221話 スクナノ湖畔でバーベキュー Ⅰ 2
「ルナちゃんも遊びに来てくれたらよかったのに♪」
「ルーナさんは、ZOOカードで忙しいのです」
「ああ、あの“もや”に包まれたカードのふたり――その後、進展は?」
「ぜんぜんありません」
ニックは、一瞬だけ真面目な顔をしたが、すぐに意識は弁当に向いた。
「うっほ! 美味しい♪」
しっかり弁当を写真に収めてから、さっそく卵焼きをつまみ、ゴリラみたいな歓声を上げた。
「女の子の手作り弁当なんて、マジ何十年ぶりだろ……涙出る」
ニックは半分涙声でフライをかみしめ、
「タルタルソースまで手作りの味がする……ところで、君、まさか、お弁当届けるためだけに来たの?」
とようやく思い当った顔でベッタラに聞いた。ベッタラは甘ったるい桃の飲料水を飲みながら、
「いいえ、違います。後日盛大に行われる肉祭りのために、ニックに服を貸してもらおうと思って来たのです。それから、肉祭りのことをお知らせしに」
「招待状なら、昨日届いたよ?」
ニックは、写真と一緒に飾ってある、キラキラしたラメ入りのカードを指さした。
「ワタシのカードと違いますね」
ベッタラに来たものは、シャチの形のカードだった。
「招待状を書いたのはルナちゃんだけじゃないみたいだし、いろんなカードがあっておもしろいじゃない。――服を貸してあげるのはいいけど、君、僕の服、入るのかな」
ベッタラの、厚みのある胸筋を見て、ニックは唸る。ニックも一応武芸者だが、ひょろっとしたニックと、肉厚のベッタラでは体格が違いすぎる。
「僕がカルビだったら、ベッタラは骨付きカルビだもんね……」
ベッタラは何食わぬ顔をして、弁当からカブとパプリカのいためものをかすめた。
「あっ! 僕の弁当!」
「服はともあれ、ニック、ミーシェルの話によるとですね、今度の肉祭りには、たくさん女の子が来るらしいのです!」
ベッタラの興奮に反して、ニックは冷めたものだった。
「あ、そーう」
「嬉しくないのですか! ルーナさんや、ミーシェルのともだちが呼んでくれたのですよ。われわれに、結婚相手をつくらんがため!」
「う~ん」
ニックは、このあいだ、「彼女がほしい!」と叫んでいた男とは思えぬほどの落ち着きで、ちらしずしを掻きこんだ。
「だって、みんな十代から二十代そこそこの子たちだろ? 僕は最低でも、六十歳以降じゃないときついな。百歳違うって、けっこうなジェネレーションギャップあるよ? わかる? 一世紀違うんだぜ」
「百……? ろ、六十……? ニック、数字を間違えてはいませんか……?」
「間違えちゃいないよ。間違えちゃ……、ン?」
ちらしずしを一気食いしたニックは、やっと弁当箱のうしろから顔を出した。
「君、僕の年齢知ってるよね?」
「ワタシと、同じくらいでしょう?」
ニックはびっくりした顔で叫んだ。アニメだったら目が飛び出ているところだ。
「なに言ってんの!? こないだ、話したと思ったけど!? 僕、百五十六歳だよ!!」
「ええええええ!?」
ベッタラの目からも、確実に眼球が飛び出た。
その後、シャチも、導きの子ウサギも、月を眺める子ウサギも、偉大なる青いネコも現れず、一週間が過ぎた。
めずらしくボケウサギでないルナが頭を働かせ、鳥の中で一番強いタカとワシの王を呼び出し、全鳥類に号令をかけて、空からみんなを探してもらったり、“布被りのペガサス”を呼んで、彼女と、親友の“残虐なフクロウ”に頼んで、森の中を探索してもらったりした。
“八つ頭の龍”など、知っているZOOカードを片っ端から呼び出し、彼らの行方を聞いてみたのだが、だれも知らなかった。
ルナは、月を眺める子ウサギと、偉大なる青いネコが「つかまらない」という意味をようやく実感し、ためいきを吐くのだった。
クラウドのほうも、キックは無事直ったが、なにひとつ事態は進行していなかった。ひたすら、マミカリシドラスラオネザの情報を集めるばかりだった。
なにも変わらないまま、バーベキュー・パーティーの日を迎えた。
この一週間、だれも“呪い”の話をしなかったため、セシルの頑なは、すこし解けていた。夕食に誘えば一回は顔を出したし、バーベキュー・パーティーに、ネイシャだけではなく、彼女も来ることになった。
バーベキュー・パーティー当日、ルナはレイチェルとミシェル、シナモンと一緒に、シャイン・システムでK08区に到着した。
「うわあ! 綺麗な湖!」
ルナたちはそろって歓声を上げた。
シャイン・システムの外に出たとたん、視界は一面のコバルトブルーに染まった。湖は深い群青色を宿し、光が当たる部分だけが、まぶしいくらい白くきらめいていた。
日差しは強かったが、林の木々は、それを木漏れ日にやわらげてルナたちに落とした。どこからか聞こえるせせらぎの音と鳥の声のおかげで、ずいぶん暑さがまぎれている。
「宇宙船に乗ったばかりのころ、エドといっしょにここへ来たわ」
レイチェルが、なつかしそうに目を細めた。
「おはようございます。みなさん――レイチェルさん、ご気分は悪くないですか。今日は楽しめそう?」
「平気。調子がいいくらい」
湖のほうからやってきた、幅広の麦わら帽子とTシャツ、短パン姿の女性に、レイチェルは持っていたシャイン・システムのカードを返した。
カードは彼女のものだ。三十代前半の女性は、レイチェルとエドワードの担当役員だった。
今回のバーベキューは、リズン前ではなく、リゾート地として解放されているK08区のキャンプ場で行われることになった。
前回の失敗も踏まえて、今回は、ちゃんとバーベキューができる施設でパーティーをすることに決めたのだ。
食材は、以前と同じくアントニオが。酒は、オルティスやデレクたちが、業者に手配してくれたので、そろそろ運び込まれているところだろう。
レイチェルが、シャインをつかえるのも、今日だけの特別だ。パーティーの最中に気分が悪くなったら、すぐ病院に行けるよう、シャイン・システムをつかえる彼女の担当役員も、パーティーに参加している。
エアコンの効いた室内で休めるよう、コテージも借り切っているとのことなので、大きな心配はしなくてもよさそうだった。レイチェルは、バーベキュー・パーティーを楽しみにしていただけあって顔色もいいし、いつもの怠そうな感じもない。
「もうだいぶ人が集まってるわ。行きましょう」
ルナたちは、レイチェルの病院に付き添ってから来たので、時刻はすでに昼近かった。呼んだメンバーのほとんどは、すでに集まっていると彼女は教えてくれた。
レイチェルの担当役員に連れられてキャンプ場に入ると、ずいぶんな人数がひしめいていた。
K08区のキャンプ場近くのシャイン・システムは、湖を見下ろせる、小高い丘の上にあった。幅広の階段を降りていくと、すぐ右に、何組かのイベントテントが見える。
一番大きなイベントテントが、ルナたちの会場だろう。すでにパーティーははじまっていて、肉の焼ける香ばしい匂いがルナの鼻先まで届いた。
今回は、肉の串も出来合いのものを買ったし、コンロで食材を焼いてくれる、キャンプ場のスタッフを雇っているので、前回は忙しく走り回っていたオルティスやデレク、アズラエルたちも、今日はすっかり腰を落ち着けている。
「すご、なに、この人ごみ」
ミシェルが、眼下に見える売店付近の混みようを見て、怯んだ。
「今は混むシーズンですよ。飛び入りで来た家族は、もう空きスペースがないからって断られていましたし。でもK25区や15区にもキャンプ場はあるからね。海水浴場も」
役員の言うとおり、今日は天気もいいし、キャンプ日和だ。混んでいるのも無理はなかった。
「それにしても……すごい人数ですね」
「レイチェル、あんた顔出ししたらすぐコテージ行ったほうがいいわ」
「……そうするわ」
静かだったのはシャイン・システムの近くだけで、湖畔やバーベキューができるスペース、キャンプスペースは人でごった返していた。遠目に見える駐車場もすでに満車の文字が掲げられているのに、次から次へと車が入ってくる。
この湖は、海水と同じくらい塩度が高いので、遊泳ができる。それを目当てに押し寄せた観光客の数は、K25区やK15区の海水浴場に勝るとも劣らない人数だ。
こちらは、K25区のほうに比べて、並んでいる店舗やホテルも、富裕層相手につくられたリゾート地なので、富裕層の家族連れが多い。つまり、セキュリティも厳しいから、治安もいい。
泳ぐつもりで水着を持ってきていたシナモンとミシェルも、水際の人の多さを見て、顔を見合わせた。
「遅かったじゃないか」
女の子組の姿を見つけて、クラウドが走ってきた。正確には、ミシェルの姿を見つけて、だ。
「意外と病院、混んでてさ」
ミシェルは、受付のメリッサに招待状カードを差し出した。
「おはようございます。今日は暑いですわね」
メリッサはルナたちに微笑みかけ、
「ミシェルさんたちで招待客は最後です。このまま受付を撤収して、あちらへ向かいましょう」
受け取った参加費をポーチに入れて、パイプ椅子を片付けだした。レイチェルの担当役員が、「コテージの場所を教えておきますね」と、レイチェルとシナモンの二人をコテージに連れて行った隙を見て、クラウドが、「ミシェル、ルナちゃん、こっち」と手招きした。
クラウドは、キャンプ場からすこし離れたところにある小さめのコテージに、ふたりを連れて行った。
カード・キーで木製のドアを開け、中に入ると空気が冷やりとした。中は、一人用のベッドと簡易キッチン、シャワー室があるくらいの、狭いコテージだ。
「ルナちゃん、ここでよかった?」
「うん」
「カードの箱は二階に置いてあるよ」
「クラウド、ありがと!」
「どういたしまして」
ルナは、丸太を削って組み立てただけの階段をぺぺぺっと上がり、二階とも言い難いロフトに上がった。ルナを追ってミシェルも上がったので、クラウドも仕方なく部屋に入った。
ロフトは、ルナとミシェルが乗っていっぱいいっぱいだ。クラウドは階段側から覗き込むことしかできなかった。
「ルナ、こんなとこでZOOカードの占いするの?」
「占いってゆうか――いろいろと確かめたいことがあって」
今日のバーベキュー・パーティーは、気になることがたくさんある。
シャチに恋人を紹介するのはいいが、シャチの運命の相手が、リサが連れてきてくれた友達のなかにいるかどうか。サイは、今日の合コンで、恋人を見事ゲットすることができるのか。
それに、“導きの子ウサギ”が、いつ“偉大なる青いネコ”を連れてくるか分からない。ルナはできれば、一日たりとてZOOカードから目を離したくないのだった。




