26話 時の館
いちいの部屋の古時計が鳴った。はじまりを告げる合図。
ルナは、城のまえにたたずんでいた。
真ん中に、巨大な時計塔――城を囲む巨木よりもずっと大きな振り子が左右に揺れている。時計が本体であるかのような城は、まるで遊園地のアトラクションだった。
「遊園地?」
周囲を見渡せば、夜でも明るい遊園地――たくさんの動物が行きかっている。イヌにネコにサルにネズミ――しかし、人間はひとりもいない。
ルナは、ポップコーンの屋台のガラスに映った自分の姿を見て、びっくりした。
ピンク色のウサギだ。まるでジニー。
手も、もっふもふの毛で覆われている。愛用のジニーのバッグを肩から下げて、ルナは――いや、一羽のウサギは、突っ立っていた。
「“時の館”なら、めのまえだよ」
ポップコーンを売っているハムスターの姿は、ルナがキョロキョロと屋台の中を見回して、やっと気づいたほど小さかった。自分の体の十倍もありそうなカップを持っている。
「いかが。人気のキャラメルポップコーン」
ルナはあわててバッグを探った。財布は出てこなかったが、なぜか乗船証明書みたいなパスケースが出てきた。
「おやまあ“アムレト”! お客さんじゃなくて、遊園地のスタッフさんでしたか」
アムレト?
ルナは首を傾げた。
ハムスターは頭を掻き、「ポップコーンは、“切符”一枚で」と言った。
アムレトの中に、何枚かの紙切れが入っている。白、青、緑――遊園地の乗り物用チケットのようだ。その中に、金色に輝く、豪華なチケットが五枚あった。
「おやまあ! おやまあ――“幸運の黄金切符”が五枚も! なんてうらやましい!」
ハムスターは、まぶしげに目を細めた。
「あんた、そんなものちらつかせちゃいけませんよ! この遊園地はいいヤツばっかじゃないんだからね。あたしみたいなお人好しでなきゃあ、盗まれることだって」
ハムスターはブツクサ言い、「白い、一番安っぽいビジェーテ一枚ですよ!」と、小さな紙きれを一枚、ちぎり取った。
「サービスしときますね。なにとぞごひいきに!」
ルナは、てんこ盛りのポップコーンを頬張りながら、「時の館」に向かった。
「おいしそうなものを食べてるね。“月を眺める子ウサギ”さん」
声をかけられて、ルナはウサ耳をピン! と立てた。
「月を眺める子ウサギ?」
「あんたのことだよ」
ルナは周囲をキョロキョロ見回したが、あいにくと月は出ていないようだ。
アトラクションの入り口にいたのは、赤いキャップを被った、パイプをくわえたシロクマだ。ルナは両手で抱えていた大きなカップを差し出した。
「食べる?」
クマは礼を言って、ポップコーンを、もふもふの手でつかんだ。
「この館、幸運の黄金切符が一枚必要なんだけど、持ってるかね」
バリバリ、ポップコーンを頬張ったシロクマは言った。
入り口の看板にも、「ブエナ・スエルテ・ビジェーテが一枚必要です」と書かれていた。
「それって、これかな?」
ルナは黄金の切符を取り出した。
五枚つづりの回数券のようだった。金色にピカピカ光って、暗闇を照らし出す。
「そう。それそれ」
シロクマおじいさんは、一枚の黄金切符を受け取り、はさみを入れた。金色の切符はたちどころに水色の結晶になり、空気にほどけて消えた。
「さあ、どうぞ」
円形の大扉が、ゆっくりと開いた。
中は暗かった。ルナが一歩足を踏み入れると、天井に、等間隔につるされているちいさならランプが道先を示すように点灯した。
明かりのつくほうに従って、レンガでできた回廊を通っていくと、やがて、三つのドアが見えてきた。
一番右は、「孤高のトラ」、真ん中は「傭兵のライオン」、左は「パンダのお医者さん」の名札。
名札の下には、見覚えのあるイラストが描かれていた。
「これ、ZOOカードの絵?」
「そうだよ」
思わず口にしていたルナだったが、返事が返ってきたのでびっくりした。
「わあ!」
「ごめん、驚かせて。ぼくは“導きの子ウサギ”。君の案内人だ」
真っ暗闇に溶け込みそうな、チョコレート色と言ってもいいくらいのウサギだった。
ルナはなんだか、この少年――ウサギを、どこかで見たことがある気がした。
「ここはね、ZOOカード――“アニマル・パペット”の遊園地さ」
「えっ」
「“ZOOの支配者”が見せてくれる“過去”だ。君はそれを知る必要がある」
「……!」
「さあ、行こう」
ウサギは、まるでルナに選べと言っているように、三つのドアを示した。
ルナは、ドアの前でしばらく悩んだが、やがて、「孤高のトラ」のドアノブに、手をかけた。




