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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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235話 幸運のペガサス Ⅰ 1


 フライヤは、めのまえにそびえたつ――と言えばずいぶん大げさだが、いかめしい面がまえの男性を、おびえた目で見つめた。


 見つめたというのはおこがましい。見つめたとは、最低五秒でも相手を見ていなければ見つめたとは言わないだろう――フライヤは0.0001秒くらいでそらした。


 怖かったからだ。決まっている。


 茶褐色の短い髪に、日焼けした精悍な顔。顔立ちは十分すぎるほど整っているが、その分、迫力があった。


(だいじょうぶ――だいじょうぶ。この人、アイリーンより背が低いわ)


 アイリーンは、想像を絶する百八十八センチである。エルドリウスより高い。

 めのまえの軍人は、百八十そこそこと言った具合か。


「フライヤ・G・ウィルキンソン少尉!」

「は、はいい!!」


 フライヤは、大きなデスクに座った、縦も横もボリュームたっぷりの、赤毛の大佐の大音声に、上擦った声を発して直立不動した。


「彼は、スターク・A・ベッカー中尉である! 今回の作戦では、彼の小隊が君の指揮下に入る」


 スターク中尉は無表情で敬礼したまま、大佐が座したデスクを超えて、後ろの窓の外を見ているようだ。


(不愉快なんだわ……当然だよ。初陣な上に、階級が下の少尉の指揮下に入るなんて――)


 フライヤは、早くも胃が痛かった。


「階級はスターク中尉のほうが上だが、これはミラ様じきじきの命である! スターク中尉、任務を全うするように!」

「はっ!」


 スタークの返事のあと、巨躯の大佐は、細く鋭い目でフライヤを睨んだ――睨んだように、フライヤには見えた。


「はい!!」


 フライヤは、上背のある逞しい中尉を見上げ、肉団子のような大佐を見てから、悲鳴のような声で敬礼した。


(――スターク? 中尉?)

 敬礼してから、どこかで聞いた名だな、と首を傾げた。


「ウヒョー! フライヤ、フライヤだよな!? 間違ってねえよな!?」


 部屋を出たとたんに、かしこまった顔つきのスタークの顔面が、崩れた。満面の笑顔で、フライヤの両肩をつかんだ。


「スタークさん――もしかして、オリーヴのお兄さん!?」

「当たり!」


 どこかで聞いた名、どこかで見た顔――当たり前だった。スタークは、アズラエルそっくりだし、オリーヴの口から、女たらしの兄の名は、しょっちゅう聞いていた。

 よく聞いてはいたが、実際に会うのは、これがはじめてだった。


「はじめまして! スタークだ! オリーヴの兄貴!」


 スタークは勝手にフライヤの手を取って握手をし、背を叩いて笑った。さっきの恐ろしげな迫力は、すっかり失せていた。


「初陣だってなァ。心配すんな。俺がいるからには大船に乗った気持ちでいろ。まァ、気楽にいこうぜ、フライヤ!」


 気楽にはなれないフライヤだったが、スタークの気さくさに、肩の荷が下りたのはたしかだった。


 ここはL05の、L20陸軍駐屯地である。

 L03に一番近い惑星であるL05を中継地にして、L03に出兵する。この駐屯地はもともと、L18の陸軍がつかっていたところだった。


 L18の軍が撤退したあとは、原住民に荒らされるだけ荒らされて、放置されていた。そこをL20の軍が管理し、駐屯地として使用している。


 かつて、辺境の惑星群は、ほぼL18が担当していた――L18が弱体化したあとは、L03だけではなく、L05の治安も悪くなっている。


(……協力が必要だわ)


 フライヤは、それを痛感していた。

 L20だけでは力が足りない。L05でも、L03でも、親地球派の原住民の、協力が必要だ。戦争のためではない。自分たちの住処(すみか)を守るため――治安維持のためのものだ。侵略目的ではない。

 もともと、軍事惑星群は、そのためにつくられたもののはずだ。


 スタークの部屋は、ずいぶん散らかっていた。ベッドと机だけの、シンプルな、狭い部屋だ。


「訓練でなかなか帰ってこれなくてよぅ。片付けるヒマなんかありゃしねえ」


 彼は言いわけをし、脱ぎ散らかした服をまとめてベッドに放り投げると、マグカップをふたつ持ち出して、インスタントコーヒーをつくってくれた。コーヒーが苦手なフライヤだったが、飲めないとは言えなかった。


 コーヒー渋だらけのマグを両手で抱え、フライヤは、促されて、机に付属の回転いすに腰かけた。スタークはベッド脇に腰かける。


「“サスペンダー”大佐、――ああ、さっきのひと、サスペンサー大佐ってンだけど、サスペンダーつけてるからサスペンダー大佐ってみんなで呼んでンだ。なかなか話の分かるヤツだぜ。糖尿気味なのに、甘いもん好きでさあ。フライヤもアイツにコーヒー出すときはぜったいシュガー一本でつくるんだぜ。新入りが来たら何も知らねえと思って、三本いれるように指示するからな。あ、でも、フライヤはあいつのコーヒー係にはならねえか。ミラ様じきじきの指令ってンで、あっちもちょっと緊張してんだ。声、妙にデカかったろ」


 さすがは、オリーヴの兄だった。喋り出したら止まらない。スタークは、外見は兄アズラエルにそっくりだが、中身はオリーヴだった。


 フライヤは笑い、スタークが濃いコーヒーに口をつけて、おしゃべりが止んだところでやっと自分も聞きたかったことを聞こうとした。


「あの」

「うん? ――あ、今のうちに謝っとく。おふくろにもオリーヴにも言われてたんだけど、いやなに、オリーヴのダチがL20にいるから、会いに行けって言われてたのに、なかなか行けなくて悪かったな。ずっとL42に連泊で――俺特殊部隊だし、特殊部隊ってのは――まァいいや。それで?」


 フライヤは吹き出すところだった。


「――秘書課のスタッフには、小隊がつくって言われてて」


 もしかしたら、今回だけではなくて、これからスタークさんの小隊が、わたし直属の隊となってくれるということらしいのだけれども――ということを言いかけたフライヤは、またしても最後まで言わせてもらえなかった。


「ああ! そのこと。俺も、秘書課スタッフの小隊になれって言われたから、どんな気難しいやつがくるかって内心ハラハラしてたんだけどよう。フライヤじゃねえか! 俺もほっとしたし、フライヤもそうだろ? まァ、これからはなんでも俺を頼れ!!」


 スタークは、グビグビとコーヒーを飲み干しながら、大きな声で笑うのだった。フライヤはついに我慢できずに、笑い出した。


 ミラの秘書室の人員は、軍人と、いっさい軍事にはかかわらない政治専門のスタッフと、二種類が存在する。


 ミラは首相でもあり、L20の陸軍の大佐でもある。


 秘書課のスタッフで、軍部の階級を持っている者には、個人的に動かせる小隊がつけられるとフライヤは聞いていた。フライヤの初陣に当たって、いよいよフライヤにも小隊があてがわれたわけだが、フライヤは内心、ヒヤヒヤものだった。


 なぜなら、秘書課のスタッフと言えば、全員貴族出身者の、由緒正しいお家柄の人間ばかりである。


 子飼いの小隊というのは、個人的に動かせるちいさな軍隊――昔からの知己や、貴族軍人の家の縁故で選ばれる人間が率いる小隊であり、秘書課になってからつけられるというよりかは、生まれつき小隊を保有している貴族が秘書課に入る――ようするに、そういうお貴族様しか秘書課には入れない――ものだから、フライヤは、自分にはつけられないと思っていたのである。


 ミラが、フライヤにもつけるといったときは、エルドリウスが間に入り、ウィルキンソン家縁故の人間が紹介されると思っていた――事実、エルドリウスは、「僕の信頼できる人間を選ぼう」と言ってくれたの――だが、予想は大きく裏切られた。


 どちらかというと、いい方向に。

 まさか、傭兵出身者で固められた、特殊部隊を与えられるとは。


 フライヤは、ひとに命令する立場になったのだが、まだ命令できるほど気が大きくなってはいない。


 おまけに、貴族軍人の小隊を自由につかえと預けられたところで、さっそく恐れが先にたっていたかもしれない。


 傭兵相手だって、へっぽこ落ちこぼれだったフライヤが、エリート傭兵の集団で、指揮官面ができるかどうかは難題だったが、それでも、貴族の集団よりはずっとましだ。


 しかも、小隊のボスであり、これから先、フライヤの相談役になってくれるであろう人間が、オリーヴの兄だと知ったさっきは、その場にへたりこみそうになったくらい、安心した。


 まだスタークがどんな人物かもわからないフライヤだが、今話している分には、気さくであることは違いないし、あの一家に対してフライヤが持っているイメージは、かぎりなく良好だった。


「あんたのほうが、階級は下だってことだけど、そこは遠慮すんな。たぶんあんたは、すぐ俺の階級を追い越すよ。最初はやりにくいかもしれねえけど、外ではちゃんと俺に命令すること。俺より先頭に立つこと。いいな?」

「は、はい!」

「はいっていってちゃダメなんだよ。偉そうな顔して、『わかった』とでも、気難しそーな顔していってりゃいいの」

「わ、わかった」

「ぶふ!!」


 スタークは、生真面目な顔で言ったフライヤに向かって、二杯目のコーヒーを吹いた。


「スタークさん」


 フライヤは、コーヒーまみれの顔を、新品の軍服の袖でぬぐいながら、真剣な顔で言った。


「午後三時から会議があります。――実は、そのとき提案する案件のことで、相談があります」

「ン?」


 フライヤは、勇気を振り絞って言った。ダメでもなんでも、提案は告げてみる――ミラの秘書室に入ったときから、決めていたことだった。





「無理、ですかね」


 フライヤの顔が強張っているのと同様、スタークの顔も、フライヤの話が重ねられていくたびにしかめられていった。


「フライヤが言ってることはわかるよ――だけど、それが軍議でオーケー出るかと言われたら、――出ないと考えた方が、いいと思う」


 フライヤの顔色が沈んだのを見て、スタークはあわてて励ました。


「やっぱりあんた、頭がいいんだな。オリーヴもよく言ってた――だれも考え付かねえよ、そんなこと」


 フライヤはしょげ返ったわけではなくて、反対されることは最初から分かっていたから――フライヤの性格上、反対されてそれでも食い下がるということが、なかなかできないので、心中で自分を励ましつつ、今度は、どうスタークを説得するかと考えていた葛藤が、顔に表れていただけだったが。


 スタークは勘違いしたわけだが、言葉を選ぶように、ためらいがちにつづけた。


「L42と、L03のエラドラシスには、俺の小隊が行ってもいいよ。サスペンダー大佐がオーケー出したらな――だけど、たぶん、L03のケトゥインには、行くと手を挙げる隊はない」


 今回の戦は――前回、むごい大敗を喫した相手――エラドラシスとケトゥインの集落のせん滅が目的だった。


 サスペンダーもといサスペンサー大佐の隊に置いて、現地の綿密な調査の末、一ヶ月後には、大佐率いる大きな軍勢が到着する。圧倒的な数で攻めるという物量作戦だった。 


「フライヤも、前回の戦争での遺体を見ただろ」


 フライヤは顔を伏せた。全部隊にレポート提出の要項が来た時に見た、写真を思い出して。


「今回の作戦はリベンジ戦だ。――和平なんて結論は、最初からないといっていい」


 フライヤが指し示した提案は、「和平交渉」だった。

 ケトゥインの集落から、遺体を取り返す。そして、できるなら、ケトゥイン、エラドラシス、両集落ともに和平条約を締結する。


 先の戦争は、L03に残ったL18の軍隊を無事撤収させるために向かった先で、発生したものだった。


 もともと、あの集落は敵地ではなかった。あの地のエラドラシスは、中立だった。だが、知らぬとはいえ、L20の軍隊が、彼らの聖地に軍を置いたから、怒ったエラドラシスが攻めてきた、という顛末だった。


 さらに状況をややこしくしたのは、エラドラシスとL20の軍の争いに乗じて、L18の軍、つまり地球軍に恨みを持つ、ケトゥインまでが暗躍していたことである。


 暗躍したケトゥイン地区は、いつもL18の軍と、ほかの集落のとのいくさに巻き込まれていた。もともと争いを嫌う集落だったのに、巻き込まれる形で何人もの犠牲者を出していた――その憎しみが、地球人の軍に向いていたのだ。


 フライヤがレポートに書いて提出した予測――アイリーンに話した予測は当たっていた。


 それは現地での綿密な調査によってあきらかになったことだったが、捕らえられたL20の兵士たちを、むごたらしい儀式の犠牲にしたのはやはりケトゥインだった。


 双方の怒りを収める方法が、フライヤは必要だと思った。


 L20には、犠牲者の遺体を。エラドラシスには、聖地に軍を置いたという謝罪を。

 そしてケトゥインには、われわれL20の軍は、L18とは違うやり方で、L03の争いを収めていく、という証明を。


 幸運なことに、両集落はもともと、争いを好む集落ではない。そして、長年膠着(こうちゃく)状態――というわけでもない。


 こちらが礼を持って相対すれば、無用な争いは避けることが可能であると――フライヤは信じた。


 問題は、こちら側の謝罪を受け入れてくれるかどうかにかかっていた。


 しかし、幸運はひとつきりではない。


 こたびの進軍には、前回のいくさに来た将校がひとりもいないこと。

「L8系の惑星群に強い」将校が多いこと。


 そしてサスペンサー大佐は、大佐の階級ながら、傭兵にも理解ある将校であり、(じつ)を重んじる将校として有名だった。


 つまり、ほんとうに役に立つ作戦であれば、体面や、昔ながらの決まりごとにとらわれず、採用してくれるということ――。


 フライヤが黙ったのを見て、スタークが「とりあえず」と言った。


「軍議で提案はしてみよう。ダメもとってこともあるからな――戦争にならないのは、一番いいわけだから、」

「は――はい!」

「だから、はいって言っちゃ、ダメなんだって――いや、意外と通るかもな」


 スタークは、マグを(ほこり)だらけの机に置いた。


「うまくいくなら、何事もなく和平交渉ってのは、だれもが望んでることだ。今回は特にな――」


 スタークもフライヤも、自然と窓の外に目をやった。すさまじいまでの砂嵐が、ガラスを(きし)ませ、窓の(さん)を黄色に染めている。


 すべてを吹き飛ばすような砂嵐を、オリーヴとともに見たのは、去年のことだった。


 あの任務から、フライヤの運命は、がらりと変わってしまった。その砂嵐をふたたび、フライヤは見ている。今回の戦で、フライヤは、またなにかが変わるような気がしていた。


 風景を一気に変えてしまうこの砂嵐に、フライヤは自分の運命を重ねていた。


(そういえば、オリーヴと一緒に、メチャクチャまずいコーヒーを飲んだっけな)


 あの時に飲んだ、コーヒーと言えるかもわからない液体にくらべたら、今持っているマグの中身は、たしかにコーヒーだった。


 フライヤは苦い顔をかくしきれずに、コーヒーを飲み干した。


 普段はほとんどとらないカフェインが、フライヤの脳を冴えさせている気がした。




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