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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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223話 偉大なる青いネコ 2


「“ラグ・ヴァダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”?」


 クラウドは、ピエトが言った言葉を復唱し、「なるほど」とうなずいた。


「……意味、わかる?」

「うん、わかる」


 クラウドがあっさりうなずいたので、二羽のウサギと子ネコはふたたびぴーん! となった。


「なるほど……俺が考えてたことは、間違っちゃいないってことだな……なァ、アズ」


 午後五時近くなり、観光客の数も、格段に減ってきていた。テント内の人数も少ない。みんな、空いた湖畔のほうへ遊びに行っているのだろう。


 朝からコンロの前に立ちっぱなしだったスタッフも、就業時間が終わったのか、ラガーの店長に缶ビールをもらって、帰るところだった。


 アズラエルとグレンとクラウドは、今日はあまり動いていない。朝からずっと同じ場所にいた。

 ハンシックの四人と、九庵も、だまって話を聞いていた。


「なんだ」

「明後日、マミカリシドラスラオネザに会いに行こうと思う」

「いよいよか」


 ルナたちも、携帯椅子を引っ張ってきて、車座になった。

 “偉大なる青いネコ”にもセシルたちの窮状(きゅうじょう)を告げた。クラウドは、いよいよ重い腰を上げるようだ。


「おまえの頭ンなかで組み立ててる計画は、俺たちには話せねえのか」


 グレンが尋ねたが、クラウドは苦笑した。


「俺は何も計画なんて組み立てちゃいない。最初に言ったろ? “呪い”やらなんやらは俺の専門外だ。俺が、マミカリシドラスラオネザの機嫌を損ねたらそこで終わりだ。おそらく、呪いを解く方法を、彼女は知っている。俺は、彼女からそれを引き出さなきゃならないんだろう」


「ペリドットは、やつはケトゥインの呪いのことまでは知らねえって」


「それはほんとうだろうね。ペリドットのいうことも間違ってないし、彼女が嘘をついているわけじゃない。彼女は、ケトゥインの呪いの解き方は知らない」


「じゃあおまえは、何を聞きに行くんだ」


「呪いを解く、というよりも――おそらく彼女は、ケトゥインもエラドラシスも関係なく、原住民のつかう“呪い”すべてを粉砕させる方法を、知っているんだ」


「ええっ!?」

 ルナとミシェルとピエトが叫んだ。


「さっきの、偉大なる青いネコの言葉で、それが証明された。“ラグ・ヴァダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”。エラドラシスの一族は、ラグ・ヴァダの女王に仕えていた神官の末裔だ。おそらく、原住民すべての祖であるラグ・ヴァダの女王の力をつかって、原住民の種類も関係なく、あらゆる呪いを打ち消す方法を伝授されているかもしれない」


「……だから夜の神様は、“偉大なる青いネコ”に知らせろって言ったんだ」


 “偉大なる青いネコ”はミシェルの魂で、ミシェルの前世が“ラグ・ヴァダの女王”だ。

 ルナは腑に落ちてうなずいた。


「マミなんとかは、バジやベッタラの話によると、だいぶ気難しい女なんだろ」

「ああ――でも俺は、なんとなく、彼女を気難しくさせている理由は、分かる」

「分かるのか」

「うん。でも、的外れだったら、意味はない」


 クラウドがめずらしく、真剣に悩んでいた。


 ルナがZOOカードで“偉大なる青いネコ”を探していた時期、クラウドも、マミカリシドラスラオネザの情報を集めていた。クラウドが何の意図をもって、彼女の出身星や村、家族構成をしらべていたかは分からないが、クラウドのいうように、その調査が「的外れ」だったら、意味はないということだ。


 今回ばかりは、クラウドも自信満々で「大丈夫!」とは言えないようだった。


 ずっと話を聞いていたルシヤは、祖父のハーフパンツの裾を引っ張った。


「じいちゃん、なんとかならないのか」


 フィジカル面ではほぼ無敵のじいちゃんも、こればかりはなんともならないようだ。


「ハン=シィクにも、祭事を司る巫女や神職はあったよ。だが、呪いの類は、なあ……」

 悩ましげな顔をし、

「マミカリ……。店には来たことがないな」

 シュナイクルは結局、両手を挙げて降参した。名前にも、対処法にも。

「呪術的なものは、専門外だな」


 シュナイクルでさえそうなのだから、ジェイクやバンビは口をはさむどころか、話題について行けさえしない。


「呪い、ですか……」


 九庵が、腕を組んだ。

 彼の細い身体は、パーカーで隠れてはいたが、全身傷だらけだった。そのすさまじさに、グレンですら一度息を呑んで、マジマジと見てしまったほどだ。


「わしが引き受けましょうか?」

「は?」


 だれしもが、九庵の顔を見た。彼は、おつかいでも引き受けるような気軽さだった。


「わしがもらいましょうかと。生き抜けば、なんとかなるヤツなんですよね?」

「たしかにおまえだったら、どんなのがかかってきても撃退できるかもしれねえが……」


 アズラエルは、九庵自身から聞いた、彼の過酷な半生を思い出していた。


「まぁ、早まるな。やめておけ。これ以上苦労を背負いこむことはねえだろ」


 首を振ったアズラエルに、九庵は微笑んだ。


「そうですね。手段はあるようですし。もしこの件が失敗したら、わしのことも考えておいてください」


「とにかく、行ってみねえことには始まらねえな――わかった。ペリドットには俺から連絡しておく」

「頼むよ、アズ」


 みんなの顔が引き締まった。


「わたしはルナのボディガードだ! わたしも行くからな!!」


 ルシヤは胸を張って言ったし、九庵も、「今回は、お邪魔できそうですな」と言った。


 ルナもつられるように、ほっぺたをぷっくりさせて、気合いを入れてみた。


 “呪い”なんてジャンルは、クラウドが言うように、みんなの専門外だ。


 クラウドも、見通しを立てられない。クラウドがマミカリシドラスラオネザの機嫌を損ねれば、すべて水泡(すいほう)()す。


 ――セシルは一生、“呪い”から逃れられない。


「そういや、結局ロビンはこなかったな」


 急に張りつめた緊張をほぐすように、アズラエルが伸びをし、ぜんぜん関係のないことを言った。ミシェルも思い出したように言った。


「ほんとだ。そういえば、アイツの顔、今日は見てない」


 ロビンが来ていれば、ぜったいミシェルにちょっかいをかけに現れるはずだ。だが今日は、招待したアズラエルも、ミシェルも彼の顔を見ていなかった。


「ライアンも、いつのまにかいなくなってるしなァ」


 アズラエルは朝、ライアンとすこし話したが、ロビンは一緒ではなかったし、ライアンは、肉と酒をかっ食らいながらアズラエルやオルティスと話したあと、すぐ泳ぎにいってしまった。


「あ、ライアンさんは、もう帰ったよ。アズによろしくって」

「帰った? おまえ、ライアンに会ったのか」

「う、うん――あのね、売店のとこでジュース奢ってもらったの」

「……」


 アズラエルは不審な目で(イマリがルナに向けた視線とは違う)ルナを見た。ルナはウサ耳の先から足の先までぷるぷるっと震えた。


「ライアンのヤツ、おまえになにかしなかっただろうな……?」


 どうしてアズは、こうも鋭いのだろう。セルゲイはごまかせたようだが、アズラエルの目は、ごまかせそうにもなかった。


 ルナはでも、「なにも、なにもなかったりします! ジュースを飲んで、ジュースを買って、ジュースをのんだだけなのです!」と冷や汗タラタラで言った。


「ふぅん……」


 納得していない顔つきだったが、アズラエルは追及を諦めてくれた。

 あとは、ベッタラが口を滑らせないように祈るのみだ。

 ルナはウサギ口をとがらせて、明後日の方向を向いた。


「ミシェルも、アントニオも、アンジェも来なかったしね――シナモンやリサが呼んだ子は、あたしも初対面が多かったし――招待状見たけど、半分が知らない名前だったよ」

「今日のメンバーは、半分が知らない人だったんだ!」


 ルナが呆れ声で言った。


「そういうことになるな」


 グレンが言って、何杯目か知らないビールを呷った。この男は、どれだけ飲めば酔いつぶれるのだろう。朝から飲んでいる気がする。


(あ)


 ルナは、売店のほうに、ヤンの仲間の三人が、新しい恋人と腕を組んで歩いているのを見た。

 あんなにいっぱい女の子を呼んだのに。


(うまくいったのは、あの三人だけかあ)


 今日は、ヤン君に彼女はできなかった。イマリと出会わせる作戦も失敗に終わった。

 ベッタラも、リサが紹介してくれたイルカの中に、運命の相手はいなかったし、つきあえるような女の子はいなかった。

 なかなかうまくいかないものだなあと、ルナが肩を落としたとき。


「あ、ネイシャ――」


 ピエトが、湖畔のほうからくるネイシャの姿を見つけて駆け寄ろうとしたが、なぜかそっちを見たまま止まってしまった。


 ルナも見た――ミシェルも。


 このあとホテルに泊まった夜、話をしたから、ミシェルも同じことを思っていたのだと判明したけれども、それを見たアズラエルやグレン、クラウドも、もれなく同じことを思ったのだと、ルナは知らなかった。


 ネイシャとセシル――そして、ベッタラが湖畔のほうから歩いてきた。

 ベッタラとセシルと、手をつないで楽しそうにはしゃいでいる、ネイシャ。

 微笑みあうセシルと、ベッタラ。

 三人の姿が、あまりにも、「しっくり」きたのだ。


「聞いてくださいアーズラエル! セーシルはイルカのように泳ぎが早くて跳ねるのです!」

 ベッタラが子どものように興奮して、アズラエルに言った。

「ネーイシャは、シャチのように狂暴です! いてて、いけません、ネーイシャ!」

「ね、もう一回泳ごうよ! 競争しよ、日が沈んじゃう前に!」

「ワタシはもう疲れましたよ」


 午前中の合コンでだいぶ疲弊(ひへい)したのか、めずらしく疲れ顔で座り込むベッタラの背中に飛びつくネイシャは、すっかりベッタラの娘だった。


(そうかあ……)


 なぜ、気づかなかったのだろう。ルナは、気づかなかった自分がアホだと思った。


(ベッタラの探していたイルカさんは――きっと)


 ここにZOOカードはなかったが、ルナは、黒いもやの中に、うっすらと二人の正体が見えた気がした。


 セシルは“イルカ”。

 ネイシャはきっと、ベッタラと同じ、“シャチ”。


 ルナ以外、だれも気付いていない。

 ここに“セルゲイがいないこと”を。

 ベッタラは今、“夜の神のお守りを持っていないこと”を。


 ベッタラは泳いでいる最中に肌守りを落とした。後ろを泳いでいたライアンが拾い、ルナに預けた。彼の肌守りは、今ルナが持っている。

 なのに彼は――セシルたちと、あんなにも仲良く触れあっている。


 ベッタラは、部屋を出て行ったセシルを追いかけて止めたときも、女装はしたままだったが、男言葉に戻っていた。

 ベッタラだけが、最初から、ふたりの“呪い”の影響を受けていない。


 それがなぜなのか、ルナにもわからないし、一番そういったことに気付くはずのクラウドも気付いていないようだった。

 もしかしたら、ベッタラ自身も、気づいていないのではないのか。


 ルナは、こっそりとベッタラに肌守りを返した。


「え? あれ?」


 ベッタラは、くくりつけていたであろうハーフパンツの脇を探った。そこにないのが分かると、「ルーナさんが拾ってくれたんですか、ありがとうございます」と礼を言って受け取った。


「泳いでる最中に外れちゃったみたいだね。ライアンさんが拾ってくれたよ」

「ラーイアンがですか? あの男は大変に泳ぎが華麗でした。オオカミのくせに」


 いずれまた、勝負を! と意気込むベッタラは、ネイシャに引っ張られて、再び湖畔のほうへもどっていった。セシルもついていく。

 大きな夕日が、オレンジ色に輝きはじめたころだった。


「十八時前にはもどってこいよ! 撤収するから!」


 グレンの声に、ネイシャとベッタラの「はーい!」という大きな返事。

 ピエトはなぜだか、ついていかなかった。ルシヤもだ。


「なんか、あの三人仲良くって、俺が仲間はずれにされた感じ」


 口を尖らせたピエトに、大人たちは笑った。




 ルナはそのあと、ZOOカードをアズラエルの車に片付けてから、パーティーが終わるまで、ずっとレイチェルと一緒にコテージにいた。一番豪勢なトロピカル・ジュースを買って、シナモンとミシェル、キラもいっしょに、四人で飲んだ。


 薄暗くなったころ、バーベキューは解散した。ルナは、レイチェルとエドワード、担当役員をシャイン・システムのまえまで送ると、アズラエルの車に乗って、キャンプ場の反対側のリゾート地へ出発した。


 今夜、湖畔のリゾート・ホテルに泊まるのは、ルナとアズラエル、ピエトだけではない。

 ミシェルとクラウドもだし、セルゲイとグレン、カレンとジュリも一室ずつ取った。


 ハンシックは夜の営業があるので、今日は解散だ。ルシヤがだいぶごねたが。

 九庵も「また後日」といって、帰った。


 そして、予定にはなかったが、セシルとネイシャも泊まることになった。

 ――ベッタラ付きで。


 もちろんベッタラは、セシル親子とは別の部屋を取ったが、ネイシャは、「ベッタラも一緒がいい」といって、母親とベッタラを困らせた。


 困らせたといっても――ふたりとも、それほど困っているように見えなかった――のは、ほかの大人たちには丸わかりだった。


 互いに、遠慮をしているだけなのは。


 ベッタラは生真面目だし、セシルも、ベッタラに好意はあっても、“呪い”という前提があり、男性に対する恐怖心が消えたとは言えない。

 けれども、二人の距離はずいぶん縮まっているかのように見えた。


 ネイシャは、はじめての高級ホテルにも、ベッタラとピエトがいっしょだということにも大はしゃぎして、慌てたセシルにたしなめられるほどだった。


「ネイシャ、ホテルで騒いじゃダメ」


 最初のクールな姿が嘘のようだった。ピエトと一緒に、ホテル内のロビーを走りかけて、またセシルに怒られる。


 二度も怒られて、子ども二人はやっと落ち着いたが、はしゃぐ気持ちは抑えきれないようだった。コンシェルジュに案内されてエレベーターに乗り込み、五階の廊下につくと、案内人を追い越して走り出した。


「見てピエト! 湖が綺麗!!」

「ほんとだ!」


 廊下の窓から見える湖は、ライトアップされて煌めき、波の音が耳の中にかすかに残った。

 ルナとミシェルも、子どもと一緒になって窓に張り付いて眺める美しさだ。


「静かに! 静かにしてね」

 セシルは呼びかけ、

「先のことを考えて、贅沢したことなんか一度もなかったから……」


 苦笑して、廊下の途中でぴたりと止まった。それからいきなり、頭を下げた。

 先を歩いていたアズラエルたちは、驚いて振り返った。


「ありがとう――あなたたちのおかげです」

 セシルは涙ぐんでいた。

「ネイシャにこんな楽しい思いさせてあげられたこと、一度もなかったんだ。怖い思いや、つらい思いをさせたことはあっても――セルゲイさん、今日は一緒にいてくれてありがとう」


「えっ? ――い、いや、」


「アズラエルさん、ルナさん、ミシェルさん、クラウドさん、グレンさん、カレンさん、ジュリさん。……みなさん、ほんとにありがとう」


 セシルは最後に、隣を歩いていたベッタラに、深々と頭を下げた。


「ありがとう――ベッタラさん」


 口数の多いベッタラが、それにたいしては何も返さなかった。かわりに、奇妙な顔を見せた。困ったような、照れたような、怒ったような、微妙な顔を。


「さんづけはやめようよ。もうあたしたち、仲間だろ? 宇宙船を出ても、あたしたちは仲間だ。それは変わらない――そうだろ?」


 カレンがセシルの肩を抱いた。一番先頭を行っていた子どもたちが戻ってきたのを見て、セシルはあわてて涙を拭いた。


「行きましょう――セーシル」


 ベッタラに手を取られ、セシルはまぶしいものを見る顔で、ベッタラの広い背を見つめた。


 レストランでの楽しい夕食を終え、以前ネイシャが遊びに来たときにしたカードゲームをするために、カレンとジュリの部屋に皆が集まっている。


 ルナは部屋に行くまえに、一度だけZOOカードを開けてみた。

 箱はあいたが、月を眺める子ウサギは出てこない。

 導きの子ウサギを呼んで、ネイシャとセシルのカードをもう一度出してもらった。


 相変わらず黒いもやに包まれている。


 ルナは、根気強く見続けた。


(――あ)


 ぶわりと、もやが大きくたわんだ瞬間、カードが見えた気がした。


(セシルさん――ネイシャちゃん)


 ルナの想像は当たった。

 ベッタラは、無意識かもしれないが、ふたりの正体を見つけていたのだ。


 ――イルカと、小さなシャチのカードが、身を寄せ合って、泣いているのが見えた。





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