将校だった。フライヤは知らなかったが、ここに集まった将校たちは、L8系の惑星群で長く活躍してきた者ばかりだった。


「では、サンディ中佐は、L83ヴァルガル地区のケトゥインに――異存はないか」


 手は挙がらない。異存はなさそうだった。


「今回の作戦は、すべてわが隊に一任されている。援軍が到着する三ヶ月以内の作戦であれば、軍法違反にもなるまい――賛成の者は手を」


 フライヤは目を見張った。三分の二が手を挙げたからだ。手を挙げた将校たちが、なんとなくほっとした顔つきになっていると思ったのは、フライヤの思い過ごしだろうか。


 リベンジ戦との看板は掲げられていたが、やはり皆、できるものなら和平に落ち着きたかったのかもしれない。今回のL20の進軍は、辺境惑星群の原住民すべてが、注視しているといってよかった。


 L20の軍隊は、われわれを全滅させるために来たのか、それとも、共存していく意志はあるのか――。


 問われている気が、フライヤにはした。


 賛成多数で、フライヤの意見は通りそうに見えたが、アイリーンは手を挙げていない。フライヤは戸惑った。


「心理作戦部は反対かね」

「いや」


 フライヤは、アイリーンが恐れられている意味が、はじめて分かった。妙に存在感のあるアイリーンの一挙一動に、軍議に緊張が走る。サスペンサー大佐の表情も、すこし不安そうだった。


 つまり、アイリーンのひとことで、軍議はひっくり返る可能性があるということだ。


 フライヤはあらためて、アイリーンの立場を――心理作戦部が有している、けっこうな権限を実感した。


「L42、L83のそれは成功するだろう。――だが、成功して、実の、L03のケトゥインにはどの隊が、だれが向かう?」


 アイリーンの言葉は、不気味な重みを持ってテーブルを走った。

 組んだ両手の上に乗せた、眼帯と軍帽で覆われた顔は、たしかに恐ろしいといえるもので、彼女を知っているフライヤですら、ごくりと息をのんだ。


 急に、会議室がしんとした。

 今度は、手を挙げる者はだれ一人としていない。


 皆のまぶたの裏には、先だってのいくさの、犠牲者の遺体の残像がこびりついているに違いなかった。


 ここにいる将校たちは、歴戦を潜り抜けて来た勇士だ。フライヤのように、机にかじりついていたばかりの小娘などではない。

 そんな彼らの肝を冷やすほどの、写真だったのだ。


 フライヤはあわてて、「――わたしが」と言った。

「わたしが行きます」


 アイリーンの目が、驚きに揺れた。ほんのわずかな変化だ。いつものアイリーンを知っているフライヤに分かる程度の。


「――ならば、心理作戦部が付き添おう」


 今度は会議室がざわめいた。


「L42とL83での作戦が成功して、L03のケトゥイン近辺がきな臭くなっていなければ、フライヤ少尉どのが行くのもいいだろう。あまりに危険なら、僕とエマ、エリンドルで向かう。――どうかな?」

「反対する理由はない」


 アイリーン曹長が、この中で一番階級が下のはずなのに、逆らう者も、ちょっとだけ文句を言ってみたくなる者も、いないようだった。サスペンサー大佐はすぐ承諾した。反対意見が出る前に決議したいという、意志の表れでもあった。


「サンディ中佐、スターク中尉、ただちに自隊を率いてL83とL42に飛び、作戦を決行するよう命じる」


 サスペンサー大佐の指令に、サンディは「はっ!」と立ち上がった。


「われわれ残留部隊はフライヤ少尉の作戦どおり、“人工日食”をつくる作業に入る! 次の軍議は午後七時集合だ。遅れるな!」


 軍議は、散会した。


(――通っちゃった)


 フライヤは、自分の立案が通ったことが信じられなくてしばらく呆けていたが、サスペンサー大佐に呼ばれて、我に返った。


「フライヤ少尉、作戦を具体的に煮詰めたい」


 アイリーンは、皆が退席していく中で、いつまでも席に残っていた。フライヤとスタークはサスペンサー大佐に呼び止められ、作戦の細部を話し合ったあと、スタークだけが会議室に残るよう言われ、フライヤは退席した。


 まだ、アイリーンは席にいた。フライヤが会議室を出たのを追って、アイリーンも出てきた。


「フライヤ!」

 アイリーンは小声で、でもすこし鋭い声で、フライヤに耳打ちした。

「僕は、君を、エラドラシスにもケトゥインにも、行かせる気はないからね!」


 アイリーンは怒っているようだった。


「どうして、心理作戦部に行ってもらうって、はっきり言えないかな。どうしたって、みんな嫌がるの、分かっていただろ。僕は、そんなに信頼がないか?」


「そういうつもりじゃなかったの」

 フライヤはあわてて言った。

「初めからあたしが行くつもりだった。でも、あまりに危険だったら、ほかの作戦を考えてみることにしてたの」


「あまりに危険だったら、じゃなくて、危険なんだよ!」


 アイリーンは頭をかきむしるようなしぐさをした。軍帽が邪魔して、それはできなかったが。


「僕は、君を行かせる気は断じてないからね!」

「そんな、あたしが行かないわけにはいかないわよ」

「君は、あの集落がどんなに危険なところか分かっていない!」

「そ、それはそうだけど――」


「あの~、お話し中、いいッスかね」


 スタークが、ドアにもたれかかりながら、不機嫌そうに腕を組んで立っていた。さっきの将校たちより、口がへの字に曲がっていた。


「心配いらないッスよ? L42での任務がすんだら、すぐもどって、“お・れ・が”フライヤ少尉の護衛に着きますから」


 スタークが、「お・れ・が」のところでわざわざ自分を親指で示しながらドヤ顔で言った。

 アイリーンのこめかみが、ピクリと動いた気が、フライヤにはした。


「心理作戦部さんにわざわざ動いてもらうまでもないで~す」


 スタークが舌を出してからかうように語尾を伸ばすと、アイリーンの怒りボルテージが沸点を超えた。


「なんだ貴様……? フライヤの、なんだ!」


 初期のころの、フライヤがトラウマレベルになったアイリーンの形相が、再びお目見えしたが、スタークはまったく動じなかった。


「アンタこそなに! ウチの少尉どのにずいぶん馴れ馴れしいじゃねえの!」

「フライヤと僕は親友だ!」

「しん――へえっ!?」


 スタークは、ここでやっと動揺し、アイリーンとフライヤを見比べたが――。


「アンタ分かってンの! このひと人妻だぜ!?」


 アイリーンの血管が、二三本ブチ切れる音がした。


「僕とフライヤを、勝手にそういう関係にするな! おまえこそ、スターク・A・ベッカー! ベッカー家の息子どもの女癖の悪さは有名だ! ミラ様のご命令でなかったら、僕はおまえをフライヤに近づけはしなかった!」


「アンタこそ失礼だな!! 俺だって、手あたり次第ってわけじゃねえよ!」


 一触即発になったふたりだったが、ここが駐屯地の廊下ということで、一戦起こりはしなかった。だが、互いにワンパンチぐらいは繰り出していただろう剣幕だ。


 歯ぎしりしながらにらみ合い――やがてふたりは、フライヤに向かって怒鳴った。


「「フライヤ!」」

「ひゃいっ!?」


 途中から怯えっぱなしで止めることもできずに震えていたフライヤだったが、突然ふたりの矛先が自分に向かい、飛び上がった。


「「コイツ、気に食わない!!」」


 アイリーンとスタークが指さしあって怒鳴ったのに、フライヤは、「はは……」と苦笑いするしかなかった。




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