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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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221話 スクナノ湖畔でバーベキュー Ⅰ 3


(それに)


 もしサイさんが、今日来た女の子のだれとも、つきあうことにならなかったら。

 ルナには、こっそりと考えていたことがあった。これは、ミシェルにも言っていないことだ。


(サイさんに今日、彼女ができなかったら、ここにイマリを連れてくる)


 ルナは決心していた。


 このキャンプ場が、時期的なこともあって、たいそう混むだろうことは、ここでバーベキューをすると決めたときから分かっていたことだった。これだけの人数がいれば、イマリの一人や二人、紛れ込んでいたって、見つからないはずだ。


 このキャンプ場は広いし、オープン・カフェのような場所も設置されている。バーベキュー・パーティー会場から離れたそこで、サイとイマリを会わせてもいい。


 ルナの決意はともかく、ミシェルはふて腐れた。


「こんなことしてたら、バーベキュー楽しめないじゃん。道理でルナ、水着持ってきてないと思ったら、」

「水着だったら、アズが持ってる」

「え?」

「は?」


 ZOOカードボックスを開けたルナと、ミシェルの声が被った。

 クラウドは、自分がミシェルの水着を選ぶことができなかった悔しさを秘めた声で言った。


「ルナちゃんの水着なら、アズが持ってる。グレンとセルゲイと、アズが選んだとっておきの水着が」

「……水着なんて、着ないのです!」


 泳ぐつもりなんてない。ルナは今日、泳いでいる暇なんかないくらい忙しいのだ!

 ルナが決然と怒鳴り返したあと、階下から、毎日聞いているボディガードの声がした。


「ルゥ! 来たのか、早く降りて来い!」

「水着はきませんよ!! アズがえらぶぱんつは面積がすくないのです! いつも!」

「安心しろ、ビキニじゃねえ!」

「心配するな、今回のチョイスのメインはセルゲイだから」


 なぜかグレンの声も聞こえた。


「セルゲイのヤツ、ルナの肌が八割がた見える布は許さねえって雷呼びやがったから、仕方なく無難なやつになった」


 グレンの残念そうな声は、ウソではなさそうだった。


「黒とかむらさきとか、真っ赤はいやです」

「セクシー路線からは見事に脱線してる。いやむしろ――」


 急に、グレンとアズラエルは黙った。

 ルナは沈黙が気になって、ZOOカードを開けっ放しにして、しかたなく、階下に降りた。


 ルナは、アズラエルが手にしている水着を見て「これはたいへんだ!」と叫んだ。


 水着はピンクだった。おそろしくピンクだった。どう見ても間違いようがなくキャンディ色なピンクだった。ピンク地に大きな白の水玉模様。ひらひらとスカートがついている、どう見ても、幼児物を成人サイズにしたくらいの――。


 ルナは恐る恐る水着を手にし、「たいへんだ!」とふたたび叫んだ。


「ふたりは! あたしを! いくつだとおもっていますか!」

「「成人はしたよな?」」

「これを! あたしに! きろと!」

「「俺たちじゃねえ、選んだのはセルゲイだ」」

「いくらなんでもげんどというものがあります!」

「俺たちもそう思うぜ? まさか、セルゲイがお前の童顔を煽るようなチョイスをするとは思わなかった」


 アズラエルが肩をすくめたところで、趣味の悪いチョイスをしたお兄ちゃんが現れた。


「ルナちゃん、水着着た?」


 どうしてルナが水着を着るのが当然という事態になっているのかルナには分からなかった。ルナは水着を見つめたまま、セルゲイに言った。


「――セルゲイ、これは――これはだめです――」

 これは、いけません。


 ルナは首を振ったが、セルゲイは、「ちょっと、子どもっぽかったかな?」と、ルナと水着を見比べて、苦笑いをした。


「げんどというものがあります!」


 ルナは断固として言ったが、「でも、グレンとアズラエルが選んだのより、いいでしょ?」とセルゲイは、二人が持っている水着を指さした。


 アズラエルが持っているのは真っ赤なビキニで、グレンが持っているのはほとんど黒に近い群青色の、背中がすっかりみえる、きわどいブツだった。


 ルナは口をぽっかりと開け、水着とセルゲイとを、何度も見比べた。

 見比べても、ルナが着ることになる結果は変わらなかった。


「……どうして……どうして……みんなは、ちょうどよいラインというものが……わからないんだろう?」


 ルナは真剣に悩んだ。ミシェルが着ている、ブルーと赤と、黒のラインで構成された水着を見てだ。彼女の水着はブラとボクサーショーツタイプのアンダーに分かれた、マリンなデザインのそれである。


「ミシェルの水着、かわいい……」

「ルナの水着も可愛いじゃん」


 同じかわいいでもずいぶんな違いだ。


 ミシェルが笑いをこらえた顔で言うのを、ルナはジト目で見ながら、嫌々ピンクの水着を着た。セルゲイはともかく、アズラエルとグレンはルナを無理やり水に引きずり込む可能性がないとは言えない。ワンピースのまま水に落下するのは避けたかった。


 大きめのパーカーを羽織ったら、なんとか水着は隠れた。


「行くぞ」


 左右をグレンとアズラエルの手に引かれても、ルナは未練がましくZOOカードのあるコテージを振り返るため、ただでさえ遅い足がますます遅くなり、いつしかアズラエルとグレンに引っ掴まれて連行されるウサギになった。


 テントに到着すると、ルナはレイチェルとシナモンのそばに、ぽてりと設置された。


「やっと来たか、待ってたぜ!」

 バーガスのでかい声が、テントの端まで響き渡る。


「これで全員か! よしよし……」

 咳払いひとつ。バグムントの合図で、盛大な乾杯が行われた。


「第二回! バーベキュー・パーティーを開始しまァす!!」


 すでに出来上がっている人間のほうが多かった。テント外の一般客が、何ごとだと振り返るくらい、賑やかな乾杯だ。

 前回よりもだいぶスムーズに、パーティーは開催された。


 バグムントの合図のあとに、すぐピエトとネイシャが立って、「湖に行く!」と言いだしたので、大人がついていなければと思ったルナは、「ちょ、ちょっと待って。あたしも行くから……」と言いかけたが、クラウドが立った。


「俺が行くから、ミシェルとルナちゃんは座ってて。来たばかりでしょ」


 セシルは、ヴィアンカとレオナにつかまっていた。臨月なのに元気な妊婦二人のでかい声が、ルナのほうまで聞こえてきた。


 ルナは、セシルたちのそばにセルゲイがいるのに気付いた。セルゲイなりに気にかけてくれているのか――セルゲイはセシルの近くで、タケルたちと話している。


 ルナははじからメンバーを確認していく。

 

 ニックは、ロイドとキラのそばにいる。

 よくニックと一緒にいる、ベッタラの姿が見えない。リサの姿もだ。

 そういえば、ロビンとアントニオもいない。


「アントニオは、アンジェを置いていけないから、今日は欠席だって」


 というミシェルの言葉で、今日はアントニオが来ていないことが分かった。


「ミシェルも来てねえよ、今日は」

「えっ!?」


 グレンが言ったミシェルとは、リサの恋人のほうのミシェルだ。


「なんで? 忙しかったのかな」

「またリサとケンカ中らしいぞ」


 グレンはあっさり言って、まるで水のようにゴキュゴキュとジョッキのビールを飲み下した。


 カレンは、オルティスやデレクの隣にいる。そばにチャンとユミコの姿も見つけた。ジュリの姿が見えないが、今朝カレンと一緒に出たので、キャンプ場にはいるはずだ。


 ハンシックのメンバーも来ていた。今日は、ルシヤがまっしぐらにこっちに来ないと思ったら、ピエトとネイシャと、楽しげに話しているではないか。


 ルシヤはずいぶんピエトと仲良くなったようだし、ネイシャとも大きな声で笑いあっている。気は合いそうだ。よかったよかった――と思っていたら。


 ハゲ頭がふたつ、並んでいる。タトゥだの化粧だので、カラフルな方は間違いなくバンビだったが、隣の男は。


「九庵さん、来れたの!?」

「来れたみたいだな」


 アズラエルも、感心した顔で言った。バンビにビールのジョッキを持ってからんでいるのは、なんと九庵だった。しかも水着姿である。ダメもとで誘っておいたのだが、まさか来られるとは思わなかった。


「いやあ~嬉しいな! ハゲ仲間がいるとは! わしといっしょに、ハゲチャビンズ結成しましょう!」

「やめて! なにそのダサい名前! てかあたしのコレ剃ってんじゃないから! ファッションだから!!」


 バンビの五オクターブくらい高い悲鳴が聞こえる。ハゲチャビンズという語句に、ミシェルが「ふひっ」と変な笑い声をこぼした。


 ルナはあたりをキョロキョロと見回し、知らない顔がずいぶんあることに気付いて、途方に暮れた。これでは、ZOOカードで占っても、カードと人物が一致しないこともあるかもしれない。


「アズ、アズ」

「ンあ?」


 ルナが隣のアズラエルを突ついた。アズラエルもジョッキのビールを(あお)りながら、肉の串をかじっている。


「アズは、今日来てる人全員のなまえが分かる?」


 アズラエルはあたりを見渡し、「全員は、分からねえなあ」とつぶやいた。


 そうだろう、リサやシナモンが連れてきた女の子たちはルナもミシェルも知らないし、エドワードとレイチェルの担当役員は、今日初めて会った。


 アズラエルも知らない顔が、今日は多かった。


「ルナおまえ、酒飲むか? デレクがカクテルつくるってよ」


 グレンが声をかけてきたが、「う、ううん、今日はいらない」とルナはあわてて首を振った。


「うさちゃん、肉食ってるか」

 オルティスが、大きな肉の串を三本も、ルナの前に置いてくれた。


「これ、おまえが好きそうだったから、買ってきた」


 いつのまにかいなくなっていたグレンが、フルーツが盛られた、豪勢なトロピカル・ドリンクを持ってくる。湖畔の売店で売っているものだ。

 気づけば、レイチェルもミシェルも同じものを飲んでいた。


「あ、ありがと……」

「ルナ、たこ焼き食う?」

「これルナちゃんの分の焼きそばね」

「ルゥ、おまえ魚好きだろ」

「差し入れです」

「からあげ分けてあげるね~♪」


 カレンがたこ焼きひと舟を置いて去り、ロイドとキラが焼きそばを持ってやってきて、アズラエルが網焼きした金色の魚を一皿もらってき、チャンが小ぶりな餃子が入った紙箱を、ニックがから揚げを、紙皿にいっぱい盛ってルナの前に置いていった。


「いっぱいだ!」

 ルナは叫んだ。


「ルナさん、お野菜は?」

 最後にカザマが、ルナの膝の上にグリーン・サラダを置いていった。


 魚を半分食べ、餃子を箱半分、肉の串を一本とから揚げとたこ焼きを一個ずつ、焼きそばを一口食べたルナは、あとは草をはむウサギと化していた。


「ルナおまえ、それしか食わねえのか」

「肉食ウサギはどこにいった」


 ルナへの貢物(みつぎもの)は、あらかた両脇のふたりが片付けた。ミシェルの前にも、お供え物の山ができているが、彼女はそれなりに片付けていっている。


「うん……」


 ルナはあたりをキョロキョロするのに精いっぱいで、食欲に集中できなかっただけである。

 レイチェルが残したサラダをはむはむしていると、


「ルナちゃん、食ってるか」


 バグムントが、ホタテやエビ、大きなイカを焼いたものを、ごっそりとルナの前に置いて、去っていった。ルナのまえのお供え物は増える一方だ。

 サラダを完食したルナは、今度はジュースについていたオレンジやマンゴーを齧りだした。


「食えねえなら、もういらねえと言え、ルナ」


 ジョッキにビールをなみなみと注いで戻ってきたグレンが、また増えたお供え物に肩をすくめた。


「ホタテ美味しい!」


 ルナが歓声を上げ、デレクのところからノンアルコールのカクテルをもらってきたミシェルとキラが、「あ、いいなあー! ホタテ!」と食いついてくれたので、両脇の仁王像はパンパンの腹と胸をなでおろした。


 ルナはふたりがイカとエビとホタテを平らげる間に、無言で一個のホタテを食べ続け、食べ終えるとすっくと立った。

 ようやく神像が動き出したので、お供えは終わりだ。


 レイチェルは、暑さに負けてさっさとコテージに避難した。ルナがついていこうとすると、「だいじょうぶよ、ルナはバーベキュー楽しんで」といつになくついてくることを断って、担当役員と一緒にコテージへ向かった。


 キラもおなかが大きくなってきているが、肉の匂いに胸焼けすることもないし、相変わらず元気に食べて飲んでしゃべっている。


 レイチェルはコテージへ。ピエトとネイシャは、クラウドが見てくれている。

 キラとミシェルは海鮮焼きに夢中。


 アズラエルとグレンは、バグムントとロイド、バジにつかまって、話が盛り上がっているから、ついてくる心配はない。


 ようするに、後顧の憂(こうこ うれ)いはなくなった。


(行動開始です!)




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