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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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220話 夜の神様とのデートと、セシル親子を助ける方法について 3


 喜び勇んで店内に駆けこむルナの言葉は、ウソでも、無理をしているのでもなさそうだった。夜の神のチョイスは、いちいち的を射ている。セルゲイは、「肉食ウサギ……」とつぶやきながら、店内に入った。


 席は暖簾で区切られた個室だ。外観からはあまり想像できなかったが、内装の上品さと、ウェイターの物腰から、おそらく高級店の部類に入るのではないかとセルゲイは推測した。


 真砂名神社にお守りを取りに行くだけの予定だったので、部屋着同然のよれたポロシャツに、サンダルだ。ルナはワンピースだからいいが、入店拒否されはしないかとセルゲイは焦った。しかし、スムーズに席に通されたので、ほっとした。


 メニューはやはり高級店だった。ルナは値段に耳がしおれたが、セルゲイが、「だいじょうぶ、お肉くらいで破産しないから」と言ったので、嬉しげな顔でウサ耳をぴーんと立たせた。


 コースを頼んだので、スープとサラダ、パンかライスにデザートまでつく。ついでにワインもすこしいいものを頼んで、セルゲイはルナと乾杯した。


 めのまえで焼いてもらう、大きなステーキの塊を見ながらルナは、「ピエトも食べたいだろうなあ……」とか「ミシェルもつれてくればよかった」とつぶやくので、セルゲイは苦笑した。


「ルナちゃん、今だけは、デートのつもりで、ほかのことは考えないで」


 セルゲイの言葉に、ルナはぽかんとし、ようやく悟ったのか、「うん」とうなずいた。


 ルナは、カットされた大きなステーキをぺろりと平らげ、セルゲイに「あーん」さえしてやった。セルゲイはもちろん、喜んでそれを受けた。


 デザートの、桃のシャーベットや花弁のアイス、小さなケーキがデコレーションされた大皿を嬉しげに片付けていくルナを見ながら、


(ルナちゃんと付き合っていたら、……)


 と、郷愁にも似た思いがこみ上げて、なんとなくしんみりしてしまった。セルゲイは、夜の神のテンションが下がるのではないかと心配したのだが、そうでもなかった。彼は、ルナの様子を、実に微笑ましい様子で眺めている。

 それは、恋人というより、兄の気持ちに似ていた。

 

(私も、“彼”も、ルナちゃんの、笑顔が見たいんだ)


 愛しているけれども、それはそれは――深く、愛しているけれども。

 寂しそうな顔や、悲しみにしずむ顔、怯えた顔は、もうたくさんなのだ。


「美味しかった?」

「うん! とっても! ごちそうさまでした!」


 ルナの満面の笑顔を見て、セルゲイは、今までにないくらいの幸福感に包まれていた。

 それはきっと、夜の神も同様だった。


「セルゲイ、ごちそうさまでした。ほんとにありがとう!」

「どういたしまして」


 店を出たあと、ルナは、もう一度拝殿まで行くと言った。


「セルゲイにもありがとうを言うけど、夜の神様にもね、ありがとうをもう一回言うよ!」


 お肉美味しかったし! ルナは言った。

 百万のピアスや高級浴衣セットより、ステーキ・ハウスのほうが嬉しかったらしい。ルナちゃんらしいな、と笑いながらセルゲイは、了承した。


 すっかり暗くなった境内には、提灯のあかりが灯っていた。階段の両脇に並ぶ灯篭にも火が灯り、川のせせらぎの音も相まって、幻想的な風景が広がっている。


「夜の真砂名神社も、きれい!」

「ほんとうだ。神秘的だね」


 セルゲイも感嘆しつつ、ルナとともにもう一度階段を上がる。


 ふうふう言いながらルナは拝殿まで上がり、「夜の神様、ありがとうございました!」と大声でお礼を言った。もう夜なので、札所は閉め切られていたし、参拝客はだれもいない。大声を出しても、だれの迷惑にもならなかった。


 とたんに、さっきは吹かなかった涼しい風が、ルナとセルゲイの汗を乾かすように、やんわりと吹いた。


「――え」


 ルナの真似をして、柏手を打ってお参りを済ませたセルゲイが、はっとしたように顔を上げた。


「どうしたの、セルゲイ」


 ルナは聞いたが、セルゲイは黙ったままだ。やがて、「――分かった。ありがとう」と言って、ルナの手を引き、階段を降り始めた。


「ルナちゃん、急いで帰ろう」

「え? なに? どうしたの――うひゃ!」


 セルゲイは、一分でも惜しいというように、ルナを抱え上げた。そのまま、駆けるように階段を降りる。


「しぇ、しぇる、げい??」

 ルナはセルゲイの首根につかまったまま、ようやく言った。

「夜の神様が、今日は、デートしてくれてありがとう、だって」

「ふ、ふえ?」


 いっぱい買ってもらったり、ごちそうしてもらったのはルナだ。お礼を言わねばならぬのはルナのほうだった。金を出したのはセルゲイだが――。


「それで、たぶん、ネイシャちゃんたちの呪いを解くための方法を教えてくれた!」


「ええっ!?」

 ルナは絶叫した。

「ほ、ほんとに!?」


「ああ! 呪いをどう解くかっていう、やり方じゃないけど、なんとかなりそうだ!」


 ルナはもう一度拝殿までいって、土下座してありがとうを言いたい気分だった。


「ふええええん夜の神様ありがとおおおおお」


 ルナは半泣きで、セルゲイに抱えられながら、シャイン・システムに乗り込んだ。





 すっかり夜も更けてご帰宅のルナとセルゲイを、アズラエルとグレン、クラウドは不機嫌面で迎えた。


「ふたりっきりで、何してやがったんだ!」

「俺が最近おとなしかったからって、調子に乗るなよ、セルゲイ」

「セルゲイ、俺、早く帰ってって言ったよね? セシルと話したいからって、」

 クラウドは、クラリスになる気はなかったらしい。


 セルゲイは、ルナを抱えたまま全速力で走ってきたのだ。

「ごめん、水を一杯ちょうだい」と男たちを無視してちこたんに頼み、ペットボトルの水をもらって一気に半分飲み干し、やっと言った。


「ネイシャちゃんたちの呪いを解く方法を持って来たってのに、君たちはそういう態度なわけだ」

「ええっ!」

「ネイシャの呪いが解けるの!?」


 叫んだのは、ミシェルとピエトだ。


 ここはミシェルとクラウドの部屋だ。食卓になにもないところを見ると、やはり今日は外食ですませたようだ。リズンの、テイクアウトのハンバーガーが入っている紙袋が見えた。


 キッチンと続きになっているリビングのほうを見たが、アントニオとニック、それからセシル親子はいなかった。


 セルゲイは、ルナのために買ったプレゼントを、コインロッカーに忘れてきたことに、ようやく気付いた。


「夜の神がなにか授けたのか?」


 聞きつけたペリドットとベッタラ、バジがリビングからやってきた。

 忘れ物はあした取りに行こう。セルゲイはあわてて、ポケットに入れていたお守りを出した。


「遅くなってごめん。これが夜の神様のお守り。えっと、五つあるから、アズラエルとグレン、クラウドとカレン――もうひとつは、」

「ワタシにください」


 ベッタラが手を差し出したので、セルゲイは、反射で乗せてしまった。ベッタラは守り袋を受け取り、ぐっと握りしめた。


「それで、呪いを解く方法っていうのは?」


 待ちきれないクラウドが聞いた。

 皆はリビングに結集し、セルゲイの話を待った。ちこたんとキックまでいた。


「まず、第一に」

 セルゲイは、これだけは言っておかねばならないと前置きした。

「夜の神様は、最初にこれを皆に伝えろって言った。セシル親子に、これ以上呪いの話はするな。かまうな。呪いをとく方法が見つかるまで、ふたりに呪いのことを聞いたり、話したりはするな、だって。ふたりが追いつめられるだけだから。下手をしたら、宇宙船を降りてしまうかもしれない。そっとしておけって」


「――これ以上は、セシルたちに何も聞くなってことだね」


 クラウドは嘆息した。夜の神に言われぬまでも、もう、何を聞いてもセシルが教えてくれることはないだろうし、すっかり拒絶されてしまっている。クラウドは、あと二、三、確認したいことがあって、それを確認したら、もう何も聞かないつもりだったが、夜の神にもそういわれてしまっては、引き下がるしかなかった。


「それから、呪いを解く方法。夜の神様が言うには、一番いいのは、真砂名神社の階段を上がることだって言った。でも、それはイシュマールさんが言ったように、賭けだって。セシルさんが死ぬか、呪いが解けるかっていう」


「それは、避けたほうがいい」

 ペリドットは言った。


「もうひとつは、セシルさんたちが、夜の神の神殿に行くこと」

「え?」


 クラウドが聞き返したが、ペリドットは、わずかな沈黙ののちに、「――それは、もっと無理だ」と言った。


「うん。夜の神様も言っていた。こっちは、真砂名神社の階段を上がるより難しいって」


「なぜだ」

 アズラエルが聞くと、


「夜の神の神殿は、とある組織のアジトにある。そこは、その組織のものしか入れない場所だから、まァだいたい――無理なんだって」


 セルゲイは肩をすくめた。ペリドットも、「そうだ」と言った。


「ZOOの支配者になる者は、一度は夜の神の神殿に参らねばならんから、俺とアンジェリカは行ったことがあるが、場所は絶対に口外できん。それは夜の神との契約のひとつだからな」


「でも、それ以外の方法が出されたんだろう? 早く教えてくれ」

 クラウドが急かした。


「うん。ひとつは、ルナちゃんがZOOカードで“偉大なる青いネコ”を呼び出して、セシルさん親子が陥っている状況を伝えること。で、もうひとつは」


「なに?」

 せわしないクラウドに、グレンが「おまえ、少しは落ち着けよ」とたしなめた。


「クラウドに、メッセージだった」


「俺?」

 クラウドは身を乗り出した。

「俺? 俺が、何をすればいいの」


「クラウドが、あの黒い“もや”を見ることができた、エラドラシスの呪術師に会いに行くこと、だって」


「――俺が?」


 クラウドは拍子抜けした顔をした。ケトゥインの呪術師一覧表という本のありかでも教えてもらえると思っていた顔だった。


「マミカリシドラスラオネザに会えということか?」


 ペリドットが不思議そうな顔をした。ルナは口を開けた。あの、舌をかみそうな名前の人だ。


「あれは、ケトゥインの呪いのことまでは分からんぞ」


 “もや”は見えるし、呪いだということはわかるが、それがどんな呪いかはわからないと、すでに彼女は言っている。ペリドットも、彼女が嘘をつくはずはないと、重ねて言った。


「分からないよ、私も。でも夜の神は、そういった。これも、真砂名神社の階段を上ることや、夜の神の神殿に行くことと同じくらい難しいって。でも、一番、死者が出ない方法だと言った。気を付けなければいけないって。クラウドが一度でも機嫌を損ねれば、二度と話はしてくれないだろうから、って」


 セルゲイは、伝えきった、というように話を終えた。


「それはそうだ! マミーちゃんは、短気なんだ! 一度怒ったら、二十日は口をきいてくれないし!」

「あの呪術師ですか……難しいことは、たいへん不機嫌な性格です……」


 バジは頭を抱え、ベッタラも気難しい顔で黙り込んだ。


 クラウドは、しばらく腕を組んで考え込む姿勢を見せていたが、やがて、顔を上げた。


「ペリドット」

「なんだ」

「彼女が、どこの星の、どの村か国の出が、何番目の子どもか、――とにかく、彼女に関連するありとあらゆる情報がほしいんだけど」




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