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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
551/946

230話 夏のお祭り 1


 いまだエーリヒとベンがL系惑星群にいたというのをルナが知ったら、口をあんぐりとあけてアホ面をしたに違いない。

 だが実際、ふたりはまだ、L系惑星群にいた。

 しかも、L77のローズ・タウン――ルナが生活していた街に。


 ベンは、祭りのド真ん中に置き去りにされたまま、エーリヒを待っていた。屋台が両脇にひしめく広い参道の先には、エーリヒが「来るな」といった神社がある。

「すぐもどるから」といったわりに、彼は二時間たっても戻らない。


(無事なのか)


 一抹(いちまつ)の不安を感じたベンだったが、ここはL7系の星だ。L18で警戒しなければならない事態の百分の一も危険はないだろう。祭りをうろつく人間の不用心なことと言ったらない。


 だれも銃火器は持っていないし、ナイフを隠し持っている人間もいない。財布を開けたままおしゃべりに興じていても、盗まれない。


(いいなあ――L7系。マジ天国。俺、任期があけたら、L7系に住もうっと)


 ベンは、うっとりと、道行く浴衣姿の女性を眺めた。

 ちいさくて、かわいくて、弾けるような笑い声もキャピキャピとかわいい。


 ベンは故郷の、ドスのきいた女たちの音声を思い出して暗くなった。軍人寄りになるとそんなのが多いし、貴族の女たちはあんなにあっけらかんと笑わない。常に、男の素性を見定める目つきで睨んでくる。


 よく観察していると、彼女たちは気軽に男に声をかけるのに、ベンが一向に声をかけられないということは、やはり自分はモテないのだろうか。容姿は平凡なベンだが、エーリヒならともかく、自分が話しかけづらい雰囲気を出しているとは思えなかった。


 ベンから声をかけようかと思ったことも、この二時間の間に百数回を数えたが、結局実行には移さなかった。うまくナンパできても、エーリヒがもどってきたら、デートはおしまいである。


 それでもベンは、屋台より興味があった。可愛い女の子との、数十分の交流が。


 L18を出発して、すぐ地球行き宇宙船にむかうと思いきや、エーリヒの行動は不可解を極めた。


 彼は、いきなりL31に飛んだ。


 マリアンヌがかつて滞在した星であったため、彼女の足跡をたどるためかもしれないとベンは思ったが、調査にずいぶんな日にちを要した。L31で、かなり足止めを食ったのである。


 しかも、尾行を警戒してか、エーリヒは次々と宿を変えた。


 エーリヒの目的がいつ達せられたのか、ベンにもわからなかった。そのあと向かったのは、地球行き宇宙船ではなく、このL77である。


 ローズ・タウンにある「真月神社」は、「お祭り」の真っ最中だった。奥の拝殿に向かったまま、エーリヒはもどらない。


 エーリヒは、「君は来ちゃダメ」と、厳しく念を押した。だからベンは、待っているのだ。


 だが、そろそろ二時間が経過する。三十分ほど待てといったのに、二時間だ。


 危険が少ない星であることはたしかだが、L31であれほど尾行を警戒したからには、追手がある可能性も無視できない。


 ベンはやはり、拝殿へ向かうことに決めた。


 幅広の、砂地の参道を奥へ奥へと歩んでいくと、屋台が急にとだえる。その先は、神聖といってもいい峻厳(しゅんげん)な森へとつながっていた。屋台の代わりに、火をともした石灯籠と、なだらかな石階段の道が等間隔につづいている。


 屋台通りの喧騒とは対照的に、その先はひと気がすくなかった。灯籠の火がずいぶん明るいとはいえ、ひとりで先へ行くには、すこしためらうような静けさに満ちている。


 だがベンは、夜道をおそれるほど軟弱な神経は持ち合わせていない。神職や、神社に参ってきたであろう参拝客とすれ違いながら、夜の参道をひた歩いた。


 五分も歩いただろうか。


 ベンは、神社という宗教建築物を見たのははじめてだが、あれが神殿であろうことはすぐに見当がついた。木造りの建築物がある、ひらけた場所が見えてきた。建築物の真正面に行くには、さらに二十段ほどの階段を上がらねばならなかった。


 階段下には、手水場があったが、ベンは作法を知らない。彼はそこを水飲み場と勘違いした。ウサギの石像が持つ柄杓から、ゆたかな水がこんこんと湧き出ている。


 ベンがそれを見つめていると、階段上――建物があるほうから、人の話し声が聞こえてきた。とっさにベンは、手水舎の裏にある木陰に、身をひそめてしまった。


(なにをやってるんだ、俺は)


 職業病とも、条件反射ともいう。この場合どちらにも当てはまる。あれはエーリヒの声だったが、だれかと話していた。声は、女のものと、男のもの。

 エーリヒ以外に、ふたりいる。


(あっ――)


 ベンは、隠れて正解だったのである。話しながら階段を降りてきたのは、エーリヒと、神職であろう年配の女性と、――アイゼンだった。


(なぜここに、ヤツが)


 エーリヒは、いっしょには来るなと念を押した。それは、アイゼンに会わせぬようにするためだろうか。


(まさか、L77に、ヤマトのアジトがあるのか。まさか)


 だとしたら、エーリヒが来るなというのもうなずける。ヤマトのボスの存在を知るということは、イコール、死が待ちかまえている。


 アイゼンがヤマトのボスだということは、本人からも、エーリヒからも知らされているのだが、アジトを知るということも、ボスの正体を知ることと同じだけ危険性がある。


 しかし、この宗教建築物が、傭兵グループのアジトだとは考えにくい。


 アイゼンと年配の女性は、階段途中で止まった。エーリヒを見送りに来ただけのようだ。


 三人はまだ何か話しているが、内容までは聞こえない。ベンは、木陰のすきまを縫って、足音を立てずに、密かにもと来た道をもどった。


「やあ。待たせたね」


 エーリヒがベンを見つけたのは、屋台通りの真ん中あたり――ベンチに腰掛けていたベンは、なにごともなかったかのように、「遅かったじゃないですか」と言った。


「ごめんね。思ったより、交渉が長引いてね」


 交渉――ヤマトのボスと、なにを交渉してきたというのだ。

 ベンは、エーリヒを心配して見に行ったことを後悔した。ヤマトには、なるべくなら関わり合いになりたくない。


「君、ずっとここにいたの」


 エーリヒの言葉にぎくりとしたベンだったが、エーリヒは、ベンが手水舎の裏にいたことを、気づいてはいないようだった。この二時間、屋台も見ずに、ずっとここに座っていたのかという意味で聞いたようだ。


「まァ――ここで待ってろと言われましたからね」

「せっかくのお祭りなんだから、楽しんだらいいのに」


 エーリヒはそわそわしている。残念ながらベンは、屋台で売っている変わった食べ物にも興味が持てなかったし、自分がモテそうにもないことがわかったので、楽しむ気にはならなかった。


「あの、小さな魚をとる店に入るのだけはやめてくださいね。うまそうには見えない」

 ベンは、めのまえにあった「金魚すくい」の屋台を横目で見て言った。

「あれは観賞用だよ。君、食べる気でいたの」


「どちらでもかまいませんが――宇宙船にはいつ乗るんです」


 ベンは強引に本題に入った。一日も早く乗りたいといっている本人が、あちこちで時間をつぶしているのだから世話はない。


「乗るよ――今夜からの特別便で」

「今夜ですか!?」


 いつまでも乗らないと思ったら、いきなり今夜だ。

 L77から出ている、一番早い便で、地球行き宇宙船が停泊するエリアまで追いつくという。ベンは、渡された渡航チケットを見て一瞬つまった。


「冷凍睡眠装置の宇宙船ですか……」

「不満?」


 これが一番安いし、一番早い。と、エーリヒは、お好み焼きとたこ焼きの店をターゲットに定めながら、言った。


「不満――もなにも、命令とあれば乗りますが――冷凍睡眠装置は、寿命が一、二年縮むって話も――」

「一、二年縮んだからって何か問題でも? 君そんなに長生きする気なの」

「長生きしたいですけど」


 ベンの返答が予想外だったのか、エーリヒは、その無表情な顔をしばらくベンに向けた。ベンはあやうく、「こっち見んな」というところだった。


「君は長生きしそうだよね。――まァ、寿命が縮むっていわれた時代もあるけど、最近はまた改良されてきてるし。むしろ寿命が延びるってウワサもあるくらいだし。君、私と二週間、せまっくるしい客室に閉じ込められる? そのほうがストレスたまるんじゃないのかね。それよりだったら、二週間かそこら眠っていれば着くんだから」


 すでにエーリヒは、ベンよりもたこ焼きを相手にしようとしていた。


 ベンはエーリヒの後頭部を、できたら殴りたいなと思っていたが、それを実行するほど気が強くはないのだった。結果、エーリヒに聞こえないようにちいさなため息を吐き、今月最後の晩餐を物色しに、エーリヒのあとをついていった。


 この屋台で何か食べたら、つぎに食べ物を腹に入れるのは、二週間後ということになる。


 エーリヒのおごりで、せいぜい食いまくってやろうとベンは開き直った。





 そのころ、地球行き宇宙船では――。


 ルナたちがビアードの映画を見た日の夜である。

 午後十一時にもなろうかというころに、郵便ポストになにか投函された。


 それに気づいたのは、部屋に帰ろうとしたグレンだった。グレンは郵便ポストから冊子をとり、「ルナ! なにか届いてる。ここに置くぞ」と玄関先に置き、部屋にもどった。


「ありがと、グレン!」


 ルナはぺぺぺっと玄関までそれを取りにいき、冊子を見つけて、「あーっ!」とまた声を上げて、「うるせえぞルゥ! ピエトが起きる!」とアズラエルに怒られた。

 最近、ピエトは夜更かしが過ぎていたので、今日は強引にベッドに押し込められたところだった。

 ルナは冊子を抱えて、リビングに飛び込んできた。


「見て見てミシェル! これ、久しぶりじゃない!?」

「ひさしぶり? ――あっ! ほんとだ、ひさしぶりだ!」


 ミシェルも手に取って、うれしそうに言った。


 それは、以前ケヴィンが所属していたサークルが、定期的に発刊していた無料パンフレットだった。この宇宙船で行われるイベントや、新店舗の情報、ワークショップなどの案内が入っていて、コラムや小説、漫画やイラストも掲載している。


 ケヴィンは、この冊子に掲載していたコラムが気に入られて、今はL52の大手出版社で、作家の道を歩んでいるのだ。


 ミシェルがななめ読みしながらつぶやいた。


「ひさしぶりだなあ。あたしたち、引っ越してからだよね。届かなくなったの」


 このパンフレットは、船客の有志が集まってつくっているものだ。配るのもサークルの仲間だけでやっているので、ルナたちが引っ越した後は、届け先が不明になったため、届かなくなったのだろう。


 最近は、コンビニやスーパーにも置いてあるようになったので、部屋に届かなくなってもたまにもらってきて読んでいたが、今月号はまだ読んでいなかった。


「あっ! ルナ、見て!」


 お祭りの特集やってる! とミシェルが、冊子のメインページを開いた。今月の特集は、やはり真砂名神社のお祭りなのだろう。四ページも使って、真砂名神社の由来や、近くの温泉宿、屋台の物珍しい食べ物の紹介が書かれている。


「「ちょ、これ欲しい!!」」


 ルナとミシェルが同時に声を上げたので、思わず男たちも――アズラエルとクラウドも覗き込んだ。

 そこには、八日間の祭りの期間、一日ごとに、ちがう種類の玉守りが、授与所で授けられることが書いてあった。


 一日目は、「ラグ・ヴァダのサルーディーバ女王の星守り」。エメラルドグリーンと、白い雲のマーブル模様の惑星を模した形だ。


 二日目は、「アストロスのサルーディーバ女王の星守り」。群青色に白の雲がマーブルにきらめく惑星を模している。


 三日目は、「地球アースのサルーディーバの星守り」。水色の地球を模した、玉守りだ。


 四日目は、「昼の神」の玉守り。美しい空色だ。

 五日目は、「太陽の神」の玉守り。オレンジ色の玉。

 六日目は、「夜の神」。黒曜石のように真っ黒な玉。

 七日目は、「月の神」。薄桃色がかわいらしい。

 八日目の最終日は、「真砂名の神」。水晶のような、透明の玉だ。


 それらはすべて、お守り袋に入っているが、ストラップ型で、キーホルダーやネックレスにも、つけかえができるようになっている。


 写真付きで、それらの玉守りの紹介がされたページをふたりでつかみ、


「全色、コンプリートしよ!! ルナ!」

「うん、毎日行くぞ!!」


 ネコとウサギが気合いを入れて叫んだのを、背後のライオン二頭は肩をすくめて、理解できないというように顔を見合わせた。

 

 次の日。

 ウサギとネコは、出遅れた。


 ルナは、みんなの朝食をつくり、筋肉兄弟神にけっこうなお弁当を持たせるためにがんばり、洗濯をしたり、あれやこれやとしているあいだにすっかり時間が過ぎていた。


 いつもだったら、ちこたんとの絶妙なコンビネーションで、あらゆることが片付いていくのに、なんだかそのコンビネーションがうまく働かなかった――お互いに、なんだか要領が悪かった。


 ミシェルは、ジュリがつかまらなかったために、セルゲイとカレンの浴衣を見繕うのにつきあい、ついでにアズラエルとグレン、ピエトの浴衣も購入してきてくれた。


 ふたりが真砂名神社に向かえたのは、午後になってやっと、というありさまだった。


 シャイン・システムでK05区に向かったふたりは、いつもの場所には出ず、大路の入り口にある店内のトイレ近くという、目立たない場所を出口に選んだ。今日はお祭りだということもあり、人も多いだろうと予測をつけたからだ。


 予測は正解だった。店から大路に出た二人は、あまりのひとの多さに絶句し――いつも大路はほとんど人が歩いていないのに――どこから湧き出たかわからないひとごみに戦慄し、屋台をチラ見し、誘惑を振り切りながら、まっすぐに神社に向かった。


 前世を浄化してくれるはずの階段は、今日は人でごった返していた。

 この階段をはじめて上がる人間もいると思うのに、今日は、上がれなくなる人間は、ひとりもいないようだった。


 やっと拝殿までたどりつき、お参りを済ませたルナたちは、ものすごい混み具合の授与所に並んだ。そして、順番が来たとき、ふたりは一斉に肩を落とさねばならなかった。


「申し訳ありません。ラグ・ヴァダの女王の星守りは、もうなくなってしまいました」


 巫女さんのひとことに、ウサギとネコはあんぐりと口を開けた。

 毎日来ているミシェルと、この巫女さんとは顔見知りらしい。申し訳なさそうな顔で、巫女さんは付け足した。


「祭りのあいだに出る星守りは、知る人ぞ知る、というか、いままではあまり出ないお守りだったんですが、このあいだ取材にきた若い方が、パンフレットに載せたいとおっしゃってらして。宣伝効果かしら。午前中になくなってしまったんです」


 なんということだ。

 パンフレットに書いてあったから、ルナもミシェルも星守りの存在を知ったのだから文句は言えないが――宣伝効果は半端ではなかったらしい。


 初期のころに比べて、スポンサーが増えたためか、最近は増刷し、ほかの区画にも置かれているパンフレットだ。あの星守りは文句なくかわいかったし、ルナたちと同じことを考えた人間は、山ほどいたということだ。


「ええっ、星守り、もうないんですか!?」


 ルナたちと同じくらいの年齢の女の子のグループも、残念そうに帰っていくのを、ふたりは見送った。


 ないというものを、くれと無理をいうわけにもいかない。授与所は混んでいるし、巫女さんもてんてこ舞いだ。


 ふたりはがっかりしつつ、授与所をあとにした。


「知る人ぞ知るお守りかあ……どうりで、授与所のお守り置いてあるところに、なかったもんね」


 授与所のお守りがおいてあるところにも、おみくじのところにも、「星守り」のことは何ひとつ書かれていなかったし、並んでいなかった。


 ミシェルの落胆と言ったらない。ルナはそれも分かる気がした。一日目はよりによって、「ラグ・ヴァダ女王の星守り」だ。ルナも「月の女神」の星守りが手に入らなかったら、最大にへこむ自信はある。


「午前中に来るべきだったね……」

「うん。一番に来るべきだった……」


 シッポがうなだれたネコと、ウサ耳のヘタレたウサギが、帰ろうと階段を降りかけたときだった。



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