表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
55/934

28話 孤高のトラ Ⅱ 2


 体ががくん、と揺れる。

 空気がぶれて、身の置き所のない空間から、足場のある空間へ来るのは毎回のことながら調子がつかめない。身体がついていかない。


「……で、あるからして」


 ルナは、グレンの家――豪邸にいた。

 ここは大広間だろうか。どこまでも高い天井と、とんでもない広さの、まるで絵本に出てくるようなお城の中だ。

 ルナは、年配のメイドふたりと、それから男性四人と一緒に並んでいて、執事の話を聞いていた。


「グレンさまが、25歳のお誕生日に大怪我を負われて、やっと自宅療養まで回復された。あのお怪我で生きておられたのはまさしく奇跡にほかならない。だが――このガルダ砂漠でのご活躍で、結果的に、この若さで少佐に昇進されることになったのは、名誉であることは違いない。グレンさまは自宅療養にもどられたとは申せ、あと一年は安静にするよう医者の診断が出ている。あの方は無理を押すことはみなも分かっているはず。昇進されたとはいえ、無理をされてお身体に支障が出ては元も子もない。皆も気をつけるように」


 メイドたちが一斉にうなずく。


「また、さまざまな理由があって、ずいぶんやめてもらうことになったので、人手は少ない。足りないところはpi=poで補うことになる。グレンさまは、これ以上人を増やされるお気持ちはない。じきここは引き払われて、よそへ移られる。先日から念を押しているように、忙しいのはそれまでの辛抱なので、がんばってもらいたい」


 説明をしていた執事が「解散」というと、それぞれみんな持ち場にもどっていく。


 グレンがケガをした? 戦争で? 一年も療養? 

 25歳だといっていた。大丈夫なのだろうか。

 それに、お屋敷を引き払う? なぜ。たくさんのひともやめさせたみたいだし――。


 ルナは急にそわそわして、心配になってきた。


「うさちゃん」

 気づくと、導きの子ウサギが、ルナの肩にいた。

「さ、グレンの部屋に行こう」


 ルナは、気持ちが急かされるように廊下を走った。まったく、この屋敷は広くて、自分がどこにいるか分からなくなる。でも、この廊下は、このあいだ時間移動したときに現れた場所だ。おぼえがある。

 たしか、この廊下を進んで、階段を上がって、すぐ目の前の部屋――。


(あっ)


 グレンの部屋のドアをノックしているのは、あの体格のいい女性――マルグレットだった。


「……起きてるよ」


 ドアの向こうから、気だるい声がした。

 マルグレットが入るのにあわせて、ルナも隙間から身体をねじ込んだ。


 ベッドには、包帯まみれのグレンがいた。このあいだと部屋の内装は変わっていて、ベッドが左手側にある。

 グレンの姿は痛々しかった。顔半分に包帯を巻いて、右手もまた、包帯でぐるぐる巻きだ。台に左手を乗せている。立てた左足首にも包帯が巻かれている。シルクの高級そうなパジャマとガウンでベッドに座っていたが、ひどく苦しそうだった。


「……グレン!」


 マルグレットの気丈な顔はあっというまに崩れて、涙目になった。彼女は猛然とベッドに駆け寄った。


「よかった――よかった! 無事で」


 ルナが知っているグレンは28歳。25歳のグレンがめのまえにいるが、ルナの知っているグレンとほぼ変わらない。


「なんてことなの――ガルダ砂漠はたいそうな犠牲が出たって聞いたわ」

「二十年まえだったら、ドーソンの嫡男に大ケガさせた(とが)で、全員軍事裁判だな」

「ふざけてる場合じゃないわ」


 マルグレットは目じりをぬぐった。そして、ケガをしていないほうのグレンの手を取った。


「生きていて、よかった」


「なあ」

 グレンは、眉をしかめながら身じろぎし、小さく言った。

「レオンはどうした? 一度もここへ顔を出さない」


 レオンだけではない。いつもなら、従軍後はかならず顔を見せに来るはずのいとこたちの姿がない。マルグレットが最初の見舞い客だ。ほかのいとこたちはどうしたと聞くと、マルグレットは顔を(くも)らせた。


「……今のあなたに話したくはなかったけれど、今を逃したら、もう話せないかもしれない。だから、落ち着いて聞くのよ」


 ルナは聞き耳を立てたが、マルグレットの声は小声で、聞き取りにくかった。

 だが、やがてグレンの大声に、びっくりしてウサ耳を立てた。


「なんだって?」

 グレンは震えながら身を起こした。


「わたしも、最近気づいたことなの」


 マルグレットはグレンを助け起こしながら、話した。今度は、ルナの耳にもはっきり聞こえる会話だった。


 レオンはずっと、L8系の地方の戦争へ追いやられている。ほかのいとこたちもそうだった。全員バラバラ――だれかがもどってきても、すぐ別の星へ行かせられる。まるで、いとこ同士が顔を合わせないように仕組まれている気がする、とマルグレットは言った。


「おそらくは、残った宿老たちが、危ぶんでいるの。わたしたちの存在を」


 ユージィンを筆頭に、逮捕されずに軍事惑星に残ったドーソンの宿老たちが、傭兵擁護派であるグレンたち若手を忌避(きひ)している。


 グレンと、そのいとこたちが組んで、L18を支配するドーソン一族を転覆(てんぷく)させ、軍人と傭兵の平等社会を築こうとしている、と――宿老たちには思われている。


 それは、導きの子ウサギの解説だったが。


「それでも、あなたがガルダ砂漠に行っていたあいだ、ずいぶん減ったの――ドーソンの名を持つものが」


 マルグレットはひっくるめた言い方をした。


「おばあさまは」

「おばあさまは、高齢だということもあって、まだ逮捕されてはいないわ。エセルも、アンナおばさまもよ」


 マルグレットは、グレンの背をさすった。


「最近は、うちと懇意(こんい)なアーズガルド家の人間も、逮捕されていると聞いたわ」


 (うれ)いを込めた表情で言った。


「そう聞いただけ。だってわたしも、先日もどったの。無理やりよ――あなたのことを執事からの連絡で知って、今あなたに会わなければ、次はいつになるか分からないと思ったから。わたしも、あなたと会えないように戦地を転々とさせられて、ほとんど家にもどれなかった。夫もよ。ミアとサシェンを見ていてくれたのは夫の両親。でも、逮捕されたわ」


「いつのことだ」

「半年前よ」


 マルグレットの声が震えた。


「わたしの両親が――可愛がってくれていた祖父母が逮捕されて、ミアがショックで病気になって」


 声を詰まらせた。


「死んだわ」


 ルナも息をのんだが、グレンも言葉を失っていた。


「わたし、ミアの死に間に合わなかった」


 マルグレットは気丈な声を放ったが、涙は次々にあふれた。グレンは、無事な方の手で、そっといとこの涙をぬぐった。


「それで、夫――クリスとも話したわ――わたしたちは、ミアの敵を討つ」

「なに?」


 グレンの眉間がしかめられた。


「まさか、ロナウドに」

「いいえ」

 マルグレットは首を振った。

「今がチャンスよ――今しかないの。“ドーソン”を、転覆(てんぷく)させる」

「……!」


 ルナも最初、聞き間違いかと思った。

 マルグレットもドーソン家の人間で、グレンのいとこだ。ロナウド家の人々が、ドーソン一族を次々逮捕させているのに、ロナウド家ではなく、自分たちの一族であるドーソンを転覆させる、とはどういう意味なのか。

 ドーソン家は、若手と宿老と、まっぷたつに割れて、争っているのか。


「ユージィン叔父たちがわたしたちを疑うなら、そのとおりになってやろうじゃないの」

 マルグレットは悲痛な声で、不敵に笑った。

「今しかないのよ。わたしたち十二人がそろって決起する」


 十二人とは、グレンのいとこ十人――マルグレット、シス、クレア、グリオン、カイン、ケイト、レオン、ナタリア、トニー、エセルにくわえ、マルグレットの夫クリスと、グレン自身で十二人だ。


「ドーソンの宿老たちを、L18から追い出すの」


 グレンはごくりと息をのみ――その音が、すこし離れたルナのもとまで聞こえてくるほどだった。

 マルグレットは言い直した。


「エセルは無理かもしれない。彼女は、病弱だから」

「待て」


 グレンは、傷の痛みか、心の痛みか、どちらにしろ、痛みをこらえる顔で言った。


「待つんだ、メグ。時期尚早(じきしょうそう)だ」

「いいえ。今がチャンスなのよ」


 ドーソン一族は、決して軍人と傭兵の平等を認めない。

 マルグレットは、声高に叫んだ。


「わたしたち、あなたのいとこに当たる皆は、傭兵が同じ人間だとわかっている。でも彼らは、けっしてそうじゃない」


 軍人と傭兵が、手を取り合えるL18を。


「わたしたちが、“バブロスカ革命”を起こすのよ!」


 マルグレットが毅然(きぜん)とした顔でそう叫ぶのを、グレンもルナも、強張った表情で見つめた。


(――バブロスカ、革命?)


 どこかで聞いた。ルナは、図書館で見た本を思い出した。


(あれは、バブロスカ~我が革命の血潮~っていう本だった)


 導きの子ウサギが、ルナをつついた。


「ルナ、一度起きよう、時間だよ」





 ――時計は、午前十時を指していた。


 長い物語から覚め、頬は涙で濡れていた。

 グレンの過酷な半生を、すぐそばで、いっしょに体験してきたかのようだった。


(マルグレットさんは、あれから、どうなったんだろう)


 レオンさんは? 大けがをしていたグレンは。


(グレン)


 ティッシュを探してウロウロしていると、室内の電話が鳴った――ルナはウサ耳をビビーン! と立たせた。


『おはよルナ! 起きた?』

「……アンジェ」

 ルナはへたりと座り込んだ。

『どうだった、グレンの“過去”は』

「……!」

『あたし、三十分くらいでそっちに着くから。ひとっ風呂浴びたら、食堂においでよ。いっしょに朝ごはん食べよう』


 ルナは、気だるい体を起こし、露天風呂に浸かった。お風呂に入ったら、少し元気が出た気がした。


 ワンピースに着替えて食堂に行くと、アンジェリカが待っていた。

 今日は、客がちらほらいる。


「あたし、朝ごはんまだなんだ」

 アンジェリカはメニューを広げていた。

「午前三時まで仕事。さっき起きて、来たばっかり」


「三時!!」

 占い師という仕事はそんなに大変なのか。


「あたしみたいな“サルディオーネ”ってのが特別なの」

 アンジェリカは肩をすくめ、

「朝定食、十一時までだ」

 メニューを見て、嬉しそうな顔をした。


「あとでデザートにパフェ食べよ。昨日の約束通り、あたしのおごりね」

「うん! ありがとう!」


 ごはんにおみそ汁、納豆に鮭の焼き物に豆腐と温泉玉子などなど――ずいぶん量のある朝定食を、ふたりはすっかりたいらげた。

 アンジェリカは小柄なわりによく食べる。ご飯を二杯お代わりして、パフェに取りかかった。 


「で、どうだった。グレンの過去は」


 ふたりはほぼ無言で朝食をかっ食らったが、チョコレートパフェが運ばれてくると、ようやくアンジェリカは本題に入った。


「やっぱりあれって、アンジェがなにかしたの?」


 パフェを見て、昨夜のチョコレート色ウサギを思い出す。

 ルナが聞くと、アンジェリカは笑った。


「ルナを、ZOOカードの世界にお招きしただけ」


 なんのことはないように、彼女は言った。ルナは目をぱちくりさせた。


「あたしは、そうするように、“月の女神”にお願いされたんだ」

「月の女神さま?」


 月の女神とは、マ・アース・ジャ・ハーナの神話に出てくる神様で、ルナの故郷、L77の真月(しんげつ)神社に祭られている神様のこと?


「うん」


 アンジェリカはうなずいて、アイスの部分を大きくすくった。


「ルナに、アズラエルとグレン、セルゲイの過去を見せてやってくれって」

「えっ」


 そういえば、ドアは三つあったのだった。ルナが昨夜入ったのは、「孤高のトラ」であるグレンの過去の扉。


「あたしは、月の女神さまに言われたから、ルナに過去を見せているだけ。神様の意図は、あたしには分からない。なにか、意味があるんだとは思う。でも、あの過去は、あたしの創作なんかじゃない。ほんとうにあったことだ」


 クリームのところだけ一気に口に入れたアンジェリカは、スプーンをぶらぶらさせた。


「……マルグレットさんとレオンさんは、どうなったのかな」


 ルナのつぶやきに、アンジェリカはスプーンをグラスに突っ込み、沈黙した。


「それは、おいおい、分かってくることだと思う」


 彼女は、ふたりのその先を、教えてはくれなかった。そもそも、あれはグレンが25歳のころの話。

 グレンは今28歳だから、たった3年前の話なのだ。


「ただ、ひとつだけ言えるのは、グレンさんは、L03のガルダ砂漠の戦争で大ケガをして帰ってきた。あのあと、もう一度L4系のほうの戦争に行って、それから地球行き宇宙船に乗った。そして、あたしと姉さんは」


 アンジェリカは一拍置いた。


「ガルダ砂漠で、彼と会ってる」

「――え?」

「そのあたりは、いつか話すよ」


 アンジェリカはそう言って、パフェに目をもどした。


「と、ともかく」

 ルナは困り顔をした。

「みんな、あんまり、知られたくないこととか、あるんじゃないかなあ」


 ずいぶん、ヘビーな過去だったことはたしかだ。

 ルナも、ちょっと気が滅入っている。起き抜けにアンジェリカが電話をくれて、一緒に朝食を食べてくれなかったら、せっかく旅行に来たのに、一日憂鬱(ゆううつ)だったかもしれない。


「うん――でも」

 アンジェリカは、小首をかしげた。

「もしかしたら、必要なこともあるかもしれない」

「必要なこと?」

「うん。ルナが、だれかを助けるときのために」

「……」


 ルナはもふもふと、ウサギの口を動かした。


「あたしが、だれかを助けたりなんか、できるかなあ」

「ルナが助けるんじゃないよ」

「え?」

「ルナは大樹。一本の、やすらぎの樹だ」


 アンジェリカは、微笑んだ。


「ルナは、ルナであれば、それでいいの」


 ルナは意味が分からず、まだウサ耳をぴこぴこさせていたが、アンジェリカはつづけた。


「きのう占いをしたとき、ルナに言ったよね。運命の相手と出会うことは、自分の運命と向き合うことだって」


 少し違うが、アンジェリカはきのう、たしかに言った。


 ――「運命の相手と出会うということは、あんたのタマシイに課せられた運命が、はじまってしまうからだ」――と。


「ルナはまだ、知らないことがたくさんあるんだ」

「う、うん? それは、いっぱいある――」

「自分のことに関しても、だよ」

「――!」

「運命の相手と、運命の糸はつながっているんだ。ルナがこの船に乗って、軍事惑星群の人間と次々出会ったのも、その証拠だ」


 アンジェリカはパフェを食べたあと、「明日もまた来る」と言い残して、あわただしく飛び出して行った。


 時の館のドアは、まだふたつあった。

 アズラエルの「傭兵のライオン」と、セルゲイの「パンダのお医者さん」。


 ルナは、ふたりの過去を見てしまうまでは、ここにいたほうがいいのかなと思って、椿の宿の宿泊を延長した。

 ひとりにつきひと晩ならば、あとふた晩かかるということだ。


 そして、ウサギのワッペンをつけた日記帳を取り出すと、覚えていることをメモし始めた。


 外に出て河原を散歩し、付近の商店街をうろつき、河原で豪華なお弁当を食べるという野望を達成したルナは、はずむ足取りで宿にもどった。


 アズラエルからの連絡は、まだなかった。

 夜も更け、ルナはお風呂に入って、さっさと布団に潜り込んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ