214話 イマリとブレアの罠 Ⅲ 3
アズラエルは、次の日の夜、ロビンに連絡を取ってラガーで待ち合わせした。ほんとうは、この満身創痍の姿を、知り合いに見せたくなかったのだが、どうしてもロビンに聞きたいことがあった。
話次第では、ケガが治ったらてめえを一発ぶん殴る、くらいの捨て台詞は吐くつもりでいた。
ラガーの店長は、久しぶりのアズラエルを一目見るなり、「ひでえケガだな」と肩をすくめ、車いすをカウンターにいるロビンのところまで押して行ってくれた。
アズラエルは、ロビンの顔を見るなり凄んだ。
「おい」
「分かってるよ。イマリとブレアのことだろ」
「いったい何だったんだ。今回のことは。おまえが仕組んでたのか。それとも、ライアンか」
「まァ……落ち着け。ちゃんと話すから」
ロビンとアズラエルは、カウンターから、奥のテーブル席へと移動した。
「一枚噛んでたってことは認めるさ――ライアンは、俺が誘った。おまえに、悪いことはしたと思ってる」
「てめえ、俺を宇宙船から降ろす気だったのか?」
「降りても、メフラー商社にきた任務に、おまえの名も入ってるなら、アストロスまでは行ける。ルナちゃんが恋しいなら、ルナちゃんが地球に行ってもどってくるまでの間、アストロスで待機してりゃいいじゃねえか」
あまりに軽いロビンの思考回路に、アズラエルはあきれた。そして、ロビンの目的が分かって、ひとつは腑に落ちた。
「――ようするに、おまえの目的は、俺を宇宙船から降ろすことだったのか」
「ああ」
ロビンはあっさり肯定した。
アズラエルは舌打ちするほかない。ライアンに、「ロビンには気をつけろ」とわざわざ教えられ、ペリドットにも「一時間遅れて来い」と言われた。ふたりの忠告を深く考えなかったのは自分だ。だれも責められない。
「どうしてだ。だれに頼まれた」
「依頼主の名は、さすがに言えねえよ。俺の信用に関わる」
ロビンはもっともらしく言ったが、実は、ロビンが最初に予想した、よろしくない結果が的中していたのだった。ロビンは、たしかに「依頼主」に今回の仕事の結果を報告した――そこまでは覚えているのだが、「依頼主」がだれだったか、どうしても思い出せないのだ。
おかげで、返そうと思っていた依頼金を返すこともできない。
ロビンは三日ぐらいの記憶喪失は覚悟していたのだが、依頼主のことだけをすっかり忘れているというのは、さすがに薄気味悪かった。たしか、依頼金は箱に入っていたはず――と、金が入っていた箱も探してみたのだが、箱は忽然と消えていた。それとも、箱なんてものは最初からなかったのか。
記憶喪失のことは、アズラエルに話す気はなかった。なんだか、カッコ悪いではないか。
「依頼は、おまえを宇宙船から降ろすことだ――断ってもよかったんだが、俺が引き受けたのは、それを利用して、ついでに、あのバカ女たちを宇宙船から降ろしてやろうと思ったからだ」
ロビンは、イマリたちを降ろす計画のことは、ウソ隠しなく、アズラエルに教えた。ライアンといっしょにイマリたちをたぶらかし、アズラエルの悪口をこれでもかと言ったこと。ロビンたちの誘導に乗り、アホらしい計画を立てたのはブレアで、レコーダーに会話を撮って、加工したのはライアン。それをルシアンの店長から、警察に渡してもらったこと。
「あのバカ女どもは、放っとけば、おまえの愛するうさちゃんにも何かやらかしてただろうし、ミシェルや――それから、なんつったっけ、あの、バーベキューパーティーにいた可愛い子たち」
「リサか? レイチェルか、シナモンか」
「ああ! そう、そのへんの子も恨んでたからな。女の子の味方である俺としては、黙っていられなかったってことさ。まったく、ヒマってやつは怖いぜ。バカどもが立てた計画もバカらしいが、俺も、面倒なことはじめちまったなーって、途中で後悔したよ」
アズラエルは黙って、注がれたズブロッカをのんだ。どろりと強い酒が、喉を焼く。
「でもま、ミシェルとウサちゃんの敵は降りたから、もう安心して――」
「イマリは、降りてねえ」
「!?」
さすがに、ロビンはぐふっとやった。半分凍った酒が、逆流して鼻を焼いた。
「あァ!?」
「降りてねえんだよ――いや、アイツが自分で降りれば、降りることになるだろうが」
今度は、アズラエルが手短に、ララの執務室で聞いた話をロビンにする番だった。ブレアは一週間以内の降船だが、イマリの降船は取り消されたこと。
ジルベールたちが、アズラエルたちを庇い、降りる羽目になったこと。
ジルベールとエドワードが降りるとなれば、シナモンもレイチェルもいっしょに降りるだろうということ。
その代わりと言ってはなんだが、ララがジルベールたちに提示したチャンスのこと。
ロビンはあきれ顔から、次第に神妙な顔つきになった。
「悪いことしたな。レイチェルちゃんたちには」
いっしょに、バーベキューパーティーを楽しんだ子たちだ。
「……おまえ、今度こそ確実にイマリを脅してでも、降ろさせるか?」
アズラエルの問いに、ロビンは戸惑った顔で、「いや」と言った。
「もうあいつに関わる気はねえよ。俺があいつに手を出したのは、任務のついでと、ヒマだったからだ。もう、そんなヒマはねえ。メフラー商社にでかいヤマが来たなら、そろそろなまった腕も鍛え直さねえとな。――それに、脅しなら、メリーちゃんがやったし、L7系あたりのガキなら、あれでじゅうぶん懲りるだろ――降りるんじゃねえのか?」
「俺に聞くなよ」
「ラガーと、ルシアンと、レトロ・ハウス。それからK27区には入ってこねえって話なら、なんとか快適な生活は約束されそうだ」
ロビンが、うんざりしたため息をついた。
「まさか、これで降りねえなんて――降りるよな?」
「だから、俺に聞くなって」
「K32区は引き払うか。あとK20区のマンションはもういいな――K27区が安全なら、俺、そっちに住もうかな」
アズラエルは目を丸くした。
「来るんじゃねえよ」
また、もめごとが増えそうで、アズラエルははっきり拒絶した。
クラウド不在のミシェルの近辺に、ロビンが近づくなどあってはならないことである。自分の不在に、グレンがルナとふたりきりになるようなものだ。
だが、自分の好きなようにするのが傭兵であり、L18の男である。アズラエルが来るなと言っても、ロビンが来たければ来るだろう。
「でもK27区って広い部屋のマンションなさそうだなァ。若い子はいっぱいいそうだったけど」
「まァ、てめえがこれ以上イマリに関わらねえなら、いいよ」
ロビンが、不思議そうな顔をした。
「てめえがイマリを降ろそうとしても、株主のほうから、ストップがかかる。やめておいたほうがいい。もうあいつは放っとけ」
「……なァ、アズラエル」
「なんだ」
「おまえの恋するウサちゃんは――いったい、何者なんだ?」
アズラエルは、ロビンがそう尋ねる理由も気持ちも、十二分にわかるつもりだった。自分も、ロビンの立場だったら尋ねていたはずだ。
ルナは、いったい、何者なのだ?
L77という、どこよりも安穏な星で生まれ育った平凡な少女だが、その周囲にいる人間が、どうにも非凡だ。アズラエルは、イマリが降ろされない事情も、ララの話もロビンにすっかり話したため、疑問に思われることはわかっていた。
ルナは宇宙船の株主であるララや、L系惑星群の有力者の専属占術師であるサルディオーネとも知己である。そのことを、不思議に思っても無理はない。
しかし、何者なんだと問われても困る。アズラエルだって、説明のしようがないのだから。
「何者って――ただのウサギだよ」
アズラエルは、それしか言いようがなかった。
ルナにまつわる奇妙奇天烈な話をしたところで、ロビンが信じるわけでもないし、自分も話すのは嫌だった。
「おまえのその大ケガは、サルーディーバと関係があるって、おまえ、うなずいたよな?」
めずらしく、ロビンが食い下がる。ロビンは真剣な話より、軽薄な話を好む。なのに、今日はずいぶんと真面目に、話を続けようとする。
「おまえ、ほんとは、メフラー商社にきた任務のこと、知ってるんじゃねえのか」
「中身をか?」
「ああ」
「――だいたい、予想はつくが」
「なんでウサちゃんが、サルーディーバとか、あのへんと関わってんだ。メルーヴァにも関わってるって言わねえだろうな。――おまえがウサちゃんと付き合ってンのは、もしかして、ウサちゃんのボディガードで、任務なのか?」
アズラエルはたいそう苦い顔をした。
――たしかに、最初は、五百デルで雇われたが。
「……まぁ、そうだな。たしかに俺はボディガードだが。……今は、まぁ……」
さすがに、今は付き合っていると信じたい。いまだに「つきあっていません!」宣言をされるが。でも、ルナだって、べつに、だれとも付き合う様子はないし、自分のことも憎からず思っていると――期待したいところだが。
「本当かァ? だって、あのカ~ワイイうさちゃんがおまえの恋人なんて、俺ァいまだに信じられねえんだよ。ヤることヤッてンのか。ちゃんと」
「腕が動くなら、てめえを殴ってるぞ。百発は」
アズラエルのこめかみに浮いた青筋は、ブチ切れる代わりに、最高の閃きを、アズラエルに与えた。
「……待てよ」
急に不敵な笑みを浮かべたアズラエルに、ロビンは嫌な予感がした。最近、ロビンの嫌な予感は当たる。なのに、それに向かって飛び込んでしまうのが、最近のロビンだった。
「俺が大ケガした場所だけ教えてやる。――K05区の、真砂名神社ってとこだ」
「真砂名神社?」
「ああ――」
アズラエルの嫌な笑みは、最大限に歪んだ。
「もし、ルゥのことを、何か知りてえってンなら、そこの階段を上ってみろ。百八段ある。上までのぼって、降りてこられたら何でも教えてやるよ」
ロビンは首を傾げた。
ロビンには、神社の意味も分からなければ、階段を上がるだけでそんな大ケガをするシステムが、どうにも想像できなかった。
たかが百八段程度の、階段である。
だがアズラエルとグレンは、その階段を上がって、ケガをした?
「……そんなにアクロバティックな階段なのか」
「そういうことになるな」
ロビンは胡散臭げにアズラエルを見たが、「いいだろう」と言って、ショットグラスをテーブルに置いた。ロビンの脳内には、アクションゲームに出てくるような、障害物満載の階段コースが出現していた。なまった腕を鍛えなおすのに、最適な運動ができるかもしれない。
「真砂名神社だかなんだかしらねえが、階段くらい上がってやるよ」




