232話 お祭りと星守りと神様たちと Ⅱ 1
五日目。
本日は、「太陽の神」の星守り。
やっとその日、ルナとミシェルは、一番に真砂名神社に行くことができた。
まったく人通りのない大路を駆け抜け、授与所についたふたりを待っていたのは、もう何度目かしれない、巫女さんの申し訳なさそうな声。
「ごめんなさい……まだ、お守りが届いていなくて」
ウサギとネコは絶句した。どうやら、早すぎたらしい。
まだお守り自体が授与所に届いていなくて、さずけられる時刻は午前十時から。
授与所自体も、準備中だった。
一度帰って、午前十時にまた来ようと決めた。
それにしても、どうして最初に販売時刻を聞いておかなかったのだろうと、ふたりは猛省した。
準備で忙しそうな巫女さんは、「そうそう」と思い出したように教えてくれた。
「明日から三日は、時刻が変わるんです。お守りをおさずけできるのは、夕方から夜にかけてになります」
明日は「夜の神」の星守り。
夜の神なので、夜からなのだろうか。
「夜の神様のお守りは、神官たちが殺到しますので、お早く来られた方がいいですよ」
魔に強い夜の神の呪符やお守りは、神官たちに大人気なのだという。
知る人ぞ知るお守りなのに、夜の神の星守りだけは、毎年あっというまになくなるらしい。
授与所に届くのはだいたい夕方五時――というのをふたりは聞いたが、ますますゲットできる可能性が低くなった。
日中より、夜が混むのだ。祭りも四日目を過ぎたのに、夜の人出の多さは半端ではない。
明日も、簡単には手に入れることができなさそうだ。
ルナたちが帰ると、アズラエルは起きていた。グレンも、「メシ~」と不精髭の顔でルナたちの部屋に現れた。
アズラエルたちの熱は、すっかり下がったようだった。
ミシェルは、ごはんを食べ終わると、すぐさま真砂名神社に向かおうとしたが、とんでもない障害が待ち受けていた。
鳴り響く電話の音。
反射的にとってしまった電話は、かつて宇宙船に乗りたてのころ、一度だけ手芸教室に行ったときに友人になった、女の子からだった。
「元気にしてる?」というあいさつから始まって、ずいぶんと長電話らしいその子は、なかなか電話を切ろうとしなかった。一時間もつきあわされたミシェルは、やっと玄関を出ようとした矢先に「買い物に行かない?」とレイチェルに誘われ、
「いいかげんにしてえ!!」
とついに叫んでしまった。
何も知らないレイチェルが傷ついたのは言うまでもない。ミシェルは、レイチェルに謝るのとなだめるのとに、全力を尽くさねばならなかった。
結局ミシェルが真砂名神社についたのは、午後だった。
ルナのほうは、ミシェルがとっくに真砂名神社に行ったものと思っているので、すいぶん呑気にしていた。
大事を取って、アズラエルたちは今日も休むことにしたが、そうとう過酷な訓練だったらしい。
「ニックとベッタラが羨ましがって訓練が過酷になるから、弁当はしばらくいい」といったアズラエルの言葉を受け取り、ルナはいそいそとキッチンに立っていた。
ベッタラの分は、セシルがつくっているのかなと思っていたルナだったが、セシルは料理が不得意らしい。できるのは、ハムエッグと、野菜を切って混ぜるだけのサラダくらい。
親子の食生活は、レトルトで成り立っていた。
今ではセシル親子も、一週間に一度くらい、食卓をともにしている。セシルも手伝ってくれるので、ルナは大変に助かっていた。セシルはセシルで、「料理のレパートリーが増えたよ」と喜んでいる。彼女のいまの目標は、「ラークのシチューをおいしくつくれるようになること」だ。
ルナは、メインはともかく、おかずはみんなでつまめるように、お重の弁当箱につめるというアイデアを思いつき、一人でほくそ笑んだあと、ふんぬと気合を入れて、ふたりぶんの弁当をつくった。助手はちこたんである。
今日も、ニックとベッタラは、K33区で特訓しているらしい。
ルナが弁当を作り終えたころだった。
消沈したミシェルが、帰ってきたのは。
「ええーっ!? それじゃ、今日も買えなかったの」
ミシェルから事の次第を聞いたルナは絶叫し、いっしょに落ち込んだ。
今日はさすがに、くれる人はいなかったようだ。ミシェルは、アントニオが現れて、「これあげるよ」なんて言いながらくれるんじゃないかと期待して、三十分ほど神社を動かなかったそうなのだが、彼はこなかった。
当然だった。リズンは今日も、通常営業だ。
「るーちゃんに聞いてみようか」
「もう聞いた。ダメだったみたい。ルシヤ、あたしたちの分も買ってくれようとしたんだって。でも、最近星守りすごい人気で売り切れちゃうから、ひとりひとつまでだって。自分の分しか買えなかったって……」
「そ、そうかあ……」
ウサギとネコはがっかりした。
「あ~あ……やっぱ、朝行ったときに、十時まで神社で待ってればよかったんだわ……」
ミシェルはこれ以上後悔しようがないといったげっそり顔で落ち込んだが、どうしようもなかった。
「あしたは、五時ジャストに神社に行けるようにしよう」
「五時ジャスト狙っちゃダメだよ。邪魔が入るからね、ぜったい。二時間くらい前から行ったほうがいい」
ルナとミシェルは、落ち込みながらも、明日の星守りをゲットするために作戦を立てたが。
ルナは二人分の弁当を作ったことを思い出した。
「あたし、ニックたちにおべんととどけてくる」
「ン~、行ってらっしゃい」
いつもなら、あたしも行く! というミシェルだったが、太陽の神の星守りが手に入らなかったことがずいぶんこたえているようで、投げやりな声でそういうだけだった。
昼も過ぎたし、もう食事は終えているかもしれなかったが、終えていたら終えていたで、持って帰ってアズラエルたちに食べてもらえばいい。
ルナは、とりあえず、できたてのお弁当をK33区のふたりに届けた。
ニックとベッタラは大感激し、特訓に私情をはさまないと固く誓ったのだった。
そこへ、五日ぶりにペリドットが帰ってきた。
彼も真砂名神社の祭りに駆り出されている、実行委員の一人だ。イシュマールと一緒で、祭りのあいだは、真砂名神社に釘付けにされている。
「ルナおまえ、この星守り知ってるか?」
来て早々、彼がルナの手のひらに置いたのは、「太陽の神」の星守りだった。
「ウキャー!!」
ルナは嬉しいのと驚いたので、へんな悲鳴をあげた。その悲鳴に、ペリドットがすこし怯んだ。ほんの少しだ。
「……なんだ? そんなにうれしかったのか」
「嬉しいもなにも!!」
ルナはこの五日間、星守りを手に入れるのがたいへんだった苦労話を、支離滅裂に話した。
原住民語やら、共通語やらを自在に駆使する彼らだからこそ、ルナの言語をだいたい理解することができたのだ。
「……それは、大変には違いないことです」
ベッタラが重々しくうなずいた。彼らは、ルナがしゃべる間に、すっかり弁当を食べ終えていた。ニックも食後のお茶を喫しながら、「美味しかった~♪」と満足げに腹をさすり、言った。
「いちいち邪魔が入って、ルナちゃんたちが授与所でお守りをもらえなかった理由ね――僕、すこし分かる気がするな」
「へ?」
「神様が、ルナちゃんたちとお茶したかったんじゃないかな」
ルナのうさ耳がぴこたんと揺れた。
「まァ、そういうことになるだろう」
ペリドットも異論はないようだった。
ニックいわく、神様がルナたちとお茶をしたかったがために――カザマやサルーディーバ、イシュマールたちとルナたちがお茶をするために、いちいち予定が狂って、ストレートにはもらえなかったのではないかというのだ。
一日目のラグ・ヴァダの女王は、イシュマールとともに、ルナたちと白玉あんみつを食べた。
二日目のアストロスの女王は、カザマの前世だ。当時娘だったルナたちと、椿の宿で食事をした。
三日目の地球のサルーディーバ――ルナは、ペリドットに教えられて、はじめて知った。
「え? 地球のマ・アース・ジャ・ハーナの神話のサルーディーバって、あの、サルーディーバさんなんですか」
「そうだ」
ルナたちには、「はじまりの物語」といえる、地球のマ・アース・ジャ・ハーナの神話。
ルナが「月の女神」、セルゲイが「夜の神」で、アズラエルとグレンが「船大工の兄弟」だった時代。
そのとき、「船大工の兄弟」の父で、いわゆる神話で「永遠に生きる存在」とされているサルーディーバが、アンジェリカの姉である、サルーディーバの前世だという。
「だから、サルーディーバさんといっしょに、料亭ますなでごはん食べたんだ……」
「料亭ますなに行ったの? あそこ、ちょっと高いけど美味しいよね!」
ニックは、自分も一緒に行きたそうな顔をした。
「祭りの期間は、神々が地上に降りて、民とにぎわいを楽しむ時期だ」
神々が、おまえらに直接、星守りを渡したかったんだ、とペリドットは笑った。
「神さまから直接恵みを受けるなんて、辺境惑星群の神官からしたら、うらやましいことこの上ない状況だね」
ニックも言ったが、ルナはぷんすかした。
「そんなのだったら、最初にゆってくれればよかったのに!」
「まァ、そういうな。結果として、ぜんぶ手に入れて来たんだからいいじゃねえか」
ペリドットがルナをなだめる。
四日目は真昼の神――カザマと思いきや、ルシヤたちハンシックのメンバーだった。
ルシヤたちなら、夜の神ではないのだろうか? とルナが首を傾げていると、ペリドットが疑問を解決してくれた。
「ハンシックな……ああ、多分、俺がやった腕輪のせいじゃないか」
「腕輪?」
ペリドットが初めてハンシックを訪れたとき、勘定代わりに金の腕輪を置いていった。
その腕輪は、商売繁盛の功徳がある宝石をはめ込んであるそうだが、その宝石は、真昼の神の星守りにつかわれている宝石だったのだ。しかも、玉守りとは比べ物にならない、巨大な石を使っている。
四神はそれぞれ商売繁盛の功徳があるが、働きが違う。商売を始めたばかりのときは、客をたくさんもたらしてくれる真昼の神の功徳がいい。そう思って、ペリドットはあの腕輪を譲った。あれは、たくさんの出会いをもたらしてくれる。
「そうだったのかあ」
ルナはぽっかり口を開けた。
そして、本日、五日目は。
「ルナ、メシは食っちまったんだな?」
太陽の神の支配下にあるZOOの支配者たるペリドットは、厳かに言った。ルナは予言師ではなかったが、彼の言いたいことはわかった。
「なら、今からリズンに行って、茶でも飲もう」
「うん!!」
「僕も行く!」
「ワタシも行きます!!」
ペリドットに、ベッタラ、ニック。ルナが呼んだミシェルとピエトに、ベッタラが呼んだセシル親子、といった大勢で、リズンに押しかけた。
「どうしたの、みんなそろって」
アントニオは驚いて、外のカフェテラスにわざわざ出てきた。
「あ、そうか。今日五日目だし、太陽の神の日か」
とすぐに悟った。
いかにも太陽の神が喜びそうな、大人数だ。
「太陽の神は、少人数じゃつまらんらしい」
ペリドットも口の端を上げて笑い、コーヒーでみなと乾杯した。
ミシェルもペリドットから、「太陽の神」の星守りを受け取り、「ウッヒャオオオ」と奇声をあげて飛び跳ね、ペリドットを怯ませた。
やがて、カレンやセルゲイ、クラウド、ジュリ、病み上がりのグレン、アズラエルも加わり、どんどん大所帯になる。
ルナとミシェルが呼んだレイチェルたちも加わった。
「ずいぶん大勢になったな――どうせなら、夕メシ食ってくか」
ペリドットの発案に否を唱える者はいなかった。
「アントニオ、なにか適当につくれよ」
相棒のマイペースな声に、アントニオは笑い、
「はいはい、テキトーね。どうせ夜までいるんだろ。俺の仕事が終わるまでみんな、帰るなよ」




