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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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223話 偉大なる青いネコ 1


「ジュース買いにって、どこまで行ったんだ」


 アズラエルとグレンのツッコミはもっともだった。

 ルナが生乾きの頭をゆらゆらさせてもどってきたのを見て、ふたりは口をそろえてそういった。


「あーっ、ルナ、泳いできたの。一緒に行こうって言ったのに!」

 ミシェルもぷんすかしている。


「だからミシェル、俺と一緒に泳ごうって……」

「セクハラはお呼びじゃない」


 クラウドは綺麗に切り捨てられた。


「なんだよー。じゃあ、あたし、ひとりで行ってくるから、ルナは休んだら来なよ」


 ミシェルは浮き輪をもって、湖畔へ駆けだした。

 クラウドの絶望的な顔といったらなかった。きっとクラウドは、さっきライアンがルナにしたような様々なことをミシェルにする夢を見ていたのだろう。ミシェルもたいして泳ぎは得意ではない。


「さっき、ヤンが来たんだぞ」

 うなだれたクラウドを気の毒そうに見ながら、アズラエルが言った。


「えっ?」

 ルナはその名に反応して振り返った。


「帰るまえに、おまえに会いたかったのかな――今日、うまくいかなかったみたいだぞ」

「か、帰っちゃったの!?」

「さっき帰ったばかりだ。まだ駐車場にいるんじゃねえかな」


 ヤンには申し訳なかったが、ルナはガッツポーズを決めた。


(イマリを! イマリを紹介します!!)


 ルナはウサギの全速力で駐車場まで走った。ルナ史上、一番のスピードといっても過言ではない。広い駐車場をちょこまかと探し回り、やっとヤンを見つけた。

 彼は、黒いジープのまえにいた。車もヤンも、大きいのですぐわかる。ヤンのほうが先にルナを見つけて、手を振ってきた。


「サ――ヤ、ヤンさん、帰っちゃうの」


 ルナはサイさんと言いかけて、あわてて言い直した。


「はい――今日は、ありがとうございました。ほんとに楽しかったです。合コンは、うまくいかなかったけど、」


 ヤンはあまり元気がなかった。


「いいなーと思うコ、いなかった?」

「や、俺はいいなと思ったんだけど……」


 ヤンの言葉が濁るということは、お目当ての子には気に入ってもらえなかったのだろう。ルナは、勢い込んでいった。


「あ、あの! このあいだは話せなかったけど、あのね、もうひとり紹介したい子がいるの! ちょっと待ってて。連れてくるから!」


「えっ!? ――あ、ルナさん!?」

 ルナはもと来た道を駆け出した。

「マ、マジかよ――嬉しいけど、仕事が――」

 ヤンは、困り顔で携帯画面を見つめた。


 ルナは精いっぱいの速度でZOOカードを置いたコテージにもどり、急いで着替え、シャイン・システムをつかえるカードと、自分の携帯電話をひっつかんでシャインに乗った。


(ごめんね、ごめんね。勝手につかうのは、これきりにするから)


 ルナは電話のために携帯を持ってきたのではない。中に、以前クラウドが入れてくれた追跡装置のアプリがあるからだ。

 このあいだの事件のこともあって、クラウドはイマリのアイコンもつくって、彼女の動向も把握できるようにしてくれていた。


(いた!)


 イマリは、K12区にいた。ルナはK12区のオフィス街へ、飛んだ。


 イマリがいる場所は、ルナにとっても意外なところだった。中央区に近い、ショッピングセンターの位置から離れたオフィス街だ。シャインの扉の外は、ホテルの二階だった。大会社の会議やイベント、結婚式場につかわれそうな、高級なホテルだ。


 ルナは自分のワンピースとビーチサンダル姿、生乾きの濡れ髪に気付いて、一瞬躊躇(ちゅうちょ)しかけたが、もどっている時間はない。そのまま駆け足で階下のロビーに向かう。


(――いた!)


 ロビー内のレストランに、イマリはいた。以前のイマリとは別人のように落ち着いた化粧をしていて、服装も上品なワンピース姿だった。イマリは優雅にジュースを飲みながら手帳になにか書きこんでいて、ルナと目が合うと、驚いたように手帳をたたんだ。


 ルナに迷っている暇はなかった。いつものルナらしくもないきっとした顔でずんずんイマリのそばに行き、「イ、イマリさん!」とルナは勢い込んで名を呼んだ。


「――!?」


 イマリのほうは、予想外すぎて言葉を失っている。


「あの――あのね。あ、会わせたい人がいるの――会ってみない」

 ルナは最大限の勇気を振り絞って言った。

「ヤン君っていう、傭兵なの。彼女がほしいんだって。それで、――イマリさんみたいな人が、タイプなの!」


「……」


 ルナは言いすぎかと思ったが、このくらい言わないと、イマリはついてきてくれないんじゃないかと思ったのだ。


「キャンプ場で待ってるの――あの、よかったら、一緒に来て――」


 ルナは、バクバクする心臓を押さえながら、言いきった。

 イマリは呆然としている。


 やがて、こくりと唾をのんで、「あんた――何言ってんの」とそれだけ、ぽつりと言った。


 それから、焦ったようにガタガタと椅子を揺らして立って、バッグをもってレジに駈け出した。ルナは追った。


「ちょっと待って、イマリさ――」

「な、何考えてんだか知らないけど!」


 イマリは、ルナを振り切って怒鳴った。


「もう、あたしはあんたに関わりたくないわけ! 分かる? あたしももう、あんたには近づかないから! 今からパーティーなの。帰って!」


 イマリは、ルナを不気味なものを見るような目で見た。ルナはショックで、目を伏せた。イマリがかんたんについてきてくれるとは思っていなかったが、不審者でも見るような目で見られたのは、ショックだった。


 ルナが黙ったその隙に、イマリは会計を済ませ、逃げるようにエスカレーターを駆け上がっていった。


 ルナはレジの女の人の視線を浴びながら、うつむき加減でレストランを出た。


 イマリがパーティーだといったのは、ほんとうだったようだ。吹き抜けの一階ロビーから見える二階には、ドレスを着た女性やスーツ姿の男性がたくさんいる。


 二階からイマリが、ルナを見下ろしていた。どうして、自分の居場所がわかったのか、不審に思っている目つきだった。


 ルナと目が合うと、イマリはふいとそらして会場にもどった。ルナは携帯から、追跡装置のアプリを消した。


 最初の勢いが完全に失せたトボトボモードで、ルナはシャイン・システムに乗り、キャンプ場へ帰った。


 駐車場にもどったら、ヤンの車はなかった。待っていてはもらえなかったらしい。ルナは落とした肩をさらに沈ませて、アズラエルたちの待つテントへ帰った。


 アズラエルのそばには、チャンがいた。


「あ、チャンさん」

「ルナさん」


 チャンはルナが座るのを待ってから、ルナに告げた。


「ヤンは仕事で呼び出されたので、帰るところだったんです。ルナさんを待っていられなくて、申し訳ないと伝えておいてくださいと言われました」

「あ……そうだったんだ」


 ヤンが急いでいたことも知らずに、ルナは勝手に「待っていて」といって飛び出してしまった。

 ルナは小さな頭を抱えて落ち込んだ。


(なんであたしって、こうなんだろ)


 イマリのあの態度は当然だ。ルナだって、あんなふうにいきなりイマリがやってきて、「会わせたい人がいる」なんて言ったら、びっくりして逃げていただろう。


 ルナは不審者丸出しだったのだから、不審者に思われても無理はなかった。

 偶然を装って近づいたほうがよかったとか、もっと計画的にすればよかったとか、後悔ばかりが突き上げた。


 ――月を眺める子ウサギだったら、もっとうまくやるだろうか。


「ルナ、ルナーっ!! 早く来て!!」


 今日は、ゆっくり落ち込んでもいられないようだ。

 ピエトとミシェルが、ルナの姿を見つけて、駆けよってきた。ふたりとも、もう泳ぐのはやめたのか、Tシャツと短パンに着替えていた。


「早く! 早く!」

「ど、どしたの?」


 ピエトとミシェルに左右から連行されて、連れ出される。今日はよく左右から引きずられる日だ。ふたりはルナを、林の中のコテージに連れていく。

 ルナは、扉を開けるまえに、理由が分かった。


「もしかして!」

「うん! “導きの子ウサギ”が、“偉大なる青いネコ”を連れて来たんだ!」


 ピエトが勢いよく言った。

 最近、ルナがヒマさえあればZOOカードを開けているので、ミシェルもピエトも、気にかけてくれていたのだった。


 今日も、ミシェルは二回、ピエトは三回、コテージまでZOOカードの様子を見に来ていた。ふたりはカードをあつかえないが、箱は開けっ放しにしてあったので、変化があればすぐわかる。


「さっき俺が見に来たときはなんともなかったんだけど、ベッタラに泳ぐのを教えてもらってるときに、導きの子ウサギが俺のところに来たんだ!」


 ルナたちがロフトにあがると、白銀色の光の中に、群青色と空色の光が、らせんを描いてきらめいていた。


「――綺麗!」


 ミシェルの感嘆と同時に、L03の衣装を着、錫杖をもった青いネコと、チョコレート色のウサギが顔を出した。


『ルナ、ごめんね! とっても遅くなって!』

「マジ遅いぜ! ルナは毎日待ってたんだぜ! 俺だったらきっと、もっと早く探してこれる!」


 ピエトの言葉に、導きの子ウサギは拗ねた顔で耳を垂れる。


「ありがとう。“導きの子ウサギ”さん。“偉大なる青いネコ”さんを連れてきてくれて。大変だったよね」


 ルナが彼の労をねぎらうと、導きの子ウサギの耳は嬉しげにぴんっと立った。


『わたしに、何か用かね』


 青いネコはルナたちを眺め渡し、鷹揚(おうよう)に尋ねた。


 ルナは、夜の神様の忠告どおり、セシルとネイシャが陥っている状況を伝えた。


 彼らがケトゥインの呪いにかかっていて、それがどんな呪いか、わからないことも。おそらくセシルは、呪いの種類を知ってはいるが、他人に話せないようになっていることも。


 ルナの説明は相変わらずあちこちに飛んだが、ミシェルとピエトが横から補足してくれた。


「“偉大なる青いネコ”さんは、ふたりの呪いを解けるの」


 ルナは最後にそう聞いてみた。ネコは『解こうとおもえば、解けるだろうね』と言った。


「じゃあ――」


 とミシェルが言いかけたのを遮り、ネコは咳払いをした。


『彼女が呪いを受けたのも、それなりの理由あってのことだ。セシルといったか。前世で呪術師かなにかだったのだろう。彼女が罪もないだれかに呪いをかけて、苦しめた。それゆえ自身が、今世、呪いをかけられて苦しんでいる――因果応報というものだ。真砂名神社の階段を上がったらどうかね? あれは上がるのに多少の苦労はあるが、手っ取り早く前世の罪を浄化してくれる』


 ルナとミシェルは顔を見合わせ、セシルの魂には、その力が残っていないことを話した。


『ならば、諦めるほかはないだろう』

「ええっ!?」

『今世、ずっと呪いに苦しめられるというならば、今世生き抜けば罪は償える。セシルが死ねば、呪いは終わり、娘に受け継がれるということもない。気長に、待て』


「い、いや~、それは! あたしの台詞にしちゃ、薄情なんじゃないかな!」


 ミシェルが頬をヒクつかせながら言った。


「一口に呪いっていってるけどさ、大変なんだよ? このあいだアリーとベッティーが助けに行かなきゃ、死んでたかもしれないんだよ!? ネイシャちゃんだってセシルさんだって、もう十分に苦しんできたよ! アンタ、あたしでしょ!? そんなつめたいこと言わないでよ!」


『苦しむのは当たり前だ。贖罪(しょくざい)は、苦しまねば意味がない。人のさだめとは、そういうものだ』


 悟りきっている青いネコには、何を言っても無駄のようだ。


「もういい! あんたなんかに頼んだあたしたちがバカだったのよ! もういい! 行って!」


 こんな冷たいヤツだと思わなかった! と半分涙目で背を向けたミシェルに、青いネコはもう一度咳払いし、『では、行っていいかね』と言った。


「いいわよ! さっさと帰っ「うわあ! ちょっと待って!!」


 ルナが慌てて止めた。帰らせるのは簡単だが、もう一度連れてきてくれといっても、見つけるのにまた何日かかるかわからないネコさんなのだ。簡単に帰ってもらっては困る。


「い、偉大なる青いネコさん」

 ルナは、深呼吸しつつ、言った。

「でもね、夜の神様は、あなたを呼び出して、セシルさんたちの状況を伝えろと言ったの」

『ふむ。そしてわたしは聞いたぞ』

「――青いネコさんは、どう思うの。なにか意見はある?」

『ふむ。最初からそう聞いてくれればよかったのだ』


 ネコは、錫杖(しゃくじょう)で見えない地面をついた。


『“ラグ・ヴァダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”』


「えっ!?」


 背を向けていたミシェルが振り向き、ピエトが身を乗り出した。


『そこの、ラグ・ヴァダ族のぼうやなら、知っているであろう。“ラグ・ヴァダの女王は、すべての原住民の祖であり、守り神である”』

「う、うん……!」


 ピエトは無論――ルナとミシェルも、ごくりと唾をのんで、偉大なる青いネコの次の言葉を待った。


『わたしが言いたいのは、それだけである』


 ずべり。三人は床に突っ伏した。


「――それだけ!?」

 絶叫したのはミシェルだ。


『ふむ。それだけ』


 青いネコは満足げにそういい、その姿がうっすらと半透明になった。ルナは慌てて止めた。


「ちょ、ちょっと待って! それだけじゃ分からないよ!」

『分からぬならば、分かる者に伝えよ』


 ルナがあけた口をぱくぱくさせている間に、青いネコはすっかり消えてしまった。ZOOカードの箱も自動的に閉じた。慌ててお守りを蓋の上に置きなおしたが、もう開かない。今日は、もうZOOカードをつかえないということか。


 ルナとピエトのウサ耳がぴーん! と立ち、ミシェルの猫耳としっぽもびんっ! と立った。


 三人は一目散にロフトから駆け下り、コテージから飛び出して、「分かるかもしれない者」に伝えにいった。



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