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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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221話 スクナノ湖畔でバーベキュー Ⅰ 1


 ルナの部屋のキッチンは、業者がすっかり直していってくれた。散らばった食器や汚れた床などは、暴れた張本人たちが、自ら片付けたあとだ。ちこたんも手伝ってくれたから、こんなに早くすんだのだ。


 ちなみに、クラウドはキックの修繕のために、自分の研究所(ラボ)に向かった。最初は落ち込んでいたクラウドだったが、「明日には直せるんじゃないかな」とつぶやいていた。今日は帰らないので、夕食はいらないらしい。


 キッチンは綺麗になったものの、皿やコップなど、ルナが少しずつ集めてきたお気に入りが、ほとんど全滅してしまっていた。お気に入りの中には、もう手に入らないものもある。


 みんなそろって、「ほんとに悪かった、弁償する」と言ったのだが、ルナはちょっとためいきをついて、許してあげることにした。


 彼らも、わざとではなかったのだ。ルナはすこし――いや、ずいぶん落ち込んだが、「かたちあるものは、いつかはこわれるのです……」と自分に言い聞かせるように言って、あきらめた。


 なにせ、大金持ちどもが寄ってたかってルナの財布に札束を入れようとし始めたからである。結局、ルナの財布の厚みは五倍くらいになった。


 明日の朝食は、皆の部屋から食器を借りてきて間に合わせることにし、ミシェルと雑貨店をまわろうかな、とルナは考えていた。レイチェルが元気ならば、彼女を誘っていくのもいい。


(アズは、荷物持ちです!)


 神妙な顔のアズラエルが「どこにでもつきあいます」という顔で自動車のキーをちらつかせた。


 そういえば、ルナは、セルゲイに買ってもらったものを、K05区のコインロッカーに置いたままだということにようやく気付いた。


(あしたは、あれも取りにいかないといけないですね……)


 バーベキュー・パーティーの日も、まもなくだ。

 ルナは、あまりにやることがいっぱいあって、ふうと息をついた。


 バジは一旦帰ったが、ペリドットとベッタラは残った。男たちは、リビングでいろいろと調べ物をしている。明日の朝食は、彼らの分も必要だろう。


(ペリドットさんとベッタラさん、ふつーにご飯とお味噌汁、食べられるかなあ? パンと目玉焼きのほうがいいかな? ふたりは、朝ごはん、いつも何を食べてるんだろう)


 ピエトが母星にいたころは、朝食も昼食も関係なく、なにもせず食事にありつけるだけで運がいい一日だったと彼は言った。週に三度通う学校では給食が出たし、一週間に一回は、肉の脂身が入った辛いスープを大人たちから恵んでもらうことができた。


 でも、それ以外では、一日一回、パンを一個手に入れることができればいい方だったらしい。バリバリ鳥のシチューは、年一回の、大ご馳走だったのだ。


 ピエトの生活は、ラグ・ヴァダ族の中でも過酷な方だった。


 同じラグ・ヴァダ族でも、星や住んでいる場所の環境によって、食べているものがちがうことは、最近ルナにもわかってきた。


(ラグ・ヴァダ族の朝ごはんはつくれないなあ。アノール族のも分かんないなあ)

 なんだか、頭に浮かぶのは、明日の朝食のことばかりだ。

(おなかがすいてるわけじゃないよ)


 ルナはピエトを寝かせたあと、寝室で、ぼうっとZOOカードの箱をながめていた。


 先ほど“導きの子ウサギ”を呼んで、“偉大なる青いネコ”に会いたいと言ったら、

「彼は、月を眺める子ウサギといっしょで、なかなかつかまらないことで有名なんだ」

 困った顔をしてから、

「三日ほど待って。必ず、探してくるから!」

 そういって、導きの子ウサギは姿を消した。


 ルナはそれから、またぼーっと箱を眺めたまま座り込んでいた。何度か月を眺める子ウサギを呼んでみたが、やはり彼女は姿を現さない。


 こうしていても仕方がないので、ルナは箱をしまって寝ようと、箱のふたを閉じかけたときだった。


「やあ。このあいだはありがとう」

 現れたのは、傷だらけのシャチだった。――ベッタラの分身である、“強きを食らうシャチ”。


「お悩みかい。ルナさん」

「うん……“偉大なる青いネコ”さんが見つかるのに、三日はかかるんだって」


 ルナがためいきとともに言うと、シャチは胸を張って言った。


「ならば、私も探そう! 海のものに号令をかけて、隅々まで探してみよう。案ずるな、すぐ見つかる!」


 ルナは、水が嫌いなネコが海なんかにいるだろうかと思ったが、とりあえず「ありがとう」と言っておいた。


「ルナさん」


 シャチは、もじもじと、その場を動かなかった。なにか言いたいことがあるようだが、照れくさくて言えないのか、ルナの名を呼んだきり沈黙し、もう一度「ルナさん」と言った。


「私に、イルカの女性を紹介してくれて、ありがとう」


 なにを言うかと思ったら。

 ルナはびっくりして、それからすこし笑った。


「……でも、その中に好きなイルカさんがいるかは、わからないよ?」


 留守中に、リサから電話があったと、ミシェルから聞いた。リサが、友人を三人ほど連れて行っていいかと、言ったそうだ。ルナから、“美容師の子ネコ”がイルカの友人を連れてくる、というのを聞いていたミシェルはすぐにオーケーをだした。


 ミシェルは「ZOOカードすげー」と何度も言っていた。たしかに、ルナもすごいと思った。


「いや……いいんだ。私は、本当は、“彼女”が私の恋人にならなくてもいいし、結婚できなくてもいい――ただ、」

 シャチは、神妙な声で言った。

「幸せであったらいいな、と思っているだけで」


 ルナは、シャチの言葉から、シャチがイルカだったらだれでもいいと思っているわけではなくて、想い人のイルカを探しているのだな、とわかった。


「今度来るイルカさんのなかに、シャチさんの知ってる人がいればいいね」


 シャチは微笑み、

「では、私も“偉大なる青いネコ”を探してくるとしよう! ルナさん、私が必要なことがあったら、いつでも呼んでくれ! 私は、あなたへのお礼に、なんでもするよ。すぐ駆けつける! あの黒いもやに包まれた親子も」


 シャチは一度、武者震いをしてから。


「私は、絶対見捨てはしない」


 そういって、消えた。





 次の日の朝、ルナはぴーん! とうさ耳を立たせて元気に飛び起き、朝食の支度をした。


 ペリドットとベッタラ、アズラエルとグレンは、案の定、リビングで伸びていた。テーブルに、酒のグラスとナッツが乗った皿があるところを見ると、調べ物が終わって、酒になだれ込んだのだろう。


 ルナは「しょーがない人たちだ!」と笑ってエプロンの紐を結び、キッチンにもどった。


「うめえな、コレ」

「……! ……! ……!!」


 ひとこと言ったきり、あとは無言で白米を頬張るペリドットも、ものすごい勢いで掻きこむベッタラも、ルナの作った朝食に満足しているのは見てあきらかだった。


 ルナが、「パンとオムレツの朝ごはんと、ご飯とみそ汁、どっちにします?」と聞いたら、ふたりは「両方」と言った。


「うん?」


 ルナは聞き返したが、二人は間違いなく、「両方」と言った。

 ペリドットは当然という顔で、ベッタラは輝くような笑顔で。


「おかわり」


 ペリドットが空の飯茶碗をルナに出すと、ベッタラも、「ワタシも二杯目を所望します!」と茶碗を出してきた。ルナの代わりにちこたんが、てんこもりにご飯をよそったが、ふたりはすぐに三杯目に突入した。


 ふたりは焼鮭の切り身を、小骨もよけず一口で平らげ、ご飯三杯とみそ汁三杯、小松菜のおひたし、漬物、ハムエッグ三個、サラダ、コーンスープ、食パン五枚、オムレツ、ヨーグルト、桃とさくらんぼを完食し、ようやくまともに口をきいた。


「こりゃ、アバド病も治るに決まってる」

 ペリドットが、コーヒー二杯目をお代わりしながら腹をさすった。

「こんなうめえモン、毎日食ってりゃどんな病気も治るわ」


「おまえほど食えねえけどな……」

 さすがのアズラエルとグレンも、ペリドットの大食らいにあきれながら言った。


「アーズラエルは、ワタシの心が、大変うらやましがる音が聞こえますか……」

「聞こえる、聞こえる」


 カレンがベッタラの言葉にうなずいた。


「ルナの味噌汁サイコーだろ」

「ミーソのスープに卵にパン! そして、オー米! なんて美味なのでしょう! この、黄色く、丸い卵にかけたソースは何物でしょう?」

「ケチャップのこと?」


 ミシェルが聞くと、ベッタラは「ケチャップ!」と叫び、「ケチャップ、ケチャップ、ケチャップ」と三回繰り返した。そしてケチャップというものを覚えてから言った。


「地球人はよく食べますね」

「君は確実に、地球人以上に食べてるよ」

 セルゲイのツッコミ。


 ミシェルとピエトは、ふたりの食べっぷりを口を開けてながめ、自分が食べるのを忘れていたため、まだ食事が終わっていなかった。


 ふたりがご飯とみそ汁と、焼き魚の朝食を食べ終わらないうちに、ペリドットとベッタラは、席を立った。


「馳走になった」


 ペリドットはめったに見せない笑みを浮かべて、ルナとちこたんに礼を言った。


「もう行っちゃうの。もうすこしゆっくりして行って」

「ありがたい話だが、俺も仕事がある」


 ペリドットは、今、占いができないアンジェリカの代わりに彼女の仕事をしていて、しかも、もともとこの宇宙船に呼びつけられたのは、アントニオの代わりに真砂名神社へ入って祈祷をするためだ。それをあとで解説してくれたのはクラウドだったが、ペリドットはこう見えて、ずいぶんと忙しい身なのだった。


 そんな忙しい中に、彼はセシルとネイシャのことにも骨を折ってくれている。ルナはそれを聞いてから、かつて、彼を「だめなひとだ!」と思ってしまったことを反省した。


「ベッタラさんも、今すぐ帰らなきゃダメ?」


 ルナは聞いた。ベッタラは急ぐほどのことでもないが、ニックのところに行く用事がある、というと、ルナはパッと顔を輝かせた。


「ニックのところに行くの!? あの、よかったら、ちょっと待っててくれる? ニックに届けてほしいものがあって……」





「ほわーああああああ! て、手作り弁当! 手作り弁当!! マジで!?」


 午前中から、ニックのテンションはMAXだった。外気の暑さに負けずとも劣らぬテンションの高さ。 

 涼しいコンビニ店内とは逆に。


「ルーナさんから伝言です。みんなが暴れたときに、助けに来てくれてありがとうというお礼の言葉でした」


 保冷バッグに入れてあった、可愛い花柄のスカーフに包まれた二段重のお弁当箱を、ベッタラから渡されたニックのテンションは、確実に宇宙船の天井を突き抜けて宇宙に飛び出した。


 弁当箱に添えられていた、鳥形のカードに添えられていた言葉を読むと、ニックのテンションだけが先に地球に到着した。


「ええっとお……『ニック、このあいだは助けに来てくれてありがとう。ほんとに、ニックが天使に見えました』……だなんて! 僕は天使だよ一応♪ むふふっ。『お礼にお弁当を作りました。お菓子がいいかなと思ったけど、あたし、お菓子づくりがどうも苦手で、』ルナちゃん苦手なの!? 僕大得意だよ! 今度一緒に作ろう! 『今度はバーベキューパーティーで会いましょう、ルナ』」


 ニックは踊るようにカードを頭上にかざし、

「ひゃほおおおおおお!!!!!」

 と絶叫したあと、「お、おおお女の子の手作り弁当なんて何十年ぶりだろう……」と急にいかめしい面構えになって、いそいそと弁当を運び、自室のほうで、ふたを開けた。


「「おおおおおお」」


 ベッタラの野太い歓声と、ニックの歓声が重なった。


 タルタルソースのかかった、小さな魚のフライがメインで、カニの形をしたウインナー、ポテトサラダ、野菜やフルーツなどが彩りよく詰まっていて、下の重は、錦糸卵や花形の人参がかわいい、ちらし寿司だった。


「こちらも、おいしそうではありませんか!」


 さっそく手を出しかけたベッタラの手の甲を叩き、ニックは恨みがましく言った。


「君、ルナちゃんのとこで朝ごはん食べて来たんだろう!?」

「それはそれ、これはこれです。ワタシにも弁当を運んだ報酬をください」

「し、しかたないなあ~、じゃあ、カニさんウインナー一個と、フライ一個だけ、あげるよ」

「大変けっこうです!」


 昼が近いというのに、朝食もまだだったニックは、アイスコーヒーを店から運んできて、休憩室のソファで弁当をつまんだ。ベッタラも勝手知ったる様子で、コンビニの陳列棚から桃のジュースをもってきて、ニックの隣に腰かけた。



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