27話 孤高のトラ Ⅰ 1
ドアの向こうは、暗闇だった。
ウサギが手を引いてくれるので、ルナはその暗闇に一歩、踏み出した。
かち、かち、と時計の針の音が、二回した。
「わあ!」
「だいじょうぶ。そのうち景色が見えてくるから」
足場の悪いそこをふわふわと歩くと、ほんとうに、うすぼんやりと景色が見えてきた。草木のおい茂った地面に足がつくのが分かった。
厚い雲が重く、空を覆っていた。さびしい光景だ。ルナがさびしいと感じたのには、正当な理由があった。
ここは、墓地だった。
白い柵の向こうは、区画された大理石の墓石が立ち並び、枯れた花は一束もなかった。ひとつひとつの墓が豪奢だ。小さな庭に、存在感のある大きな碑が建っていた。
深い森に囲まれた丘陵地。どこまでも広い。
おそらく由緒正しい家――身分の高い者たちの眠る墓地であることはちがいなかった。
(これは、夢?)
子どもの泣き声がする。周囲に比べてひときわ広く取られた区画の、大きな墓石のまえで、男の子が泣いている。
3歳くらいだろうか? まだ、とても幼い。
「ママ、ママ」とひっきりなしにしゃくりあげている。
銀色の髪。
でも、あの大きな背中ではない。小さな、小さな背中。
ルナが近寄ろうとすると、その子のうしろに大きな背中が立ち、抱き上げた。
ルナが知っているのは、その銀髪の子の、大きな背中だった。
軍服にたくさんの勲章をつけた銀髪の紳士は、子どもになにか言い聞かせているようだった。彼は泣きじゃくる子を抱えたまま、だれかを探すように目で追った。
彼には、ルナの存在はまったく見えていないようだ。
「ローゼス!!」
張りのある声が名を呼び――やがて、執事と思われる老人がやってきた。小走りで。
「おお、旦那様、もうすぐ皆さまが」
「セバスチアンはまだ来ないのか」
紳士はそう言った。
「ローゼス、頼むぞグレンを。グレンを皆の目から隠せ」
「承知しました」
老執事は、グレンを抱えて、慌ただしくその場を去った。
この紳士は――グレンのお父さん?
「ままぁ……」
涙でグショグショのグレンは、ローゼスに抱きかかえられると、本格的に声をあげて泣きだした。しかし、紳士のほうが泣き疲れているようだった。グレンに似た精悍な顔は、げっそりとやつれて見える。
ローゼスは、嗚咽が止まらないグレンを抱えて、墓地公園のほうに向かった。
「グレンさま、おかわいそうに」
自身も涙しながら、足早にローゼスは離れた。
ルナはどちらについて行ったらいいか悩んでいたが、やがて、亡霊にも似た真っ黒な正装の集団が見えはじめたので、あわててローゼスとグレンのほうを追いかけた。
チョコレート色のウサギもついてくる。
ルナはふと思った。
あの集団は、グレンのZOOカード、「孤高のトラ」に描かれていた、不気味な集団に似ている。
曇り空の中から少しずつ光が差し込んできた。雲を割って、陽光が差し込む。
ローゼスは、だいぶ離れた場所のベンチに、グレンを下ろした。だが、グレンはローゼスから離れたがらなかった。小さな体は嗚咽で息が止まりそうなくらい跳ねている。
ママがいなくなった、とグレンは泣いていた。
もしかして、亡くなったのは、グレンの母親?
腕章やたくさんの紋章をつけた将校は、やはりグレンの父親なのだろう。銀色の髪に、グレーの瞳。グレンに面影が似ている。
それにしても、ローゼスもグレンも、ルナが真ん前にいるのにルナの存在に気づいていない。
「君は、グレンの“過去”を見ている」
導きの子ウサギが言った。
「グレンのお母さんは、亡くなったんだ」
ルナは、目を潤ませた。
グレンがまだ、こんなに小さいときに。
「……まま、どこにいったの?」
グレンが、舌足らずの声で言った。大きく潤んだ灰青の目。やはりグレンだった。天使のように可愛い。
(……コレがどういう経過をたどって、あんなゴツイ大男になるんだろう)
ルナは遠い目をしたが、ゴツイ大男が現実だった。
急にグレンが叫んだ。
「ままあ!」
「グレン!」
ママ?
グレンに向かって駆けて来たのは、美しい黒髪の女性だった。黒い帽子に喪服。グレンはローゼスの膝から降りると、女性に抱きつく。
「グレン! かわいそうにね、こんなに小さいのに……!」
女性もまた涙していた。グレンを抱きしめる。
少し遅れて、金髪の紳士が男の子を抱いてそばにやってきた。男の子は金髪の少年だ、グレンと同じ年くらいの。
「パパ。グレンはなんで泣いてるの?」
「……ママが死んでしまったからだよ」
少年は、紳士の言葉の意味はよくわからないようだった。首をかしげている。
「ローゼスさん、では」
「ええ、どうか、このままグレンさまを……」
「バクスターはこちらへ来れないかな」
「申し訳ありません、しばらくお待ちを……」
「いいんだ。彼もつらいだろう」
紳士はそう言って、男の子を抱えたままベンチに腰を下ろした。
女性は、グレンをしっかり抱きしめると、グレンに言った。
「あなたは強い子ね、グレン。もう泣かないの。泣いたらお母さんも悲しむわ」
そう言って、まだぐずるグレンを抱いたまま目頭を拭うと、ローゼスに向き直った。
「よかったわ、ありがとう。わたしたちもあの人たちにグレンを会わせたくなかったの。だから、早めに星を出て来たのだけど、すこし遅れたわね」
「かまいません、ほんとうに、こんなことをお願いして――」
涙ぐむローゼスに、夫人は首を振った。
「ジュリはもう、宇宙船に乗ったときも、本当はダメだったのよ。ここまで生きることができたのもバクスターとグレンのため。母は強いわ。もとからジュリは、わたしにない強さを持つ人だったけれど、ほんとうに素晴らしい人だったわ」
「そうだったね」
紳士も、うなずいた。
ジュリ? グレンの母親の名はジュリ?
ジュリって――あの、ジュリ?
まさか。
宇宙船? なんのことだろう。でも、その名、それではまるで――。
「ジュリは、わたしたちのほうで埋葬しようと思うの」
「それは、それは、どうか、そのように……」
バクスターさまもそう望んでおられます。
ローゼスはつぶやき、しばらく、ジュリの死を悼む沈黙が下りた。
困惑気味のルナをよそに、時間は進んでいく。
父親の膝に乗った金髪の男の子が、じいっとグレンの方を見ている。グレンが気づいて目が合うと、照れたように父親の影に隠れた。
「はは、どうしたルーイ」
(ルーイ? この子、ルーイなの?)
ルナが導きの子ウサギのほうを見ると、ウサギはうなずくように、一度耳を揺らしてみせた。
グレンに見つめられ、ルートヴィヒはますます父親の影に隠れてしまった。でも、顔がほころんでいるのだ。
「まま、だっこ」
グレンは、年上の女性はみんなママなのだろうか。夫人が抱き上げると、グレンが甘えるように擦り付く。
夫人が、だれにいうともなくつぶやいた。
「ローゼスさん、わたしとジュリは親友だった――ぜったいに、この子はわたしが守るわ。“ドーソン一族”の思うようにはさせない」
「口に出すのも畏れ多いことではありますが、バクスターさまのご一族は、ひとの感情を持ってなどおりません」
ローゼスは、控えめながら、語気強い口調でそう言った。
「どうか、どうか、グレンさまを。くれぐれも、どうか」
「ええ」
夫人とルーイの父が、泣きむせぶ老人の痩せ枯れた肩に手を添えた。
「セバスチアン! エレナ! よく来てくれた!」
グレンの父――バクスターが、大きく手を振りながらやってきた。葬儀は、ひと段落ついたのだろうか。その手には、ジュリの遺骨と思われる骨壺があった。
グレンは泣き疲れて、夫人――エレナの胸で眠ってしまった。
この女性はエレナというのか。ジュリとエレナ。グレンの母親がジュリ、ルーイの母親がエレナ。
もしかして、さっきの話し方からすると、このジュリとエレナも友人同士なのだろうか。
――グレンとルーイの母親が、ジュリと、エレナ。
ルナは、かみしめるように、心の中でそれを繰り返した。
「グレンは寝てしまったのか、重いだろう、私が抱こう」
バクスターがグレンを抱こうとするが、眠っているグレンは嫌がって、エレナから離れようとしない。
グレンがむずがるが、エレナはすこし強引にグレンの手のひらを引きはがし、バクスターに預けた。今日でしばらく、この父子はお別れなのだ。
「もう、グレンを抱くことはないかもしれないな」
バクスターが愛おしげに腕の中の我が子を見つめた。ローゼス老人はむせび泣いた。
「そんなふうにはさせない。いつか必ず、あなたのもとに返すわ」
エレナは確信を込めた声でそう言った。
バクスターは少し微笑んだ。さっきの、疲れたような笑みではなかった。
「ジュリはわたしたちが埋葬しよう」
紳士がそう言って、バクスターの手からジュリを受け取った。
手に乗せられる大きさの、あまりにも小さな骨壺。バクスターの目は、うるんでいるようにも見えた。
「すまない」
とたんに、地面が沈むような心地がした。ルナだけなのか、ほかのみんなは気づいていない。
視界が真っ暗になった。ルナは思わず目をつむった。
ふたたび目をあけると、光景が変わっていた。
快晴の青空。蝉の声がする。日差しが暑いくらいだ。
のどかな田園風景が広がっていた。鶏の飾りが屋根の上についている家が、遠目にある。だが、ルナがいたのは、レンガ造りの豪勢な家のまえだ。手入れの行き届いた広い庭。
裏口の扉に向かって、石畳が敷いてある。
玄関先に、ルナと同い年か、もっと若いくらいのメイド姿の女性が立っていた。
彼女に向き合い、なにかいっているのは背の高い黒髪の女性――ルートヴィヒの母、エレナだ。
「アンナ。それじゃあ、今夜はあたしたち帰らないからね。あの子たちお願いね」
「はい」
「放っとけばいつまでも起きてるんだから。午後十時にはベッドにぶちこんで」
「承知しました、奥様」
アンナはスカートをつまんで、うやうやしく返事をした。
「ここは、どこなんだろうなあ」
ルナは景色を見回しながらつぶやいた。やはり、ルナという不法侵入者がめのまえにいるのに、アンナにもエレナにも気づいてもらえる気配はない。
「ここはL53。グレンはルートヴィヒの両親に引き取られて、10歳までここで育ったんだ」
導きの子ウサギがそういった。
「えっ!? ここ、L53なの!?」
ルナは驚いた。最先端の経済や政治、文化が集まるL5系列の惑星に、こんなにのどかなところがあるのか。
「あっ!」
導きの子ウサギは、いつのまにか玄関先にいた。ルナを手招いている。
(どろぼうでは、ありませんから!)
ルナがおそるおそる屋敷の中へ入っていくと、セバスチアンとエレナが表玄関から出るところだった。
高級そうな、大きな車が止めてある。
「いってらっしゃいませ、ご主人さま、奥方さま」
玄関先から見送るアンナ。ついでにルナも、ともに見送った。
(グレンは、この家で、育ったんだ)
ルーイは一人っ子だと聞いていたし、あのふたりは兄弟みたいに仲がいい。
(グレンは、ルーイのお母さんに育てられたみたいなものなのかな)
ルナが出会ったおとなのグレンはL18の軍人だった。グレンが軍人になったということは、いつかL18に帰ったということだ。
グレンは10歳まで、ここで過ごした。
考えながら屋敷を歩いていたら、ルナは、広い屋敷の廊下で、アンナを見つけた。
アイスクリームの棒をくわえた、グレンとルートヴィヒの姿も。
ふたりの服装は、ずいぶん仕立てのいい、汚したら怒られそうな制服だった。濃いグリーンのジャケットとズボン、赤いネクタイ、ピカピカの革靴。
「なぁおい、父ちゃんたち、でかけたか?」
ルートヴィヒが問うと、アンナはうなずいた。
「お坊ちゃまたち、買い食いは禁止では? そのお金はどこから?」
きのう、今月のお小遣いは使い果たしたとおっしゃってましたよね?
一度はうなずいたものの、目こぼしできない事態があったからなのか、少し怖い顔をして腰に手を当て、お説教モードに入ったメイドに、グレンがこともなげに言った。
「株の売却益」
メイドとルナは同時に吹いた。噎せ込んだ。冷静なのはグレンとウサギだけだった。
ルートヴィヒが首をかしげていたのだけが救いだ。
グレンはさらに、子どもがしてはならないことをした。メイドのエプロンポケットに紙幣を数枚ねじ込んだ――「金が欲しいならやる。少し話があるからついてこい」
いうことはまったく可愛げなどなかったが、動作は10歳の子どもらしく可愛げのあるグレンは――ルートヴィヒとともに、アンナの両手を引っ張って応接間に入った。
ルートヴィヒが廊下を確認して、だれもいないかたしかめる。そしてドアをしっかり閉めた。
「だれもいねえ?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
ルナと導きの子ウサギがいるが。
ウサギとルナは顔を見合わせ、にっこり笑った。
「アンナ、ここに座れ」
ルートヴィヒが椅子を後ろに引っ張って、アンナを座らせた。エスコートのつもりなのか。
グレンが別のテーブルから、大きな椅子を一生懸命引っ張ってくる。アンナが手伝おうと立ち上がると、「いいからおまえ、座ってろよ」とルートヴィヒが怒鳴った。
ルートヴィヒとグレンがふたりで、うんうん顔を真っ赤にして、椅子をふたつ運んできて、車座にして座った。
「かいぎをはじめる」
ルートヴィヒが、威張った調子で言ったので、アンナは吹き出した。ルナも吹き出した。
「なんの会議なの」
「アンナ! はつげんはきょしゅしてからだ!」
すかさず、ルートヴィヒが叫ぶ。
できることなら動画でもとって、グレンとルートヴィヒに見せてやりたかった。
「さて、アンナ。おまえは金を受け取ったわけだが」
グレンのセリフに、アンナも負けてはいなかった。ポケットの紙幣を数え、まとめてテーブルに置いた。
「こちらはのちほど、しっかり奥様にご報告させていただきます」
グレンが鋭く舌打ちする。
「こっちはクリーンなメイドで通ってんのよ!! チップは受け付けてないの! こんなはした金で信用が買えるもんですか!」
「ああ。おまえは賢い」
グレンは、食えない笑みを浮かべて両手を広げた。
「つまりはそういうことだ、ルーイ。アンナは買収できない」
グレンの言葉に、ルートヴィヒは絶望的な顔をした。
「え? ちょっと待って――え? ウソ。なに? ルーイ坊ちゃまのご計画? 買収だのなんだの、こんな小賢しいことするの、てっきり、グレン坊ちゃまのお考えかと、」
アンナが驚いた顔で、ふたりの顔を交互に見る。
「小賢しいって俺のことか? 頭がいいって言えよ」
グレンは不服そうだった。
アンナとグレンの会話などまるで聞こえていないように絶望的な顔でうつむき――やがて、めそめそ泣きだしたのは、ルートヴィヒだ。
「――え!? どうしたのルーイ坊ちゃま!!」
あわてたのはアンナだ。
「あ~あ、アンナがルーイを泣かせた」
「あたし!?」
「おまえがはした金で買収されねえから……」
グレンはどこか投げやりな声で言った。
「ちょっと待って。落ち着いて。泣かないで。ハイ、坊ちゃま、ルーイ坊ちゃま、――あたしを買収して何をさせる気だったの?」
アンナは青筋を立ててグレンのほうをにらみながら、ルートヴィヒに聞いた。
ルートヴィヒは、しゃくりあげながら、やっと言った。
「たすうけつで、おれたちの味方をしてほしい……」
「は?」
どうも話が呑み込めず、アンナが先を促すと――ルートヴィヒが暗い顔をして言った。
「……グレンが、こんどの土曜日、L18に帰っちゃうんだ」
アンナも知っていたことのようだ。ようやく理由がわかって、優しい笑顔を見せた。
「坊ちゃま、そんな顔しないで。グレン坊ちゃまのお父さまだってグレン坊ちゃまに会いたいでしょう。ちょっとお顔を見せに行くだけ。すぐ帰ってくるわよ」
ルートヴィヒが、首を振った。
「ガッコも、L18のに行くんだって。転校するんだって。グレンのお父さんがもう戦争行かなくてよくなって、ずっと星にいることになったから、あっちにずっといるんだって……」
アンナの言葉がなくなった。
「父さんと母さん、今日、グレンの父さんに会いにいったんだ。L18の学校に入る年になったから、グレンはあっちに帰んなきゃなんないんだって」
「そうだったの……」
アンナがグレンのほうを見ると、グレンは顔をそらした。
「おれ、はんたいするんだ。父さんと母さんに。いっぱいはんたいのやつ見つけて、たすうけつで勝ったら、グレンはL18に行かなくてすむだろ?」
「……べつに、アンナを買収しなくても、クラスの連中ほぼ全員で間に合っただろ」
グレンがシャツの袖口をいじりながら、つぶやいた。ルートヴィヒが食ってかかる。
「わかんねえだろ。もしおまえの父さんが、いっぱい軍人のなかま連れてきて、たすうけつであっちが勝ったらどうすんだよー」
ルートヴィヒの言葉に、付き合いきれないとばかりにグレンが鼻を鳴らす。
「ハイハイ。じゃあ先生にも頼もうか」
「なにいってんだよ! せんせいはグレンの父さんの味方だぜ!?『グレンくんはL18のりっぱな軍人になりにいくんだよ。そして、クラスのみんなをテロとかせんそうから守ってくれるんだよ。だからみんなで元気に送り出そうね』っていってたじゃねえか! せんせいは、さんせい派、なんだぜ!」
ルナも、ウサギも、それからおそらくアンナも――なんとも微笑ましい会話を聞きながら、苦笑した。
「じゃ、あたしはルーイ坊ちゃまの味方をします。買収の件はなしでね」
アンナがそういって、紙幣をそっくり、グレンの手にもどした。グレンは複雑そうな顔をし、ルートヴィヒは嬉しそうな顔をした。
「じゃあちょっと待ってろ! 名前かく紙持ってくる!」
名簿でも作ったのだろうか。ルートヴィヒは袖で涙を拭いて、ドアの向こうにばたばたと駆けていった。
グレンは、ルートヴィヒがいなくなると、ためいきをついた。
「――はぁ。やってられねえ」
しかし、どことなく、寂しそうな声でもあった。
「俺はドーソン家の嫡男だ。軍人にならないわけにはいかない。――いつまでもここにはいられない」
グレンは、グレンで、ルートヴィヒと離れるのは嫌なのだろう。でも、多分グレンは、お父さんのような軍人になりたいのだ。それで、行きたくなくても、子どもながらに我慢しているのだろうか。
ルナがほほえましく思いながら、グレンの様子を見ていると――めのまえの景色が、急に歪んだ。
目の前が暗くなる。
グレンも、応接間も、視界から消えた。




