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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~夏のお祭り篇~
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228話 ルーシー Ⅰ 2


 やっと、一ヶ月の業務から解放されたおとついの帰り道、フライヤは大きな書店に立ち寄った。


 本を買うつもりはなかった。ただの気分転換だ。


 ぼんやりと書棚を眺め、うろついていたフライヤの目に入ってきたのは、よく、庶務部の管理官が読んでいた週刊誌だ。フライヤは、普段、見ることもしないのだが、記事の見出しに目が吸い寄せられた。


「戦争が増えたのは、メルーヴァのせい!? 革命家メルーヴァと、L03の伝説」


 フライヤという生物は、L03と名がつけば、なんでも目を通してしまう習性がある。彼女はすかさず雑誌を手に取った。


 内容は、昨今の戦争増加が、L03のメルーヴァ伝説とかかわりがあるといった、見出しそのままの内容だ。オタクのフライヤには、目新しい情報はなにもない。愚にも着かないものだったが、ふと気になる一文を見つけた。


「地球行き宇宙船の美術館創始者、ステラ・ホールディングスの社長もメルーヴァだった!?」

「ラグバダ病の研究に投資をはじめた矢先に謎の死を遂げる!?」

「地球行き宇宙船に謎の結界。謎の占術師との関係は!?」


 フライヤは、(――謎だらけじゃん!)とひとりでつっこんだあと、どうにも気になって、その雑誌を買った。


 内容は結局、「謎」だらけで終わっていた。この記事を書いた記者も、どこからそのネタをつかんだかはしれないが、実際彼もこれ以上調べられず、「!?」で終わったのだろう。


 本文は、見出しを長ったらしくふくらませただけである。

 見出し以外の事実は、なにひとつ書かれていなかった。


 だがフライヤは、「ステラ・ホールディングス」の社長がだれか思い出したとたんに、L19の邸宅へ飛んだのだった。


 シルビアに許可を得て、大きなペガサスの紋章が付いたドアを開けて、書斎に入ったフライヤは、片っ端からウィルキンソン家の歴史につながる書物を抜き出した。


「せっかくの休みに、またあんたは本ばっかり」


 母親は文句を言ったが、フライヤの熱心さを見てか、シルビアは、あれもこれもと書棚を探して、出してくれた。


「わたしはエルドリウスほどこの部屋の本を読んでいないけれど、あなたよりはくわしいわ」


 シルビアの協力は、実に助かった。二日の間に読んだ本はけっこうな量だ。フライヤは、シルビア以上に、ウィルキンソン家にくわしくなってしまった。


「ステラ・ホールディングス」とは、ルーシー・L・ウィルキンソンが代表取締役だった会社である。


 しかし、これだけ膨大な資料があっても、ルーシーの捜索は困難を極めた。


 エルドリウスが言っていたとおり、ルーシーはかつてのウィルキンソン家当主パーヴェルの“先妻”であり、スキャンダルまみれだったために、記録がほとんど残っていなかった。


 ネットでも探したが、ルーシーがメルーヴァだという文も、メルーヴァとかかわりがあるなどという記事も、見つけられなかった。


 そもそも、ルーシーという女性が、あまりに謎の多い人物だった。


 地球行き宇宙船の美術館設立者の資金の出どころで、彼女の銅像も堂々と建てられているというのに、簡単な年表があるだけで、あまりに多くが謎に包まれている。生まれも、L52の貴族とされていて、L03の文字などまったく出てこない。


 フライヤは、美術館設立者である、ビアードの人生をえがいた映画をネットで見つけたので、借りてみた。

 内容は、史実をそのままなぞった映画と言っていいだろう。


 ビアードの生い立ちから、ルーシーに見いだされるときまでをえがいた前篇、フライヤは熱心に見ていたが、母親は半分寝ていた。

 後篇から、ルーシーが出てきたところで、急に映画の雰囲気が変わる。


「あら、この女優」


 シルビアが好きな女優のようだ。やっと母親も目を覚ました。


 ルーシーは、ビアードのパトロンといってもいいほど、社長と部下という枠組みを超えた関係だった。 


 しかし、ルーシーが関わったほかの男性とのように、色気のある関係ではなく、親子のようだ。子どものない彼女は、ビアードを実子のように愛している。


 フライヤも知っている、お色気たっぷりの女優がルーシーを演じていて、濡れ場も結構多い。フライヤは、顔を赤らめながら見て、エルドリウスが一緒じゃなくて、本当によかったと思った。


 夫のパーヴェルに、マフィアのアロンゾ、そして部下のアイザック――ルーシーを取り巻く男たちは、イケメン俳優勢ぞろい――母親が、パーヴェル役の俳優に狂喜乱舞していた。


 母親が好きな俳優で、ようやく映画に興味がわいたのか、フライヤに「ここまでのあらすじ」を聞きはじめた。


「大モテだねえ、このルーシーってひとは!」


 女社長で、頭もいいし、なにより美しい。美術関連の事業を手掛けているだけあって、センスもよければ、本人が描く絵も、手慰みとはいえないほど上手い。彼女の絵も、高額でオークションに出されたことがあったらしい。


 なにもかもがそろったような彼女の人生。

 手に入らないものがないといえるくらいの――。


「こんな人生、あたしも一回送ってみたいもんだわねえ」


 母親は言ったが、フライヤはそうは思わなかった。

 ルーシーは完璧な女に見えるが、ちっとも幸せそうには見えない。フライヤには、彼女の生涯が、男たちに翻弄され続けた人生のようにしか見えなかった。


 フライヤが好きな俳優は、ビアード役の若手俳優だったが、印象に強く残ったのはパーヴェルだった。


 ルーシーに離婚を突きつけられ、「もどっておいで」と見当違いのセリフを吐くパーヴェル。

「もう、あなたに心は残っていないの」とルーシーに告げられ、傷ついた顔をするパーヴェル。


「おまえが私を愛していたことがあったのか」

「愛していたわ。かつては、あなたを。あなたが私を見てくれなかっただけ」


 フライヤが意外だったのは、パーヴェルという男が、実はかなりのコワモテだったことだ。フライヤは勝手に、紳士的でやさしい男性をイメージしていたのだが――エルドリウス似の――史実そのままを映画に起こしてみると、彼はアロンゾに限りなく近いイメージの男性だった。


 俳優も、ちょっと年配なのでフライヤは知らなかったが、母親曰く、マフィアとか、ワルばかりやっている俳優なのだとか。


 まだアロンゾのほうが、ルーシーを愛している気持ちを隠さない分、人間味のある描かれ方をしている。


 パーヴェルは冷酷でおそろしく、威圧感がある。アロンゾのようなマフィアというよりかは、やはり経済人だ。一代で巨額の財をなした男というのは、ただものではない。


 フライヤは、エルドリウスがものすごく冷酷で、すごみがあったらこんなふうになるのではないかな、と考えたけれども、冷酷なエルドリウスというのが想像できなかったので、あきらめた。


 しかし、パーヴェルがルーシーを愛しているとは、到底思えなかった。


 だからこそ、後半の、ルーシーに別れを告げられるシーンで、傷ついた顔をするのが印象的だったのだ。


 フライヤは、ここではじめて、彼がルーシーを愛していたのだとわかった。


 アロンゾもアイザックも、ルーシーを愛しているのが丸わかりだが、一見つめたいように見えたパーヴェルが、一番ルーシーを愛していたのではないのか。


 けれども、最初から冷え切った夫婦関係。

 たがいに浮気をして、すれ違う。


 ルーシーはパーヴェルを愛そうとしたけれど、パーヴェルに拒絶されたせいで、心を閉ざしてしまうのだ。


 パーヴェルはパーヴェルで、ルーシーがあまりに美しすぎて、経済世界の泥沼につかり切っている自分を愛してくれはしないと決めつけている。


 ルーシーとパーヴェルは政略結婚。ここは史実どおりだ。政略結婚だったから、パーヴェルはルーシーを愛していなかった、ともとれるが、この映画監督は、ずいぶんルーシーびいきだな、とフライヤは我に返ったところで、威勢よく鼻をかんだ。


(なんだかこの人は……ルーシーを愛しているせいで、ルーシーから離れようとしているように見える……)


 フライヤは、ルーシーがアロンゾの凶弾に倒れるのを、ティッシュ箱を独占して鼻をかみつつ見た。フライヤのティッシュ箱を隣の母親が奪い、シルビアもそっと一枚、つまんだ。


(パーヴェルは、ほんとうにルーシーを愛していたんだわ……ほんとうは、自分が嫌われていると思っていて、つらかった。ほんとうに彼女を愛してくれる男性がいたなら、開放してあげたかった。でも、アロンゾはヤバいし、アイザックもけっこうヤバめの男だしで、放っておけなかったんじゃないかな)


 フライヤは、これだけは確実に言えた。


(パーヴェルは、ルーシーにつめたかったけど、愛していたんだわ。ずっと陰から、彼女を守っていた……)


 母親とシルビアが同じことを言いながらむせび泣いていたので、フライヤはこの映画の主題がそれにつきたことを悟った。(たしか、これはビアードの映画だった。)


「あんたにしちゃ、いい映画を借りたじゃないか」

「ルーシーの映画があったなんて、知らなかったわ……」


 正確には、ビアードが主役の映画である。


 感動にむせび泣いている母親とシルビアをよそに、フライヤは落胆していた。感動はしたが、落胆だ。 


 やはり、L03にかすりもしていない。

 ルーシーが「ラグバダ病」とかいう病気の研究に投資した話もなかった。

 地球行き宇宙船の結界の話なんて、一ミクロンも出てこなかった。


 やがて、地球行き宇宙船内の美術館の入り口――ビアードとルーシーの銅像が映されて、エンドロール。メロウでちょっと悲しい曲調のジャズが流れだす。


 フライヤは肩を落とした。


「やあ、おもしろそうな映画を見てるじゃないか」


 エルドリウス閣下のご帰還だ。


「これはまあ! おかえりなさい、エルドリウスさん!」


 母親が立って席をあけようとしたが、エルドリウスは「まあまあ、お義母さん」と制した。


「ルーシーの映画を見ていたのよ――あなた、知っていて? こんな映画、あったの」


 シルビアが、おさまらぬ感動に目頭を押さえながら聞いた。

 これは、ビアードの映画である。

 タイトルも「ビアード・E・カテュス~その愛と生涯~」で、ルーシーの名は一辺も出てこない。


「いや、知らないね。僕も見たいな」

「でも、今夜ではなくて明日になさいな。わたしももう一度見たいのよ――フライヤはどう?」

「あ、あたしももう一回見るつもりです」

「なら決まりだ。明日はそこにウィスキーとパテとクラッカーを置いて、映画鑑賞。いい休日になりそうだ」


 フライヤは、「エルドリウスさんもあした休みなの」と聞こうとしたが、エルドリウスの姿は消えていた。シャワーを浴びにいったのだろう。


 日付は変わっている。


 前篇をまるで見ていなかったフライヤの母親も、もう一度見ると言ってきかなかったが、彼女が明日も前篇の途中に寝るだろうことは、フライヤには容易に想像できた。





 ――さて、地球行き宇宙船。


 ルナは寝坊したことを食器棚の一番上に上げて、めずらしくノート型携帯端末で検索していた。


 今まで一度も検索したことのなかった、ルーシー・L・ウィルキンソンという名を検索してみようと思ったのだ。


『なにか、調べものがございますか?』


 ちこたんは、パソコンや携帯電話やノート型携帯端末をライバルだと思っているのか、まったく放っておいてくれない。ルナは聞いた。


「ルーシーの映画が見たいの」

『少々お待ちください』

「あれ?」


 端末の検索サイトの一番上に出てきたのは、映画だった。


「ビアード・E・カテュス ~その愛と生涯~」


 ビアードの生涯を描いた長編大作だ。

 映画の紹介欄を見ると、彼がルーシーに見いだされて、彼女の部下になるまでが前篇。そして彼が地球行き宇宙船に美術館をつくり、最愛の社長ルーシーの死を経て、彼女の会社のトップとなるまでが後篇の、前後編になっている。


 ルーシーはもとより、アロンゾも、パーヴェルも、アイザックも――ルナが知っている名前が、たくさん出てくる。


 夢の中では、ウサギだのライオンだの、動物に置き換えられていて名前は出てこなかったが、クラウドが歴史に残っている分は名前を調べてくれたので、知っているのだ。


 ビアードの妻、エミリーも出演している。(これはたしか、エレナの前世だ。)


 ルナが見た夢は、真砂名神社に奉納された絵画を主題においた内容だった。あの夢は、ルナが、絵を描いた者の正体を知るために見たのだろう。現実には、あの絵画の作者は不明のままだから、ミシェルの前世のくだりはこの映画にはない。ミシェルの前世も、クラウドの前世も出てこない。


 ルナのうさ耳がぴーん! と立った。


 十年も前に公開された映画で、すでに旧作あつかいだ。

 迷いもせず、その映画をレンタルした――しようとしたが、ちこたんが、なんだかビームでも出そうな顔で端末を睨んでいるので、ルナはちこたんに頼んだ。


「この映画。借りてくれる?」

『承知しました』


 動画配信サービスのアプリにこの映画は存在しなかった。あるのはDVDのみで、評価はあまりよくない。しかたなくちこたんは、DVDをレンタルした。一分もせず、室内のシャイン・ポストにDVDが届いた。ちこたんは、それを嬉々として取りに行ったのだった。


 ルナが、ほっぺたをぷっくりさせたままコーヒーとお菓子をテーブルに置き、ちこたん経由でDVDを見ようと、ちこたんのディスク読み込み口に挿入しようとしたところで、みんなが帰ってきた。


「ただいま」


 アズラエルとグレンは、トレーニング・ウェアの格好で、タオルを首にひっかけていたし、セルゲイはカレンを病院まで送った帰りだった。テーブルの上にコンビニ菓子を一個一個、ていねいに置きつつ、「なんの映画?」とルナの手元をのぞきこんできた。


 クラウドは、「え? なに? 映画? 俺も見たい。ちょっと待ってて」といいながら、キッチンに駆けこんだ。コーヒーを淹れるつもりだろう。


 ミシェルが一緒ではないところを見ると、彼女は真砂名神社に絵を描きにいった。そしてクラウドは邪魔だと追い返された。そんなところだ。


 みんなは、ルナが寝坊したことについては何も言わずに、DVDのパッケージを注視した。


「久しぶりに見たな。こういうディスク型のヤツ」

「ひとりでこっそり、なにを見ようとしてたんだ? エロいやつか?」


 グレンのからかいに、ルナは応じないつもりだった。彼らはでかい図体にものを言わせて、ルナの手からDVDケースを奪い取った。

 ルナが女社長だったころなら、ぜったいにクビにしてやっただろう横暴な態度だ。


「えろくないやつです!」


 ルナは言い切ったが、映画にはR指定がついていた。ピエトには見せられない類のものだ。ピエトがネイシャの家に遊びにいっていて、ほんとうによかった。


「それにしては、色っぽい雰囲気の映画だ」


 なんだか、セルゲイまで意地悪なことをいう。彼は、思い切りアロンゾとルーシーのイチャイチャシーンの写真がプリントされたDVDケースを見ながら、言った。


 ルナは言い訳を失った。だが決して、えろい気持ちでこれを借りたのではない。


「ビアードの愛と生涯――えっ? ルナちゃん、これって、ルーシーが出てくるやつ?」


 分かってくれたのはクラウドだけだった。


「うん!」

「驚いた。――そうか。そうだよな。有名人だもんな。映画くらいあるか」


 クラウドは言い、「どうするアロンゾ。君の前世がどう書かれてるか、見てみる?」と悪戯心満載の顔でアズラエルに聞いた。


「だれがアロンゾだ」

 アズラエルは不機嫌面をした。


「アロンゾ?」


 セルゲイの首が傾げられたので、クラウドは長い長い――前後編の映画より長い説明のクラウチングスタートを切ろうとしたが、急に気が変わったように口を開くのをやめた。


 彼はリビングにいる人間を確認し、「アロンゾにアイザック、ルーシーにパーヴェル……」とセルゲイとグレンが首をかしげる名で彼らを呼び、


「いっそ、“ビアード”も呼ぶ?」


 クラウドの台詞に、アズラエルが「はあ!?」と大反対の絶叫をしたが――一時間後、ルナたちは、ララ邸の広いシアタールームで鑑賞することになっていた。




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