231話 お祭りと星守りと神様たちと Ⅰ 1
一日目の夜、ルナたちは、ずいぶん大勢で祭りに向かった。
アズラエルとグレンを抜かしたいつもの食卓メンバーと、セシル親子とである。
筋肉兄弟は、帰ってくるなりシャワーも浴びずにベッドに突っ伏した。あとはルナが揺り起こそうが、ピエトが背中にダイブしようが、気絶したように起き上がらなかった。
しかたなく、ルナは、ふたりを置いていった。
祭り会場でベッタラと合流し、みんなで祭りを楽しんだ。花火も綺麗だったし、屋台の食べ物もおいしく、楽しい時間を過ごした。
子ども連れなので、帰る時間は早めだったが、ルナたちもじゅうぶんに楽しんだ。
次の日は、一番にお守りをもらいに行く予定なので、ルナもミシェルも早めに就寝した。
午前中に売り切れてしまうのであれば、午前中に――それもなるべく早く、行くしかない。
しかし、次の日も、ふたりは出遅れざるを得なくなったのだった。
なんと、シャイン・システムのメンテナンスだとかで、シャインがつかえなかったのだ。ルナたちは、リズン前のシャインまで来て、その事実に気付いた。
「ええーっ!?」
二人は絶叫した。
シャイン・システムのメンテナンスは、明日午前五時まで。ご迷惑をおかけいたします。
立札を見て、ふたりは立ちすくんだ。
「ほんとに迷惑だよ!」
なぜ、よりによって、今日メンテナンスをしなければならないのだ。
ミシェルは携帯電話で、イシュマールに電話をしたが、お祭りで忙しいのか、電話に出てくれなかった。きのうの分は、「ラグ・ヴァダの女王」のお守りだったので、ミシェルが欲しいだろうと思って取っておいてくれたのかもしれない。今日の分もとっておいてもらえるかは不明だった。
今からタクシーに乗っていっても午後になることはわかっていたが、万が一の可能性をかけて向かった。
――やはり、星守りは売り切れていた。
午前のうちに来ないと手に入れられないということが、これではっきりした。
「ないわ……こんなのってないわ……」
ウサギとネコは、群青色と白マーブルの玉を思い浮かべて、肩を落とした。
昨日同様、しょげかえって帰ろうとしたところへ。
「あら、ルナさん、ミシェルさん」
聞き覚えのある声がかかった。
今度はイシュマールではない。ひとごみの中でも不思議と通る、ゆたかな声はカザマだ。
「カザマさん……!」
ふたりは、昨日の過程を繰り返すことになった。
イシュマールに訴えたことと同じことをカザマにいうと、カザマは、なぜかうれしげに両手を合わせた。
「おふたりは、星守りのことご存知でしたのね。よかったわ」
「え?」
カザマは、バッグから、ふたつの守り袋を取り出した。群青色の守り袋。中身は確かめるまでもないが、ルナたちはたちどころに開けざるを得なかった。
中身は、喉から手が出るほど欲しかった、「アストロスの女王」の星守り。
群青色と白のマーブルが、陽の光にきらめいている。アストロスは、この玉のように、濃い青の海を持った惑星なのだろうな、とルナは想像した。
「ありがとう! カザマさん!!」
「どういたしまして」
ネコとウサギは、カザマに飛びつかんばかりに喜んだ。
「あっ! そうだ! カザマさん、アストロスの女王様だもんね!」
ルナは思い出して叫んだ。
「えっ、そうなの!?」
ミシェルが反射的に返し、カザマは笑んだ。
「そう言われておりますわね。恥ずかしながら――若い子にお守りはどうかしらと思っていたのですけれども。この星守りは祭りの期間しか出ませんし、おきれいでしょう?」
「うん、すごくかわいいし、きれい!」
「この玉、ストラップですけれども、指輪や、ネックレスにもつけかえができるのですよ」
「カザマさんのこれ――」
ミシェルが、カザマの手首にはめてある細いバングルに、三つ石がはめ込まれているのを見て興味を示した。
「このバングルは娘がつくってくれたものです」
「ミンファちゃんが? アクセサリーとかつくるんだ」
「あの子はミシェルさんと一緒で、こういったものをつくるのが好きなんです。この石は去年のものですけれども。これがアストロスで、これが真昼の神で、こちらが真砂名の神の玉」
透明な石を中心に、群青色のマーブル模様の石と空色の石が埋め込まれていた。
「超カワイイ。あたしも、これでなにかアクセサリーつくろっと」
「あたし、ネックレスとブレスレットにする」
ミシェルとルナはうきうきと玉を眺め、それから思い出したように、財布から千デルをだし、カザマに渡したが、カザマは首を振った。
「いいんですのよ。わたくしが、おふたりにプレゼントしたいと思っていたのですから」
「え、でも、」
ふたりがもじもじしているのを見、カザマは微笑んだ。
「おふたりとも、お昼はまだですか」
「あ、はい!」
とにかく、売り切れていないことを願って急いだため、昼食は眼中になかった。
「では、椿の宿でランチをご一緒しませんこと。ちょうど千デルでいただけますのよ。コーヒーか紅茶に、デザートつきで」
「行きます!」
ネコとウサギは、一も二もなく承知した。
椿の宿で、カザマはルナとミシェルが持っていた無料パンフレットを見せてもらい、「まあ――最近はこんな雑誌が無料でいただけるのね。へえ――」と熱心にチェックし、
「わたくしも驚きましたの。ルナさんがたと変わらない女の子たちが、星守りをくださいって授与所に並んでいたの。どうしてこの子たちが星守りの存在を知っているのか不思議で――あれは、知る人ぞ知るお守りで、神官の方々くらいしか、知らないお守りでしたのよ。――そうなの。雑誌で紹介されたのね」
カザマは納得したようにうなずき、
「午前中のうちになくなってしまったというのなら、今年は手に入れていない知人も多いかもしれませんわね――来年は多分、雑誌には載らないわね」
「ほんと!?」
「ええ。取材が来ても、載せないかも。こんなに出てしまうのが分かったでしょうから。雑誌の効果というのは、すごいものですわね。ほんとうに欲しい方が、今回はいただけなかったかもしれません。毎年、余るくらいでしたのよ」
「そうなんだ……」
ミシェルとルナが、ごっくんと食後のコーヒーを飲み込んだところで、カザマの携帯が鳴った。
「あらこんな時間!」
カザマは「ではまた」とあわてて帰って行った。ルナたちも柱時計を見て仰天した。食事のあと、小一時間も話に夢中になっていたのだ。
椿の宿は、祭り会場からすこし離れた位置にあることもあってか、あいかわらず閑古鳥だった。それでも、めずらしく宿泊客で埋まっているらしい。
カザマが帰ったあと、ルナとミシェルは神社のほうから聞こえてくる祭囃子に耳を澄ませながら、ぼんやりと外の景色を見た。
「……明日こそは、一番にゲットしに来なきゃ」
「……そうだね」
明日は、「地球のサルーディーバ」のお守りだ。
「そういえば、地球のサルーディーバって、なんなんだろ」
「……マ・アース・ジャ・ハーナの神話のサルーディーバかな? でも、あのひとは神様とかではないよね」
ルナが聞き、ミシェルも首を傾げた。
サルーディーバという象徴が、生き神としてまつられるようになったのは、人類がL系惑星群に移住し、L03に地球人が住みはじめてからである。
ラグ・ヴァダの女王とアストロスの女王は、両名とも「サルーディーバ」という名で、神様あつかいされているけれども、地球の神話のサルーディーバは、船大工の兄弟の父で、ずいぶん長寿だったおじいさんである。神ではない。
地球時代に、サルーディーバという象徴はなかったというし、「地球のサルーディーバ」というのも不可解なものがある。
「まあ、サルーディーバの話はいいとして、地球って、ああいう空色の星なんだね」
アストロスも地球も、ふたりは見たことがないが、パンフレットにある地球の玉は、美しい水色をしていた。
「宇宙船が、地球の太陽系に入ったら、見れるんだよね」
ふたりは地球に着いたその日を想像して、うきうきと胸を弾ませた。
そして、次の日。
勢い込んで出発したルナたちだったが、またしても出遅れたのである。
シャイン・システムのメンテナンスは終わっていた。ルナたちは、みんなでご飯を食べてから、ほかの用事はちこたんに任せて、先に行くつもりだった。
――しかし。
「なんなの……いったい」
「ふへ、ふへえ……」
ミシェルもルナも息絶え絶えだ。こんなに走るとは思わなかった。予定外すぎる。
まず、公園まえのシャイン・システム近くで、なんだか知らないがエアロビクスの教室が行われていた――シャインの、ド真ん前である。
いまだかつて、こんなところでエアロビクスをやっている人間に出くわしたことはない。
ルナたちは、公園を見渡して分かった。
バドミントンだのサッカーだの、野球だの、子どもたちが公園の中央を占領している。エアロビクス教室の大人たちは、公園の隅っこに追いやられたのか。
それにしても、こんな炎天下、公園なんかでエアロビクスをやらなくても――ミシェルは散々に突っ込んだが、彼らがシャイン・システムの真ん前を占領しているのは事実。
シャイン・システムは通常、一般船客はつかえないことになっている。ルナとミシェルは、ララからパスカードをもらったので使用できるが、アントニオには、なるべくほかの船客には見つからないようにつかってくれと念を押されていた。
ルナたちは特別扱いなわけで、シャインを知っているほかの先客に見つかったら、面倒な事態を引き起こすことも考えられる。
ルナたちもそれはもっともだと思い、なるべくひと気のないときを見計らってつかっているのだ。
ルナとミシェルは、公園前のシャイン入り口はあきらめた。あのエアロビクスの集団のまえで、シャインに飛び込むわけにはいかなかった。
そのまま、スーパーマーケットのほうへ向かう。
スーパーのトイレ近くにあるシャインの入り口の真ん前で、清掃のおばさんたちがおしゃべりに興じていた。待っていても、どいてくれそうにはなかった。ルナとミシェルは、べつのシャイン入り口を探すことにした。
マタドール・カフェの近くの建物。そこにもでかい車がでんと横付けされて、数人が立ち話している。
バス停留所付近――バス待ちのひとがずいぶんいて、目立ちすぎる。
ルナたちは、ふだん、タクシーで行く商店街のほうへも足を延ばした。
どこもかしこもダメだった。シャイン・システムのまえに人が多すぎて、入れないのだ。
なぜ今日、よりにもよって、こんなに人が多いのだ。
まるで、ルナとミシェルにシャインをつかわせないように、邪魔しているかのようだ。
「スーツとかで来たらよかったかな……」
カザマのような恰好だったら、役員といってもごまかせたかもしれない。
ふたりはシャインをつかうことはあきらめた。
仕方なく、昨日のように、タクシーでK05区に向かった。
着いたのは当然午後である。これは売り切れているだろうなとふたりは肩を落とし気味に大路のまえに降り立ったが、祭りも三日目とあって、初日にくらべたら、だいぶ人が少なかった。
「ルナ! これは!」
「いけるかも!」
今日は、残っているかもしれない。
ネコとウサギは、まっしぐらに神社へ向かった。
「すみません。今日も売り切れで……」
全速力で、拝殿まで走ったミシェル――途中でルナを置いてきた――は、がっくりと膝をついた。だいぶ遅れて、ルナがひふひふはふはふとへんな息遣いでやってきた。
ミシェルが両手でバッテンのしるしを出すと、ルナの口もバッテンになった。
「――さすがに今日は、買っといてくれてるひとはいないよね」
イシュマールは、祭りの最中なので大忙し。巫女さんも、初日から彼を見ていないという。
いないとわかりつつも、カザマの姿を探したが、巫女さんが、今日はカザマが来ていないことを教えてくれた。
「ミヒャエル様でしたら、真昼の神の星守りの日に、もう一度来られると思うんですけど……」
「真昼の神」の星守りは四日目。明日だ。
「なんで、こんなに毎日、邪魔が入るんだろ……」
ミシェルがうんざり顔で言ったが、授与所には次から次へと人が殺到する。
さすがにルナたちはあきらめて、お参りを済ませたあと、階段を降りようとした。
そのとき。
「ルナ――に、ミシェルさん、ですか」
だれかが、引き留めた。ふたりは期待に顔を輝かせて振り向き――予想外の人物に、一度固まったあと――ルナだけが、「サルーディーバさん!」と言って駆け寄った。
ルナの一声で、ミシェルは相手がだれだかわかった。
サルーディーバは微笑んで、深々と礼をした。ミシェルも思わず、深々と頭を下げた。
「はじめまして。わたくしはサルーディーバと申します。伺ってはおりましたが、お会いするのははじめてですね、ミシェルさん」
「あ、はじめまして! あたしも、よく聞いてたけど、お初にお目にかかります!」
ミシェルが、アセアセとしながら、二度も三度も頭を下げ――彼女が何を見ているか、ルナにはすぐわかった。
ミシェルはサルーディーバを見て、「足がある……!」と思っている。
彼女は今日、供回りも連れず、ひとりだった。L03の衣装に身を包んだ姿は、どこか神々しくて、美しい。拝殿に来たひとびとが、サルーディーバを振り返って見る。
神官の格好をした参拝客は、サルーディーバのそばを、うやうやしく一礼をして通り過ぎて行った。




