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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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25話 ZOOカード 3


「この月夜のカードがキーポイントなんだ。今世、あんたはライオンのカードと縁が一番強い。だからといって、だれとくっつくかは別だけど」


 アンジェリカはにやりとした。


「どっちにせよ、あんたにチケットが来なくなって、美容師の子ネコにきたってことは、神なる力が働いて、運命がねじ曲がったってことなんだ。なぜそうなってしまったのかはあたしにも分からない。あんたの運命軸は、先天盤と後天盤が、まるでちがう配置になってきている――正直に言わせてもらうと、この配置――はあんたにチケットがきて、ガラスの子ネコや月夜のカードと来るより、かなりあんたが大変な配置なんだ。でも、その分たくさんの人間が救われる。そういう配置」


 ルナの目が、座った。

「たいへんなのは、こまります」

 ルナは遊びたいのだ。のんびり、ゆっくりやりたいのだ。


「うんと、まあ、ガラスで遊ぶ子ネコときてたら、あんたももっと、スムーズにいってたと思うよ? でもうまくいくって波風ないから退屈かもしんないけど」

「そ、そうかなあ……」


 アズラエルはアズラエルだ。変わらない気がする。


「ライオンにつかまる前にトラにつかまって、スピード婚だから」

「ほ!?」


「このトラってけっこう、結婚願望強いんだね。身内に恵まれてないせいもあるかな。なにせ孤高がつくからね。この孤高、って文字がつくカードは、特に身内関係で苦悩が多いカードなんだ。身内のせいで運命ネジ曲げられたり、すごく孤独な少年時代を送ってる。トラはあんたに一目ぼれでメロメロんなって、けっこう決断早いからあんたがボケっとしてる間に結婚までゴーってかんじ。だからもう、ライオンが入る隙間がこれっぽっちもないの。まともにライオンと知り合いになる前にトラに捕まっちゃうから、ライオンはこの場合早い時期に、いったん宇宙船を降りることになってる」


「……そうなの!?」


「うん。だってさ、今の時期、このライオン、すごくイライラしてるんだよ。あんたがいるからまだ乗ってるようなもので。もう早く降りたくてしょうがないって配置が出てる。仕事が好きで、でもできないんだね、この船の中じゃ」

 

 アズラエルが退屈を感じているのはわかっていた。

 彼自ら、ルナと出会ったときに言ったのだ。

 自分は、好きで宇宙船に乗ったわけではないと。


 ルナが眉をへの字にして考えているあいだに、アンジェリカは言いたいことを言った。


「月夜ときてたら、あんたはあたしらの近くに住むんじゃないかな」

「ええっ」

「月夜はたぶん、地球生まれだ。そうなったら住むのはこの辺だし。あんたもあたしらと似通った感じだし。そうなれば、月夜が接点になってライオンに会うんだろうね。そのライオン経由でガラス子ネコも真実をもたらすライオンと会うし、エキセントリックも保育士と会うんだろうさ」


 さっきから知らされる事実は、爆弾級の威力で、いちいちルナをすくみあがらせていた。


 本当かどうかはまだ、たしかめたわけではないので分からないけれど、こんなことを知ってしまっていいのだろうか。


 ルナが戸惑っていると、サルーディーバが助け舟を出してくれた。


「たぶん、ツキヨさんはルナさんが知っても怒りませんよ。きっと折りを見て話すつもりだったと思います。聞かせたくない話ではなかったでしょう」


 ルナは少しほっとしたが、これ以上ツキヨに関することは、聞くのを遠慮した。

 ほかのみんなのことも、怖くなってきた。

 カレンやセルゲイ、ミシェルやロイド、みんなが話したくないことも、知ってしまうかもしれない。


 アンジェリカはうなずいた。


「じゃあ、今の配置にもどろう。あんたの恋人になる配置の持ち主は三人。ライオンとトラとパンダだ。今の配置でもたしかに地球には辿りつける。でも、いろんな出来事が多いんだ。ライオンとトラと、パンダの配置も絡まっていて、一概にだれと結ばれるかはっきりはいえない。でも、パンダはどうなってもむずかしいかもしれない」


「……どうして?」


 あたし、どっちかいうとセルゲイが一番タイプなんだけども。

 それをいうとアンジェリカが首を振った。


「このパンダは、幼少期が『地獄』だよ。尋常じゃない幼少体験を持ってる。あんたは聞きたくないだろうからこれ以上はいわないけど。だからかもしれない。運命的に、このパンダはあんたに近づこうとするのを、無意識レベルで押さえてるんだ。縁は強いけど、今世は結ばれないカップルかも。彼はあんたの良き兄でありたいって思いが強いんだ」


 アンジェリカは残念だね、とつなげた。


「つまり、今のあんたの配置は、あたしみたいな人間が先を読めないような、神の差配――つまり神の“台本(ギオン)”になってるのさ。今でも刻々と配置が動いてる。でもこの“まっすぐルート”にきた以上、あんたはたくさんの人間の手助けをすることになる」


「手助け?」

 ルナは聞いた。

「あたしが?」


「まず、一番かかりきりになるのは『羽ばたきたい椋鳥(むくどり)』だ」


 分からない。だれだろう。石油王――アズラエルの雇い主関連だろうか?


「あとは、双子のカード、で、色街の黒ネコ、孤高のキリン」


 ケヴィンたちのこと? それに、エレナさん? ……カレンさんも。


「それから、――姉さんも」


 アンジェリカは、だまって、ルナを見つめた。


「え?」


 ルナのウサ耳がたちどころに跳ね上がったのを見て、サルーディーバは言った。


「ルナ、あなたはとても古い魂です」


「ふるい!?」

 アンティークですか!? ルナが叫びかけると。


「そういう意味ではないのですよ。輪廻転生を繰り返し、さまざまな経験を積んできた歴史が、とても古いというだけです。わたくしは、あなたには及ばない」

 サルーディーバは微笑んだ。

「魂は円熟し、いまはまだ様々な整理の最中でしょう。この子は先ほど辛い配置と言いましたが、そうではありません。あなたは神の魂を幾人かにあたえるためにこの船に乗ったのです。あなた自身の癒しのためにも。今のあなたの整理が終了し、癒されたのち、その役目はやってきます。あなたは万人に救いを与えるためではなく、万人につながる幾人かに救いを与えるためにいるのです」


 その中に、わたくしもいる、とサルーディーバは言った。


 ルナは口をパカっとあけていた。

 あたしは、旅行に来ただけだ。


「……そうだね」


 アンジェリカは、占い盤を見て、もっともそうにうなずいた。


「あんたが“鍵”だ。ルナ。あんたが動くことで、間接的にもっとたくさんのひとの手助けにつながる――あんたと一緒に来た子ネコたちは、逆にあんたを手助けしてくれる。あんたと同じ、とても古いたましいたちだ。大切にしなね。いいともだちだよ」


 その意見にだけは賛成だと、ルナは思った。


「……あ」

 アンジェリカが、なにかを見つけたのか、盤をくるくると回した。

「ガラスの子ネコがちょっといま、まずいな」


「え? ミシェルが?」


「チェシャネコにひっかきまわされて混乱してるんだ、アリスが。ずいぶん前からだよ? 美容師の子ネコも――すごく乱れてる。美容師の子ネコにはもっとちゃんとした運命の相手が――来年あらわれるのに。なんでこの探偵に振り回されてるんだ? あっ、アレちがう。運命の相手って、」


「「アンジェ」」

 アントニオとサルーディーバの声が被った。


「しゃべりすぎ」

「しゃべりすぎです」


 アンジェリカはそのまま固まり、「ごめん」と舌を出した。





 ――日はとっぷりと沈んで、もう、真っ暗だ。山すそは日が沈むのが早い。

 ルナは室内の露天風呂につかりながら、満天の夜空を見上げた。


 ルナは、椿の宿に、二、三日泊まるつもりだった。河原でお弁当を食べる野望も実行していないし、まだ観光すら、ろくにしていない。


 アンジェリカは、明日、仕事の合間にまた来ると言った。椿の宿の食堂で、パフェをおごると。


(なんだか、とんでもないことになってきたけど)


 占いをしてもらったはいいが、衝撃的なことが多すぎて、ほとんど忘れてしまった。

 ツキヨおばあちゃんのこと以外は。


(占いなんだから、向いている職業とか、性格とか聞けばよかったのかも)


 リサのカードは「美容師の子ネコ」。リサは美容師だ。

 ミシェルは「ガラスで遊ぶ子ネコ」。ガラス工芸が大好きなミシェルにピッタリ。

 キラは「エキセントリックな子ネコ」。エキセントリック――には首をかしげるが、外見はエキセントリックなキラだ。性格は、そうでもないけれど。

 ルナのカードは「月を眺める子ウサギ」。


(月を眺めるだけのお仕事は、ありません)


 ルナはぶくぶくと、鼻の頭まで湯につかりながら、おばあちゃんのことを思いだした。


(あたしは、ツキヨおばあちゃんがいなかったら、どうなっていたんだろう)


 ひさしぶりに、思いをはせた。


(あんなに優しくしてもらったのに、今の今までおばあちゃんのこと忘れていたって、あたしって薄情だな)


 ツキヨは、ルナの実の祖母ではない。近所の本屋の、ルナを小さいころから知っていて、可愛がってくれているおばあちゃんだ。家族ぐるみで仲が良くて、ルナにとっては実の祖母と変わらない――それ以上に大好きな、おばあちゃん。


 おばあちゃんと言っても、おばあちゃんと呼ぶのが申し訳ないくらい、若くて元気いっぱいだ。


 70歳を超えているのに、ルナより早く歩くし、腰も曲がっていない。いつもきれいにお化粧をして、世話焼きで、優しいおばあちゃん。


 ルナはまた、ぶくぶくぶくと、まぶたの上まで湯につかる。


(あたしは小さいころから、リサと比べられて育った)


 リサちゃんは可愛いわよね、みんなそう言った。

 リサちゃんはともだちが多いのに……。

 リサちゃんはしっかり者だわ、それにくらべてルナちゃんは……。

 何度それを言われてきたか、分からない。


(だからあたし、リサといると、コンプレックスの塊になっちゃうような気がしてた。リサは明るくて社交的で、だれとでもすぐともだちになれる。あたしは無理だった)


 そんなルナをいつも励ましてくれるのが、ツキヨおばあちゃんだ。

 ルナのよさを見つけてくれるおばあちゃんがいなかったら。ルナの感情を受け止めてくれるあのおばあちゃんがいなかったら、ルナはもっともっと卑屈(ひくつ)に育っていたかもしれない。

 いつも、ルナはなにかあるとツキヨおばあちゃんに相談していた。なのに、この宇宙船に乗ってからは、さっぱりツキヨおばあちゃんのこと忘れていたのだ。


(あんまりいろいろありすぎたから? 手紙は出したけども)


 宇宙船に入ってまもなく。本当に他愛のないこと。

 ……そうだ。

 両親にもツキヨおばあちゃんにも、もしアズラエルを紹介でもすることになったらどうなるんだろう。ツキヨおばあちゃんは、なんて言うだろう。


(ツキヨおばあちゃんは、あたしがどんな男の人を紹介しても、動じなさそうだけど)


「あんたにはあんたのいいところがある。あんたにだって、彼氏できるさ。とびっきりのいい男が」


 ――あたしだってそうだった。こんなにでっかくて、可愛げのない男みたいなばあちゃんだって、結婚して子ども産んだのさ。L18からきた、小柄でやせっぽちの青年だよ。軍人だなんて信じられるかい? あたしより小柄だったんだからさ。でも彼が言ったんだよ。


「地球って、こんなに美しい人がいるんですね。びっくりしました」


 夕焼けが綺麗な海辺だったねえ。ばあちゃん、キレイだなんて初めて言われて、それでころっといっちまった。

 ユキトじいちゃんは、笑顔のとても素敵な人だった。

 その年は、特に宇宙船を途中で降りる人間がいっぱいいてね、ほんとに数人しかいなかったんだ。たった三人。そのうちのひとりがじいちゃんだった。よく来れたねっていったら、

「俺、あきらめだけは悪いんです」って、歯ならびの悪い笑顔で笑ってさ――。


「ぶっはあ!」

 ルナは息が続かなくなって、湯から飛び出した。


 それは、ルナが宇宙船に乗る直前に、ツキヨから聞いた話だった。

 ツキヨは、自分が地球生まれだということは言わなかったが、ルナはその話から、彼女も地球に行ったことがあることはわかった。


 ツキヨに、地球に行くことを告げた日、彼女は「寂しくなるねえ」と言ったあと、「ルナにイイ男ができるように、ばあちゃん神社でお祈りしてたんだ。まさか、とびきりの男って願ったら、こんなことになっちまった。地球行きの船ならイイ男が乗ってるさ。がんばんな」と笑った。


 まさかおばあちゃんの呪いだろうか? 傭兵に軍人と、軍事惑星の人がふたりもそろうなんて。


(そういえば、セルゲイも、軍事惑星育ちでした)


 今思い出したのだ。おばあちゃんのその言葉。

 でも、おばあちゃんのいう、おじいちゃんのような軍人とは、まったくかけ離れている三人だ。


(ツキヨおばあちゃんに、会いたいな)


 ルナは、お風呂から上がった。


 ツキヨおばあちゃんと来たら、この旅館も楽しかっただろうなと思いをはせ、彼女に送る写真を取り――やがて、眠くなってきて、布団に潜り込んだ。


 いちいの部屋の古時計は、正確な時間を示してはいなかった。


 ルナの眠りを妨げないように、小さく、“はじまり”を意味する鐘を鳴らした。







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