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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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230話 夏のお祭り 2


「ミシェルとルナかあ?」


 神社のほうから声がした。めずらしく神社のまえは大勢の人でごった返しているので、その声をひろえたのは、正しく奇跡だった。


「あ、おじいちゃん」


 ルナとミシェルは、奥殿のほうにつづく道を歩いてきたイシュマールに、あいさつした。


「なんじゃ、気落ちした顔をしよって」


 ミシェルは、星守りが売り切れていたことを、最下層のテンションでしゃべったが、イシュマールは、呆れた顔で言うのだった。


「おまえさんがラグ・ヴァダの女王なんじゃから、自分の加護が入ったお守りなんぞ、いらんじゃろうが」


 自分。


 ミシェルは目をぱちくりさせたが、自分は自分でも、ずっと昔の、なんだかすごい自分である。

 自分がラグ・ヴァダの女王だと言われても、現実味がわかないのは、ミシェルも同じだ。


「それはね、それはそうなんだけどね。でも、なんていうかさ、あの星守り、かわいいでしょ、」


 あきらめがたしとぶつくさいうミシェルの手に、イシュマールは、守り袋を置いた。神社の紋が描かれた、エメラルドグリーンの小さなお守り。

 イシュマールは、ルナにもくれた。

 それがなにか、ふたりはすぐにわかった。

 袋の中をのぞくと、エメラルドグリーンの惑星が縮小化されたような、小さな玉が入っていた。


「ありがとう! おじいちゃん!!」


 二匹は、盛大に喜んでイシュマールに抱き付いたが、「ほい、千デルずつ」とイシュマールは手を出した。


「えっ!? くれるんじゃないの」

「わしゃ、取っといてやっただけじゃ」


 二匹は賽銭箱に入れようとしたが、イシュマールは自分の手のひらを示すのだった。

 そこへ千デルずつ紙幣を置くと、イシュマールはにっこりと笑っていった。


「よし。これで、紅葉庵の白玉あんみつデラックスを食いに行くぞ」


 三人は、屋台裏に隠れた紅葉庵で、白玉あんみつデラックスを食べた。

 何がデラックスなのかと思ったら、アイスが三個も入っているのと、白玉がてんこもりになっているのだった。抹茶クリームと黒蜜もかけ放題だ。


「おじいちゃん、今日の階段はだいじょうぶなの」


 イシュマールが、白玉とアイスを黒蜜の海におぼれさせたところで、ミシェルが思い出したように聞いた。


「だいじょうぶって、なんじゃ?」

「今日は、前世の浄化とかで、上がれなくなるひととか出てきたらどうするの。すごいひとだよ。今日、上がれない人が出てきたら大変そうだなと思って」


 紅葉庵から見ているかぎりでは、今のところ、上がれなくて救助される人間も、階段途中でぜいぜいいっている人間も見当たらない。


「祭りのあいだは特別じゃ。階段も、ふつうの階段にもどっておる」

「じゃあ、前世の浄化とかは、しないんだね」

「うん、八日間だけは、だれでも上がれる――」

「おじいちゃん、電話なってるよ」


 ルナが気づいて、イシュマールをつついた。

 イシュマールの羽織のポケットから、演歌が流れている。祭囃子(まつりばやし)の音楽に似ているので、気づかなかったらしい。


「なんじゃなんじゃ」


 周囲が騒がしいので、自然と大声になる。イシュマールは少し話したあと、電話を切った。


「夜の催事の準備がはじまっとるのに、どこほっつき歩いておると叱られたわ。――ふたりはゆっくり食べていけ。わしゃもどるでな」


 イシュマールは一個ずつ残った白玉とアイスを切なげに見つめたが、しかたなく器を置いて立った。


「おじいちゃん、またね」

「うん。絵描きは祭りのあとじゃな。ルナもほれ、いつでもええから茶を飲みに来い」


 七十を超えているのに、背筋も曲がっていないイシュマールは、そこらの若者にも負けない健脚で階段を上がっていった。


「おじいちゃんて、元気だよね」

「うん」

「あたしたちのまわりって、元気なお年寄りばっかりだよね。おじいちゃんといい、ツキヨおばあちゃんといい」

「うん」

「ニックは、おじいちゃんに入るのかな……。一応、ともだちの中では最高齢だよね」


 よく考えたらニックは、イシュマールやツキヨより年上なのだ。ルナはあきれて口をぽかっと開けたが、すぐに半分溶けかかっていたアイスを一生懸命食べだした。


「ニックはおじいちゃんってゆったら、悲しむと思う」

 見かけはセルゲイと同じくらいの年齢だし、六十代以上の彼女募集中だ。

「そーだよね。おじいちゃんが残した分、あたし食べようかな」

 ミシェルがイシュマールの残した器を手にとった。

「おじいちゃん、黒蜜かけすぎ」


 そこへ、腹に響くような太鼓の音が聞こえてきた。


 祭囃子の行列が、大路を練り歩き始める。ルナとミシェルはガラスの器を手にしたまま、行列が見えるところまで飛び出したのだった。


 階段下で、勇壮な音楽とともに、ドドォン! と太鼓の音が響きだした。お面を被っているが、あれはキスケとオニチヨ、キキョウマルとフサノスケだった。

 ルナにとっては、どこかで見たような光景だったが――。


「カッコイイー!!!!!」


 ミシェルの絶叫が、音に紛れて消えた。





 そのころ、K33区では、ニックとベッタラのスパルタ式特訓に疲労困憊した筋肉兄弟が、地面に突っ伏していた。


「ほら、起きた起きた! L18の傭兵だとか少佐だとかいってるけど、軍人の特訓なんてたいしたことないんだね! この程度で起き上がれなくなるなんて!」

「アーズラエル。アナタ、ワタシの村にいたら、一日目でパコに食べられてましたよ」


 もう指一本動かせない元軍人と傭兵のまえに立ちはだかるのは、ミシェルにおじいちゃんあつかいをされたコンビニ店長と、野生人だ。


 おじいちゃん呼ばわりが失礼なほど、ニックの体力は有り余っていた。ふたりは、アズラエルたちと同じメニューをこなしたというのに、平然と立っている。


 しかし、アズラエルたちも、これほど体がなまっていたとは思わなかった。

 定期的にジム通いもしていたふたりだが、最前線から退いて、ずいぶん経つというのは、あきらかな身体能力の劣化をもたらしていた。


「グレン君は少佐だっていうから、だいたい座り仕事だっただろうけど、アズラエル君は何なの。君傭兵でしょ! しっかりしなさい! そのマッチョは見掛け倒しか!?」


 アズラエルは文句も出てこなかった。

 意外とニックは手厳しい。

 いや――二人は昨日よりも厳しくなった気がする。

 なんとなく、アズラエルとグレンは、二人が厳しくなった理由に思い当たるところがあった。


「べつに! ルナちゃんのお弁当がうらやましいなんて思ってないんだからね!」

「そうです! ちっとも、うらやましくなどありません!!」


((自分で言いやがった……!!))

 アズラエルとグレンは、予想が当たりすぎて顎を外した。


「そら立て! もう一回真砂名神社まで往復だ!!」

「あァ!?」

「ウソだろ!?」


 ベッタラとニックに襟首をつかみあげられ、筋肉兄弟は、さっきやっともどってきた、山道の入り口をながめた。K33区の山道から、真砂名神社の奥宮入り口まで、何十キロという距離を往復させられたのだ。


 無論、ベッタラとニックもついてきた。あの長距離をほぼ全力疾走して、彼らは平気な顔をしているが、アズラエルとグレンはへとへとだった。


「ウソなどついていません! アナタたちはまだ体力が全然足りません! 剣術を教えるのはそれからです!!」

「ビッシバシしごくからね!!」


 野生人はともかく、最高齢のコンビニ店長はずいぶん元気だった。





 ――そして。

 こちらもまた、動きが止まっている人間がひとり、いた。


 ロビンは、真砂名神社の階段手前で、硬直していた。


 大勢の人間が階段を上がっていく。子どもも、しなびた老人も、若い男女もカップルも夫婦も家族連れも。


「ロビン、どうしたのぅ? 行かないの」


 ロビンが連れてきた、取り巻きの女たちも、むろん平然と上がっていく。足が動かないのはロビンだけだった。


「ああ――今いくよ」


(――?)


 ロビンは笑顔を貼りつかせたまま、周囲をにこやかに見渡した。


 ただの階段である。


 アズラエルが負ったような大怪我をする要素は、まったくといっていいほど、ない。とくにアクロバティックな要素も、ハイテクな要素も、ない。


 今にも死にそうなヨボヨボの婆さんが上がっているというのに、ロビンの足は、地面に縫い付けられたように、一段目にも上がれないのであった。


(軍人、あるいは傭兵は、上がれない階段――か?)


 あきらかに軍事惑星出身者だとわかるような、男の集団が、女づれで階段をにぎやかに上がっていった。ラガーやルシアンで見たことのある顔ぶれだ。中のひとりが、ロビンに気付いて、かるく手を上げた。ロビンもほがらかに返した。

 ――階段手前で、突っ立ったまま。


(――?)

 なぜ、上がれない。


 ロビンは冷静に分析しようとしたが、いつものように明快な理由づけもできなかった。

 理解できない。どうしても足が上がってくれないのだ。ただ、それだけだ。

 無理やり足を上げる。無理やり上がる。それができたら、どんなにかよかったが、それすらもできない。

 たかが階段である。


(なぜ、それができない?)


 ロビンにこたえは見つからない。

 ロビンは腕を組んで、階段上を見上げた。人が大勢上がっていく。


「どうしたのロビン。つまんない? レトロ・ハウス行く?」


 女たちが戻ってきて、媚びるように、ロビンの腕に自身のたわわな胸を押し付けた。


「ンー、そうだな。……俺のいるべき場所じゃァねえかもな」


 そうだ、ここは、俺のいるべき場所ではない。

 ロビンは納得し、踵を返した。


「ああン、待ってよロビン」


 女たちはロビンに群がった。

 行き先はレトロ・ハウスだ。そこが俺の行くべき場所だ。ここではない。

 ロビンはそう言い聞かせて、階段をあとにした。


 自分に命じて、ぜったいに振り返りはしなかった。




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