213話 イマリとブレアの罠 Ⅱ 1
隣の取調室では、イマリとブレアが同じことを金切り声で繰り返し、警察官の眉をますますしかめさせていた。
「だから! ロビンを呼んでよ!」
「そうよ! これは、ロビンさんが、アズラエルが邪魔だったから、あたしたちをつかって宇宙船からあの人を降ろそうとした作戦で、任務なの! ちゃんとそう言うわ! 聞いてみて!」
「……さっきまで、アズラエルさんが君たちを襲ったって話だったが。君たちの悪意ある嫌がらせだったことは認めるんだね?」
「ちがうわ! 任務よ!」
「あたしたちがしたのは、れっきとした傭兵の任務なの!!」
警察官は、ロビンとライアンが出頭するまでの時間、えんえんと堂々巡りの話につき合わされた。
とりあえず、イマリは間違ったことはしていなかった。ロビンたちの名を出したことについては。
ロビンは、失敗したり、不測の事態が起きたら、すぐに連絡しろとイマリに言い含めておいたのだ。
だが、ふたりは、救いの神に、一気に地獄に突き落とされることになるとは思ってもみなかった。
ほどなくして現れたロビンとライアンは、あきらかにイマリたちを見る目が違っていた。
あまりに冷ややかな視線に、イマリは「ロビン……!」と縋りそうになった手を、思わず引っ込めた。
ライアンも、まるで初めて見る人間を見るような目でこちらを見ていた。
「やれやれ。ついにやりやがったか」
ロビンの口から出てくる言葉に、イマリとブレアは絶句した。
「こいつらなァ、バーベキューパーティーの復讐するんだって、ずっと鼻息荒くしててさ、俺たちも止めたんだぜ。だが、こいつらは聞かなかった。つうかおまわりさん、なぜ俺たちを呼んだ?」
「彼女たちが、君たちを恋人だって言ってるんだが?」
「別れたよ。とっくにな」
ライアンが吐き捨て、ロビンもつめたく告げた。
「俺もとっくに愛想尽かしてんだが。はっきり言わなきゃ分からなかったのかな? 俺は、もうとうに、おまえへの興味は失せてる」
ブレアがふたたび吠えるように泣き出し、イマリは全身を硬直させてわなわなと震えた。顔色が赤黒く染まり、溶岩のようになった。
「ふ――ふざけないで――あ、あなたが、言ったんじゃない――任務だって!」
ライアンが深く嘆息し、「俺たちを巻き込むな」と突き放した。
「まったく、冗談じゃねえ。やっかいな女に関わっちまったもんだ」
ロビンのためいきが、刃となってイマリに突き刺さる。
イマリはまだ信じられなかった。手のひらを返したようなロビンの態度――彼は、あの手でイマリを抱きしめ、「運命の相手だ」と言ってくれたのに――。
別の警察官が小さな機器を持って入ってきた。部下の耳打ちに、イマリたちを聴取していた彼はうなずき、再生ボタンを押した。
イマリとブレアの会話が流れる――ラガーで、アズラエルたちを陥れる作戦を立てたときの会話だ。いつ、とられていたのか――不思議と、ライアンとロビンの声は消されていたが、動揺しきったイマリたちは、その違和に気付くことができなかった。
『消しちゃえばいいじゃん、あんなヤツ』
『あいつらが、あたしたちを襲ったように見せかけるの。服を破いておいたりしてさ、いかにも襲われましたって恰好で、叫ぶだけ。助けてーって』
『いいわそれ! ブレア。それなら、あのブスたちにも痛い目遭わせられる!』
『自分の彼氏が宇宙船を降ろされるってどんな気持ちか、あいつも味わうといいのよ』
『思い知らせてやる』
イマリとブレアの声が、バーの中で響くくぐもった声が、狭い取調室の中に盛大に響き渡った。
ブレアは声を放って泣いた。イマリも、壊れた人形のように、ストン、と椅子に腰を下ろした。
「動かぬ証拠があるからね」
警察官は停止ボタンを押し、イマリとブレアに厳しく告げた。
「君たちは一度、降船を取り消してもらっていながら、ふたたび事件を起こした。しかも、手口が卑劣です。自分たちで計画しておきながら、他人のせいにするという行為もね――。一週間以内に、宇宙船を降りていただきます」
ルナが、中央警察署からの電話を受け取ったのは、アズラエルたちが中央署についたころだった。
電話を受けたとき、驚いたルナは、ウサギらしくぴょーん! と飛び上がった。もうすこし勢いよく跳ねたら、天井に激突したかもしれないと思ったくらいだ。それほど驚いて、ウロウロウサギになったあと、一目散にシャイン・カードを手にして、中央区に向かおうとしたのである。
そんなルナが、玄関ドアを開けたとたんに目の前に立っていたのは、顔がむくむほど泣きはらしたレイチェルと、困った顔をしたシナモンだった。
「どうしたのレイチェル!?」
「よかったあ……今日はいたよ、ルナ」
「ごめんなさい、ルナ――ごめんなさい」
「さっきからずっとこの調子なの。話にならなくて……ちょっと、入れてもらっていい?」
「う、うん! もちろん!」
ルナは一刻も早く中央区に向かいたかったが、レイチェルも放ってはおけない。ふたりを部屋に招き入れた。
ルナはレイチェルのために、はちみつ入りのあたたかいハーブティーを入れ、落ち着くまで、「何も話さなくていいから」と背をさすり続けた。
謝り続けるレイチェルは、あたたかい紅茶の匂いをかいで、ようやく気分が静まってきたのか、ぽつぽつと、さっきリズンで起こったことを話し始めた。
シナモンとルナはようやく事態を把握した。ルナが、いま中央区の警察署から電話が来て、アズラエルとグレンが事情聴取されているとふたりに話すと、レイチェルはふたたび涙した。
ルナは、イマリたちの行動に呆れ、その執念に怖さも感じたが、イマリに対する怒りより、アズラエルたちやエドワードたちのことが心配だった。
「謝らないで。レイチェルは止めに入らなくてよかったんだよ。逆に危なかった気がするよ。アズたちをかばおうとしてくれて、ありがとう」
レイチェルはふたたび泣き、ようやく落ち着いたころには、午後一時をとうに回っていた。
三人は、こうしていてもらちが明かないので、警察署に行くことにした。すくなくともルナは身元引受人として出向かねばならないし、おそらくシナモンとレイチェルの携帯電話にも、同様の留守電が入っていることだろう。
レイチェルたちの手前、シャイン・システムをつかえないので、タクシーで向かった。
中央役所に着き、すぐさま地下二階の警察署に行くと、取調室ではなく、待合室にアズラエルたちはいた。
レイチェルはエドワードに飛びついて泣き、シナモンは、ジルベールを一度叩いて「なにすんだよ!」と怒鳴られてから、抱きしめてやった。
「アズラエルとグレンをかばったんだって? カッコいいじゃん」
ジルベールは少し顔を赤くし、
「ちげえよ。あのバカ女どもに腹が立ったからだ。俺がカッとしちまっただけで、兄貴のためじゃねえよ」
とカッコつけた。
ルナは、車いすのアズラエルとグレンのそばに、心配そうに駆け寄った。レイチェルがあまりに悲壮感あふれていたので、自分は気丈に振る舞っていたが、正直なところ気が気ではなかった。
アズラエルはともかく、グレンは、降ろされることになれば、死の危険があるのだ。
だが、グレンがルナを安心させるように、
「だいじょうぶだ、俺たちは降ろされねえって」
とルナの指先を握って言うと、ルナはやっと肩の荷が下りた顔で、じんわりと涙をにじませた。
パートナーの無事をたしかめてほっとしたのも束の間、警察官たちが入ってきて、ルナたちに言った。
「災難でしたね」
一番年かさで、一番おだやかな風貌の彼が、そういってルナたちを労わった。
「今回の被疑者――イマリさんとブレアさんは、バーベキューパーティーで宇宙船を降ろされそうになったことを逆恨みして、今回の事件を起こしたようです。アズラエルさんに襲われたっていう事件を作り上げて、宇宙船から追い出そうとしたみたいですね。グレンさんは、巻き込まれた形ですかね――ふたりのターゲットは、あくまでもアズラエルさんだったようですよ」
グレンはひどく迷惑そうな顔でアズラエルをにらんだが、アズラエルもにらみかえした。二人が満身創痍で、ここで一戦起こらなかったのはさいわいというしかない。
「もうほんっと――信じられない!」
シナモンが憤慨した顔で唸った。
シナモンとレイチェルとルナの三人で、タクシー内でしてきた予想は、百パーセント当たったということだ。
「もとはといえば、パーティーに乱入したあいつらが悪いのに。バカじゃないの!?」
「さすがにもう降ろされますから――一週間以内に降りてもらいます」
「せいせいするわ!!」
シナモンをなだめるために、警察官はおだやかな口調で言ったが、シナモンはさらに肩を怒らせた。当分、彼女の怒りは鎮まらないだろう。
「おい、さっきの、任務かもしれねえって話は――」
グレンが言いかけたが、警察官は首を振った。
「あの子たちの方便でしたよ。恋人が傭兵だったからね、任務だってことで言い逃れようとしたみたいだ。証拠となるあの子たちの会話がね、さる筋から入ってきて、それが決定打になりました」
「どこから」
グレンの質問に対しての返事はなかった。
警察官が録音会話を入手したのは、ロビンからではなくルシアンの店長からだった。
返事はなかったが、グレンはほっと肩を落とした。少なくとも、彼は一度、“傭兵の任務”とやらで、宇宙船を降ろされかけているのだ。どうやら、今回の事件はあくまでイマリたちの逆恨みによる行為で、裏に、ユージィンの陰はない。
「ところで、さっき取調室でも言ったけど。ジルベール君、エドワード君、……申し訳ないが、君たちにも降りてもらうことになりました」
「ええっ!?」
シナモンが絶叫した。ルナもだ。レイチェルはさっと青ざめて、エドワードの服の裾を握った。
「たった今、上層部から連絡が来てね。やっぱり降船だって。……君たちの気持ちはわからないでもないが、ちょっとやりすぎてしまったね」
エドワードもジルベールも、覚悟はしていたようだった。そう動揺は見られなかった。
だが、シナモンとレイチェルは、顔色が変わった。
「ちょっと待って! ほんとに襲ったわけじゃないのよ!? もともと破けてた服、さらに破いただけよ! イマリたちの露出狂手伝ってあげただけじゃない!」
シナモンは叫んだが、警察官は困ったように言った。
「止めるだけにしてくれればね。こうはならなかったと思うんだが」
尚も言いつのろうとするシナモンを、ジルベールが止めた。
「いいんだよ。俺は、それを覚悟でやったんだ。……な、俺はいつ降りればいいの。まさか、一週間以内じゃねえだろ?」
「うん。君は、一ヶ月以内かな」
「そっか。なら、友達と別れを惜しむ時間もあるな」
「ちょ、ジル!!」
「刑事さん、俺は?」
エドワードの質問に警察官は、
「君は様子を見て、できれば今年中かな。奥さんの予定日は九月だっていうけど、出産後の奥さんとお子さんの具合を見て、降りる時期を判断してくれたら」
と答えた。
「わかりました」
潔く答えたエドワードの顔を、レイチェルは掬い上げるように見、それから床に目を落とした。
「悪いね、時間ばかりかけて――実は、話はこれで終わりじゃないんだ」
警察官は、半分はげ上がった髪をかきながら、携帯電話を眺めた。
「このまま、隣の株主総合庁舎に、いっしょに来てもらいたい」
「え?」
今度は、エドワードとジルベールも聞き返した。
「この宇宙船の株主さんが、君たちに話があるんだって」
ルナとアズラエル、グレンだけは、その“株主さん”がだれかはすぐにわかった。ララに決まっていた。
だが、なぜララが、ルナたち三人だけでなく、エドワードたちをも呼んだのか、それはわからなかった。
株主総合庁舎は、中央役所の隣の敷地だ。それぞれの建物が大きいうえに敷地が広いので、結局パトロールカーに乗り直して、移動することになった。
こんなきっかけでもなければ、株主総合庁舎など来るはずもなかったシナモンたちは、めずらしそうに、キョロキョロ、あたりを見回した。
回転ドアを過ぎ、警察官が先に立ってセキュリティ・チェックを受けた。ドアやエレベーターもセンサー式のようで、警察官は携帯電話をかざして次々とセキュリティを抜けていく。
チェックを受けたあたりから、ルナたち以外の四人の顔には緊張が漂っていた。ルナはレイチェルがひっくり返るのではないかとハラハラし通しで、レイチェルの手をずっと握っていたので、自分の緊張はどこかに吹っ飛んでいた。
三階の、長い長い廊下の果ての、重厚なドア。表札には「ララ」とだけ記入してある。ここはララの私室か。
警察官がドアをノックすると、向こうからドアが開いた。開けたのはシグルスだ。シグルスは、ルナたちを認めると、軽く目配せした。ルナも小さく会釈した。




