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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
563/950

234話 模索と真実と 3


 アンジェリカの喉がひゅっと鳴った。

 サルーディーバはまつげを震わせて、つづけた。


「我々“サルーディーバ”は、マ・アース・ジャ・ハーナの神を“父なる神”と申し上げます。常に神託は、男神の声で下ろされる――ごくたまに、女神の声が。そのお方が、ラグ・ヴァダの女王様なのでしょう」


「じゃあ――姉さんは」


「ええ。――知っていました。L03のマ・アース・ジャ・ハーナの神が、ラグ・ヴァダの武神だということは」


 けれども、カザマから神話を聞くまで、決して悪神だとは思っていなかったのだ。

 しかし、ずっと、かの神が「偽物」か「本物」かで揺れていた。だからこそ、アストロスの武神がよみがえる儀式のおり、アズラエルたちを助けに行くことを躊躇(ちゅうちょ)したのだった。


 そのころ、神話のくわしい内容は知らなかったが、アストロスの武神が、ラグ・ヴァダの武神と戦ったことがあるということくらいは知っていた。ラグ・ヴァダの武神近く仕えていた自分が行けば、よくない作用があるのではないかと案じたのだった。


 そして、ルナとメルーヴァのカードが赤い糸で結ばれていた理由も、ようやく腑に落ちた。


 それを見たとき、サルーディーバはまさかと思ったのだが、たしかにふたりを結ぶ赤い糸はあった。しかし、それはメルーヴァとルナの間の糸ではなくて、ラグ・ヴァダの武神とルナをむすぶ糸だったのだ。


 あの時点で、ZOOカードにまで影響が現れるほど、メルーヴァと武神は一体化してしまっていたのだろう。


 アンジェリカが、ZOOカードをつかえるようになったら、真っ先に確かめてみるつもりだが、おそらく、メルーヴァからルナのほうへ、一方的に糸が向かっている形になっているはずだ。


 そんなことも見抜けず、メルーヴァとルナが赤い糸で結ばれていると勘違いして、ZOOカードに細工をし、マリアンヌとメルーヴァの禁断の愛をでっちあげ、アンジェリカをだましてしまった――。


 サルーディーバが詫びると、アンジェリカは、「もういいんだよ、そんなことは!」と苦笑した。


「アンジェリカ、わたくしは、ラグ・ヴァダの神話とアストロスの神話を聞いて、いままでの価値観がすべて吹き飛んでしまいました」


 頼りにしていたマ・アース・ジャ・ハーナの神が、偽物で、しかも悪神であったとは――。


 サルーディーバは肩を落とした。しかしそれは、ずいぶんと軽くなった肩だった。


 肩に背負っていた積み荷が吹き飛んでしまった感覚だ。しかもそれは、運ぶ必要のない積荷だった。


 いままでカザマが、自分にラグ・ヴァダやアストロスの神話のことを話さなかったことも、サルーディーバはやっと理解できた。宇宙船に乗ったばかりのころに、この真実を突きつけられても、けっして納得できなかっただろう。


 サルーディーバがここまで悩み、真実を模索し続けたからこそ、納得できたのだ。

 アンジェリカも同様だった。


「もう一度探ってみます。あらゆる文献を探して。――イシュメルとはなんなのか。わたくしたちのルーツに、答えがあるのか――いちから、調べなおしですね」

「姉さん」

「ルナがイシュメルを生むことが、何よりも早い解決の道と思っていましたが、そうではなさそうです」


 アンジェリカもうなずいた。


「姉さん、あたしたち、知らないことが多すぎるよ」

「そうです――そうですね。知らないことが、多すぎます」


 分からないことだらけの今の状況で、メルーヴァやルナを助けようとしても、うまくいかないことは、ふたりにも十分に分かっていた。





 その日、ルナは久々に、のんびりした時間を過ごした。


 ピエトは学校、ミシェルは絵を描きに行き、クラウドは久々にピアノをひいていたバーに顔をだし、アズラエルとグレンはなかよく(?)特訓という名のマラソン、セルゲイとカレンは、めずらしくふたりでデート(?)だった。


 ルナは、レイチェルとシナモンと、リズンでお昼を食べ、久方ぶりに料理の本を引っ張り出してきたりなんかして、ぼーっと過ごした。


 最近、ごはんのメニューがマンネリ化している。しかしルナは、本を開いたまま、メニューを考えるでもなくぼーっとした。テレビをつけたら、お昼のドラマの再放送が。このドラマをみたのは、何ヶ月ぶりだろう。


 ちこたんとドラマを見ながら、ルナはぼーっとし続け、やがてソファでうとうとした。


 夕方近くなったころ、急に電話が鳴り響いて、ぴーん! とウサ耳を立たせつつ、電話を取ったのだった。


「もしもし! ルナです!」

『あ、ルナさん。俺です。ヤンです』


 電話の相手は、ヤンだった。

 ルナが取った電話は、このあいだ行きそびれたバーに、明日の夜でも行かないかという、ヤンのお誘いコールだった。


『マジで、うまい酒を出すバーなんだ。カクテルもかなり種類があるよ。ラウも来るし、アズラエルさんたちもいっしょに』

「うん、アズたちにも聞いてみるよ。――たぶん大所帯になっちゃうけど、いい?」


 ルナの言葉に、ヤンの声が明るくなった。


『いいよ。バーベキューに来るいつものメンバーだろ。大歓迎だ』


 何人くらいになる? と言われて、ルナは名前を挙げていった。いつも食事をしているメンバープラス、レイチェルはともかくも、エドワードたちにも一応声をかけてみるかと考えて、その四人のことも。


『じゃあ、ミシェルさんにクラウドさん、アズラエルさんとグレンさんと、カレンさんとセルゲイさんね――レイチェルさんたちも来るかもしれねえ、と。ところで、ピエト、どうすんの』


 そのバーは、未成年客は入れないのだとヤンは言った。


「ピエトは、そっか。タケルさんたちに聞いてみようかな」

『そうか、わかった。予約しとく』

「ありがとう」


 そこで不自然な間がおとずれた。それは互いに、同じことを言おうと思ったからなのだが――。


「あの、」

『あの』


 ルナとヤンの声が被った。


『お、お先にどうぞ』


 ヤンの焦った声。ルナは、相手がヤンだとわかったときから、聞きたかったことをたずねた。焦りのあまり、声が半分裏返っていたかもしれない。


「ご、ごめんね、あの――たいしたことじゃないんだけど――あのね――こ、このあいだ、助けた女の子!」


 ルナはイマリの名を出さなかった。


「ど、どうだった?」

『……』


 ヤンが、急に黙った。テレビ電話ではないので顔色は伺えない。やがて、少し長めの沈黙の後に、ヤンが言いにくそうに口を開いた。


『あのとき暗かったからな――やっぱルナさん、顔見てねえんだろ』

「え?」

『いや、俺もあの人を中央役所まで連れてってから気づいたんだけど、あのひと、最初のバーベキュー・パーティーでさんざん引っ掻き回してった奴らのひとりだぜ』


 今度はルナが息をのむ番だった。

 ヤンは、最初のバーベキューにも来ていた。でも、イマリの顔を覚えているとは思わなかった。

 ルナが、ナターシャとアルフレッドと一緒にイマリたちのもとへ押しかけたときも、ヤンはコンロに待機していたはずだった。


 ルナが絶句していると、

『あの女な、ヴィアンカさんが持ってきたビールの箱勝手に開けて、持ってったんだ。さすがに俺、注意したんだけど、酔っ払ってて無視しやがんの。ヴィアンカさんも言ってたけど、役員じゃなかったら、怒鳴ってたトコだったぜ。忘れねえよ』


 ルナはヤンが見ていないことをいいことに、頭を抱えた。

 なんということだ。イマリの自業自得もいいところだった。


『ちょっぴり、かわいい子だな、とは思ったよ――気付かなかったうちはな。でも、バーベキュー・パーティーのときに本性見てっからな。――実はあのあと電話番号聞かれたんだ。でも教えなかった。あんた、俺たちのバーベキューメチャクチャにしてったひとだよなって言ったら、顔色変わってたから。間違いねえ』

「……」

『危なかった。中央役所まで連れてくうちに思い出さなかったら、とんでもねえ女とつきあってたかもしれねえもんな』


 ルナは「――そうだったんだ」とやっとの思いで言った。イマリだったことには、気づかないふりをした。

 あれは、うさこが結んでくれた縁ではなかったのだろうか。

 ルナはなんとか、失望を声に出さないようにして、ヤンが言いかけたことを聞いた。


「ヤン君は、なにを言おうとしてたの」

『え? ああ――このこと。ルナさんが、せっかく気ィつかって帰ってくれたのに、うまくはいかなかったよって話。まさかよりによって、あいつらの一味だとはなァ。俺、女運ねえや。しばらく、女と付き合うことは、考えねえようにするよ』


 ヤンの苦笑。ルナは動揺したまま、みんなの予定を聞いてから、夜にでもまた連絡すると言って、電話を切った。

 

「うさこーっ!!!!!」


 受話器を置いてすぐに、ルナはぺたぺたぱたぱたとリビングを駆け抜け、寝室においてあるZOOカードの箱をぱかりと開けた。


『なあに』

 月を眺める子ウサギがひょこっと出てきた。


「うさこ! イマリとサイさんはうまくいかなかったよ! サイさんがバーベキューのことでイマリがウサギだけれどもヤン君は、」

『落ち着いて。ルナ』


 月を眺める子ウサギはルナの膝上に乗った。ぽふんと、もふもふの両手を合わせ、縁の糸で結ばれたカードを展開する。ちいさなウサギの手をひょいとあげると、ひと組のカードがピックアップされたように、高く浮いた。


『“生真面目なサイ”さんと、“真っ赤な子ウサギ”さんね――あら、このふたり、だめね』


 ルナが見たのは、怒り顔でそっぽを向いているサイと、がっかりと肩を落としている真っ赤な子ウサギのカードだった。ふたりをむすぶ糸も、ずいぶん色あせて赤褐色になり、今にもなくなりそうなくらいか細くなっていた。


「だめねじゃないよ!?」

 ルナは叫んだ。月を眺める子ウサギのあっさり加減にだ。

「うさこが結んだんでしょ!? ふたりがうまくいくように、ステーキ屋さんの外で」


『でも、だめなものはだめよ。――無理だわ。このサイは生真面目だからね。ひとに迷惑をかけるような子は許せないのよ』

「でも――」

『ルナ、ひとつだけ覚えておいて』


 急に、月を眺める子ウサギの声が厳しくなった気がして、ルナは思わず怯んだ。


『わたしは、縁を結ぶわ。けれど、それを生かすか殺すかは、本人次第』


 ルナは何か言いかけて、口をつぐんだ。


『ルナ。わたしたちは精いっぱいやったわ。これが限界』

「じゃあ……イマリは、“華麗なる青大将”に出会ってしまうかな」


 月を眺める子ウサギは一拍置いた。


『出会って、どうなるかは、イマリの選択次第よ』

「うさこ、」

『ルナ、あなたもそうだった。迷って、間違って、失敗して、そうして選んできたの。これ以上はわたしもどうにもできない。みんなそうなのよ。イマリだけ、特別扱いをするわけにはいかない』


 ルナの言葉を待たずに、月を眺める子ウサギは消えてしまった。ルナはもう一度「うさこ!」と呼んだが、だれも出てこなかった。


 しかたなくルナは箱のふたを閉じかけたが、ふいに思い立って、“華麗なる青大将”を呼んでみた。返答はなかったし、出ても来なかった。“導きの子ウサギ”も出てきてくれない。


 ZOOカードボックスは、まるでただの箱にもどってしまったかのように、銀色のきらめきをなくし、沈黙を保ったままだ。

 ルナは盛大にためいきを吐いて、箱をクローゼットにしまった。


(だいじょうぶかな……イマリ)


 心配する義理は、まったくもってないのだが、どうにも気になって仕方がないルナだった。





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