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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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233話 お祭りと星守りと神様たちと Ⅲ 1


 ――ついに、祭りの最終日を迎えた。

「真砂名の神」の星守りがもらえる日である。

 

「よし! これでいいかな」

 ルナは、ピエトの浴衣の襟元をととのえて、満足げにうなずいた。


「これ、涼しくていいな!」

 ピエトは浴衣が気に入ったようだ。


 みんなの浴衣は、ジュリが着せてくれた。ネイシャで最後だ。キモノ文化で育ってきたジュリは、さすがに手早く、完璧だった。


「すごいじゃん! ジュリ!」


 カレンやまわりに褒められて、得意げなジュリは、自分のかんざしをネイシャの髪に差してあげるという太っ腹ぶりを見せた。以前カレンにプレゼントされたという、お気に入りを、である。


 祭り最終日の今日は、大勢で向かうことになったため、ルナたちの部屋のリビングは、これでもかと人でひしめいていた。


「いいね~♪ 女の子たちの浴衣姿、華やかで!」


 どこに売っているんだと聞きたくなるような真オレンジの浴衣を着たアントニオが、うちわを片手に、頬を染めた。

 ルナにミシェル、カザマとユミコに、キラとジュリ。セシルとネイシャが加わって、華やかな競演だ。


「ルナちゃんの群青色の浴衣、セクシーだね! ミシェルちゃんの金魚模様、可愛いなァ~! ユミコちゃんは、その黄色、似合うねえ~、ミーちゃんはさすがだね! 藤色なんて着こなしちゃう! キラちゃんどっからその蛍光グリーン探してきたの? ジュリちゃんは、いつもより色っぽいよぉ! さすがもとゲイシャさん♪ セシルさんとネイシャちゃんはお揃いなんだね! 二人が着ると、大輪の牡丹がよりあでやかに……あでっ!!」


「鼻の下伸びきってるぞ、アントニオ」

 大興奮でほめたたえるアントニオの後頭部を、グレンが丸めたパンフレットで殴った。


 そういう男性陣も、浴衣姿である。(カレン含む)

 薄鼠(うすねず)色の生地に、派手な赤の模様が入った男性用浴衣を着こなし、カレンはご機嫌だ。

 アズラエル、グレンにセルゲイ、クラウドにジュリ。ロイドにアントニオにチャン、バグムントも、なんとかそれなりに浴衣を着こなしている。

 

「ルナちゃん……すごくカワイイ……というか、綺麗だ……」


 言葉にできない想いを言葉にしてしまったセルゲイだったが、夜の神(同一神物)が選んだだけあって、ルナの浴衣姿はセルゲイの好みドストライクであった。


 買ってきた次の日に、みんなの前で浴衣を公開はしたが、着つけてあげられるジュリがいなかったために、着た姿は誰も見ていなかった。初日はいつものワンピースで向かったし、今日が、ルナの浴衣姿初公開日である。


 群青色に映える、赤い花の模様。どちらかというと渋い柄なのだが、ルナをかなり大人っぽく見せていた。かんざしも、夜の神の星守りを模したような純黒の玉飾りと、月と星型の、きらめく金細工がついた、銀色の(かんざし)

 ルナの栗色の髪にひどく映えた。


「えへ、ほ、ほんと? 似合う? 」


 うなじからのぞく白い肌が実にまぶしかった。照れながらくるりと一回転したルナに、男たちは、脳内だけで拍手喝さいを浴びせた。大人びた装いのルナを見たとたん、アズラエルもグレンも一瞬固まったし、セルゲイもまた、ルナと同じような白い肌が、めずらしく真っ赤に染まるありさまだった。


「今日は美人じゃねえか、ルゥ」

「今日はって、なんですか!!」

「いつも美人だぜ、ルナは――」

「てめえは黙れ」


 いつもどおりの筋肉兄弟の言い争いのバックで、セルゲイが実感を込めてうなずく。


「うん……、すごく似合う……!」


 セルゲイのしぼり出すような声とともに、ピカリと窓の外に閃光が走り、ゴロゴロゴロ……と不吉な音が鳴った。


「セルゲイさん、あまり興奮しないで。祭りの最終日が台無しになりますから」


 今日は花火なのに、雨は降らせないで、とアントニオが冷や汗をかきつつ言い、

「……なんでもかんでも私たちのせいにしないでください」

 セルゲイは言ったが、ルナの浴衣姿に、夜の神のテンションも、軒並み上昇中なのはあきらかだった。セルゲイは内心、(おさえて……おさえて。ルナちゃんの浴衣姿のせいで花火が台無しになるなんて、目も当てられない)と必死に念じていた。


「みなさん、用意はできましたか。では、まいりましょう」

 しぶい黒絣(くろがすり)の浴衣姿のチャンのシャイン・カードをつかって、K05区に移動だ。


 ルナとミシェルは、もはや星守りをゲットせんと、戦々恐々にはならなかった。この七日間、いろいろあったけれども、結果的に星守りをもらえてきたからだ。

 それでも真砂名神社に行ったら、一応授与所に並んでみるつもりでいたが、今日はだれがくれるんだろう、何が起こるんだろうという、ワクワク感のほうが強かった。


 さて、真砂名神社は。


 大路の入り口から、ものすごいひとごみだった。大路近くの大駐車場は、観光バスがみっしり詰まっている。タクシーも、次から次へと、駐車場へなだれこんでいく。


「今日、花火があるからかな。今までで一番すごいひとだね」


 一番背の高いセルゲイが先頭で、目印。彼は呆れ声でいい、カレンとはぐれないように手をつないだ。もう片方の手でジュリと手をつなごうとし、握ったら、そのごつさに一瞬怯んだ。となりにはグレンがいて、不審な目でセルゲイを見ていた。


「誤解だよ、わかるだろグレン」

「よかったよ、誤解で」


 肝心のジュリは、カレンと腕を組んでしあわせそうに歩いている。


「宇宙船に、これだけの人がいるんだってことがさ、オドロキだよね」


 キラも、呆然とつぶやいた。だが、ネイシャとピエトが、キラの頭に散りばめられている、クリスマスツリーのオーナメントのような髪飾りを見て、呆然としているのには気付いていないようだった。チカチカと等間隔に輝くのだ。


「キラは、これが通常スタイルだから、慣れて」

 ロイドが、フォローなのかなんなのか分からないことを、真剣に子どもたちにつたえていた。


 ルナは連行される宇宙人にならざるを得なかった。グレンとアズラエルに挟まれ、ピエトと手をつないで、迷子にならないようにしながら、必死にあとをついていく。


 大路の入り口にある「ハッカ堂」という駄菓子屋のまえで、ルナたちは、ベッタラとニックと合流した。ふたりは、やはり女の子たちの浴衣姿に歓声を上げた。


「美しいです! セーシル! ネーイシャ!!」

「いやァ~♪ 目の保養!!」


 ニックが、さっきのアントニオと同じような褒め方をしだしたので、ふたたびグレンが後頭部を殴打するというちいさな事件が起こったが、ひとごみがいっそうひどくなるにつれて、呑気にしてもいられなくなった。


「ルシヤたちはまだかな?」

「花火にあわせて来るとは言ってたが……」


 ハンシックのメンバーとは、花火会場で待ち合わせだ。

 あまりな人ごみなので、ベッタラがネイシャを、アズラエルがピエトを肩車した。

 はぐれないように、ゆっくりと人ごみに流され、階段を上がった。

 ルナとミシェルは、お参りを済ませると、一目散に授与所へならんだ。午後六時、やはり星守りは売り切れていたが、ふたりはへこまなかった。


「今日は、なにがあると思う?」

「……想像もつかないや」


 ウサギの本音だ。

 ルナとミシェルは授与所から離れ、あたりをキョロキョロしたが、不測の事態も、「これ、あげるよ」といって現れるだれかも、今のところ見当たらない。


「やっぱり売り切れてた? 残念だったね」

 キラが、安産守りを引っ提げて合流した。


「うん――」


 ふたりは、落ち着かなげにあたりを見回す。だが、なにごとも起こらない。


「屋台のほうに行こうってさ――どうしたの、ルナちゃん、ミシェルちゃん」


 挙動不審なウサギとネコを見て、ロイドが首を傾げた。

 ルナたちばかり別行動をとるわけにいかないので、ルナとミシェルはしかたなく、皆のあとをついていった。


(どうしようルナ! 今日は何ごとも起こらなかったら!)

(落ち着いてミシェル! まだ、まだ、わかんないよ!?)


 二人は小声で怒鳴りあった。


 でも、毎回、神社にいるうちにもらえた。神社を離れてしまえば、もらえなくなるのではないか――。


 ルナとミシェルは、ぶつぶつキョロキョロ、何度も拝殿のほうをふり返り、すっかり怪しい人になりながら、仲間のあとをついていく。


「七時から花火があがるから、適当に買って、特等席で花火を見ようってさ。――どうしたのその顔」

「見ればわかるでしょ」


 すわった目をしたネコに、彼氏であるライオンは微妙にひるんだ。


「……もしかして、最後の星守りが、手に入らなかった、とか」


 クラウドが最後までいうまえに、ミシェルがネコだったら、毛を逆立たせているかのような錯覚に襲われたので、彼は「わ、わかった」と焦り顔で言った。


「ミシェルとルナちゃんが好きそうなものは、俺が買っておく。ふたりとも、もう一度、拝殿に行ってきたらいい。――なんなら、俺が交渉してみようか。授与所のひとに」


 クラウドの言葉が終わらないうちに、ネコとウサギはまっしぐらに拝殿に向かっていた。


 花火がはじまりそうなので、階段のひと気もまばらになり、拝殿はもっと空いていた。


 拝殿に駆けあがったミシェルとルナの姿を見つけ、授与所の巫女さん――ミシェルと顔見知りの――が「あ!」と気付いて笑顔を向けてきた。

 さっき、授与所に並んだとき、彼女はいなかったのだ。


「こんばんは!」


 ルナとミシェルが授与所に殺到すると、彼女は、真っ白いお守り袋をふたつ、差し出してきた。


「これって!!」


 ふたりが受け取って絶叫するのに、巫女さんは申し訳なさそうな顔をした。


「毎日来てくださってるので、今日も来るかなって、取っておいたんです」


 巫女さんは、ほかの巫女仲間を気にしながら、小声で言った。


「毎日、もうありませんっていうのもほんとに申し訳なくて……毎日来られてたから、たぶん、今日も来るなって思って。ほんとは、取っておくのは禁止なんですけど、おふたりは毎日きてらしたし……」


 だから、内緒にしてくださいね! と巫女さんはあわてて人差し指を口に当てた。ルナとミシェルも、これ以上ない喜びを込めて、「ありがとう!」と小声で言い、千デルを巫女さんの手に載せた。


「ついに全色コンプリートしたよ……!」

「いろいろあったけどね……」


 ルナとミシェルは、この八日間の数々のアクシデントを思い出し、感慨深く、お守りをながめつつ、階段を降りた。

 腹に響くような音がしたので空を見上げると、花火が打ち上がっている。


「なんか――不思議な感じ!」


 巨大な惑星がふたつ、ゆっくりと黒い夜空を横切っているのだが、惑星よりも大きな花火が、背後の惑星を覆うように宇宙にきらめいた。

 花火の真後ろに、赤くきらめく星があって、重なったそれらが不思議な光景に見えて、ふたりは口をぽっかりと開けて立ち止まった。


 周囲からも、「おもしろーい!」「キレイ!!」だのの歓声が上がる。

 この宇宙船でしか、見ることができない光景だ。


 ルナとミシェルは立ち止まってそれを見て、紅葉庵まで一気に駆け抜けた。そこで白玉あんみつデラックスの持ち帰り用を四つ買って、アイスが溶けないうちに拝殿までもどり、授与所に残っていた巫女さんふたりに差し入れした。


 授与所は最終日ということもあって、もう閉じていたし、仕事も終わりだったので、ふたりは喜んで、ルナとミシェルと一緒に、花火を見ながらあんみつを食べた。



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