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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~盲目のイルカと強気を食らうシャチ篇~
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216話 ZOOの支配者 1


 ルナが静かに目を開けると、まだ深夜だった。ZOOカードの箱から、白銀色の光が立ち上っている。


 ルナは、アズラエルを起こさないようにそっとベッドから出ようとしたが、アズラエルは起きてしまった。でも、すぐに目を閉じたので、ルナは黙って光の揺らめくほうへ歩んだ。


 部屋の隅で輝くZOOカードの箱を開けると、そこから飛び出してきたのは、ルナが予想した通りのカードだった。


(ブレアさん、元気でね)


 十日前、ルナはめずらしく昼寝をした。ここ最近の疲れがどっと押し寄せたように、ルナは眠ってしまった。そうして、夢を見た。


 ルナもいっしょに、観覧車に乗っていた。ブレアが飛び降りるのも、暴れるのも、遊具の絵を描くのも、泣きながら遊園地を去っていくのも、ウサギといっしょに見ていた。

 

『今日知ったことは、ぜんぶ忘れていいわ』


 月を眺める子ウサギは、夢の中でルナに言った。ブレアの行く先も、活躍も、ルナと再会する時期も――彼女は、ぜんぶ忘れていい、と言った。


 月を眺める子ウサギが語った“お化け屋敷”の顛末(てんまつ)は、聞いているルナも泣きそうになるような話だったので、ブレアの選択した未来が不幸な未来ではなかったことに、ルナはほっとして、輝くカードを見つめた。


 膝を抱えて、カードを眺めつづけ、やがてうとうとして、眠りに落ちた。


 ルナが膝を抱えて絨毯の上で眠りについたのを見て、「やれやれ」と、アズラエルが起き上がり、ルナを抱え上げてベッドに運んだ。額にひとつキスを落とし、抱きしめて眠った。


 恋人を抱きしめて寝返りを打てるということは、最高に幸福なことだ。

 アズラエルはニヤリと、幸福とはあまり関連しない笑みを浮かべて眠った。ルナはルナで、アイスクリームの家にかぶりつく夢を見て、ブレアのことはすっかり、忘れたのだった。





 アズラエルたちが警察署に連行されてから、十日がたっていた。


 約束通り、ルナはレイチェルたちとのお茶会を、毎日ではなかったが、できていた。リズンがほとんどだったが、スーパーの出店でアイスを食べることもあったし、K06区まで赴いて、移動販売車をはしごして、公園でお弁当を食べたこともあった。

 プラネタリウム・カフェにも行った。


 この十日の間に、一度だけキラが参加した。相変わらずリサは、元気でやっているのか、音沙汰はない。


 今日はリズンが定休日なので、レイチェルの部屋でおうちカフェだ。


「アズラエルとグレンさんには、何回お礼を言っても足りないわ」


 レイチェルは、大きなおなかを抱えて、今朝から何度言ったかしれない言葉をまた口にした。


「うん。ほんとに」


 シナモンが同意し、ミシェルと同じアイスコーヒーを口に含んで、しみじみとため息を漏らした。


 端的にいうと、ジルベールとシナモンが、宇宙船に乗っていられる期間が延びたのである。


 ジルベールは、一ヶ月以内にシナモンとともに降りるはずだったのだが、シナモンはなんとなく、レイチェルが心配だった。レイチェルが妊娠してからというもの、毎日、いっしょにおなかの子の成長を見守ってきた仲である。

 それに、赤ん坊は、産んでからがまた大変なのだ。


「あたしは、レイチェルの赤ちゃんが見たい。レイチェルが産んでから降りるから、ジルは先に降りて」

 と言ったのがきっかけだった。


 シナモンのほうは、べつに降船処分になったわけではないので、そうするつもりだった。


 シナモンに用意された「MM・ME社」の事務所も、ジルベールが入学するカンファドール音楽院も、同じL55のプリマステラ・シティにある。L55はシャイン・システムが完備されているので、通学通勤の心配はないのだが、市が違えば、何回かシャインを乗り継ぐことになる。


 このあたりもララの配慮に違いなかったが、おかげで、新婚夫婦が離れて暮らすことにはならなかった。


 ジルベールの入学は、来年四月になる。ジルベールも、レイチェルの出産を待ってから宇宙船を降りても、じゅうぶん間に合う日付だった。


「俺も、レイチェルの子ども、みたい」


 ジルベールのつぶやきを拾ったのは、グレンとアズラエルだった。彼らはそれぞれ、警察署と、ララに交渉してくれたのである。


 ララは、そういった話になるのを、どこか予想していた口ぶりだった。あっさりと承諾してくれ、シナモンが専属モデルとしてMM・ME社と契約するのは、ジルベールの入学と同じ、来年四月からになった。


 そして、グレンがどんな手を使ったのかわからないが、なんと、ジルベールの降船猶予も延びた。

 ジルベールも、今年以内に降りればいいということで、決着した。


 そうなれば、時期を見て、四人でL系惑星群への帰路に着ける。


 シナモンが降りてしまうことに、レイチェルが心細い思いをしていたのもたしかだった。


 その決定が降りたときに、四人で小躍りしたのは言うまでもない。


「兄貴はカッコいい。マジで。グレンさんも、さすが兄貴のライバルだよ。俺はサイコーだと思う」


 ジルベールは、しばらく、顔を合わせればそんなことを言っていた。ライバル扱いされたグレンが怒るだろうことは容易に予想できたが、この言葉はルナのところで止められて、グレンまで届かなかったので、彼の機嫌を損ねることはなかった。


「ルナって、サイコーの彼氏持ったね」

 シナモンも、ためいきをついた。

「アズラエルも渋いし、グレンさんもチョーカッコイイしさ……あたし、来世はたくさんのオトコにモテなくていいから、ルナみたいにグレンさんにモテたいわ」


 ミシェルは大笑いして、コーヒーを鼻から吹くところだった。


「そういや、シナモンって、クラウドのことは何にも言わないね」


 シナモンは猛然と首を振った。


「クラウドさんはマジあれ、神レベルの美貌だよ! あたし、マジで最初、どこの有名モデルかと思ったもん! いまだにあたし、緊張してうまく口利けない……」


 ルナとミシェルは、シナモンの言葉に顔を見合わせて笑った。ミシェルのことになると、とたんに残念すぎる男になるクラウドを、シナモンは知らない。


「MM・ME社に行ったら、クラウドさんレベルのモデルがうろうろしてるのよ? シナモン、本当にそんなところに行って大丈夫なの?」

「ちょっと、自信なくなってきた……」


 レイチェルのからかい半分の言葉に、シナモンが、らしくなく、ほっそりした肩を落とすのを見て、三人は、笑いあった。


 ルナは、のどかな日常を取りもどしていた。





 一方、アズラエルとグレンは、ついに車いすから解放された。


「よっしゃあああああ!!」

「うおおおおお!!」


 治療が終わった瞬間、車いすから立ち上がり、ガッツポーズを決めるむさ苦しい男ふたりを嫌そうに見つめるペリドットは、

「まだ完治してねえんだから、無理はするな。八月に入るまで、派手な動きはやめとけ」

 と忠告した。


「わかった」

「おまえら、わかったと言って、俺の忠告を聞かなかったよな」


 ペリドットが言っているのは、「一時間遅れて来い」と言った、例のアレだ。


「その件に関しては、俺も反省してる。ライアンにも言われてたのに、深読みしなかった俺が悪かった」


 アズラエルは、肩をぐりぐり回しながら、機嫌よく謝った。やっと動けるようになったから、ペリドットに謝るくらいは屁でもない。


「くそう……筋力がだいぶ落ちてる」


 アズラエルは悔しげに唸り、「ルゥとピエトを乗せて、腕立て伏せでもはじめるか」と言って、「おまえらは、ほんとに俺の忠告を聞く気がねえようだ」とペリドットをあきれさせた。


「よし、完全に動けるようになったら、ロビンを殴る」

「おまえも反省してねえようだな」


 座った目をしたグレンを、ペリドットは戒めた。


「殴ったら降船だぞ」

「俺はそんなバカじゃねえよ。合法的に殴る」

「そんな手段があるなら教えろ」


 アズラエルも、ロビンは合法的に、一発殴っておきたかったのだ。


 グレンとアズラエルが、ルナには到底見せられない凶悪な顔で、ロビンを殴る算段をしているころ。

 

「――よくがんばったね、ピエト君! もうお薬は、飲まなくてもいいよ」

「ほんとですか先生!」


 ルナよりも、ピエトよりもはやく、カレンが叫んでいた。


「本当だよ。ピエト君の肺にくっついていた細菌は、ぜんぶ消えました」

「やったあーっ!!」


 ピエトは両手を上げて万歳をし、ルナとカレンと、ハイタッチをした。


「でも、来月末までは、一週間ごとに検査をしようね。それが過ぎたら、二ヶ月に一度でいいです。ほんとによかったね、ピエト君。よく、がんばったね」


 医者は、綺麗になったピエトの肺の画像をみんなに見せてから、ピエトの頭を撫でた。


「よかったなあ……ピエト」

 カレンは半分涙声だった。


 午後、ルナはカレンと一緒に、ピエトを連れて、定期健診に来ていた。

 今日は、いよいよピエトの完治結果が出るかもしれないというので、カレンもいっしょに来たがったのだった。


 検診にくるごとに、肺に付着していた細菌が消えていっているのを見て、「次に来るときは、ぜんぶ消えてるかもしれないね」と言い合っていたのが現実になった。


 予定よりも、大分早い完治だ。ピエトが宇宙船に乗ったころの見立てでは、地球に着く頃が、完治の目安だった。つまりあと二年。


「薬がきいたことはたしかだけどね、ピエト君にちゃんと滋養を取らせ、規則正しい生活をさせてくれたお母さんも。――がんばりましたね。早く治った原因でもあると思いますよ」


「ルナは母ちゃんじゃなくて、」と言いそうになったピエトの口をふさぎながらルナは、「ありがとうございます、せんせい!」と満面の笑顔で叫んだ。


 カレンも、昨日の検査結果では、ずいぶん良くなっていた。

 レベル1まで数値は下がったし、このまま薬を飲み続ければ、半年ほどで完治するのではないかとの見通しも立った。

 今日の結果は、カレンにとっても励ましになるような出来事だった。


 ルナはすぐさま、病院の公衆電話から、メリッサとタケルに連絡した。ふたりはもちろん大喜びし、メリッサは涙ぐんでさえいた。


「今日は、お祝いです! ちょっといいお肉を買って、すきやきパーティーにします!」


 ルナの宣言に、カレンとピエトは歓声を上げた。


「ケーキも買っていこうね。ピエトのアバド病が治ったお祝いと、カレンの数値が下がったお祝い! それでね、アズとグレンも、車いすがいらなくなったらしいの。だから、そっちもお祝い!」


「今日ぐらい、クラウドも帰ってくればいいのに。俺、電話していい?」


 ピエトはルナが返事をする前に、携帯電話をバックパックから取り出した。


「そうだよね。ジュリも今日は遊びに行かないように見張ってなくちゃ――メリッサとタケルも来るんだろ? レイチェルちゃんたちも呼ぶか」

「うん! じゃあ、ケーキは一番おっきいのをホールで買っていこう!」

「クラウドも今日、一回帰るって! それでさ、メリッサとタケルも来るのか?」


 ピエトがもどってきて、ルナに飛びついた。


「うん。さっき電話したとき聞いたら、来るってゆったよ」


 ちょうど二、三件行った先に、ケーキ店がある。


「よし、あそこで買っていこう」


 カレンとピエトは、はしゃぎながら、こぢんまりとしたケーキ店に突撃していった。


「ピエト、何のケーキがいい?」

「俺、このあいだリズンで食った白いのがいい……あっ! でも、チョコのやつがある!」

「この大きさだと、人数的に足りないから、ふたつ選ぼう」

「やった! 白いのとチョコのやつ!」


 よだれを流さんばかりの顔で、ケーキを凝視しているピエトを、ルナとカレンは微笑ましい目で見つめた。



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